ガス壊疽(えそ )(gas gangrene)とは、ある種の細菌が原因で発症する急性の感染症です。
この感染症は、細菌が傷口などから体内に侵入し、主に筋肉組織で急速に拡大することによって引き起こされます。
ガス壊疽の特徴的な症状は、傷口の周辺の皮膚が急激に腫れ上がり、赤みを帯びた後に暗紫色へと変化していく点です。
また、傷口からは泡状の分泌物が出てくるようになり、特有の強い悪臭を伴うことがあります。
さらに、細菌が産生するガスにより皮下組織が気腫状態になるため、触診すると捻髪音(ねんぱつおん)と呼ばれる独特の感触があります。
ガス壊疽(えそ)の種類(病型)
ガス壊疽は、クロストリジウム性ガス壊疽と非クロストリジウム性ガス壊疽の2つの種類に大別され、原因菌や病態に明確な差異があります。
クロストリジウム性ガス壊疽
クロストリジウム性ガス壊疽の主な原因菌は、ウェルシュ菌です。 ウェルシュ菌は、グラム陽性の嫌気性桿菌で、芽胞を形成できます。
この菌が外傷や手術などを契機に皮膚や筋肉の組織に侵入すると、急速に増殖し、筋肉組織の壊死を引き起こします。
ウェルシュ菌は、組織内で α 毒素や θ 毒素などの外毒素を産生し、これらの毒素が筋肉組織の壊死に関与することに。
クロストリジウム性ガス壊疽では、筋肉組織の壊死に伴って、組織内にガスが産生されることが特徴です。
原因菌 | 主な病態 |
ウェルシュ菌 | 筋肉組織の壊死 |
ガス産生 |
非クロストリジウム性ガス壊疽
非クロストリジウム性ガス壊疽の原因菌には、大腸菌、連鎖球菌、ブドウ球菌などがあります。
これらの細菌は、ガス産生を伴う重症の蜂窩織炎や筋膜炎などを引き起こし、非クロストリジウム性ガス壊疽として分類。
非クロストリジウム性ガス壊疽の際は、皮下組織や筋膜に炎症が広がり、ガスが産生されます。
ガスの産生は、細菌の代謝過程で発生する二酸化炭素や水素などによるものです。
非クロストリジウム性ガス壊疽では、複数の細菌が関与することが多く、混合感染の形をとることが少なくありません。
- 大腸菌
- 連鎖球菌
- ブドウ球菌
- その他のガス産生菌
病型 | 主な病態 |
非クロストリジウム性 | 皮下組織や筋膜の炎症 |
ガス産生 |
病型による臨床的な違い
クロストリジウム性ガス壊疽と非クロストリジウム性ガス壊疽では、病態や臨床症状に明確な違いがあります。
クロストリジウム性ガス壊疽では、筋肉組織の壊死が主体となり、病状の進行が急速であることが特徴です。
一方、非クロストリジウム性ガス壊疽では、皮下組織や筋膜の炎症が主体となり、病状の進行は比較的緩徐であることが多いです。
また、クロストリジウム性ガス壊疽では、毒素による全身症状が現れやすいのに対し、非クロストリジウム性ガス壊疽では、局所症状が主体となる傾向があります。
ガス壊疽(えそ)の主な症状
感染症の主な症状は、傷口の周辺が急速に腫れ上がり、皮膚の色調が変化すること、特有の強い悪臭を伴う分泌物が出てくること、そして特徴的な触診感があることが挙げられます。
傷口周辺の急速な腫れと皮膚の色調変化
ガス壊疽に罹患した場合、傷口の周辺の皮膚が急激に腫れ上がり、 発症からわずか数時間から1日程度で現れ、急速に広がっていきます。
さらに、皮膚の色調にも特有の変化が見られ、初期段階では発赤し、赤みを帯びますが、病状が進行するにつれて暗紫色へと変化します。
経過 | 皮膚の色調変化 |
初期 | 発赤、赤みを帯びる |
病状進行期 | 暗紫色へ変化 |
特有の悪臭を伴う分泌物
ガス壊疽の傷口からは、泡状の分泌物が出てくるようになります。
