単純性肺アスペルギローマ(SPA solitary pulmonary aspergilloma)とは、肺に空洞ができる慢性肺疾患に続発するアスペルギルス症の1つです。
肺の空洞内にカビの塊である菌球ができることが特徴です。
アスペルギルス属の真菌が気道から肺の中に入り込み、慢性肺疾患などで形成された肺の空洞内で増えることにより菌球ができ、SPAを発症します。
単純性肺アスペルギローマ(SPA)の種類(病型)
単純性肺アスペルギローマ(SPA)は、単純性肺アスペルギローマと複雑性肺アスペルギローマの2つの病型に分けられます。
単純性肺アスペルギローマ
単純性肺アスペルギローマは、基礎疾患がないか、あっても軽微な症例に発生します。
肺の空洞内にアスペルギルス菌球が形成されるものの、周囲の肺組織への影響が比較的限定的です。
病型 | 基礎疾患 |
単純性肺アスペルギローマ | なし、または軽微 |
複雑性肺アスペルギローマ | 慢性進行性の肺疾患や免疫不全状態など |
複雑性肺アスペルギローマ
複雑性肺アスペルギローマは、慢性進行性の肺疾患や免疫不全状態などの基礎疾患を持つ症例に発生する病型です。
アスペルギルス菌球の形成だけでなく、周囲の肺組織に炎症や破壊が進行していくことが特徴として挙げられます。
単純性肺アスペルギローマと複雑性肺アスペルギローマの特徴の比較
特徴 | 単純性肺アスペルギローマ | 複雑性肺アスペルギローマ |
基礎疾患 | なし、または軽微 | 慢性進行性の肺疾患や免疫不全状態など |
周囲肺組織への影響 | 比較的限定的 | 炎症や破壊が進行 |
単純性肺アスペルギローマ(SPA)の主な症状
単純性肺アスペルギローマ(SPA)は、多くの場合症状がありませんが、咳や喀血が出ることもあります。
咳嗽
咳は、SPAで最もよくみられる症状の1つで、空洞内の菌球が気道を刺激することで、引き起こされます。
咳の程度は、たまに出る程度の軽いものから、ひどい咳込みを伴う重いものまでさまざまです。
程度 | 説明 |
軽度 | たまに咳が出る程度 |
中等度 | 日常生活に支障をきたす咳 |
重度 | 激しい咳込みを伴う |
喀血
喀血は、SPAで重要な症状の1つです。 菌球の周りの血管が破れることで、喀血が起こり、喀血の程度は、少量の血痰から大量の喀血まであります。
- 少量の血痰
- 中等量の喀血
- 大量喀血(喀血量が100mL以上)
発熱
SPAでは、熱が出ることもあり、菌球による気道の炎症反応で引き起こされます。
程度 | 体温 |
微熱 | 37℃台 |
中等度の発熱 | 38℃台 |
高熱 | 39℃以上 |
その他の症状
SPAでは、そのほかに症状が出ることもあります。
- 全身がだるい
- 体重が減る
- 息切れ
これらの症状は、SPAの合併症や全身状態が悪化していることを示唆している可能性もあります。
単純性肺アスペルギローマ(SPA)の原因・感染経路
単純性肺アスペルギローマ(SPA)は、主に空気中に存在するアスペルギルス胞子を吸入することによって感染が成立します。
アスペルギルス属真菌
単純性肺アスペルギローマの原因菌であるアスペルギルス属真菌は、自然界に広く分布しています。
特に、土壌や腐敗した有機物中に多く存在しており、胞子を空中に放出することで拡散します。
アスペルギルス属真菌の種類 | 自然界での分布 |
アスペルギルス・フミガタス | 土壌、腐敗した有機物 |
アスペルギルス・ニガー | 土壌、腐敗した有機物 |
感染経路
単純性肺アスペルギローマの主な感染経路
- 空気中に浮遊するアスペルギルス胞子を吸入する
- 肺内の既存の空洞や嚢胞に胞子が定着する
- 肺内で菌糸が増殖し、アスペルギローマが形成される
感染経路 | 詳細 |
胞子の吸入 | 空気中に浮遊する胞子を吸入 |
肺内での定着 | 既存の空洞や嚢胞に胞子が定着 |
アスペルギローマの形成 | 菌糸の増殖によりアスペルギローマが形成 |
感染のリスク因子
単純性肺アスペルギローマに感染するリスクは、いくつかの因子によって高くなります。
診察(検査)と診断
単純性肺アスペルギローマ(SPA)の診断は、画像検査の結果と臨床所見を総合して判断します。
確定診断をつけるには、菌球からアスペルギルスを検出することが大切ですが、体に負担のかかる検査が必要なため、臨床診断で治療方針を決めることが多いです。
問診・身体診察
SPAの診察では、まず問診と身体診察を行い、咳や喀血、熱などの症状の有無や喫煙歴、基礎疾患の有無などを確認し、聴診で異常な音がないかチェックします。
項目 | 内容 |
問診 | 咳、喀血、発熱などの症状の有無、喫煙歴、基礎疾患の有無など |
身体診察 | 聴診による異常音の有無のチェック |
画像検査
SPAの診断で最も重要なのは、画像検査で、胸部レントゲン検査と胸部CT検査を行い、肺の空洞内に菌球があるかを確認します。
検査 | 所見 |
胸部レントゲン検査 | 肺の空洞内に丸い影(菌球)がある |
胸部CT検査 | 肺の空洞内に菌球がある、空洞の壁が厚くなっていないか、周りに炎症が広がっていないかを評価 |
血液検査
SPAでは、アスペルギルスに対する抗原や抗体の検査を行うこともありますが、検査の感度・特異度は高くなく、診断は確定できません。
