下咽頭癌 – 消化器の疾患

下咽頭癌(Hypopharyngeal cancer)とは、私たちの体内にある下咽頭(のどの奥にある部分)に発生する悪性の腫瘍を指します。

下咽頭は、日々の生活で欠かせない食事や水分摂取の通り道であり、同時に会話をする際の音声形成にも重要な働きをしている部位です。

この領域にがんが発生すると、食べ物を飲み込む際の違和感や、声質の変化などの症状が現れます。

初期段階では明確な兆候が現れにくく、気づかないうちに進行していることも珍しくありません。

自覚症状がなくても定期的に健康状態をチェックし、少しでも気になる変化を感じたら、迅速に医療機関を受診することが大切です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

下咽頭癌の種類(病型)

下咽頭癌は、その発生部位により梨状陥凹癌、輪状後部癌、咽頭後壁癌の3つに分類できます。

病型治療上の考慮点
梨状陥凹癌声帯機能温存
輪状後部癌食道進展の評価
咽頭後壁癌リンパ節転移の評価

梨状陥凹癌

梨状陥凹癌は下咽頭癌の中で最多の病型で、喉頭の側面にある梨状の窪み(梨状陥凹)から発生するものを言います。

解剖学的に声帯に近接しているため、早期から嗄声(声がかすれること)や嚥下困難(飲み込みにくさ)といった症状が現れやすいです。

特徴詳細
発生部位梨状陥凹(りじょうかんおう)
頻度最多
主な症状嗄声(声がかすれる)、嚥下困難(飲み込みにくさ)

輪状後部癌

輪状後部癌は、下咽頭の前壁である輪状軟骨の後ろ側から発生する癌です。

解剖学的に狭い空間であるため、腫瘍が小さい段階から嚥下障害(飲み込みの問題)を引き起こすことが多いです。

また、頸部食道への進展が起こりやすい点も特徴となります。

  • 発生部位:輪状軟骨後部(りんじょうなんこつこうぶ)
  • 特徴的な症状:早期からの嚥下障害(飲み込みの問題)
  • 進展傾向:頸部食道への進展リスクが高い

咽頭後壁癌

咽頭後壁癌は下咽頭の後壁から発生する珍しい癌で、初期症状が乏しいため発見が遅れやすく、進行してから診断されるケースが少なくありません。

また、頸部リンパ節転移を伴いやすいという特徴があります。

特徴詳細
発生頻度比較的まれ
初期症状乏しい
転移傾向頸部リンパ節転移が多い

下咽頭癌の主な症状

下咽頭癌は、初期段階では症状に気づきにくいものの、病気の進行に伴って、のどの違和感や飲み込みにくさ、声のかすれといったさまざまな徴候が現れてきます。

初期症状の特徴

下咽頭癌の初期段階では、ほとんど症状が現れません。一部の方では、以下のようなわずかな変化がみられます。

症状特徴
のどの違和感長く続く異物感
飲み込む時の不快感軽い痛みを伴う場合も

以前、のどの違和感を訴えて病院に来られた患者さんの中に、初期の下咽頭癌が見つかったケースがありました。

このように、小さな症状であっても軽く考えず、病院で検査を受けることが大切です。

進行に伴う症状

病状が進むにつれて、嚥下困難や咽頭痛などのより明確な症状が現れてきます。

  • 嚥下困難(えんげこんなん):食事の際に食べ物がつかえる感じや痛み
  • 続く咽頭痛(いんとうつう):耳に痛みが広がることもあります
  • 嗄声(させい):声がかすれたり、変化したりする
  • 頸部腫瘤(けいぶしゅりゅう):首の部分にしこりを触れることがある

