無鉤嚢虫症(むこうのうちゅうしょう) – 感染症

無鉤嚢虫症(むこうのうちゅうしょう)(taenia saginata cysticercosis)とは、牛肉条虫(無鉤条虫)の幼虫が人間の体内の組織や臓器に寄生することで発症する寄生虫感染症のことです。

この病気に感染する主な原因は、感染した牛の生肉や十分に加熱されていない肉を口にすることによるものです。

無鉤嚢虫症はとりわけ衛生環境が整っていない地域や、牛肉を生で食べる習慣がある地域において問題となっています。

多くの患者さんは無症状のまま経過しますが、重要な臓器に幼虫が寄生した際には、健康被害をもたらします。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

無鉤嚢虫症(むこうのうちゅうしょう)の種類(病型)

無鉤嚢虫症には、線虫症、吸虫症、条虫症という主要な病型があります。

線虫症

線虫症は、無鉤嚢虫症の中でも最もよく見られる病型の一つです。

原因となるのは、円筒形の体を持つ線虫と呼ばれる寄生虫で、人体のさまざまな部位に影響を与える可能性があります。

感染部位に応じて異なる症状が現れ、消化管や肺、皮膚など、広範囲にわたって感染が確認されます。

特に注意が必要なのは、無鉤条虫の幼虫が筋肉や脳などの組織に侵入したケースです。

代表的な線虫主な感染部位
回虫消化管
鞭虫大腸
糸状虫リンパ管

吸虫症

吸虫症は、扁平な葉状の体をした吸虫類によって引き起こされる無鉤嚢虫症の一種です。

この病型の特徴は、吸虫が主として肝臓や肺、腸管などの特定の臓器に寄生する点にあり、感染した部位によって症状や重症度に大きな違いが生じます。

吸虫症の中で特に注意を要するのは肝吸虫症で、肝臓や胆道系に重大な障害を与える可能性があります。

また、特定の地域や環境条件下において感染のリスクが高いです。

吸虫の種類主な感染部位
肝吸虫肝臓、胆道
肺吸虫
住血吸虫血管

条虫症

条虫症の原因となるのは、平たく長い体節を持つ条虫で、特徴的な形状から「テープワーム」という別名で呼ばれることもあります。

条虫症の特筆すべき点は、条虫が人体内で非常に長く成長する場合があり、時として数メートルにも及ぶことです。

無鉤条虫の幼虫が組織に侵入すると、脳や目といった重要な器官に嚢胞を形成することがあり、無鉤嚢虫症の中でも最も危険な状態となります。

無鉤嚢虫症(むこうのうちゅうしょう)の主な症状

無鉤嚢虫症の症状は、寄生虫が体内のどの部位に侵入したかによって大きく変化します。

神経系への影響

脳に寄生した際の症状は、頭痛やめまい、けいれん発作で、重度の場合は意識障害や麻痺などです。

また、脳内の圧力上昇により、吐き気や嘔吐、視力障害などの症状が生じることもあります。

症状頻度
頭痛高い
けいれん中程度
意識障害低い
麻痺低い

筋肉への影響

筋肉に寄生した場合、寄生部位の筋肉に小さなしこりや腫れが生じますが、しこりは通常、痛みを伴いません。

ただし、大きくなると周囲の組織を圧迫し、痛みや不快感を引き起こし、さらに、筋肉の機能に影響を与え、動きにくさや筋力低下などの症状が現れることもあります。

眼球への影響

眼球に寄生した際は、視力に直接的な影響を及ぼし、最も顕著な症状は、視力の低下や視野の狭窄です。

また、眼球内の炎症により、眼の充血や痛み、かすみ目などの症状が現れることもあります。

重度の場合、網膜剥離や失明のリスクも生じるため、早期発見と迅速な対応が必要です。

症状特徴
視力低下徐々に進行
視野狭窄周辺視野から影響
眼の充血炎症の兆候
眼の痛み持続的または断続的

その他の症状

無鉤嚢虫症の症状は、上記の主要な部位以外にもさまざまな形で現れる可能性があります。

その他の症状

  • 皮膚の異常(しこりや発疹)
  • 消化器系の問題(腹痛、下痢)
  • 呼吸器系の症状(咳、胸痛)
  • 全身性の症状(発熱、倦怠感)