- アスペルギルス抗原(ガラクトマンナン)検査
- アスペルギルス抗体検査
確定診断
SPAの確定診断をつけるには、菌球からアスペルギルスを検出する必要がありますが、体に負担のかかる検査です。
単純性肺アスペルギローマ(SPA)の治療法と処方薬
単純性肺アスペルギローマ(SPA)の治療は、症状がないときは経過を見ることが多く、症状がある場合は抗真菌薬での治療や手術での切除をします。
経過観察
症状のないSPAでは、定期的な画像検査で経過を見て、症状が出てきたり菌球が大きくなってきた場合は、治療を検討します。
検査項目 | 検査間隔 |
胸部X線検査 | 3〜6ヶ月毎 |
胸部CT検査 | 6〜12ヶ月毎 |
抗真菌薬治療
症状のあるSPAでは、抗真菌薬での治療が選ばれることがあります。 抗真菌薬は、菌球の増大を抑えて、症状を良くすることが目的です。
SPAで使われる主な抗真菌薬
- イトラコナゾール
- ボリコナゾール
- アムホテリシンB
薬剤名 | 用法・用量 |
イトラコナゾール | 200mg/日 |
ボリコナゾール | 初日400mg/日、以後200mg/日 |
アムホテリシンB | 0.5〜1.0mg/kg/日 |
外科的切除
大量の喀血のリスクが高かったり、抗真菌薬での治療が効かない時は、手術での切除が検討されます。
手術での切除は、菌球のある空洞を取り除くことで、症状を良くして再発を防ぐことが目的です。
手術での切除が考えられるのは、以下の場合です。
- 大量の喀血のリスクが高い場合
- 抗真菌薬での治療が効かない場合
- 菌球が1つだけで切除できる場合
術後管理
手術で切除した後、再発を防ぐために抗真菌薬での治療が行われることがあります。 また、定期的に画像検査で経過を見ていくことが大切です。
治療に必要な期間と予後について
単純性肺アスペルギローマ(SPA)は、症状がない場合は予後は比較的良いですが、症状がある場合は治療が必要で、治療期間が長引くこともあります。
経過観察の場合
症状のないSPAでは、定期的に画像検査で経過を見ていきます。
経過観察の間隔 | 期間 |
3〜6ヶ月ごと | 数年間 |
抗真菌薬治療の場合
症状のあるSPAでは、抗真菌薬での治療を選ぶことがあり、 治療期間は、症状や画像所見の改善具合で決められます。
抗真菌薬 | 治療期間 |
イトラコナゾール | 3〜6ヶ月 |
ボリコナゾール | 3〜6ヶ月 |
アムホテリシンB | 2〜4週間 |
外科的切除の場合
手術で切除した後の予後は、基礎疾患の状態によって変わります。
SPAの予後
SPAの予後は、以下の要因によって変わります。
- 症状があるかどうか
- 基礎疾患の状態
- 治療法
単純性肺アスペルギローマ(SPA)の治療における副作用やリスク
単純性肺アスペルギローマ(SPA)の治療では、抗真菌薬の投与や外科的切除が行われますが、これらの治療法には一定の副作用やリスクが伴います。
抗真菌薬治療の副作用
単純性肺アスペルギローマの治療に用いられる抗真菌薬には、次のような副作用が報告されています。
- 消化器症状(悪心、嘔吐、下痢など)
- 肝機能障害
- 腎機能障害
- アレルギー反応
抗真菌薬 | 主な副作用 |
イトラコナゾール | 消化器症状、肝機能障害 |
ボリコナゾール | 視覚障害、肝機能障害、皮膚反応 |
アムホテリシンB | 腎機能障害、電解質異常、発熱 |
外科的切除のリスク
単純性肺アスペルギローマに対する外科的切除のリスク
- 術後の合併症(出血、感染、気胸など)
- 呼吸機能の低下
- 再発の可能性
術式 | 主なリスク |
肺葉切除 | 呼吸機能の低下、術後合併症 |
肺区域切除 | 再発の可能性、術後合併症 |
肺部分切除 | 再発の可能性、術後合併症 |
予防方法
単純性肺アスペルギローマ(SPA)を予防するためには、アスペルギルス属真菌への接触を減らし、感染防御能を高めることが大切です。
環境管理の徹底
アスペルギルス属真菌は、土壌や腐敗した有機物に多く存在するため、環境管理が必要です。
- 住居や職場の清掃・除塵
- 空気清浄機の使用
- 建物の適切な換気・湿度管理
環境管理 | 具体的な方法 |
清掃・除塵 | 定期的な掃除機がけ、拭き掃除 |
空気清浄 | HEPAフィルター付き空気清浄機の使用 |
換気・湿度管理 | 適切な換気、湿度を50%以下に保つ |
免疫力の維持・向上
単純性肺アスペルギローマの発症リスクは、免疫力が低下した状態で増加するため、免疫力の維持・向上が大切です。
- バランスの取れた食事
- 適度な運動
- 十分な休養
- ストレス管理
免疫力の維持・向上 | 具体的な方法 |
バランスの取れた食事 | 食材の多様性、適切なカロリー摂取 |
適度な運動 | 日常的な運動習慣 |
十分な休養 | 質の良い睡眠、リラックス |
ストレス管理 | ストレス対処法の習得 |
既存の肺疾患の管理
単純性肺アスペルギローマは、既存の肺疾患(肺結核、肺嚢胞症など)を有する患者に発症しやすいため、これらの疾患の管理が欠かせません。
既存の肺疾患がある場合は、対策が必要です。
- 定期的な医療機関での受診
- 処方薬の適切な服用
- 生活習慣の改善(禁煙など)
