内分泌異常(endocrine disorders)とは、ホルモンのバランスが崩れることによって起こる、多様な症状や病気の総称です。
ホルモンは体の機能を調整し、内分泌腺から分泌されて全身に運ばれます。
内分泌系のバランスが乱れると、代謝や成長、生殖機能などの広範囲にわたる体の働きに影響を与え、健康上の問題が生じます。
内分泌異常の種類(病型)
内分泌異常の病型は、主に甲状腺機能異常、糖尿病、黄体機能不全、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)です。
甲状腺機能異常
甲状腺ホルモンの分泌が過剰または不足することで、月経周期や妊娠能力に影響を及ぼします。
甲状腺機能異常の種類 | 特徴 |
機能亢進症 | 代謝亢進、体重減少 |
機能低下症 | 代謝低下、倦怠感 |
糖尿病
血糖値の管理が不十分な状態が続くと、月経不順や不妊、さらには妊娠合併症のリスクが高まります。
妊娠糖尿病(妊娠中に初めて発見または発症した糖尿病)は、母体と胎児の双方に影響を与えるため、妊娠中の血糖管理が重要です。
糖尿病の種類 | 特徴 |
1型糖尿病 | インスリン分泌低下 |
2型糖尿病 | インスリン抵抗性 |
妊娠糖尿病 | 妊娠中に発症 |
黄体機能不全
黄体機能不全が継続すると、不妊や流産のリスクが高くなります。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、生殖年齢(妊娠可能な年齢)の女性に比較的多く見られる内分泌異常のひとつで、不妊や月経不順、肥満、多毛といった問題を起こします。
内分泌異常の主な症状
甲状腺機能異常、糖尿病、黄体機能不全、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)といった内分泌系の乱れは、それぞれ独特の症状パターンを示します。
甲状腺機能異常が引き起こす身体の変化
甲状腺機能異常は、甲状腺から分泌されるホルモンの量が過剰または不足することによって引き起こされる病態です。
甲状腺機能が亢進していると、体内の代謝が過度に活発になり、体重の急激な減少や汗の分泌量の増加、心臓の鼓動が激しくなる動悸、不安感などの症状が現れます。
甲状腺機能が低下していることで見られる症状は、代謝活動が鈍化し、体重が増加したり、極度の疲労感に悩まされたり、便秘に苦しんだり、肌が異常に乾燥することです。
さらに、月経周期の乱れや妊娠が困難になるなど、生殖機能にも悪影響があります。
甲状腺機能亢進症の主な症状 | 甲状腺機能低下症の症状 |
急激な体重減少 | 緩やかな体重増加 |
発汗量の顕著な増加 | 慢性的な疲労感 |
激しい動悸 | 頑固な便秘 |
根拠のない不安感 | 異常な皮膚の乾燥 |
糖尿病がもたらす全身への影響
糖尿病は、体内でインスリンの働きが不十分になることで血液中のブドウ糖濃度が上昇する代謝疾患です。
初期段階では、喉が常に渇いた感じがする、トイレに行く回数が増える、疲れやすくなるなどの症状が現れます。
病状が進行すると、目の見え方が悪くなったり、手足に違和感やしびれが生じたり、些細な傷の治りが遅くなったりするなど、合併症のリスクが上昇。
婦人科の観点からは、膣内の環境が変化してカンジダ症にかかりやすくなったり、尿路に細菌が繁殖しやすくなって感染症を起こします。
黄体機能不全が引き起こす生殖系の問題
黄体機能不全とは、卵巣から分泌されるプロゲステロンというホルモンの量が不足している状態です。
黄体機能不全では、以下のような症状や問題が生じます。
- 妊娠を希望しているのに妊娠しづらい状態(不妊)
- 妊娠初期に流産してしまうリスクの上昇
- 月経前に現れる不快な症状(月経前症候群、PMS)の悪化
- 月経周期の不規則化
- 月経時の痛みが通常よりも強くなる
黄体機能不全の症状 | 関連する生殖機能への影響 |
不妊 | 受精卵の着床障害 |
流産リスクの上昇 | 子宮内膜の発育不全 |
月経前症候群(PMS)悪化 | ホルモンバランスの乱れ |
月経周期の乱れ | 排卵障害 |
月経痛の増強 | 子宮内膜の炎症反応の亢進 |
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の症状
