溶血性尿毒症症候群(HUS)とは、大腸菌O157などの細菌感染によって引き起こされる重篤な合併症です。
HUSは溶血性貧血、血小板減少、急性腎不全を3徴とし、特に子供や高齢者に多く発症します。
発症初期は下痢や腹痛などの消化器症状が主体ですが、数日の経過で急激に症状が悪化する場合があります。
HUSの予後は必ずしも良好とは限らないため、早期の発見と集中治療が重要となります。
溶血性尿毒症症候群(HUS)の種類(病型)
HUSの主な病型は以下の通りです。
病型 | 原因 | 好発年齢 |
志賀毒素関連HUS | 志賀毒素産生性大腸菌感染 | 小児 |
肺炎球菌関連HUS | 肺炎球菌感染 | 主に小児 |
非典型HUS | 補体制御異常 | 小児から成人 |
HUSは多彩な病型を示す疾患であり、病型によって臨床像や予後が大きく異なります。
したがって、HUSの病型分類を理解することは、本症を正しく診断し、適切に対応するために必要不可欠です。
志賀毒素関連HUS(STEC-HUS)
志賀毒素関連HUS(STEC-HUS)は大腸菌O157などの志賀毒素産生性大腸菌(STEC)感染によって引き起こされる病型です。
小児に多く見られ、典型的HUSとも呼ばれます。
特徴 | 内容 |
原因 | 志賀毒素産生性大腸菌(STEC)感染 |
好発年齢 | 小児 |
予後 | 比較的良好 |
肺炎球菌関連HUS(P-HUS)
肺炎球菌関連HUS(P-HUS)は肺炎球菌感染に伴って発症するHUSで、侵襲性肺炎球菌感染症の0.4~0.6%に合併するとの報告があります。
主に小児に見られ、予後不良のケースがあります。
非典型HUS(aHUS)
非典型HUS(aHUS)は補体制御異常が原因で発症する病型で、家族性または散発性に発症します。
成人での発症も多く、再発を繰り返すことが特徴となっています。
溶血性尿毒症症候群(HUS)の主な症状
HUSは多彩かつ重篤な症状を呈する疾患であり、その症状や経過を理解することは、本症の早期診断と適切な治療につながります。
HUSの主な症状は以下の通りです。
- 血性下痢(初発症状)
- 溶血性貧血
- 血小板減少
- 急性腎障害
初発症状:血性下痢
HUSの初発症状として最も多いのは血性下痢です。下痢に先行して腹痛や嘔吐が見られることもあります。
下痢便には明らかな血液が混じり、時に鮮血便となるケースがあります。
溶血性貧血
HUSでは赤血球の破壊亢進により急速に貧血が進行します。
貧血に伴う症状として、皮膚蒼白、易疲労感、息切れ、動悸などが見られます。
症状 | 頻度 |
皮膚蒼白 | 80-90% |
易疲労感 | 70-80% |
息切れ | 50-60% |
動悸 | 40-50% |
血小板減少
HUSでは血小板の消費亢進により急激な血小板減少を来たします。
血小板減少に伴い、皮下出血斑、鼻出血、歯肉出血などの出血症状が見られます。
重症例では脳内出血を合併することもあり、注意が必要です。
急性腎障害
HUSの重要な症状の一つが急性腎障害です。
溶血に伴う腎血管内皮細胞障害や微小血栓形成により、急速に腎機能が低下します。
乏尿や無尿、浮腫、高血圧などの症状が見られます。
期間 | 主な症状 |
発症1-3日目 | 血性下痢、腹痛、嘔吐 |
発症4-7日目 | 貧血、血小板減少、腎障害 |
発症8日目以降 | 腎不全、神経症状、膵炎など |
溶血性尿毒症症候群(HUS)の原因・感染経路
HUSの原因と感染経路を理解することは、本症の予防と早期診断において大切です。
特に志賀毒素産生性大腸菌(STEC)による感染予防のためには、食品衛生の徹底と手洗いの励行が必要不可欠と言えるでしょう。
志賀毒素産生性大腸菌(STEC)感染
HUSの最も一般的な原因は志賀毒素産生性大腸菌(STEC)、特に大腸菌O157による感染です。
STECは志賀毒素(ベロ毒素)を産生し、この毒素がHUSの発症に重要な役割を果たします。
STECに汚染された食品や水の摂取、感染者との接触により感染が成立します。
感染経路:経口感染
STECによるHUSの主な感染経路は経口感染です。
以下のような経路で感染が広がります。
- 汚染された食品(生肉、非殺菌乳、汚染野菜など)の摂取
- 汚染された水の飲用
- 感染者との直接接触(手指を介した糞口感染)
- 感染動物との接触