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
抗真菌薬治療の費用
抗真菌薬の費用の目安
抗真菌薬 | 薬価(1日当たり) |
イトラコナゾール | 約1,000円 |
ボリコナゾール | 約5,000円 |
アムホテリシンB | 約10,000円 |
外科的切除の費用
単純性肺アスペルギローマに対する外科的切除の費用は、手術の種類や入院期間によって変動します。
術式 | 概算費用(入院費用を含む) |
肺葉切除 | 約100万円 |
肺区域切除 | 約80万円 |
肺部分切除 | 約50万円 |
公的医療保険の適用
単純性肺アスペルギローマの治療費は、公的医療保険の適用対象です。
- 健康保険
- 国民健康保険
- 後期高齢者医療制度
ただし、患者の自己負担額は、次の要因によって異なります。
- 患者の年齢
- 所得区分
- 高額療養費制度の適用
以上
Han EY, Kher S. Treatment of Simple Pulmonary Aspergilloma. ATS Scholar. 2024 Apr:ats-scholar.
Aydoğdu K, Incekara F, Şahin MF, Gülhan SŞ, Findik G, TAŞTEPE Aİ, Kaya S. Surgical management of pulmonary aspergilloma: clinical experience with 77 cases. Turkish journal of medical sciences. 2015;45(2):431-7.
Ruiz Júnior RL, Oliveira FH, Piotto BL, Cataneo DC, Cataneo AJ. Surgical treatment of pulmonary aspergilloma. Jornal Brasileiro de Pneumologia. 2010;36:779-83.
Benjelloun H, Zaghba N, Yassine N, Bakhatar A, Karkouri M, Ridai M, Bahlaoui A. Chronic pulmonary aspergillosis: A frequent and potentially severe disease. Médecine et maladies infectieuses. 2015 Apr 1;45(4):128-32.
Yuan P, Wang Z, Bao F, Yang Y, Hu J. Is video-assisted thoracic surgery a versatile treatment for both simple and complex pulmonary aspergilloma?. Journal of Thoracic Disease. 2014 Feb;6(2):86.
Chen QK, Jiang GN, Ding JA. Surgical treatment for pulmonary aspergilloma: a 35-year experience in the Chinese population. Interactive cardiovascular and thoracic surgery. 2012 Jul 1;15(1):77-80.
Benjelloun H, Harraz H, Chaanoun K, Yassine NZ. Pulmonary Aspergilloma: About 167 Cases. Sch J Med Case Rep. 2022 May;5:480-4.
Sezen CB, Aker C, Doğru MV, Aksoy Y, Bilen S, Sönmezoğlu Y, Erdoğu V, Cansever L, Metin M. Factors affecting survival after anatomical lung resection in pulmonary aspergilloma: Our 10-year single institution experience. Turkish Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery. 2022 Jan;30(1):92.
Tomee JC, Van Der Werf TS. Pulmonary aspergillosis. The Netherlands Journal of Medicine. 2001 Nov 1;59(5):244-58.
Nishii-Mitsuaki M, Nakazono C, Okada S, Kameyama K, Urata Y, Inoue M, Ueshima Y. Mesenchymal cystic hamartoma of the lung mimicking simple pulmonary aspergilloma: a case report. General Thoracic and Cardiovascular Surgery Cases. 2023 May 18;2(1):23.