分泌物の特徴
- 泡状である
- 悪臭を伴う
- 組織の壊死に伴って出現する
分泌物に感じられる強い悪臭は、壊死した組織に由来するものであり、ガス壊疽に特有の症状の1つです。
特徴的な触診感
ガス壊疽では、原因菌が生成するガスによって皮下組織内にガスがたまった状態になり、触診をすると捻髪音(ねんぱつおん)と呼ばれる独特の感触を感じることがあります。
捻髪音とは、皮膚を押すとパチパチと音がする感触のことで、皮下組織内のガスの存在が原因です。
ガス壊疽(えそ)の原因・感染経路
ガス壊疽の主な原因菌は、クロストリジウム属の細菌、特にクロストリジウム・パーフリンゲンスです。
ガス壊疽の原因
ガス壊疽の原因であるクロストリジウム・パーフリンゲンスは、土壌や動物の腸管内に広く存在しており、芽胞を形成することで長期間生存できます。
原因菌 | 存在場所 |
クロストリジウム属の細菌 | 土壌、動物の腸管内 |
クロストリジウム・パーフリンゲンス | 土壌、動物の腸管内 |
外傷や手術による感染リスク
ガス壊疽の感染経路は、主に外傷や手術などによる皮膚や粘膜の損傷部位からの細菌の侵入によるものです。
特に、土壌や動物の糞便などで汚染された傷からの感染や、深い裂傷や挫滅創などの重度の外傷からの感染のリスクが高いとされています。
また、手術後の縫合部位や褥瘡などの皮膚の損傷部位が、感染の入り口となる可能性も。
感染リスクの高い傷 | 具体例 |
土壌や動物の糞便で汚染された傷 | 農作業中の外傷など |
深い裂傷や挫滅創 | 事故などによる重度の外傷 |
手術後の縫合部位 | 手術後の感染 |
褥瘡(床ずれ) | 長期臥床患者の皮膚損傷 |
血流を介した感染の拡大
ガス壊疽の原因菌が、血流を介して他の部位に感染が広がることも知られています。
この場合、初期の感染部位とは異なる場所に、新たな感染巣が形成されることに。
血流感染は、ガス壊疽の重症化や致死率の上昇に関連するため、注意が必要です。
免疫力の低下とガス壊疽の発症リスク
ガス壊疽の発症には、患者さんの免疫力や抵抗力の低下が大きく影響しています。
リスクを高める因子
- 糖尿病などの基礎疾患による免疫力の低下
- 高齢者や栄養状態の悪化による抵抗力の低下
- 血流障害による組織への酸素供給の減少
このような因子が重なることで、細菌の増殖が促進され、ガス壊疽の発症リスクが高まります。
特に、免疫力の低下した患者さんでは、ガス壊疽が重症化しやすく、治療に難渋するケースも少なくありません。
診察(検査)と診断
ガス壊疽を疑う患者さんの診察と臨床診断および確定診断を行うことは、予後に大きな影響を与えます。
病歴聴取と身体所見の確認
ガス壊疽が疑われる患者さんに対しては、感染経路や発症時期、症状の推移などを詳しく聞き取ります。
次に、身体所見の確認を行い、特徴的な所見は、感染部位の腫脹や疼痛、皮膚の変色などです。
また、皮下組織にガスが貯留することで捻髪音(とんぱつおん)が聴取できることもあります。
所見 | 詳細 |
腫脹 | 感染部位の著明な腫れ |
疼痛 | 感染部位の強い痛み |
皮膚の変色 | 赤色~紫色に変色 |
捻髪音 | 皮下組織のガス貯留 |
画像検査による評価
身体所見に加えて、画像検査による評価も診断に有用です。
単純X線写真では、皮下組織や筋肉内のガス像が確認でき、さらに、CTやMRIを用いることで、より詳細な評価が可能となります。
検査 | 所見 |
単純X線 | 皮下組織や筋肉内のガス像 |
CT | 感染範囲の評価、ガス像の確認 |
MRI | 軟部組織の詳細な評価 |