その他の原因:非STEC感染
STECによる感染以外にも、まれにHUSの原因となる感染症があります。
原因 | 頻度 |
STEC感染 | 80-90% |
肺炎球菌感染 | 5-10% |
その他の細菌・ウイルス感染 | 1-5% |
補体制御異常による非感染性HUS
感染症とは異なる機序で発症するHUSとして非典型HUS(aHUS)があります。
aHUSは補体制御異常により発症し、遺伝的素因や環境因子が関与します。
病型 | 原因 |
典型的HUS | STEC感染 |
非典型HUS(aHUS) | 補体制御異常 |
診察(検査)と診断
HUSの診断には臨床症状と検査所見を総合的に判断することが大切です。特に溶血性貧血、血小板減少、急性腎障害の3徴を確認することが診断の鍵となります。
臨床症状に基づく診察
HUSの診察では、以下のような臨床症状に注目します。
- 血性下痢(特に小児)
- 貧血症状(皮膚蒼白、易疲労感など)
- 出血症状(皮下出血、鼻出血など)
- 腎障害症状(乏尿、浮腫など)
これらの症状を認めた場合、HUSを疑って検査を進める必要があります。
血液検査
HUSの診断に不可欠な血液検査項目は以下の通りです。
検査項目 | HUSでの所見 |
ヘモグロビン | 低下 |
網状赤血球 | 増加 |
破砕赤血球 | 出現 |
血小板数 | 低下 |
LDH | 上昇 |
ハプトグロビン | 低下 |
これらの所見から、溶血性貧血と血小板減少の存在を確認します。
腎機能検査
HUSでは急性腎障害を呈するため、腎機能検査が重要です。
- 血清クレアチニン:上昇
- 血中尿素窒素(BUN):上昇
- 尿所見:血尿、タンパク尿
検査項目 | HUSでの所見 |
血清クレアチニン | 上昇 |
血中尿素窒素(BUN) | 上昇 |
尿所見 | 血尿、タンパク尿 |
志賀毒素検出検査
典型的HUS(STEC-HUS)の確定診断には、以下の検査が用いられます。
- 大腸菌O157等の分離培養
- 便中志賀毒素の検出(イムノクロマト法、PCR法など)
- 血清中抗LPS抗体の検出
これらの検査により、STEC感染の証拠を得ることができます。
溶血性尿毒症症候群(HUS)の治療法と処方薬
HUSの治療は原因や病型に応じて異なりますが、支持療法が基本となります。
重症例では血漿交換療法や補体阻害薬などの特殊治療を必要とする場合があります。
支持療法
HUSの支持療法では、以下のような対症療法が行われます。
これらの支持療法により、合併症を予防し、患者の状態を安定化させることが重要です。
抗菌薬療法
典型的HUS(STEC-HUS)では、抗菌薬の使用は控えるべきとされています。
病型 | 抗菌薬療法 |
典型的HUS(STEC-HUS) | 原則禁忌 |
肺炎球菌関連HUS(P-HUS) | 適応あり |
抗菌薬の使用により、かえって志賀毒素の放出が促進され、症状が悪化する可能性があるためです。
血漿交換療法
重症のHUS、特に非典型HUS(aHUS)では、血漿交換療法が有効とされています。
血漿交換療法は患者の血漿を健常人の新鮮凍結血漿と置換することで、以下の効果が期待できます。
- 血中の異常因子(補体制御因子など)の除去
- 正常な補体制御因子の補充
ただし、血漿交換療法の効果は一時的であり、根本的な治療法ではないことに注意が必要です。
補体阻害薬
非典型HUS(aHUS)の治療において、補体阻害薬が重要な役割を果たします。
現在、以下の補体阻害薬が使用可能です。
薬剤名 | 作用機序 |
エクリズマブ | C5阻害 |
ラブリズマブ | C5阻害 |
これらの薬剤は補体系の異常活性化を抑制し、血管内皮障害や血栓形成を防ぐことで、aHUSの治療効果を発揮します。
治療に必要な期間と予後について
HUSの治療期間と予後は病型や重症度によって大きく異なります。
典型的HUSでは比較的予後良好ですが、非典型HUSでは長期的な治療を要し予後不良の場合があります。
適切な治療と長期的な予後管理により患者のQOLを維持することが重要です。
典型的HUS(STEC-HUS)の治療期間と予後
典型的HUSの治療期間は通常2~3週間程度です。
多くの患者は支持療法によって回復し、長期的な予後は比較的良好です。
項目 | 内容 |
治療期間 | 2~3週間 |
死亡率 | 1~5% |
