女性化乳房(gynecomastia)とは、思春期の男子や成人男性の胸部に、女性のような乳房組織が形成される現象のことです。
左右両方の胸に同じように現れますが、まれに片側だけに見られることもあり、胸の大きさや形状に違和感を覚える方も少なくありません。
女性化乳房の原因は体内のホルモンバランスの乱れにあり、エストロゲン(女性ホルモン)とテストステロン(男性ホルモン)の比率が変化することで発症します。
女性化乳房の主な症状
女性化乳房は胸の膨らみや形の変化、そして時には痛みや不快感を伴います。
胸の膨らみと形の変化
女性化乳房で最も目立つ症状は、胸の膨らみです。乳首の周りの部分(乳輪)の下から始まり、少しずつ広がっていきます。
胸の大きさはほんの少し膨らむ程度から、はっきりと女性のような胸の形になるまで、さまざまです。
多くの場合両方の胸に影響が出ますが、片方だけのこともあります。
症状の程度 | どんな感じか |
軽い | 乳輪の下がちょっと膨らむ |
中くらい | 胸がはっきり膨らむ |
重い | 女性のような胸になる |
胸の形も変わることがあり、丸くなったり円錐形になったりします。
痛みや違和感
軽く押すと痛んだり何となく違和感を感じる程度ですが、中には強い痛みを訴える方もいます。
皮膚の様子の変化
女性化乳房になると、胸の周りの皮膚にも変化が現れます。
- 皮膚が伸びる
- 色が濃くなる
- 小さな血管が目立つようになる
こういった変化は、胸が急に大きくなったときに目立ちます。
乳首と乳輪の変化
乳首と乳輪(乳首の周りの円)の変化も、女性化乳房の症状の一つです。
場所 | どう変わるか |
乳首 | 飛び出す、大きくなる |
乳輪 | 円が大きくなる、色が濃くなる |
症状の進み方と変化
女性化乳房の症状の進む速さは数週間で急に症状が出る人もいれば、数か月から数年かけてゆっくりと進む人もいます。
進み具合 | どんな感じか |
初期 | わずかな膨らみ、ちょっとした違和感 |
中期 | はっきりとした胸の形、時々痛み |
後期 | 大きな胸の膨らみ、皮膚の変化 |
女性化乳房の原因
女性化乳房の原因は、体内の男性ホルモンと女性ホルモンのバランスの乱れで、遺伝的素因、薬物の影響、生活習慣の変化が関与しています。
ホルモンバランスの乱れ
男性の体内では、男性ホルモンであるテストステロンが女性ホルモンであるエストロゲンよりも優位に作用していますが、バランスが崩れると、乳腺組織が刺激を受け女性化乳房を発症します。
ホルモン | 生理作用 |
テストステロン | 男性的特徴の発現と維持 |
エストロゲン | 女性的特徴の発現と維持 |
遺伝的要因と体質
遺伝子変異や家族歴がホルモンバランスに影響を与え、エストロゲンの産生が多い、またはテストステロンの感受性が低いといった体質的なことも女性化乳房の原因です。
薬物や化学物質の影響
薬物や化学物質がホルモンバランスに影響を与え、女性化乳房を起こす可能性があります。
関連が指摘されている薬物や化学物質
- 抗うつ薬
- 降圧薬
- 抗アンドロゲン薬
- 大麻
- アルコール
物質 | ホルモン系への影響 |
抗うつ薬 | セロトニン濃度上昇による内分泌系への作用 |
降圧薬 | テストステロン産生抑制 |
大麻 | エストロゲン様作用 |
生活習慣と環境要因
乱れた食生活、運動不足、慢性的なストレスも、ホルモンバランスを崩す要因です。
過度のアルコール摂取は肝機能に悪影響を与え、ホルモン代謝を阻害し、また、肥満は脂肪組織でのエストロゲン産生を増加させ、相対的にテストステロンの作用を減らします。
環境中に存在する環境ホルモンの影響も見過ごせません。環境ホルモンは、体内のホルモン作用を模倣したり、阻害することで、ホルモンバランスを乱します。
生活習慣 | ホルモンバランスへの影響 |
過度のアルコール摂取 | 肝機能低下によるホルモン代謝阻害 |
運動不足 | テストステロン産生減少 |
不適切な食生活 | エストロゲン過剰産生 |
診察(検査)と診断
女性化乳房の診断は、問診と触診を経た後、レントゲン、超音波検査、血液検査を行います。
問診
診察の最初に行うのは、患者さんの症状や生活について詳しく聞くことです。
- いつ頃から症状に気づいたか、どのように変化してきたか
- 家族にがんや内分泌系(ホルモンに関係する)の病気の人がいるか
- 普段飲んでいる薬
- 普段の生活習慣(お酒を飲むか、タバコを吸うかなど)
- 今までにかかった病気
聞き取る内容 | なぜ重要か |
症状の経過 | 病気の進行速度や原因を推測するため |
家族の病歴 | 遺伝的な要因を考慮するため |
服用中の薬 | 薬の副作用の可能性を確認するため |
生活習慣 | 環境要因の影響を評価するため |
視診と触診
問診の後、視診では胸の大きさ、形、左右の違い、皮膚の変化を観察し、触診では胸の組織の硬さ、しこりがないか、押すと痛むかを確認します。
画像検査
視診や触診をするだけでは判断が難しいときは、画像検査を行います。
- マンモグラフィ(乳房専用のレントゲン撮影)
- 超音波検査(エコー)
- CT検査
- MRI検査
検査方法 | どんなことがわかるか |
マンモグラフィ | 乳腺組織の詳しい様子 |
超音波検査 | 体に負担をかけずに組織の性質を調べられる |
CT検査 | 体全体の状態を確認できる |
MRI検査 | 軟らかい組織の詳しい様子がわかる |
検査を通じて乳腺組織の状態や、悪性の腫瘍と見分けることが可能です。
血液検査