全身に現れる症状

下咽頭癌が進行すると、のどの部分だけでなく、体全体に症状が現れることがあります。

  • 体重が減る
  • 疲れやすくなる
  • 息苦しさ

下咽頭癌の原因

下咽頭癌は、喫煙やお酒を飲みすぎることが最も大きな危険因子となりますが、それ以外にもさまざまな原因があります。

喫煙・飲酒

タバコの中に含まれている物質は、のどの奥の粘膜を直接的に刺激します。

そのため、長い間タバコを吸い続けると、細胞のDNA(遺伝子情報を担う物質)に傷をつけてしまいます。

また、お酒を飲みすぎると粘膜が弱くなり、がんの原因となる物質を吸収しやすくなります。

仕事や環境による影響

化学工場や製造業など、体に悪い物質に長い間さらされる職場環境では、下咽頭癌になるリスクを高める可能性があります。

例えば、アスベスト(石綿)、ホルムアルデヒド(防腐剤などに使われる化学物質)、硫酸ミスト(硫酸の細かい粒子)などの物質が挙げられます。

遺伝的要因・家族歴

両親や兄弟姉妹といった一親等の親族に、頭頸部癌の罹患歴がある場合、リスクが上昇します。

ただし、遺伝的な要因だけで下咽頭癌になるわけではなく、他のリスク要因と重なってリスクを高めると考えられています。

その他の原因

  • 慢性的な逆流性食道炎
  • ヒトパピローマウイルス(HPV)への感染
  • 栄養不足、特にビタミンA・C・E不足
  • 口の中を清潔に保てていない方

これだけでは下咽頭癌の直接的な原因とは言えませんが、他のリスク要因と重なることで、がんになるリスクが高まります。

診察(検査)と診断

下咽頭癌の診察では、内視鏡検査による直接的な観察、生検による組織の採取と病理検査、CTやMRIなどの画像検査を行い、がんの有無、種類、広がりなどを診断します。

初診時の問診・視診のポイント

  • 患者さんの主訴(一番気になる症状)
  • 症状の経過
  • 喫煙・飲酒歴などの生活習慣
  • 既往歴(過去にかかった病気)

このような問診の後、口の中の視診(粘膜の色の変化や腫れの有無、声帯の動きなど)を行います。

下咽頭は直接目で見ることができないため、間接喉頭鏡や喉頭ファイバースコープ(のどの奥を観察する細い管状の機器)を使います。

画像診断

視診だけでは、病変がどのくらい深くまで広がっているか、周りの組織に入り込んでいるかを正確に把握することが難しいです。

そのため、CT、MRI、PET-CTなどの画像検査を併せて行います。

検査方法主な目的
CTがんの広がり具合、リンパ節への転移の有無を調べる
MRI軟部組織の詳しい様子、周りの組織への浸潤を確認する
PET-CT体の他の部分への転移がないか探す、がんの元になった場所を特定する

画像検査によってがんがどのくらい進行しているかを調べ、治療方法を決定していきます。

内視鏡検査・生検

下咽頭癌を確実に診断するために、組織を顕微鏡で調べる検査を行います。

具体的には、内視鏡検査をしながら、病変がありそうな部分から小さな組織を採取します。この手順を生検と呼びます。

生検を行う際は、以下の点に気をつけます。

  • がんの真ん中と端の両方から組織を採る
  • 十分な量と質の組織を取る
  • 出血や感染のリスクに注意を払う

採取した組織は、病理専門医(顕微鏡で組織を調べる専門家)が、がんがあるかどうか、あるとすればどんな種類のがんか、がん細胞がどのくらい成熟しているかなどを判断します。

臨床診断・病期分類

下咽頭癌と診断された場合、TNM分類という国際的な基準に基づいて病期(がんの進行度合い)を決めます。

Tは原発巣(がんが最初にできた場所)の大きさ、Nはリンパ節転移の有無、Mは遠隔転移(体の離れた場所への転移)の有無を表しています。

T分類原発腫瘍の進展度
T11つの小さな範囲に限られていて、大きさが2cm以下
T21つの範囲を超えて広がっている、または2cmより大きく4cm以下
T34cmより大きい、または喉頭固定
T4のどの軟骨(甲状軟骨、輪状軟骨など)に浸潤している

最終診断と多職種カンファレンス

全ての検査結果と臨床所見(診察で分かったこと)をまとめ、最終的な診断を下します。

この過程では、様々な専門家が集まって話し合う「多職種カンファレンス」を開くことが望ましいです。

耳鼻咽喉科医、放射線科医、病理医、腫瘍内科医(がんの薬物治療を専門とする医師)などが参加し、それぞれの専門的な立場から意見を出し合います。

カンファレンス参加者役割
耳鼻咽喉科医診察で分かったことを説明し、治療方法を提案する
放射線科医CT、MRIなどの画像検査の結果を解説する
病理医顕微鏡で見た組織の様子を説明する
腫瘍内科医体全体の状態を評価し、抗がん剤治療について検討する