これらの症状は、寄生虫の数や寄生期間、患者の免疫状態などによって異なります。

無鉤嚢虫症(むこうのうちゅうしょう)の原因・感染経路

無鉤嚢虫症は、無鉤条虫の幼虫が人の体内に寄生することで発症し、主に汚染された食べ物や水を通じて感染します。

無鉤条虫

無鉤条虫は、無鉤嚢虫症を引き起こす直接的な原因となる寄生虫です。

成虫の状態で主に人の小腸に寄生し、長さは2〜7メートルにも達することがあります。

無鉤条虫の特徴詳細
学名Taenia solium
成虫の長さ2〜7メートル
主な寄生部位人の小腸

主要な感染経路

無鉤嚢虫症の主な感染経路は、無鉤条虫の虫卵に汚染された食べ物や水を摂取することです。

特に、生や加熱不十分な牛肉を食べることで、感染のリスクが高くなります。

また、無鉤条虫に感染した人の糞便で汚染された水や野菜を通じて、虫卵が口から体内に入ることも感染の一因です。

感染リスクの高い食品理由
生や加熱不十分な肉条虫を含む可能性
汚染された水虫卵を含む可能性
汚染された野菜虫卵が付着している可能性

自己感染

無鉤嚢虫症の感染経路として、自己感染という特殊なケースもあります。

これは、無鉤条虫に感染している人の腸内で作られた虫卵が、何らかの理由で胃に逆流し、そこで孵化して体内のさまざまな組織に侵入するというしくみです。

自己感染は、無鉤条虫の成虫に感染している人にのみ起こりうる現象であり、通常の感染経路とは異なる注意が必要となります。

環境要因と感染リスク

無鉤嚢虫症の感染リスクは、地域の衛生状態や食習慣、牛の飼育環境などの要因によって大きく左右されます。

要因が感染リスクを高める要因

  • 不適切な牛の飼育環境
  • 不十分な食品衛生管理
  • 不適切な下水処理システム
  • 生や加熱不十分な牛肉を好む食文化

診察(検査)と診断

無鉤嚢虫症を正確に診断するためには、患者さんの症状、渡航歴、画像検査、血液検査など、多角的な情報を収集し分析します。

初期診察の重要性

無鉤嚢虫症の診断プロセスは、詳細な問診から始まり、患者さんの症状、発症時期、渡航歴、食習慣などについて聞き取りを行います。

画像診断

無鉤嚢虫症の診断において、画像検査はとても重要です。

検査方法特徴
CT検査脳や筋肉内の嚢胞を高精度で検出
MRI検査軟部組織の詳細な観察が可能
超音波検査表在性の嚢胞の観察に有効
X線検査石灰化した嚢胞の検出に有用