慢性腎不全移行率 | 5~10% |
ただし、中枢神経系合併症を伴う重症例では死亡率が高くなります。
非典型HUS(aHUS)の治療期間と予後
非典型HUSの治療期間は典型的HUSと比べて長期に及ぶことが多く、数ヶ月から数年に及ぶ場合があります。
補体阻害薬の導入により予後は改善傾向にありますが、依然として重篤な経過をたどるケースが少なくありません。
項目 | 内容 |
治療期間 | 数ヶ月~数年 |
死亡率 | 10~20% |
末期腎不全移行率 | 50%以上 |
非典型HUSでは長期的な補体阻害薬の投与が必要となることが多く、再発リスクも高いため注意深いフォローアップが重要です。
予後に影響する因子
HUSの予後に影響する主な因子は以下の通りです。
- 年齢(乳幼児、高齢者で予後不良)
- 病型(非典型HUSで予後不良)
- 中枢神経系合併症の有無
- 腎障害の重症度
- 治療開始までの期間
これらの因子を考慮し、個々の患者に応じた治療方針を立てることが大切です。
長期的な予後管理
HUSの治療後は長期的な予後管理が必要です。
特に、以下のような点に注意してフォローアップを行います。
- 腎機能のモニタリング
- 高血圧の管理
- 再発の早期発見
定期的な腎機能検査や血圧測定、尿検査などを行い、慢性腎臓病への移行を防ぐことが重要です。
溶血性尿毒症症候群(HUS)の治療における副作用やリスク
HUSの治療では患者の生命を守ることが最優先ですが、治療に伴う副作用やリスクについても十分に理解し注意深くモニタリングすることが重要です。
特に血漿交換療法や補体阻害薬の使用に際しては慎重な対応が求められます。
血漿交換療法の副作用とリスク
血漿交換療法はHUSの重症例において有効な治療法ですが、以下のような副作用やリスクを伴います。
- アレルギー反応(新鮮凍結血漿に対する反応)
- 感染症(血液製剤を介した感染リスク)
- 電解質異常(カルシウム低下など)
- 出血傾向(凝固因子の一時的な低下)
これらの副作用やリスクを最小限に抑えるため、患者の状態を注意深く観察し、必要に応じて対処することが大切です。
副作用・リスク | 対策 |
アレルギー反応 | 抗ヒスタミン薬、ステロイドの前投与 |
感染症 | 血液製剤のスクリーニング、無菌操作 |
電解質異常 | 電解質のモニタリングと補正 |
出血傾向 | 凝固系のモニタリングと必要に応じた補充 |
補体阻害薬の副作用とリスク
補体阻害薬(エクリズマブ、ラブリズマブ)は非典型HUSの治療に革新をもたらしましたが、以下のような副作用やリスクがあります。
副作用・リスク | 対策 |
髄膜炎菌感染症 | ワクチン接種、抗菌薬予防投与 |
infusion reaction | 前投薬、投与速度の調整 |
日和見感染症 | 感染症状のモニタリング、早期対応 |
支持療法に関連する副作用とリスク
HUSの支持療法に関連する主な副作用やリスクは以下の通りです。
- 輸血による感染症リスク
- 腎代替療法(透析)に伴う合併症(低血圧、感染など)
- 中心静脈カテーテル関連合併症(感染、血栓など)
これらのリスクに対しては感染管理の徹底、カテーテルケアの適切な実施、患者の全身状態の注意深いモニタリングが必要です。
予防方法
HUSの予防にはSTECの感染予防が最も重要であり、食品衛生の徹底と個人の衛生管理が鍵となります。
また感染者の適切な管理により二次感染を防ぐことも大切です。
これらの予防策を日常生活に取り入れることで、HUSの発症リスクを大幅に減らすことができるでしょう。
食品衛生の徹底
STECは主に食品を介して感染するため、食品衛生の徹底が予防の基本です。
- 生肉や非殺菌乳製品の摂取を避ける
- 野菜や果物は十分に洗浄する
- 食品の適切な保存と調理時の加熱を徹底する
- 調理器具の洗浄・消毒を徹底する
個人の衛生管理
STECは感染者との接触や汚染された環境からも感染するため、個人の衛生管理が重要です。
- 手洗いの徹底(特にトイレ後、調理前)
- トイレの衛生管理(汚物の適切な処理)
- おむつ交換時の手指衛生
- 感染者との接触を避ける
感染拡大の防止
STECに感染した場合、二次感染を防ぐための対策が必要です。
- 感染者は食品を扱う作業を避ける
- 感染者の便は適切に処理し、汚染を防ぐ
