腎症候性出血熱 – 感染症

腎症候性出血熱(hemorrhagic fever with renal syndrome)とは、ハンタウイルスが引き起こすウイルス性出血熱です。

ハンタウイルスの保有宿主はネズミで、ネズミの排泄物や唾液などを介して人への感染が起こります。

潜伏期間は通常2~3週間ほどで、初期症状としてはインフルエンザに類似した発熱、頭痛、筋肉痛などが現れるのが特徴です。

病状が進行すると、出血傾向や急性腎不全などの重篤な症状が起きることがあります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

腎症候性出血熱の種類(病型)

腎症候性出血熱は、重症度によって重症型、中等症型、軽症型の3つの病型に分類されます。

重症型

重症型は、腎症候性出血熱の中で最も重篤な病型です。

40℃前後の高熱が持続し、皮下出血や粘膜出血などの出血症状を呈し、さらに、無尿や乏尿、電解質異常を伴う急性腎不全を発症します。

症状特徴
高熱40℃前後の発熱が持続
出血症状皮下出血、粘膜出血など
急性腎不全無尿や乏尿、電解質異常

重症型の患者さんは、集中治療室での厳重な管理が必要で、血液浄化療法や血液製剤の投与など、専門的な治療が行われます。

治療を行わない場合、致死率が高くなる病型です。

中等症型

中等症型は、重症型ほどではないものの、発熱や腎機能障害などの症状を示し、38℃前後の発熱、蛋白尿や血尿、軽度の腎機能低下などが認められます。

中等症型の患者さんも入院治療が必要ですが、対症療法を行うことで多くの場合は回復します。

輸液管理と腎機能のモニタリングが治療の中心で、重症型と比較すると、予後は比較的良好です。

軽症型

軽症型は、腎症候性出血熱の中で最も軽度な病型で、37℃台の微熱や軽度の全身倦怠感などの非特異的な症状を呈します。

腎機能障害は認められないか、あっても軽微です。

症状程度
発熱37℃台の微熱
全身倦怠感軽度
腎機能障害なし〜軽微

軽症型の患者さんは、多くの場合、対症療法のみで自然に治癒します。

病型の鑑別と対応

腎症候性出血熱の予後改善には、病型を早期に鑑別し治療を開始することが重要です。

軽症型の患者さんであっても、症状の悪化に注意し、定期的な経過観察が求められます。

中等症型以上の患者さんは、入院管理が必須です。

腎症候性出血熱の主な症状

腎症候性出血熱は、ハンタウイルスが原因で起こる深刻な感染症で、高熱、出血、腎不全などの特有の症状が現れます。

発熱と全身症状

腎症候性出血熱の初期症状は、39〜40℃の高熱、悪寒、頭痛、筋肉痛、背部痛などの非特異的な症状です。

この時期に、眼球結膜の充血や顔面の紅潮が見られる患者さんもいます。

症状詳細
高熱39〜40℃
悪寒寒気を伴う
頭痛強い頭痛
筋肉痛全身の筋肉痛
背部痛腰背部の痛み

出血症状

発症から数日経過すると、皮下出血、鼻出血、歯肉出血、消化管出血などの出血症状が現れ、重症の患者さんでは、脳出血や肺出血を起こし、命に関わることもあります。

腎障害

