ジフテリア(diphtheria)とは、ジフテリア菌によって引き起こされる感染症です。
この細菌は主に上気道に感染し、のどや扁桃腺に特徴的な偽膜を形成します。
感染力が非常に強く、重症化した場合には呼吸困難や心筋炎などの深刻な合併症を引き起こし、最悪の場合は死に至ることもある危険な感染症です。
ワクチンによって予防することが可能ですが、発展途上国を中心に今なお多数の人が罹患し、命が失われています。
ジフテリアの種類(病型)
ジフテリアは、感染部位や症状の違いによって、いくつかの病型に分けられ、主な病型は、呼吸器ジフテリアと皮膚ジフテリアの2つです。
呼吸器ジフテリア
呼吸器ジフテリアは、鼻咽頭や喉頭に感染が起こる病型で、鼻咽頭ジフテリアと喉頭ジフテリアにさらに細分化されます。
病型 | 感染部位 |
鼻咽頭ジフテリア | 鼻腔、咽頭 |
喉頭ジフテリア | 喉頭 |
呼吸器ジフテリアでは、感染部位に偽膜が形成され、この偽膜によって呼吸困難が引き起こされ、重症化すると窒息のリスクがあります。
皮膚ジフテリア
皮膚ジフテリアは、皮膚に感染が起こる病型です。 皮膚の傷や擦り傷から菌が侵入し、感染が成立します。
皮膚ジフテリアでは、感染部位に潰瘍性病変が形成されます。
感染経路 | 病変の特徴 |
皮膚の傷や擦り傷 | 潰瘍性病変 |
皮膚ジフテリアは、呼吸器ジフテリアに比べて全身症状が軽度であることが多いですが、治療を行わないと重症化する可能性があります。
その他の病型
呼吸器ジフテリアと皮膚ジフテリア以外にも、いくつかの病型が報告されています。
- 結膜ジフテリア
- 外耳道ジフテリア
- 生殖器ジフテリア
これらの病型では、各部位に特異的な症状が現れます。
病型と重症度の関係
ジフテリアの重症度は、病型によって異なります。 呼吸器ジフテリア、特に喉頭ジフテリアが最も重症であり、治療が行われないと致死的となる可能性が高いです。
一方、皮膚ジフテリアやその他の病型は、比較的軽症であることが多くなっています。
ジフテリアの主な症状
ジフテリアの症状は多岐にわたり、感染部位や病型によって異なる特徴を示します。
呼吸器ジフテリアの症状
呼吸器ジフテリアは、鼻咽頭ジフテリアと喉頭ジフテリアに分類されます。
鼻咽頭ジフテリアの症状
- 発熱(38℃以上)
- 咽頭痛
- 嚥下痛
- 血性鼻汁
- 頸部リンパ節腫脹
- 灰白色の偽膜形成(咽頭、扁桃)
喉頭ジフテリアの症状
- 犬吠様咳嗽
- 吸気性喘鳴
- 嗄声
- 呼吸困難
- チアノーゼ
- 喉頭の偽膜形成
重症例では、呼吸不全や気道閉塞をきたし、緊急的な気道確保が必要となる場合があります。
呼吸器ジフテリアの重症度 | 症状 |
軽症 | 発熱、咽頭痛、鼻汁、軽度の偽膜形成 |
中等症 | 高熱、嚥下痛、頸部リンパ節腫脹、広範な偽膜形成 |
重症 | 呼吸困難、チアノーゼ、気道閉塞、全身症状 |
皮膚ジフテリアの症状
皮膚ジフテリアの症状
- 紅斑(発赤)
- 丘疹(小さな隆起)
- 水疱
- 潰瘍形成
- 偽膜形成
- 滲出液(浸出液)
- 瘢痕形成
皮膚ジフテリアの病変は、主に四肢や顔面、体幹に生じ、潰瘍は不規則な辺縁を持ち、周囲に発赤や腫脹を伴います。
偽膜は灰白色で、剥がすと出血を認めることも。病変部は痛みを伴うことが多く、治癒までに数週間を要する場合があります。
その他の部位におけるジフテリアの症状
結膜ジフテリアの症状
- 結膜充血
- 眼脂
- 偽膜形成
- 角膜潰瘍(重症例)
外耳道ジフテリアでは、外耳道の発赤、腫脹、偽膜形成など、生殖器ジフテリアでは、外陰部の潰瘍性病変や偽膜形成が見られます。
ジフテリアの全身症状と合併症
重症のジフテリアでは、全身症状や合併症を伴うことがあります。
- 高熱
- 頻脈
- 血圧低下
- 意識障害
- 心筋炎
- 神経障害(脳神経麻痺、四肢麻痺)
- 急性腎障害、腎不全
- DIC(播種性血管内凝固症候群)
これらの全身症状や合併症は、ジフテリア毒素による臓器障害や循環不全によって引き起こされます。
特に、心筋炎や神経障害は、ジフテリアの重大な合併症です。
ジフテリアの原因・感染経路
ジフテリアは、ジフテリア菌による感染が原因で発症する疾患で、ジフテリア菌は、ヒトからヒトへと感染が広がります。
ジフテリア菌とは
ジフテリア菌は、グラム陽性の桿菌で、好気性条件下で増殖します。