体の中のホルモンバランスが崩れている可能性がある方には、血液検査を行います。
測るホルモン
- テストステロン(男性ホルモン)
- エストラジオール(女性ホルモン)
- プロラクチン(母乳の分泌を促すホルモン)
- 甲状腺ホルモン(体の代謝を調整するホルモン)
また、肝臓は体内のホルモンバランスに関わっているので、肝臓の値も測定します。
血液検査の種類 | 調べる目的 |
ホルモン検査 | 体内のホルモンバランスを確認 |
肝機能検査 | 肝臓の働きを評価 |
総合的な判断
検査結果を総合的に評価して臨床診断をくだしますが、悪性の腫瘍との鑑別が必要なときは、針生検、切開生検をして、より確実な診断を行います。
女性化乳房の治療法と処方薬、治療期間
女性化乳房に対しては、薬による治療、手術による治療、そして経過観察があります。
薬による治療
薬による治療は、体の中のホルモンのバランスを整えることで、女性化乳房を改善する方法です。
使われる薬には、女性ホルモンや男性ホルモンの働きを抑えるものがあります。
薬の名前 | 薬の働き |
タモキシフェン | 女性ホルモンの受け取り口をふさぐ |
アナストロゾール | 女性ホルモンの生成を抑える |
薬は、3〜6ヶ月くらい飲み続けます。
手術による治療
手術による治療は胸の中の乳腺組織を直接取り除く方法で、すぐに効果が出て確実に症状を改善できます。
手術の方法
- 乳腺切除術(胸の中の乳腺組織を切り取る手術)
- 脂肪吸引術(胸の脂肪を吸い取る手術)
- 両方を組み合わせた手術(乳腺組織を切り取り、同時に脂肪も吸引する)
手術にかかる時間は1〜2時間くらいで、その日のうちに帰宅できるか、1泊2日の入院で済みます。
手術後の回復期間は約2〜4週間です。
経過観察
軽い症状の女性化乳房の方には、そのまま経過を見守る方法を選びます。
若い人や、薬の副作用で女性化乳房になりその後薬をやめた方が対象です。
経過観察が適している場合 | 自然に治るまでの予想時間 |
若い人 | 半年〜2年 |
薬が原因で起きた場合 | 薬をやめてから3〜6ヶ月 |
経過を見守っている間は定期的に病院に行って診察を受け、症状の変化を注意深く見ていき、自然に治らない場合は、他の治療方法に変更することを検討します。
治療法の選び方
軽い症状の方には経過観察や薬による治療が、中度から重い症状の場合は手術による治療を選ぶことが多いです。
症状の程度 | 治療法 |
軽い | 経過観察または薬による治療 |
中くらい | 薬による治療または手術による治療 |
重い | 手術による治療 |
女性化乳房の治療における副作用やリスク
女性化乳房の治療には薬を使う方法と手術をする方法があり、どちらにも副作用やリスクが起こる可能性があります。
薬による治療の副作用
薬による治療ではホルモンのバランスを整える薬が使われ、いろいろな副作用があります。
薬の種類 | 起こりやすい副作用 |
抗エストロゲン薬(女性ホルモンの働きを抑える薬) | 体が熱くなる感じ、関節が痛む、血液が固まりやすくなる |
アロマターゼ阻害薬(女性ホルモンの生成を抑える薬) | 骨がもろくなる、関節が痛む |
副作用は多くの場合一時的なものですが、長い間薬を使い続けるときは注意が必要です。
手術による治療のリスク
手術による治療は効果がすぐに現れますが、次のような問題が起こることがあります。
- 傷口から菌が入って炎症を起こす(感染症)
- 予想以上に出血する
- 麻酔が原因で体調を崩す
- 乳首やその周りの感覚が変わる
- 傷跡が目立つ
手術の規模 | 起こりやすい問題 |
小規模手術 | 軽い出血、局所的な痛み |
大規模手術 | 感染のリスクが高い、回復に時間がかかる |
手術後に起こる問題
手術の後にはすぐに起こるものと、時間が経ってから起こる問題があります。
問題が起こる時期 | 例 |
すぐに起こる問題 | 傷の下に血がたまる(血腫)、液体がたまる(漿液腫) |
後から起こる問題 | 胸の形がいびつになる、左右で形が違う |
薬と手術を組み合わせた治療のリスク
薬による治療と手術による治療を組み合わせる際は、それぞれの副作用やリスクが重なることがあります。
薬の影響で血液が固まりにくくなっているときに手術をすると、出血が止まりにくくなるリスクがあります。
どの順番で治療を行うか、どのように組み合わせるかについては、慎重に検討することが必要です。
治療の組み合わせ | 考えられるリスク |
薬物療法の後に手術 | 薬の影響で手術中の出血が増える |
手術の後に薬物療法 | 傷の治りが遅くなる |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
手術療法の費用内訳
手術療法は即効性があり確実な効果が期待できますが、費用は高額です。
手術の種類 | 費用の目安 |
乳腺切除術 | 40万円〜80万円 |
脂肪吸引術 | 30万円〜60万円 |
手術費用には、麻酔代、入院費、術後のケア費用も含まれます。
薬物療法の費用
薬物療法は、長期間の服用が必要です。
薬剤名 | 月額費用の目安 |
タモキシフェン | 1万円〜2万円 |
アナストロゾール | 2万円〜3万円 |
保険適用の有無
女性化乳房の治療は、症状の程度や原因によって保険適用が異なります。
- 病的な女性化乳房診断されると保険適用
- 美容目的の場合は自費診療
保険適用外になると、全額自己負担です。
以上
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