食道静脈瘤(EV) – 消化器の疾患

食道静脈瘤(Esophageal varices:EV)とは、食道の壁にある静脈が異常に拡張し、膨らんだ状態です。主に肝臓の病気が進行することで起こります。

破裂すると大量出血を引き起こすため、早期発見と定期的な経過観察が非常に重要となります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

食道静脈瘤(EV)の種類(病型)

食道静脈瘤(EV)は、主に形態や位置、重症度によって分類されています。

形態による分類

内視鏡検査で観察される静脈瘤の形状や大きさに基づく分類には、主に3つのタイプがあります。

形態分類特徴臨床的意義
F1 (軽度)静脈瘤が細く、直線状経過観察が中心
F2 (中等度)静脈瘤が蛇行し、拡張予防的治療を検討
F3 (高度)静脈瘤が著しく拡張し、結節状積極的な治療が必要

F1からF3に進行するにつれて、破裂のリスクが高くなります。

位置による分類

  • Lm型:食道下部から中部に限局する型で、比較的治療がしやすい
  • Li型:食道下部から胃噴門部(胃の入り口部分)に及ぶ型で、治療範囲が広い
  • Lg型:主に胃噴門部に存在する型。食道静脈瘤と胃静脈瘤の合併として観察され、治療が複雑になる

重症度による分類

食道静脈瘤の重症度による分類は、静脈瘤の大きさや数、発赤所見(静脈瘤の表面が赤く変色している状態)の有無などを評価して決定します。

重症度特徴治療方針
軽度小さな静脈瘤、発赤所見なし経過観察が中心
中等度中程度の静脈瘤、軽度の発赤所見予防的治療を検討
重度大きな静脈瘤、著明な発赤所見早急な治療介入が必要

重度の食道静脈瘤は、破裂のリスクが非常に高いため、早急な治療介入が必要です。

特殊な分類

食道静脈瘤の中には、通常の分類に当てはまらないものもあります。

特殊なタイプ特徴臨床的意義
孤立性胃静脈瘤(IGV)食道静脈瘤を伴わずに胃に単独で発生通常と異なる治療アプローチが必要
門脈圧亢進症性胃症(PHG)胃粘膜の特徴的な変化を伴う重篤な出血のリスクあり

孤立性胃静脈瘤(IGV)は通常の食道静脈瘤とは異なる血行動態を示すため、治療方法も異なります。

また、門脈圧亢進症性胃症(PHG)は、厳密には静脈瘤ではありませんが、門脈圧亢進(門脈の血圧が異常に高くなった状態)に関連する病態です。

胃粘膜の特徴的な変化を伴い、時に重篤な出血を引き起こすことがあります。

食道静脈瘤(EV)の主な症状

食道静脈瘤(EV)は多くの場合無症状で進行し、突然の吐血や下血といった重篤な出血症状が初発症状となります。

初期段階は症状が現れない

食道静脈瘤の初期段階では、自覚できる症状はほとんど見られません。

ただし、この時期に症状がないからといって、病気が進行していないわけではありません。

静脈瘤は静かに着実に成長を続けており、体内で徐々に変化が起こっています。

軽度から中等度の症状

病態が進行すると、胸焼けや飲み込みにくさなどの症状が現れ始めます。

症状特徴
胸やけ食道下部の静脈瘤による圧迫で生じる不快感
嚥下困難(えんげこんなん)静脈瘤による食道狭窄(きょうさく)が原因で食べ物を飲み込みにくくなる
食後の胸部不快感食事後に胸の辺りに感じる違和感や圧迫感

いずれも食道静脈瘤に特有の症状というわけではありませんが、持続する場合は専門医による精密検査を受けることが大切です。

その他の症状

  • 軽度の嘔気(吐き気)
  • 食欲不振
  • 胸骨後部(むねの真ん中あたり)の違和感

重度の症状

吐血や下血などの症状は静脈瘤の破裂を示すものであるため、非常に危険な状態です。

大量出血によりショック状態に陥る危険性が高いため、一刻も早い医療介入が必要となります。

緊急症状対応
吐血(血を吐くこと)即座に救急搬送が必要
下血(便に血が混じること)緊急の医療処置が必要
ショック症状(冷や汗、意識低下など)生命の危険があるため、直ちに救急車を呼ぶ