菌体外に強力な外毒素(ジフテリア毒素)を産生し、この毒素が病原性の主体です。
ジフテリア菌の特徴 | 説明 |
グラム陽性桿菌 | 細胞壁の構造によって分類される |
好気性 | 酸素が存在する環境で増殖する |
主な感染経路
ジフテリアの主な感染経路
- 飛沫感染:感染者の咳やくしゃみなどによって放出された飛沫を吸入することで感染。
- 接触感染:感染者の皮膚病変や鼻咽頭分泌物などに直接触れることで感染。
飛沫感染が最も一般的な感染経路で、感染者との密接な接触が感染リスクを高めます。
感染経路 | 感染源 |
飛沫感染 | 感染者の飛沫 |
接触感染 | 感染者の皮膚病変や分泌物 |
感染源
ジフテリア菌の主な感染源
- 感染者の鼻咽頭や皮膚病変
- 保菌者の鼻咽頭
- まれに、汚染された物品(タオルや衣服など)
感染した人の中には、症状を示さずに菌を保有する保菌者もいて、保菌者からの感染も感染経路の一つです。
診察(検査)と診断
ジフテリアの正しい診断のためには、特徴的な臨床症状と検査所見の両方を考慮します。
臨床所見による診断
ジフテリアの臨床診断を行う際は、咽頭や扁桃に形成される特有の、灰白色の偽膜を見逃さないようにすることが大切です。
この偽膜は剥がそうとすると出血しやすく、さらに、頸部リンパ節の腫れや発熱、全身の倦怠感なども認めることがあります。
臨床型 | 主な症状・所見 |
咽頭ジフテリア | 咽頭・扁桃の偽膜、頸部リンパ節腫脹、発熱、全身倦怠感 |
鼻ジフテリア | 鼻汁、鼻出血、鼻腔内の偽膜 |
皮膚ジフテリア | 皮膚の潰瘍、痂皮を伴う病変 |
検査による診断
ジフテリアを確実に診断するためには、検査で病原体を特定することが欠かせません。
実施される検査
- 偽膜や病変部のぬぐい液の塗抹標本のグラム染色や特殊染色
- 偽膜や病変部のぬぐい液の細菌培養検査
- 毒素産生能の確認(Elek試験など)
- 血清抗毒素価の測定(発症後の抗体価上昇の確認)
これらの検査でジフテリア菌の存在と毒素産生能が確かめられると、ジフテリアであると確定診断されます。
診察と検査の重要性
ジフテリアを診断する際は、臨床症状だけでは他の感染症との区別が困難なこともあるため、確定診断には検査が必要です。
ただし、検査結果が出るまでの間に症状が悪化する恐れもあるため、臨床所見からジフテリアが疑われる場合は迅速に治療を始めます。
診断方法 | 内容 |
臨床診断 | 特徴的な症状・身体所見の確認 |
確定診断 | 検査による病原体の同定、毒素産生能の確認 |
ジフテリアの治療法と処方薬、治療期間
ジフテリアの治療では、抗菌薬とジフテリア抗毒素の投与が中心です。
治療の基本方針
ジフテリアの治療は、以下の2つを柱として行われます。
- 抗菌薬投与によるジフテリア菌の排除
- ジフテリア抗毒素投与による毒素の中和
病型や重症度に応じて、これらの治療法を組み合わせることが基本です。
抗菌薬治療
ジフテリアに対する第一選択薬は、ペニシリンやエリスロマイシンです。 これらの抗菌薬は、ジフテリア菌に対して優れた抗菌活性を示します。
抗菌薬 | 用法・用量 |
ペニシリンG | 100,000~150,000単位/kg/日、分4~6 |
エリスロマイシン | 40~50mg/kg/日、分4 |
通常、14日間程度の投与期間ですが、心筋炎や神経障害などの合併症がある際は、さらに長期の投与が必要となる場合があります。
ジフテリア抗毒素治療
ジフテリア抗毒素は、ジフテリア菌が産生する毒素を中和する作用を持っており、早期に投与することで、毒素による組織傷害を最小限に抑えられます。
病型 | 抗毒素投与量 |
軽症~中等症 | 20,000~40,000単位 |
重症 | 60,000~100,000単位 |
抗毒素は、症状出現後できるだけ早期に投与することが大切です。
投与が遅れると、すでに組織に結合した毒素を中和できず、十分な効果が得られない可能性があります。
治療効果の判定と経過観察
治療開始後は、臨床症状の改善や検査所見の推移を慎重に観察します。
- 呼吸状態の変化
- 心機能の変化
- 神経学的所見の変化
治療効果が不十分な場合や、合併症が疑われる際は、治療方針の変更や追加療法の検討が必要です。
予後と再発可能性および予防