腎症候性出血熱の特徴的な症状の1つが、急性腎不全です。

発症から1週間ほどで、尿量の減少、蛋白尿、血尿などの腎障害の症状が現れます。

重症化した場合、無尿や高窒素血症を呈し、透析治療が必要になることも。

腎障害の症状詳細
尿量減少1日尿量が500mL以下
蛋白尿尿中の蛋白質が増加
血尿尿中に血液が混じる
無尿尿が全く出ない状態
高窒素血症血中の窒素化合物が増加

その他の症状

  • 視力低下や視野狭窄などの眼症状
  • 難聴や耳鳴りなどの耳症状
  • 肝機能障害による黄疸
  • 中枢神経系の障害による意識障害や痙攣

腎症候性出血熱の原因・感染経路

腎症候性出血熱は、ハンタウイルス属に属するウイルスが原因となって発症し、主にげっ歯類を介して感染が拡大します。

ハンタウイルスが原因

腎症候性出血熱を引き起こすのは、ハンタウイルス属に分類されるウイルスです。 このウイルスは、げっ歯類の体内で感染・増殖します。

げっ歯類の尿、糞、唾液などに含まれるウイルスが、環境中に排出されることが感染の原因です。

ウイルスに汚染された場所で作業をしたり、げっ歯類に直接触れたりすると、感染のリスクが高くなります。

ウイルス名自然宿主
ハンタンウイルスアカネズミ、ヒメネズミ
ソウルウイルスアカネズミ
プーマラウイルスヨーロッパハタネズミ

げっ歯類からヒトへの感染経路

ヒトがウイルスに感染する経路としては、次のようなケースが考えられます。

  • – ウイルスに汚染された場所でのげっ歯類との直接的な接触
  • – げっ歯類の排泄物や体液に汚染された塵埃の吸入
  • – ウイルスに汚染された食物や水の摂取

特にげっ歯類の生息地での作業や、げっ歯類の排泄物の処理などの際は、感染のリスクが高まります。

ヒトからヒトへの感染はまれ

ヒトからヒトへの直接的な感染はめったに起こらないと考えられています。

ウイルスに感染したヒトの体液などを介した二次感染の可能性を完全に否定することはできませんが、一般的に感染力は低いです。

感染経路リスクの高さ
げっ歯類との直接的な接触高い
げっ歯類の排泄物や体液に汚染された塵埃の吸入高い
ウイルスに汚染された食物や水の摂取中程度
ヒトからヒトへの感染低い

診察(検査)と診断

腎症候性出血熱を診断する際は、患者の症状や身体所見、血液検査、画像検査などを総合的に評価し、臨床診断と確定診断を行います。

症状と身体所見の確認

医師は、患者さんから詳しく症状を聞き取り、入念に診察を行い、高熱、頭痛、筋肉痛、腹痛、腰痛などの症状がないかチェックします。

皮膚の出血斑や点状出血、眼球結膜の充血なども重要な手がかりです。

確認すべき症状チェックポイントとなる身体所見
高熱皮膚の出血斑
頭痛点状出血
筋肉痛眼球結膜の充血

血液検査の実施

血液検査の項目

  • 白血球数の増加の有無
  • 血小板数の減少の有無
  • 肝酵素の上昇の有無
  • 腎機能の低下の有無
検査対象腎症候性出血熱を示唆する所見
白血球数増加傾向
血小板数減少傾向
肝酵素上昇傾向
腎機能低下傾向