細菌学的検査の実施
ガス壊疽の確定診断には、細菌学的検査が必須です。
感染部位から採取した検体を用いて行う検査
- グラム染色:グラム陽性桿菌の確認
- 嫌気性培養:ガス壊疽の原因菌であるClostridium属の分離・同定
- 毒素産生の確認:α毒素などの産生能の評価
検査結果を迅速に確認し、抗菌薬感受性試験の結果を踏まえて治療薬を選択します。
総合的な判断に基づく診断
以上の診察所見や検査結果を総合的に判断し、ガス壊疽の診断を行い、臨床所見と細菌学的検査の結果が合致する場合は確定診断とします。
ただし、検査結果が揃っていなくても、臨床所見から強く疑われる場合は迅速な治療開始が必要です。
ガス壊疽(えそ)の治療法と処方薬、治療期間
ガス壊疽の治療では、早期発見と迅速な治療開始が患者さんの予後を大きく左右します。
外科的デブリードマン
感染部位の壊死組織を切除する外科的デブリードマンが治療の中心となります。
病変部位を広範囲に切除し、健康な組織まで切除することが必要です。
デブリードマンの種類 | 内容 |
血管内デブリードマン | 血管内の壊死組織を除去する |
創部デブリードマン | 創部の壊死組織を除去する |
抗菌薬の投与
ガス壊疽の原因菌であるClostridium属菌に有効な抗菌薬の投与が極めて重要で、ペニシリンGやクリンダマイシンの大量投与が行われます。
抗菌薬の投与期間は、通常2週間から4週間程度です。
症状が改善した後も、再発防止のために十分な期間の投与が求められます。
高圧酸素療法
高圧酸素療法は、ガス壊疽の補助的治療法です。
高濃度の酸素を供給することで、嫌気性菌の増殖を抑制し、組織の損傷を軽減する効果が期待できます。
1日1回から2回、60分から90分間の高圧酸素療法を行い、治療期間は5日から10日間程度です。
集中治療管理
ガス壊疽は急速に進行し、生命に関わる合併症を引き起こす危険性があるため、集中治療管理が必要です。
- 全身状態の管理(バイタルサインのモニタリング)
- 輸液や輸血による循環動態の維持
- 疼痛管理
- 栄養管理
これらの集中治療管理を行いながら、感染のコントロールと臓器障害の予防に努めます。
ガス壊疽の治療期間は、軽症例では数週間で治癒する一方、重症例では数ヶ月に及ぶ長期の治療を要することも。
重症度 | 治療期間 |
軽症 | 2週間から4週間 |
中等症 | 4週間から8週間 |
重症 | 2ヶ月から6ヶ月 |
予後と再発可能性および予防
ガス壊疽の治療後の予後は、早期発見と治療開始が鍵で、治療が遅れると、致死率が高くなる危険性があります。
治療後の予後
ガス壊疽の治療では、迅速な外科的デブリードマンと抗菌薬の投与により、良好な予後が期待できますが、重症例では四肢切断や多臓器不全が起こる可能性もあります。
予後因子 | 概要 |
早期発見 | 症状出現から治療開始までの時間が予後を左右する |
基礎疾患 | 糖尿病や免疫抑制状態などの基礎疾患がある場合、予後不良となりやすい |
再発の可能性
適切な治療がなされれば、再発のリスクは低いとされています。
再発予防のための注意点
- 創部の管理を徹底し、二次感染を防ぐ
- 基礎疾患のコントロールを適切に行う
- 免疫力の維持に努める
予防方法
ガス壊疽の予防に有効な取り組み
予防方法 | 概要 |
外傷予防 | 外傷を避け、受傷した際は処置を行う |
衛生管理 | 手洗いや消毒など、日常的な衛生管理を徹底する |
特に、糖尿病患者さんや免疫抑制状態の方は、細心の注意を払う必要があります。 また、土壌や汚染された環境への曝露を避けることも大切です。