ジフテリアの治療成績は、いかに早く見つけて治療を開始できるかがカギとなります。
治療予後に影響する因子
ジフテリアの治療予後は、いくつかの要因に左右されます。
- 診断と治療開始のタイミング:早期発見・早期治療が重要
- 年齢:乳幼児や高齢者は重症化リスクが高い
- 合併症の有無:心筋炎や神経障害などの合併症が予後不良因子
- 抗毒素の投与時期:発症早期の投与が効果的
中でも、発症から治療開始までの時間が予後に大きな影響を与えます。
治療が遅れると、ジフテリア毒素による臓器へのダメージが進行し、重篤な合併症を引き起こす危険性も。
予後良好因子 | 予後不良因子 |
早期診断・早期治療 | 診断・治療の遅れ |
成人 | 乳幼児、高齢者 |
合併症なし | 心筋炎、神経障害などの合併症あり |
発症早期の抗毒素投与 | 抗毒素投与の遅れ |
再発の可能性
ジフテリアは治療を受ければ再発することはまれですが、再発のリスクはゼロではありません。
- 治療が不十分だった場合(抗菌薬の投与期間が短い、抗毒素が十分量投与されなかったなど)
- 免疫不全状態にある患者さんの場合
- 感染源との接触が持続している場合
予防の重要性
ジフテリアの発症を防ぐには、ワクチンによる予防が最も効果的な方法です。
ジフテリアトキソイドワクチンは、ジフテリア毒素に対する中和抗体を作り出し、感染を防ぎます。
ワクチン接種時期 | 接種回数 |
生後3~12ヶ月 | 3回 |
12~18ヶ月 | 1回追加 |
小学校就学前 | 1回追加 |
9~10歳 | 1回追加 |
定期的にワクチン接種を受けることで、個人の感染予防だけでなく、集団の免疫を高め、ジフテリアの流行を防げます。
また、ジフテリアが疑われる症状(特徴的な偽膜形成や呼吸困難、嚥下痛など)があれば、ためらわずに受診してください。
ジフテリアの治療における副作用やリスク
ジフテリアの治療に用いられる抗菌薬やジフテリア抗毒素は、効果がある一方で副作用のリスクを伴います。
抗菌薬の副作用
ジフテリアの治療で使用される抗菌薬には、副作用が報告されています。
副作用 | 症状 |
消化器症状 | 悪心、嘔吐、下痢、腹痛 |
過敏症反応 | 発疹、発熱、かゆみ |
肝機能障害 | 肝酵素値の上昇 |
血液障害 | 貧血、白血球減少、血小板減少 |
副作用は、通常軽度で一過性ですが、重篤化した際は投与の中止や対症療法が必要です。
ジフテリア抗毒素の副作用
ジフテリア抗毒素は、血清製剤であるため、アレルギー反応を引き起こす可能性があります。
主な副作用
- 発疹
- 発熱
- 関節痛
- アナフィラキシーショック
特に、アナフィラキシーショックは重篤な副作用であり、死に至ることもあるので、投与前の問診や皮内反応テストによるスクリーニングが大切です。
副作用 | 頻度 |
発疹 | 5~10% |
発熱 | 1~5% |
アナフィラキシーショック | 0.1%未満 |
副作用モニタリングの重要性
ジフテリア治療中は、副作用の早期発見と迅速な対応が重要です。
治療中に注意する点
- 定期的な血液検査による肝機能や血球数の評価
- 皮疹や発熱などのアレルギー症状の監視
- 呼吸状態や血圧の変化の監視
副作用が疑われるときは、速やかに医療機関に相談し、処置を受けてください。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
ジフテリアの治療費用は、全体的に高額になりがちです。
初診料と再診料
ジフテリアの診療では、初診料が1,500円から3,000円程度、再診料が500円から1,500円程度です。
項目 | 費用 |
初診料 | 1,500円~3,000円 |
再診料 | 500円~1,500円 |
検査費用
ジフテリアの診断には、細菌培養検査や毒素産生能の確認などの検査が必要で、検査費用は数万円になることがあります。
処置費用
ジフテリアの治療では、抗毒素の投与や気道確保などの処置が行われます。
処置 | 費用 |
抗毒素投与 | 数万円~数十万円 |
気道確保 | 数万円~数十万円 |
入院費用
重症のジフテリアでは、集中治療室(ICU)でのケアが必要になることがあり、入院費用は1日数万円かかります。
以上
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