上衣腫(じょういしゅ)(ependymoma)とは、脳や脊髄の中心にある脳室系(のうしつけい:脳脊髄液が循環する空間)や中心管を覆う上衣細胞から発生する腫瘍です。
この腫瘍は、中枢神経系に形成され、幼児から高齢者まで幅広い年齢層に影響を及ぼします。
上衣腫の性質は良性から悪性まであり、症状は腫瘍の位置や大きさに応じて持続的な頭痛や嘔吐、視力の低下、平衡感覚の乱れなどです。
また、脊髄に発生した場合は、運動障害や感覚異常を起こすこともあります。
上衣腫(じょういしゅ)の主な症状
上衣腫の症状は、頭痛や嘔吐、めまいなどの一般的な脳腫瘍の症状から、特定の神経機能障害まで様々な形で現れます。
上衣腫の一般的な症状
上衣腫は脳室系や脊髄中心管に発生する腫瘍で、成長に伴い周囲の脳組織や脊髄を圧迫することでいろいろな症状を起こします。
頭蓋内圧亢進(頭蓋内の圧力が高くなる状態)に関連するものが、最もよく見られる症状です。
- 持続的な頭痛
- 吐き気や嘔吐
- めまいや平衡感覚の乱れ
- 視力の変化(複視や視野狭窄)
症状は腫瘍の成長に伴い徐々に悪化することが多いですが、急激に発症することもあります。
症状 | 特徴 |
頭痛 | 持続的、朝方に悪化 |
嘔吐 | 突発的、頭痛と関連 |
めまい | 立ちくらみ、ふらつき |
視覚異常 | 物が二重に見える、視野が狭くなる |
腫瘍の位置による特異的症状
上衣腫の発生部位によって、特徴的な症状が現れることがあります。
脳室内に発生すると、脳脊髄液の循環障害を起こし、水頭症(脳脊髄液が過剰に貯留する状態)が生じ、認知機能の低下や歩行障害、尿失禁などが見られます。
脊髄に発生した場合は腫瘍の圧迫により運動障害や感覚障害が生じ、四肢の麻痺や筋力低下、しびれ感などが特徴です。
神経学的症状
上衣腫による神経学的症状は、腫瘍の正確な位置や大きさによります。
小脳に発生した場合は協調運動障害や歩行異常が現れ、脳幹部に発生すると出る症状は、顔面神経麻痺や嚥下困難です。
発生部位 | 症状 |
大脳 | てんかん発作、認知機能障害 |
小脳 | 歩行障害、協調運動障害 |
脳幹 | 顔面麻痺、嚥下困難 |
脊髄 | 四肢麻痺、感覚障害 |
症状の進行と変化
上衣腫では初期段階は軽微な症状のみで気づかれないこともありますが、徐々に症状が顕在化し、重篤化することがあります。
注意が必要なのは症状の急激な悪化で、これは腫瘍内出血や急速な増大を示し、緊急の医療介入を要する状況です。
進行段階 | 症状 |
初期 | 軽微な頭痛、めまい |
中期 | 持続的な頭痛、視覚異常 |
後期 | 重度の神経障害、意識レベルの低下 |
上衣腫(じょういしゅ)の原因
上衣腫の原因は、脳室系や脊髄中心管を覆う上衣細胞の遺伝子に変異が生じ起こる異常な細胞増殖です。
上衣腫の発生メカニズム
上衣腫は、中枢神経系の特定の細胞に遺伝子変異が蓄積することで発生します。
発生源となる上衣細胞は、脳脊髄液(脳や脊髄を保護し、栄養を供給する液体)の産生や循環において欠かせません。
従来細胞分裂は制御されていますが、遺伝子変異により制御機構が崩れると、細胞が増殖を始め腫瘍を形成します。
遺伝子変異の種類と影響
上衣腫の発生に関与する遺伝子変異
遺伝子 | 機能 | 変異の影響 |
NF2 | 細胞増殖抑制 | 細胞分裂の制御不全 |
TP53 | DNA修復、細胞周期制御 | 遺伝子損傷の蓄積 |
RELA | 細胞生存シグナル | 異常な細胞生存 |
遺伝子に変異が生じると、細胞の正常な機能が阻害され、腫瘍形成のリスクが高まります。
環境要因
遺伝子変異の原因には、環境要因も関与している可能性が指摘されています。
環境要因
- 電離放射線への過度の暴露:医療用X線や原子力関連施設での被曝
- 特定の化学物質への長期接触:農薬や工業用溶剤などの有害物質
- ウイルス感染:特定のウイルスによるDNA損傷の誘発
環境要因がDNA損傷や修復機構の異常を起こし、上衣腫の発生リスクを高める可能性があります。
年齢と上衣腫の発生
上衣腫の発生パターンは、患者さんの年齢によって異なる特徴を示します。
年齢層 | 好発部位 | 遺伝子変異 | 特徴 |
小児 | 後頭蓋窩 | RELA融合 | 急速な進行が多い |
成人 | 脊髄 | NF2変異 | 比較的緩やかな進行 |
遺伝的素因
神経線維腫症2型(NF2)などの遺伝性疾患を持つ患者さんは、上衣腫を含む中枢神経系腫瘍の発生リスクが高くなっています。