画像検査の活用

腹部エコーやCTスキャンを行うことで、腎臓の腫大や出血の状況を把握できます。

また、胸部レントゲン撮影によって肺うっ血の有無を確認するのも欠かせません。

ウイルス検査による確定診断

臨床診断の結果、腎症候性出血熱の可能性が高いと判断された場合は、ウイルス検査を実施して確定診断を下します。

検査方法

  • 血清中の抗体価を測定する
  • ウイルスの遺伝子をPCR法で検出する
  • ウイルスを分離・同定する

腎症候性出血熱の治療法と処方薬

腎症候性出血熱の治療は、主に症状に応じた対症療法と抗ウイルス薬の投与で行われます。

対症療法

対症療法では、脱水や電解質異常を補正し、血液凝固異常を是正することが目的です。

輸液によって水分・電解質バランスを管理し、必要であれば輸血も実施します。

治療法目的
輸液脱水や電解質異常の補正
輸血血液凝固異常の是正

さらに、腎不全が進行した際は、透析療法が必要になることもあり、 また、症状に応じて疼痛管理や血圧コントロールなども行われます。

抗ウイルス薬

抗ウイルス薬に関しては、リバビリンの投与が有効だと考えられています。

リバビリンはウイルスの増殖を抑制する作用を持ち、早期の投与開始によって重症化を防ぐことが可能です。

薬剤名投与方法
リバビリン点滴静注または経口投与
ファビピラビル経口投与

ただし、リバビリンには副作用もあるため、患者さんの状態を見極めながら慎重に投与します。

治療における注意点

腎症候性出血熱の治療での注意点

  • -早期の診断と治療開始が重要
  • -脱水や電解質異常に対して適切に管理
  • -出血傾向を注意深くモニタリング
  • -抗ウイルス薬の副作用に注意

治療に必要な期間と予後について

腎症候性出血熱では治療を行うと、重症例を除いては、良好な治癒の見込みが期待できます。

治療期間

腎症候性出血熱がどの程度の治療期間を要するかは、症状の重さによって違ってきます。

軽い症状の場合は、対症療法だけで1〜2週間前後の治療で回復に至ることが一般的です。

重症度治療期間
軽症1〜2週間
中等症2〜4週間
重症4週間以上

症状が重くなった場合には集中治療が必要となり、回復まで1ヶ月以上の時間を要することも。

血液透析や人工呼吸管理が求められるケースもあり、入院が長引く可能性があります。

合併症と後遺症

症状が重くなると、以下のような合併症が起こるおそれがあります。

  • 急性腎不全
  • 肺水腫
  • 意識障害
  • 播種性血管内凝固症候群(DIC)
合併症頻度
急性腎不全高い
肺水腫比較的高い
意識障害
播種性血管内凝固症候群(DIC)

治癒した後も、一時的に腎機能の低下が残り、まれではありますが慢性腎不全へ移行するケースもあるので、治癒後も定期的な経過の確認が大切です。

予後

腎症候性出血熱は治療を行えば、亡くなる確率は1%未満だとされています。

ただし高齢の方や基礎疾患のある患者さんでは重症化する危険性が高まるため、慎重な管理が欠かせません。

年齢致死率
若年者1%未満
高齢者5%程度

腎症候性出血熱の治療における副作用やリスク

腎症候性出血熱の治療には、副作用やリスクがつきものです。

抗ウイルス薬の副作用

腎症候性出血熱の治療に用いられる抗ウイルス薬は、副作用が報告されています。

薬剤名主な副作用
リバビリン貧血、白血球減少
ファビピラビル肝機能障害、催奇形性

支持療法のリスク

腎症候性出血熱の治療では、対症療法としての支持療法も行われます。

  • – 輸液療法: 電解質異常や溢水のリスク
  • – 透析療法: 低血圧、出血、感染のリスク
  • – 輸血療法: 感染、アレルギー反応のリスク

合併症

腎症候性出血熱では、さまざまな合併症が起こる可能性があります。

合併症概要
急性腎障害腎機能の急激な低下
脳症意識障害、けいれん
DIC凝固異常、臓器障害

予防方法

腎症候性出血熱を予防するには、ネズミの駆除や侵入防止対策、屋内の清潔な環境維持が重要になります。

さらに、ネズミの排泄物への接触を避け、手洗いを励行し、適切な防護具を着用することも必要です。

ネズミの駆除と侵入防止

専門業者によるネズミの駆除や、建物の隙間を塞ぐなどの対策を講じることで、ネズミの生息数を減らし、ウイルスへの曝露リスクを低減できます。

対策内容
駆除専門業者によるネズミの捕獲や殺鼠剤の使用
侵入防止建物の隙間を塞ぐ、ドアや窓に網戸を設置するなど

屋内環境の清潔維持

ネズミを引き寄せない清潔な屋内環境を保つことも大切です。

食べ残しや生ゴミを放置せず、ゴミ箱は蓋付きのものを使用しましょう。

また、倉庫や物置など、ネズミが潜みやすい場所の整理整頓を心がける必要もあります。

排泄物への接触回避と手洗いの励行

ネズミの排泄物に触れることで感染のリスクが高まるため、排泄物への直接的な接触には注意が必要です。

もし触れた場合は、直ちに石鹸と流水で手洗いを行います。

適切な防護具の着用

ネズミの生息地で作業する際は、防護具を着用しましょう。

  • ゴム手袋
  • マスク
  • 長袖の衣服
  • 長靴
防護具着用の目的
ゴム手袋排泄物への直接接触を防ぐ
マスク空気中のウイルス吸入を防ぐ

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

治療費の目安

腎症候性出血熱の治療費は、軽症の場合は数十万円程度、重症化すると多額の費用がかかることがあります。

症状治療費の目安
軽症30万〜50万円
中等症50万〜200万円
重症200万円以上

高額療養費制度の活用

治療費が高額になった場合、高額療養費制度を利用することで自己負担額を抑えることが可能です。

月々の上限額は所得区分によって異なりますが、一般的には以下のような金額になります。

  • 住民税非課税世帯:35,400円
  • 一般所得者:80,100円+(医療費-267,000円)×1%
  • 現役並み所得者:252,600円+(医療費-842,000円)×1%

以上

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