下咽頭癌の治療法と処方薬、治療期間

下咽頭癌は予後が厳しい疾患の一つで、5年生存率が30~40%程度とされています。

この数字を改善するため、がんの進行度や患者さんの全身状態に応じて、手術、放射線療法、化学療法を適切に組み合わせた集学的治療を行います。

手術療法

手術は、がんを直接切除する根治的な治療法です。

早期の下咽頭癌では、内視鏡手術など機能温存を目指した術式を選択する場合もあります。

一方、進行した症例では、喉頭全摘出術(喉頭を完全に摘出する手術)を含む広範囲切除が必要です。

手術後は、発声や嚥下(飲み込み)機能のリハビリテーションを集中的に行います。

治療期間は手術の規模や術後の回復状況によって変わりますが、2~4週間の入院期間が目安となります。

放射線療法

放射線療法は、高エネルギーX線をがん細胞に照射して破壊する治療法です。単独で行う場合と、化学療法や手術と併用する場合があります。

標準的な治療スケジュールでは、1日1回、週5回のペースで6~7週間にわたって照射を行います。

副作用として、口腔内乾燥や咽頭痛、皮膚炎などが生じることがあり、これらの管理も治療の重要な一部となります。

治療法期間主な副作用
手術療法2~4週間(入院)嚥下障害、構音障害
放射線療法6~7週間口腔内乾燥、咽頭痛

化学療法

化学療法では、抗がん剤を使いがん細胞の増殖を抑制していきます。

放射線療法との併用(化学放射線療法)や、手術前後の補助療法として実施する場合が多いです。

代表的な抗がん剤
  • シスプラチン
  • ドセタキセル
  • 5-FU(フルオロウラシル)など

投与スケジュールは薬剤の組み合わせによって異なりますが、通常3~4週間を1コースとして複数回繰り返します。

治療中は、悪心・嘔吐、食欲不振、骨髄抑制などの副作用が起こりやすくなります。

治療後の経過観察

予後が厳しい疾患であるため、治療終了後も経過観察を行います。特に、治療後2年間は再発リスクが高いとされます。

経過期間診察間隔
1~2年1~2か月ごと
3~5年3~6か月ごと
5年以降6~12か月ごと

下咽頭癌の治療における副作用やリスク

下咽頭癌の治療には、さまざまな副作用やリスクが伴います。

副作用の中には一時的なものもありますが、長期間にわたり日常生活に支障が出るようなものもあります。

治療法ごとの主な副作用

副作用は、患者さんごとに現れ方や程度が異なります。

治療法主な副作用
手術声を出すことの障害、飲み込むことの障害、外見の変化
放射線療法口の中の乾燥、粘膜の炎症、味覚の変化
化学療法吐き気、髪の毛が抜ける、体の抵抗力の低下

がんが再発したり、別の部位に新たながんができたりするリスクがあるため、定期的な検査を受けて早期発見に努めます。

また、治療の影響で、体の機能に障害が残る場合があります。例えば、手術後に声を出すことが難しくなり、お仕事を変更せざるを得なくなった方も過去にいらっしゃいました。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

下咽頭癌の治療費は、治療方法や医療機関により大きく変動します。保険適用となりますが、治療費用の総額は高額となるため、経済的準備が必要となります。

治療費の内訳

部分切除より全摘出手術のほうが高額となり、再建手術を行う場合は更に費用が上がります。

治療法概算費用(3割負担)
手術療法80万円〜200万円
放射線療法40万円〜100万円
化学療法30万円〜150万円

放射線療法と化学療法は、治療期間や使用する薬剤により費用が変わります。外来で行える場合もありますが、入院が必要となれば費用は増加します。

国民健康保険や社会保険の高額療養費制度を利用すると、月々の医療費に上限が設定されます。

その他の医療費

  • PET-CTなどの検査費用
  • 麻酔料
  • 入院時の食事療養費
  • 抗がん剤や支持療法薬の薬剤費
  • 言語聴覚士によるリハビリテーション費用 など

以上

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