これは、NF2遺伝子の生殖細胞系列変異が、腫瘍抑制機能を著しく低下させるためです。
遺伝性疾患 | 関連遺伝子 | 上衣腫発生リスク |
神経線維腫症2型 | NF2 | 高い |
リ・フラウメニ症候群 | TP53 | 中程度 |
結節性硬化症 | TSC1/TSC2 | 低~中程度 |
診察(検査)と診断
上衣腫の診断は問診と神経学的検査から始まり、画像診断や生検を経て確定診断に至ります。
初期診察と神経学的検査
上衣腫の問診で、患者さんの訴える症状、経過、ご家族の病歴などをお聞きし、上衣腫の存在を示唆する手がかりを探ります。
続いて、神経学的検査を実施し、脳神経機能、運動機能、感覚機能、反射、協調運動を評価します。
検査項目 | 評価内容 |
脳神経機能 | 視力、聴力、嗅覚など |
運動機能 | 筋力、筋緊張、歩行状態 |
感覚機能 | 触覚、痛覚、温度覚 |
反射 | 深部腱反射、病的反射 |
画像診断
神経学的検査の結果を踏まえ、画像診断へと進みます。
上衣腫の診断では、MRI(磁気共鳴画像法)が最も有用な画像診断法です。
MRIは、軟部組織のコントラストに優れ、腫瘍の詳細な位置や大きさ、周囲組織への浸潤の程度を高精度で描出でき、造影剤を用いたMRI検査では、腫瘍の血流状態や活動性をより詳細に評価できます。
CT(コンピュータ断層撮影)も補助的に用いられ、腫瘍内の石灰化や出血の有無の評価に用いられます。
機能的画像診断
最近、機能的MRIやPET(陽電子放射断層撮影)などの先進的な画像診断技術も上衣腫の診断に活用されています。
機能的MRIは、言語野や運動野などの機能領域と腫瘍の位置関係を明らかにし、PETは腫瘍の代謝活性を評価し、悪性度の推定や治療効果の判定に使用されます。
PET検査では、微量の放射性物質を注射しますが、量は人体に影響を与えない程度です。
検査法 | 特徴 |
MRI | 軟部組織の詳細な描出 |
CT | 骨構造、出血の評価 |
機能的MRI | 脳機能マッピング |
PET | 腫瘍の代謝活性評価 |
脳脊髄液検査
腰椎穿刺により採取した脳脊髄液中の腫瘍細胞や腫瘍マーカーを分析することで、腫瘍の存在や特性に関する情報が得られます。
ただし、この検査単独で上衣腫を確定診断することは困難で、他の検査結果と合わせて総合的に判断することが重要です。
脳脊髄液検査で評価される項目
- 細胞数と細胞種
- 蛋白濃度
- 糖濃度
- 腫瘍マーカー
確定診断のための生検
画像診断で上衣腫が強く疑われる場合でも、最終的な確定診断には組織生検が必要です。
腫瘍の一部を採取し、形態学的特徴や免疫組織化学的特性が調べられ、上衣腫の確定診断と悪性度の評価が行われます。
検査項目 | 評価内容 |
HE染色 | 細胞形態、配列パターン |
免疫組織化学 | 特異的マーカーの発現 |
分子遺伝学的解析 | 遺伝子変異、染色体異常 |
上衣腫(じょういしゅ)の治療法と処方薬、治療期間
上衣腫の治療は、外科的切除を基本として、放射線療法や化学療法を組み合わせます。
外科的切除
上衣腫の治療において外科的切除は最も有効な手段で、腫瘍の完全摘出を目指します。
手術方法 | 適応 | 特徴 |
開頭手術 | 脳内の上衣腫 | 広い視野で腫瘍にアプローチ可能 |
内視鏡手術 | 脳室内の小さな腫瘍 | 低侵襲で回復が早い |
手術後は、MRI(磁気共鳴画像法)で残存腫瘍の有無を確認し、追加治療の必要性を判断します。
放射線療法
放射線療法は、手術後の残存腫瘍の制御や再発リスクの低減に効果的な治療法です。
外部照射法が使われ、高エネルギーX線やガンマ線を用いて腫瘍部位に集中的に放射線を照射します。
照射スケジュール
- 総線量:54-59.4 Gy(グレイ:放射線の吸収線量を表す単位)
- 分割方法:1.8 Gy/日、週5回、6-7週間にわたって照射
年齢層 | 放射線療法の特徴 |
成人 | 標準的な線量・期間で実施 |
小児 | 脳の発達への影響を考慮し、線量や範囲を調整 |
小児患者さんの場合脳の発達への長期的な影響を考慮し、放射線療法の実施には慎重な判断が必要です。
化学療法
化学療法は、悪性度の高い上衣腫や再発症例に対して使用される治療法です。
薬剤名 | 作用機序 | 投与方法 |
テモゾロミド | DNA損傷誘導 | 経口 |
シスプラチン | DNA架橋形成 | 静脈内投与 |
カルボプラチン | DNA架橋形成 | 静脈内投与 |