ガス壊疽(えそ)の治療における副作用やリスク
ガス壊疽の治療には、副作用やリスクが伴います。
外科的デブリードマンの副作用とリスク
外科的デブリードマンは、感染組織を広範囲に切除するため、副作用やリスクがあります。
- 出血: 切除範囲が広いほど、出血量が増加し、輸血が必要になることがあります。
- 感染: デブリードマン後の創部は感染のリスクが高く、二次感染を引き起こす危険性があります。
- 機能障害: 筋肉や神経の切除により、手足の機能障害が残ることがあります。
- 美容上の問題: 広範囲の切除により、瘢痕が残り、美容上の問題が生じる可能性があります。
副作用・リスク | 対策 |
出血 | 輸血、止血処置 |
感染 | 適切な抗菌薬の使用、創部の管理 |
抗菌薬の副作用
ガス壊疽の治療では、大量の抗菌薬を投与するため、副作用が発生する危険性があります。
- アレルギー反応: ペニシリンアレルギーがある患者では、アナフィラキシーショックを引き起こす可能性があります。
- 腎障害: 大量のペニシリンGやクリンダマイシンは、腎機能に負担をかけ、急性腎障害を引き起こすことがあります。
- 偽膜性大腸炎: クリンダマイシンは、偽膜性大腸炎の原因となるClostridium difficileの増殖を促進する可能性があります。
- 肝障害: まれではありますが、抗菌薬により肝機能障害が発生する場合があります。
抗菌薬の副作用を最小限に抑えるために必要な対策
- アレルギーの確認
- 腎機能や肝機能のモニタリング
- 投与量や投与期間の適正化
抗菌薬 | 主な副作用 |
ペニシリンG | アレルギー反応、腎障害 |
クリンダマイシン | 偽膜性大腸炎、肝障害 |
高圧酸素療法のリスク
高圧酸素療法のリスク
- 気圧外傷: 急激な気圧の変化により、中耳や副鼻腔に痛みや不快感が生じることがあります。
- 酸素中毒: 長時間の高濃度酸素曝露により、肺や中枢神経系に障害が発生するリスクがあります。
- 火災: 高圧酸素室内は火災のリスクが高いため、厳重な管理が必要です。
高圧酸素療法を受ける際の注意点
- 耳抜きの方法を習得し、気圧外傷を予防する
- 治療時間や治療間隔を設定し、酸素中毒を防ぐ
- 高圧酸素室内での火気の使用を厳禁する
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
ガス壊疽の治療には高額な費用がかかる傾向にあります。
診察料
初診料は2,820円程度、再診料は720円程度です。
検査費
ガス壊疽の診断のためには、血液検査、細菌培養検査、画像検査などが必要です。
検査の種類 | 費用の目安 |
血液検査 | 3,000円~10,000円 |
細菌培養検査 | 5,000円~20,000円 |
画像検査(レントゲン、CT、MRIなど) | 10,000円~50,000円 |
処置費
ガス壊疽の治療では、感染部位の切開・ドレナージ、壊死組織のデブリードマン、高圧酸素療法などの処置が行われ、それぞれ数万円から数十万円程度かかります。
入院費
ガス壊疽は重篤な感染症なので、入院治療が必要になることが多いです。
入院費は、1日あたり1万円程度からですが、重症度によっては数万円に及ぶこともあります。
入院期間 | 費用の目安 |
2週間 | 14万円~28万円 |
1ヶ月 | 30万円~60万円 |
2ヶ月 | 60万円~120万円 |
以上
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