PCOSは、卵巣に多数の小さな水疱(嚢胞)が形成される症候群で、体内のホルモンバランスが乱れます。
症状は、月経の周期が不規則になったり、排卵が起こりにくくなったり、妊娠しづらくなることです。
さらに、男性ホルモンの影響が強く現れることで、顔や体にニキビが出やすく、体毛が濃くなったり、逆に頭髪が薄くなる症状が現れることもあります。
PCOSの特徴的な点は、肥満傾向や血圧の上昇、血中の脂質濃度が高くなるなど、全身の代謝に関わる異常を伴うことが多いことです。
PCOS の主要症状 | 関連する代謝異常 |
月経周期の不規則化 | 肥満(内臓脂肪の蓄積) |
排卵の障害 | 高血圧 |
妊娠困難(不妊) | 高脂血症(血中脂質の増加) |
ニキビの増加 | インスリン抵抗性 |
体毛の濃密化 | 糖代謝異常 |
内分泌異常の原因
内分泌異常の原因として遺伝的要因、環境因子、年齢に関連する変化、そして自己免疫疾患(体の免疫システムが自分の組織を攻撃してしまう病気)があります。
遺伝的要因
遺伝子の変異や個人差(多型と呼ばれます)があると、体内でのホルモンの作られ方や使われ方に影響を与え、内分泌系の働きがうまくいかなくなります。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の発症には、インスリン(血糖値を下げるホルモン)の受容体の遺伝子や、アンドロゲン(男性ホルモンの一種)の受容体の遺伝子に変異があることと関係しています。
遺伝子 | 関連する内分泌異常 |
BRCA1/2 | 卵巣機能不全(卵巣の働きが低下する状態) |
CYP21A2 | 先天性副腎過形成(副腎から過剰にホルモンが分泌される病気) |
環境因子
食事の内容、運動の習慣、ストレスの程度、さらには環境ホルモン(体内のホルモンと似た働きをする化学物質)にさらされる機会など、さまざまな外的な要因が体内のホルモンのバランスに影響を与えます。
特に注目されているのが、内分泌攪乱物質と呼ばれる環境ホルモンです。
体内のホルモンと似たような働きをしたり、逆にホルモンの働きを邪魔したりすることで、内分泌系が正常に機能するのを妨げてしまいます。
内分泌異常に影響を与える環境因子
- バランスを欠いた食事(脂肪や糖分が多すぎるなど)
- 日常的な運動不足
- 長期間続くストレス
- 環境ホルモンに過剰にさらされること
年齢に関連する変化
年を重ねることに伴う体の自然な変化も、内分泌異常の主要な原因です。
閉経(月経が完全に止まること)の前後で、エストロゲン(女性ホルモンの一種)が大きく変動し、さまざまな内分泌の乱れ起こします。
年齢段階 | 内分泌の変化 |
思春期 | 性ホルモンの分泌が始まる |
成人期 | ホルモンのバランスが比較的安定する |
閉経期 | エストロゲンの量が減少する |
自己免疫疾患
自己免疫疾患では、本来は体を守るはずの免疫システムが、誤って自分自身の組織を攻撃してしまい、内分泌を司る器官の働きが損なわれてしまいます。
自己免疫疾患の例 | 影響を受ける内分泌器官 |
橋本病(慢性甲状腺炎) | 甲状腺 |
1型糖尿病 | 膵臓 |
診察(検査)と診断
内分泌異常を正確に診断するためには、患者さんの症状や生活習慣を聞き取るところから始まり、身体の状態を確認し、さまざまな検査を行うという段階的なアプローチが欠かせません。
問診と身体診察
初診では、患者さんが気になっている症状はもちろん、これまでにかかった病気(既往歴)、家族の病歴(家族歴)、生活習慣について、聞き取りを行います。
注目するのは、月経の周期が変化していないか、体重が急に増えたり減ったりしていないか、普段より疲れやすくなっていないか、肌の調子に変化はないかといった点です。
身体診察では、首の部分にある甲状腺を触って異常がないかを確認したり、体重や血圧を測定します。
問診で確認する主な項目 | 注目するポイント |
月経に関する変化 | 規則的かどうか、周期の長さに変化はないか |
体重の変動 | 急激に増えたり減ったりしていないか、その時期は |
疲労感の程度 | どのくらい疲れやすいか、一日の中での変化 |
皮膚の状態 | 乾燥していないか、体毛が増えていないか |
血液検査
血液検査は、内分泌異常の診断には欠かせない検査方法です。
調べるホルモンの種類