画像検査により、寄生虫の存在や位置、数、大きさなどを詳細に把握することが可能です。

特に、脳内や筋肉内には、CTやMRIが役立ち、また、眼球内を観察する際には、眼底検査や眼部超音波検査が活用されることもあります。

無鉤嚢虫症(むこうのうちゅうしょう)の治療法と処方薬、治療期間

無鉤嚢虫症の治療は、主に薬物療法と外科処置が用いられます。

薬物療法

無鉤嚢虫症の治療において、最も一般的に用いられるのが薬物療法で、主に使用される薬剤はアルベンダゾールとプラジカンテルです。

アルベンダゾールは通常、1日2回、食事と一緒に服用し、一般的に8〜30日間継続されます。

一方、プラジカンテルは短期間の投与で効果を発揮しますが、脳嚢虫症には効果が限定的であるため、使用には注意が必要です。

薬剤名用法・用量主な特徴
アルベンダゾール1日2回、食事と共に8〜30日間広範囲の寄生虫に効果あり
プラジカンテル短期間投与脳嚢虫症には効果が限定的

外科的処置

薬物療法が効果を示さない際や、生命に危険を及ぼす可能性がある場合には、外科的処置が選択されます。

特に、脳や眼球内では、位置や大きさによっては外科的摘出が必要になることがあります。

ステロイド薬の併用

無鉤嚢虫症の治療中、脳嚢虫症の場合には、駆虫薬の投与によって寄生虫が死滅する際に起こる炎症反応を抑制するため、ステロイド薬が併用されることがあります。

ステロイド薬の使用は、症状の悪化を防ぎ、治療の効果を高める可能性がありますが、使用には慎重な管理が必要です。

ステロイド薬の役割使用上の注意点
炎症反応の抑制慎重な投与量の調整が必要
症状悪化の防止副作用のモニタリングが重要

治療期間

無鉤嚢虫症の治療期間は、薬物療法の場合、通常8〜30日間の治療が行われますが、症状の改善が見られないときには治療期間が延長されることもあります。

外科的処置を行った場合でも、術後の経過観察や追加の薬物療法が必要となる可能性があるため、完全な治癒までは数か月から1年です。

予後と再発可能性および予防

無鉤嚢虫症の回復見込みは早期発見と迅速な対応により大きく向上し、再発の危険性も軽減できますが、継続的な経過観察と予防対策の実行が欠かせません。

予後に影響を与える要因

無鉤嚢虫症の予後は、早い段階で発見され、速やかに対処された場合、多くの患者で良好な回復が期待できます。

ただし、脳や眼球など重要な臓器に寄生した際や、診断が遅れた場合は、後遺症が残る可能性があります。

予後に影響する要因影響の度合い
感染の程度高い
寄生部位高い
診断までの期間中程度
患者の年齢と全身状態中程度
治療への反応性高い

再発リスク

無鉤嚢虫症の再発リスクは、完全に排除することは難しいものの、管理により低減することが可能です。

再発管理の方法期待される効果
定期的な画像検査高い
血清学的検査中程度
生活習慣の改善高い
免疫機能の維持中程度

また、再感染を防ぐために、感染リスクの高い地域への渡航や、不衛生な環境での生活を避けることが大切です。

予防策の実施

無鉤嚢虫症の予防には、感染源との接触を避けることが最も効果的です。

予防策

  1. 手洗いの徹底
  2. 生肉や十分に加熱されていない食品の摂取を避ける
  3. 清潔な水の使用
  4. トイレの衛生管理
  5. 感染リスクの高い地域への渡航時の注意

無鉤嚢虫症(むこうのうちゅうしょう)の治療における副作用やリスク

無鉤嚢虫症の治療には、薬物療法や外科的処置など様々な方法があり、それぞれに特有の副作用やリスクがあります。

薬物療法に伴う副作用

無鉤嚢虫症の治療で主に使用される薬剤、アルベンダゾールやプラジカンテルには、さまざまな副作用が報告されています。

主な副作用は、消化器症状(吐き気、嘔吐、腹痛など)、頭痛、めまい、発疹などです。

また、まれに肝機能障害や骨髄抑制などの重篤な副作用が生じることもあります。

薬剤名主な副作用
アルベンダゾール消化器症状、頭痛、肝機能障害
プラジカンテル吐き気、めまい、発疹

ステロイド薬併用のリスク

無鉤嚢虫症の治療では、炎症反応を抑制するためにステロイド薬が併用されることがあります。

ステロイド薬は短期間の使用でも、血糖値の上昇、消化性潰瘍、骨粗鬆症、感染リスクの増大などが生じる可能性があり、長期使用ではさらに深刻な副作用が現れます。

外科的処置に伴うリスク

薬物療法が効果を示さない際に行われる外科的処置は、出血、感染、神経学的合併症などのリスクがあります。

外科的処置の種類主なリスク
脳内嚢胞摘出出血、感染、神経学的合併症
眼内嚢胞摘出視力低下、網膜剥離

薬剤耐性の問題

長期間にわたる薬物療法での問題は、寄生虫が薬剤に対して耐性を獲得する可能性です。

薬剤耐性の発生は、治療の効果を低下させるだけでなく、より高用量の薬剤投与や長期間の治療が必要になります。

患者さんの個体差によるリスク

無鉤嚢虫症の治療における副作用やリスクは、患者さんの年齢、体重、全身状態、合併症の有無などによって大きく異なります。

特に注意が必要な患者さん

  • 高齢者
  • 肝機能や腎機能に障害がある患者さん
  • 免疫機能が低下している患者さん
  • 妊婦または授乳中の女性

これらの患者さんでは、標準的な治療法であっても予期せぬ副作用やリスクが生じる可能性が高くなるので、注意が必要です。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

初診料と再診料

初診料は約2,820円、再診料は約730円です。

検査費用

検査項目概算費用
CT検査15,000円〜30,000円
MRI検査20,000円〜50,000円
血液検査5,000円〜10,000円

薬剤費

抗寄生虫薬の費用は1クール当たり10,000円から50,000円程度です。

その他の費用

手術が必要な場合は、追加費用が発生します。

以上

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