化学療法は数週間のサイクルで複数回繰り返されるため、長期にわたります。
治療期間と経過観察
上衣腫の治療期間
- 初期治療(手術+放射線療法/化学療法):2-6ヶ月
- 追加治療(必要に応じて):3-12ヶ月
- 定期的な経過観察:5年以上
再発のリスクは治療後5年間で最も高いため、定期的なMRI検査や神経学的評価が行われます。
上衣腫(じょういしゅ)の治療における副作用やリスク
上衣腫の治療には、外科的切除、放射線療法、化学療法などがありますが、それぞれに副作用やリスクがあります。
外科的切除に伴うリスク
手術中や術後に起こりうる合併症には、出血、感染、脳浮腫(脳組織の腫れ)があります。
合併症 | 発生率 | 対処法 | 予後への影響 |
出血 | 1-5% | 緊急止血術 | 重度の場合、神経学的後遺症のリスク |
感染 | 1-2% | 抗生物質投与 | 早期発見で予後良好 |
脳浮腫 | 5-10% | 薬物療法、減圧術 | 重症度により予後が変動 |
また、腫瘍の位置によっては、神経機能の一時的または永続的な障害が生じる可能性があります。
放射線療法の副作用
放射線療法は、正常組織への影響を最小限に抑えながら腫瘍組織にダメージを与えることを目指しますが、完全に副作用を避けることは困難です。
急性期(治療開始から数週間)の副作用には、頭痛、吐き気、倦怠感、脱毛があります。
急性期副作用
- 頭痛:放射線による脳組織の一時的な炎症が原因
- 吐き気:脳の嘔吐中枢への刺激によるもの
- 倦怠感:全身の代謝変化や炎症反応の結果
- 脱毛:頭部への照射による毛根へのダメージ
長期的な副作用は、認知機能障害や内分泌機能障害、二次性腫瘍のリスクです。
特に小児患者さんの場合、脳の発達への影響が重大な問題となる可能性があります。
化学療法に伴う副作用
化学療法は全身に影響を及ぼすため、多様な副作用が現れます。
副作用 | 頻度 | 対策 | 患者さんへのアドバイス |
骨髄抑制 | 高 | 血球数モニタリング、G-CSF投与 | 感染予防の徹底、出血傾向への注意 |
消化器症状 | 中 | 制吐剤投与、食事指導 | 少量頻回の食事、水分補給の重要性 |
脱毛 | 高 | 頭皮冷却法、ウィッグの使用 | 心理的サポートの利用 |
骨髄抑制による血球減少は、感染リスクの増大や出血傾向につながり、日常生活での注意が必要です。
消化器症状(吐き気、嘔吐、下痢)は食事摂取や栄養状態に悪影響を与え、また、一部の抗がん剤では、不妊や二次性腫瘍のリスクも考慮します。
認知機能への影響
上衣腫の治療、特に放射線療法や化学療法は、認知機能に影響を与え、記憶力の低下、集中力の欠如、学習能力の低下などが報告されており、治療後数か月から数年にわたって続くことがあります。
内分泌機能障害
放射線療法や手術による視床下部・下垂体への影響により、内分泌機能障害が生じるリスクがあります。
内分泌機能障害は、患者さんの成長や代謝に大きな影響を与えることがあるため、長期的なフォローアップが不可欠です。
内分泌障害 | 症状 | 治療法 |
成長ホルモン分泌不全 | 成長遅延、体組成異常 | ホルモン補充療法 |
甲状腺機能低下症 | 倦怠感、体重増加、寒がり | 甲状腺ホルモン補充 |
性腺機能低下症 | 性的発達遅延、不妊 | 性ホルモン補充療法 |
二次性腫瘍のリスク
放射線療法や一部の化学療法薬は、二次性腫瘍を起こすリスクがあります。
このリスクは、治療後数年から数十年にわたって持続する可能性があり、重要な問題です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
手術費用
手術費用は、腫瘍の位置や大きさによって異なります。
手術の種類 | 概算費用 |
開頭腫瘍摘出術 | 80-200万円 |
内視鏡下腫瘍摘出術 | 60-150万円 |
放射線療法の費用
放射線療法は、腫瘍の残存や再発リスクに応じて実施されます。
- 通常の放射線治療(5-6週間) 40-80万円
- 定位放射線治療(1-5回) 30-60万
- 陽子線治療 200-300万円
化学療法の費用
化学療法の費用
治療期間 | 概算費用 |
3か月 | 30-60万円 |
6か月 | 50-100万円 |
入院費用
入院費用は、1日あたり2-5万円で、手術や集中的な治療期間中は、1-2か月の入院が必要です。
以上
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