その他の関連症状

食道静脈瘤は、多くの場合肝硬変などの基礎疾患に伴って発生するため、以下のような関連症状が見られることがあります。

関連症状原因
腹水(腹部に水がたまる状態)門脈圧亢進による体液バランスの乱れ
黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)肝機能障害による胆汁色素の排泄障害
全身倦怠感肝機能低下によるエネルギー代謝の異常
手掌紅斑(しゅしょうこうはん)肝疾患に伴う血管拡張

食道静脈瘤(EV)の原因

食道静脈瘤(EV)の主な原因は、門脈圧亢進症(肝臓の機能障害や血流阻害によって起こる病態)による静脈血の逆流です。

門脈圧亢進症が起こるしくみ

肝硬変や慢性肝炎などの肝疾患が進行すると、肝臓内の線維化が進み、血液の流れが妨げられます。

この状態が持続すると門脈系の血圧が上昇し、血液は別のルートを探して流れようとします。

門脈圧亢進症は、このような肝臓の機能障害や血流阻害によって起こります。

食道静脈への影響

門脈圧が上昇すると、血液は食道の静脈へと逆流します。

食道の静脈は本来、大量の血液を流すようには設計されていないため、血液の逆流によって静脈が拡張し、瘤(こぶ)状に膨らみます。この拡張した静脈が食道静脈瘤です。

主な原因影響
肝硬変門脈圧上昇
慢性肝炎肝機能障害

肝臓疾患以外の原因

門脈や肝静脈の血栓症(血管内で血液が固まる病態)なども、食道静脈瘤の原因となることがあります。

発症を高める要因

  • 過度の飲酒
  • B型・C型肝炎ウイルス感染
  • 非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)
  • 自己免疫性肝炎

診察(検査)と診断

食道静脈瘤の診察では、上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)で食道にできた静脈瘤の有無や大きさを確認し、出血の有無や程度を評価していきます。

診察で確認するポイント

診察項目確認ポイント
問診自覚症状、病歴、生活習慣
身体診察腹部の状態、肝臓の触診、腹水の確認

内視鏡検査

上部消化管内視鏡検査では、食道壁の静脈が拡張している状態を確認し、その程度や出血のリスクを評価します。

内視鏡検査で確認すること

  • 静脈瘤の形態や大きさ
  • 色調の変化
  • 赤色徴候の有無

画像診断

腹部超音波検査や造影CT検査を実施し、肝臓の状態や門脈圧亢進(門脈の血圧が上昇している状態)の程度を調べます。

画像検査により、静脈瘤の原因となっている肝疾患の進行状況や、他の合併症の有無を把握することができます。

特に造影CT検査は門脈系の血流状態を観察できるだけでなく、側副血行路(血液の迂回路)の発達状況も把握することができる検査方法です。

画像検査主な評価項目
腹部超音波肝臓の形態、門脈の血流状態
造影CT門脈圧亢進の程度、側副血行路の発達状況

血液検査

血液検査は、食道静脈瘤の重症度評価や、治療方針を決定するために重要な検査となります。

主な検査項目

  • 肝機能検査(AST、ALT、アルブミン、ビリルビンなど)
  • 凝固機能検査(PT、INRなど)