- 甲状腺刺激ホルモン(TSH)(甲状腺の働きを調節するホルモン)
- 遊離サイロキシン(FT4)(甲状腺から分泌されるホルモンの一種)
- 卵胞刺激ホルモン(FSH)(卵巣に働きかけて卵子の成長を促すホルモン)
- 黄体形成ホルモン(LH)(排卵を引き起こすホルモン)
- エストラジオール(女性ホルモンの一種)
- プロゲステロン(黄体ホルモンとも呼ばれる女性ホルモン)
- テストステロン(主に男性ホルモンとして知られるが、女性の体内でも少量産生される)
ホルモン検査に加えて、血液中の糖分(血糖値)や脂質の量も同時にチェックします。
画像診断
超音波検査は、卵巣や子宮の状態を見て評価できる有効な検査方法です。
状況に応じて、より詳しい情報を得るためにMRI(磁気共鳴画像法)やCT(コンピュータ断層撮影)を行うこともあります。
検査の種類 | 何を見るのか |
超音波検査 | 卵巣の大きさや形、子宮の状態、卵胞の様子 |
MRI | 脳の一部にある下垂体の腫瘍、副腎の腫瘍 |
CT | 卵巣や副腎に腫瘍がないかどうか |
内分泌負荷試験
ホルモンがどのくらい分泌されるのか、また体がホルモンにどのように反応するのかを評価するために、内分泌負荷試験という検査を行うことがあります。
糖尿病の疑いがある場合には、経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)を実施し、一定量のブドウ糖を飲んでもらい、その後の血糖値の変化を時間を追って測定します。
内分泌異常の治療法と処方薬、治療期間
内分泌異常の治療には、薬物療法、ホルモン補充療法、生活習慣の見直し、手術があります。
薬物療法
薬物療法の目的は、乱れてしまったホルモンのバランスを整え、体の中で内分泌系(ホルモンを作り出す仕組み)が正常に働くよう回復させることです。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の治療では、インスリン(血糖値を下げるホルモン)の働きを良くする薬や、アンドロゲン(男性ホルモンの一種)の作用を抑える薬が使われます。
薬の名前 | 効果 |
メトホルミン | インスリンの効きを良くする |
スピロノラクトン | アンドロゲンの働きを抑える |
3〜6ヶ月くらい続けて飲むことが多いです。
ホルモン補充療法
ホルモン補充療法は、体の中で足りなくなったホルモンを外から補う治療法です。
閉経(月経が完全に止まること)を迎えた女性や、卵巣の働きが低下している患者さんに対して、エストロゲンやプロゲステロンを補うことで、さまざまな症状を改善します。
ホルモン補充療法の目的
- 更年期(閉経前後の時期)の症状をやわらげる
- 骨の密度を保つ
- 心臓や血管の病気になるリスクを減らす
- 性機能の問題を改善する
ホルモン補充療法は、1年から5年くらい続けます。
生活習慣の改善
日々の生活習慣を見直すことも、内分泌異常の治療において大切です。
バランスの取れた食事や適度な運動は、体の中のホルモンバランスを正常に戻すのに役立ち、薬による治療の効果をさらに高めます。
改善する項目 | 効果 |
食事の見直し | インスリンの効きを良くする |
運動を取り入れる | 体重を管理しやすくなり、ストレスも軽減される |
3〜6ヶ月くらいすると明らかな改善が見られますが、生涯にわたって続けていきます。
手術による治療
子宮内膜症(子宮の内側にある組織が子宮の外で増殖する)に伴う内分泌異常では、病気の部分を切除したり、卵巣にできた嚢胞(袋状のもの)を取り除いたりします。
また、重症の多嚢胞性卵巣症候群の場合、卵巣の一部を楔(くさび)型に切除する手術が考慮されます。
手術後の経過観察期間は6ヶ月から1年くらいです。
内分泌異常の治療における副作用やリスク
内分泌異常を治療する際には、体内のホルモンバランスを整えることが主な目的で、その過程で副作用が生じたり、新たなリスクが発生したりする可能性があります。
ホルモン補充療法(HRT)の副作用
ホルモン補充療法(HRT)は、閉経を迎えた女性や卵巣の機能が低下している患者さんによく用いられる治療法です。
エストロゲンとプロゲステロンを組み合わせて使用することが多いですが、副作用に気をつける必要があります。
- 乳房が張ったり痛んだりする
- 吐き気を感じる