- 感染者の使用したリネンや衣類は別洗いする
- 感染者との接触時は手指衛生を徹底する
これらの対策により感染拡大を防ぐことが可能です。
集団発生への対応
STECは集団発生を起こすことがあるため、迅速な対応が求められます。
- 疑わしい症例の早期発見と報告
- 感染源の特定と排除
- 接触者の調査と健康観察
- 予防措置の徹底(手洗い、食品衛生など)
集団発生時には保健所や医療機関との連携が不可欠です。
治療費について
溶血性尿毒症症候群(HUS)の治療費は患者の重症度や治療内容によって大きく異なります。
軽症例では支持療法のみで済むケースもありますが、重症例では血漿交換療法や補体阻害薬の使用が必要となり治療費は高額になります。
また補体阻害薬は現在保険適用外のため、自己負担となることがあります。
一方、公的医療助成制度の対象となれば自己負担額は大幅に軽減されます。
以上
SCHEIRING, Johanna; ANDREOLI, Sharon P.; ZIMMERHACKL, Lothar Bernd. Treatment and outcome of Shiga-toxin-associated hemolytic uremic syndrome (HUS). Pediatric nephrology, 2008, 23: 1749-1760.
GOLDWATER, Paul N.; BETTELHEIM, Karl A. Treatment of enterohemorrhagic Escherichia coli (EHEC) infection and hemolytic uremic syndrome (HUS). BMC medicine, 2012, 10: 1-8.
NORIS, Marina; REMUZZI, Giuseppe. Hemolytic uremic syndrome. Journal of the American Society of Nephrology, 2005, 16.4: 1035-1050.
KAPLAN, Bernard S.; MEYERS, Kevin E.; SCHULMAN, Seth L. The pathogenesis and treatment of hemolytic uremic syndrome. Journal of the American Society of Nephrology, 1998, 9.6: 1126-1133.
CORRIGAN JR, James J.; BOINEAU, Frank G. Hemolytic-uremic syndrome. Pediatrics in Review, 2001, 22.11: 365-369.
LOIRAT, Chantal; FRÉMEAUX-BACCHI, Véronique. Atypical hemolytic uremic syndrome. Orphanet journal of rare diseases, 2011, 6: 1-30.
MELE, Caterina; REMUZZI, Giuseppe; NORIS, Marina. Hemolytic uremic syndrome. In: Seminars in immunopathology. Berlin/Heidelberg: Springer Berlin Heidelberg, 2014. p. 399-420.
CODY, Ellen M.; DIXON, Bradley P. Hemolytic uremic syndrome. Pediatric Clinics, 2019, 66.1: 235-246.
LOIRAT, Chantal; SALAND, Jeffrey; BITZAN, Martin. Management of hemolytic uremic syndrome. La Presse Médicale, 2012, 41.3: e115-e135.
KAVANAGH, David; GOODSHIP, Tim H.; RICHARDS, Anna. Atypical hemolytic uremic syndrome. In: Seminars in nephrology. WB Saunders, 2013. p. 508-530.