特に注目したい点は血小板数の減少で、門脈圧亢進の間接的な指標となります。

門脈圧測定

肝静脈圧格差(HVPG)を測定することで、門脈圧亢進の程度を数値として正確に把握できます。

体に負担をかける検査であるため、全ての患者さんに対して実施するわけではありませんが、特定の症例においては重要な検査となります。

食道静脈瘤(EV)の治療法と処方薬、治療期間

食道静脈瘤(EV)の治療法は、内視鏡的治療、薬物療法、手術療法があります。

内視鏡的治療

内視鏡的治療には、静脈瘤結紮術(EVL)と内視鏡的硬化療法(EIS)という2つの技術があります。

EVLはゴムバンドを使って静脈瘤を縛り、血流を遮断する方法です。一方、EISは硬化剤を静脈瘤に注入し、血管を閉塞させる手法です。

治療は通常、数回に分けて実施します。治療の間隔は1〜2週間ごとで、完全な根治までには2〜3か月程度かかります。

※患者さんの状態や静脈瘤の程度によって、治療回数や期間は変わってきます。

治療法特徴所要時間適応
EVL低侵襲、再発率低い15-30分表在性の静脈瘤
EIS深部静脈瘤に有効30-60分深部や複雑な静脈瘤

薬物療法

薬物療法で主に使用される薬剤は非選択性β遮断薬で、プロプラノロールやナドロールなどがあります。

門脈圧を下げ、静脈瘤の形成や破裂のリスクを軽減する効果があります。

治療は通常、低用量から始め、徐々に増量していきます。効果が現れるまでには2〜4週間程度必要で、その後も継続的な服用が必要です。

薬剤名作用機序主な副作用服用期間
プロプラノロールβ受容体遮断徐脈、低血圧長期(年単位)
ナドロールβ受容体遮断疲労感、めまい長期(年単位)

手術療法(重症例)

内視鏡的治療や薬物療法で十分な効果が得られない場合、手術療法を検討します。

代表的な手術は経頸静脈的肝内門脈大循環短絡術(TIPS)や脾摘出術です。

TIPSは肝臓内に人工的なシャント(バイパス)を作成し、門脈圧を下げる治療法です。手術時間は約2〜3時間で、入院期間は1〜2週間程度必要です。

脾摘出術は脾臓を摘出することで門脈圧を下げる方法で、手術時間は3〜4時間と長くなります。

手術療法は即効性があるものの身体への負担が大きいため、全身状態や肝機能、静脈瘤の程度などを総合的に評価し、適応を判断していきます。

手術法特徴入院期間適応
TIPS低侵襲、効果即時1-2週間薬物療法無効例、緊急時
脾摘出術根治的、再発率低い2-4週間脾機能亢進を伴う症例

食道静脈瘤(EV)の治療における副作用やリスク

食道静脈瘤(EV)の治療には、出血のリスクや合併症の可能性などの副作用やリスクが伴います。

治療に伴う主な副作用

食道静脈瘤の治療後に生じる代表的な副作用には、以下のようなものがあります。

  • 胸痛や飲み込みづらさ
  • 一時的な体温上昇
  • 出血や感染のリスク
  • 再び症状が現れる可能性

多くの場合一時的なものですが、深刻な合併症に発展するケースもあるため、注意深い経過観察が必要です。

内視鏡的硬化療法のリスク

リスク発生頻度
胸痛30-50%
発熱20-30%
潰瘍形成5-10%

潰瘍形成はまれに穿孔(食道に穴が開くこと)や大量出血につながる可能性があるため、注意が必要です。

薬物療法による副作用

非選択的β遮断薬(血管を収縮させる薬)には以下のような副作用が報告されています。

副作用症状
低血圧めまい、ふらつき
徐脈動悸、息切れ
疲労感全身のだるさ
消化器症状吐き気、便秘

副作用は、薬の量を調整することでコントロールできる場合が多いです。

しかし、重度の副作用が生じた場合は、別の治療法を検討する必要性が出てきます。

合併症のリスク管理

肝機能障害を伴う患者さんでは、治療による体への負担が肝不全を引き起こすリスクがあります。

合併症のリスクを最小限に抑えるためには、以下の点に注意が必要です。

  1. 治療前の肝機能評価
  2. 個々に合った治療法の選択
  3. 治療中・治療後の綿密な観察
  4. 素早い合併症への対応

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

食道静脈瘤(EV)の治療費は、症状の程度や治療方法によって大きく変動します。

内視鏡的治療にかかる費用

治療法概算費用(3割負担の場合)
内視鏡的静脈瘤結紮術(EVL)5〜8万円
内視鏡的硬化療法(EIS)6〜10万円

通常1〜2泊の入院で行われる内視鏡的治療では、入院費用や検査費用も含めると自己負担額は10〜15万円程度になります。

※合併症の発生や入院期間の延長により増加します。

薬物療法の継続的な費用

  • β遮断薬(プロプラノロール)月額約2,000〜3,000円
  • 硝酸薬(硝酸イソソルビド)月額約1,500〜2,500円
  • 利尿薬(スピロノラクトン)月額約1,000〜2,000円

薬物療法の費用は長期にわたって継続的にかかります。月々の薬剤費は5,000〜8,000円程度が目安です。

外科的治療の費用

外科的治療は高度な専門性を要する治療のため、費用も高額になります。

手術法概算費用(3割負担の場合)
経頸静脈的肝内門脈大循環短絡術(TIPS)50〜80万円
食道離断術70〜100万円

以上

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