- 頭痛に悩まされる
- 体がむくむ(浮腫)
- 予期せぬ出血(不正出血)が起こる
また、長期間にわたってホルモン補充療法を続けると、血液が固まりやすくなって血管が詰まる血栓症や、乳がんになるリスクが高くなります。
副作用の種類 | 頻度 |
乳房の不快な症状 | 比較的多い |
胃腸の調子が悪くなる | 中くらい |
頭が痛くなる | 中くらい |
体がむくむ | やや少ない |
甲状腺ホルモン薬を使用する際の注意点
甲状腺の働きが低下している状態(甲状腺機能低下症)を治療する際には、甲状腺ホルモン薬が使われます。
この薬を必要以上に多く服用すると、甲状腺の働きが活発になりすぎた状態(甲状腺機能亢進症)になります。
注意が必要な副作用は、心臓がドキドキする(動悸)、汗が異常に多く出る、体重が急に減る、心臓の鼓動が不規則になる(不整脈)です。
高齢の方が長期間使用すると、骨がもろくなる病気(骨粗鬆症)になるリスクが高まります。
抗甲状腺薬の使用に伴う重大な副作用
バセドウ病などの、甲状腺の働きが活発になりすぎる病気(甲状腺機能亢進症)を治療するために使われる抗甲状腺薬には、深刻な副作用が起こるリスクがあります。
特に注意が必要なのは「無顆粒球症」という副作用で、白血球の一種である顆粒球が極端に減少してしまう状態です。
高熱が出たり喉が痛くなったりした場合は、この副作用の可能性があるため、すぐに病院を受診してください。
その他にも、皮膚に発疹が出たり、肝臓の働きが悪くなったり(肝機能障害)、関節が痛くなることがあります。
副作用の種類 | 重症度 |
無顆粒球症 | とても重症 |
皮膚の発疹 | 軽い~中程度 |
肝機能障害 | 中程度~重症 |
関節の痛み | 比較的軽い |
インスリン療法を受ける際のリスク
糖尿病の治療でインスリンを使用する際は、血糖値が必要以上に下がる低血糖に注意を払わないといけません。
低血糖になると、冷や汗が出たり、心臓がドキドキしたり(動悸)、手が震えたり、ひどい場合は意識がもうろうとします。
また、インスリンを注射する部位が硬くなったり、脂肪が萎縮したりすることがあり、まれに、アレルギー反応が起こることもあるので注意が必要です。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の治療薬がもたらす副作用
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の治療によく使われるメトホルミンには、お腹の調子を崩す副作用が多く見られます。
症状は、下痢、吐き気、腹痛です。
また、乳酸アシドーシスという重大な副作用が起こるがあります。
これは体内の酸とアルカリのバランスが大きく崩れてしまう状態で、緊急の治療が必要です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
薬物療法の費用
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の治療に用いられるメトホルミンは、1ヶ月あたり3千円から1万円程度かかります。
甲状腺機能異常の治療薬であるレボチロキシンは、月額約1千円から5千円です。
薬剤名 | 月額費用 |
メトホルミン | 3,000円~10,000円 |
レボチロキシン | 1,000円~5,000円 |
ホルモン補充療法の費用
経口エストロゲン製剤は、月額3千円から1万円程度の費用がかかります。
貼付剤や注射剤を選択すると、月額約1万円から2万円です。
ホルモン補充療法の費用に影響を与える要因
- 使用するホルモン製剤の種類
- 投与方法(経口、貼付、注射など)
- 治療期間
- 併用する薬剤の有無
検査費用
内分泌異常の診断や経過観察には定期的な血液検査が不可欠で、ホルモン検査の費用は、1回あたり5千円から2万円程度です。
検査項目 | 費用 |
甲状腺機能検査 | 5,000円~10,000円 |
性ホルモン検査 | 10,000円~20,000円 |
手術療法の費用
卵巣嚢腫摘出術は30万円から50万円程度で、より複雑な手術では、100万円を超える費用がかかります。
以上
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