異所性膵(いしょせいすい, Ectopic pancreas)とは、膵臓の組織が本来の位置ではなく、他の場所に存在する状態を指します。
通常、膵臓は上腹部の後ろ側に位置していますが、この疾患では膵臓の組織が胃や十二指腸、小腸などの消化管壁に見られ、その発生は先天的です。
多くの患者さんは無症状で経過するため経過観察を行いますが、稀に腹痛や消化器症状といった症状が起こる場合があります。
※異所性膵は、迷入膵(Aberrant pancreas)とも呼ばれます。
異所性膵(迷入膵)の種類(病型)
異所性膵(迷入膵)は、Heinrich分類とGaspar Fuentes分類という分類方法によって、組織学的特徴や発生部位に基づいて区分されています。
Heinrich分類による異所性膵の種類
Heinrich分類は、異所性膵の組織学的特徴に基づいて3つのタイプに分類する方法です。
タイプ | 特徴 |
I型 | 膵腺房(すいせんぼう)、導管、ランゲルハンス島を含む完全な膵組織 |
II型 | 膵腺房と導管のみを含む不完全な膵組織 |
III型 | 膵導管のみを含む組織 |
I型は正常な膵臓と同様の機能を持つ可能性があるため、臨床的に特別な注意が必要となります。
II型とIII型は、正常な膵臓の一部の機能しか持たないため、症状や合併症のリスクが異なる場合があります。
Gaspar Fuentes分類による異所性膵の発生部位
Gaspar Fuentes分類は、異所性膵の発生部位に基づいて4つのタイプに分類する方法です。
タイプ | 発生部位 |
I | 胃 |
II | 十二指腸 |
III | 空腸 |
IV | メッケル憩室(小腸の一部が袋状に膨らんだ先天性の異常) |
異所性膵の形態学的特徴
形態 | 特徴 |
粘膜下腫瘍型 | 正常粘膜に覆われた隆起性病変 |
潰瘍型 | 中心部に陥凹や潰瘍を伴う病変 |
平坦型 | 粘膜面とほぼ同レベルの病変 |
粘膜下腫瘍型の異所性膵は、胃粘膜下腫瘍の一種である胃粘膜下腫瘍(GIST)と似た外観を呈することがあります。
異所性膵(迷入膵)の主な症状
異所性膵(迷入膵)は検査や手術中に偶然発見されることが多く、症状がないため患者さん自身が気づくことは稀です。
ただし、上腹部痛や消化器系の不快感を引き起こす場合があり、まれに深刻な合併症を伴うこともあります。
上腹部痛
異所性膵で症状が現れる場合、最も多いのが上腹部痛です。食事の前後に症状が出る場合が多く、持続時間や強さは人によって異なります。
中には、背中や胸に痛みが広がる場合もあります。
消化器系の症状
症状 | 特徴 |
吐き気 | 食事の前後に生じやすく、食欲低下の原因となる |
嘔吐 | 上腹部痛に伴うことが多く、消化管の刺激を示唆する |
腹部膨満感 | 食後に増強し、不快感や圧迫感を伴う |
食欲不振 | 持続的な場合もあり、栄養状態に影響を与える可能性がある |
消化器系の症状は異所性膵の大きさや位置によって異なり、症状の程度も個人差が大きいのが特徴です。
重篤な合併症(出血や閉塞症状)
まれに、異所性膵が原因で深刻な症状が現れることがあります。出血や消化管の閉塞がその代表例です。
出血の場合は吐血(口から血を吐く)や下血(便に血が混じる)として現れることがあり、緊急の医療処置が必要となります。
閉塞症状は、異所性膵が大きくなり周囲の組織を圧迫することで起こります。
閉塞症状の具体例
- 嚥下困難(食道の異所性膵の場合):食べ物を飲み込むのが難しくなります
- 胃内容排出遅延(幽門部の異所性膵の場合):胃の内容物が十二指腸に移動しにくくなります
- 黄疸(胆管近くの異所性膵の場合):皮膚や白目が黄色くなる症状が現れます
異所性膵(迷入膵)の原因
異所性膵(迷入膵)は、主に胎児期における膵組織の発生過程での異常が原因となり、正常な位置以外に膵組織が形成される疾患です。
発生学的視点
異所性膵が発生する原因については複数の仮説が提唱されており、最も有力視されている説は、胎児期の消化管発生過程における膵芽の異常分離です。
通常、十二指腸から発生する膵芽が何らかの要因で正常な位置から逸脱し、別の場所で成長を続けると考えられています。
この過程で膵組織が本来あるべき場所とは異なる部位に形成され、結果として異所性膵が生じるのです。
一方で、消化管の内胚葉細胞が局所的に膵組織へと分化する可能性も指摘されています。
この仮説では、元々膵組織ではなかった細胞が、何らかの刺激を受けて膵細胞へと変貌を遂げると推測されます。
発生メカニズム | 支持度 | 特徴 |
膵芽の異常分離 | 高 | 胎児期に発生 |
内胚葉細胞の分化 | 中 | 局所的な変化 |
遺伝的要因
一部の研究では、特定の遺伝子変異や染色体異常が異所性膵の発生リスクを高めることが指摘されています。
ただし、現時点では明確な遺伝的マーカーは特定されていません。
家族性に異所性膵が見られるケースも報告されていますが、その頻度は非常に低く、大多数の症例は散発的に発生します。
このことから、遺伝的要因だけでなく、環境要因や後天的な影響など複数の要素が絡み合い異所性膵の発生に関与していると考えられています。
診察(検査)と診断
異所性膵(迷入膵)は通常は症状がなく、胃カメラなど他の検査で偶然発見されることが多いですが、症状がある場合は腹部エコーやCT、MRIなどの画像検査や、内視鏡を用いた組織検査(EUS-FNAなど)を行います。
診断ステップ | 実施者 | 役割 |
問診・身体診察 | 消化器専門医 | 初期評価と方針決定 |
画像検査 | 放射線科医・消化器専門医 | 病変の評価 |
生検 | 内視鏡専門医 | 組織採取 |
病理診断 | 病理専門医 | 組織学的診断 |
画像診断
画像検査では、病変の存在や性状を把握できます。また、他の疾患との鑑別も行うことができます。
検査法 | 特徴 | 利点 | 注意点 |
上部消化管内視鏡 | 粘膜下腫瘍として観察可能 | 直接的な観察が可能 | 表面の変化のみ観察可能 |
超音波内視鏡 | 病変の詳細な構造を評価 | 高解像度での観察が可能 | 操作に熟練を要する |
CT検査 | 病変の位置や大きさを確認 | 全体像の把握に優れる | 放射線被曝に注意 |
MRI検査 | 軟部組織のコントラストに優れる | 周囲組織との関係性を明確に示す | 検査時間が長い |
生検と病理診断
画像検査で異所性膵が疑われた場合、確定診断のために生検を行うことがあります。
内視鏡下での生検や、超音波内視鏡下穿刺吸引細胞診(EUS-FNA)などの手法を用いて組織を採取し、膵組織の存在を確認します。
鑑別診断
異所性膵は他の消化管粘膜下腫瘍と類似した所見を呈することがあるため、鑑別診断が必要です。
複数の検査を組み合わせ確実な診断を目指しますが、画像所見だけでは判断が難しいケースもあります。
疾患名 | 特徴 | 鑑別のポイント | 診断の難しさ |
胃腸間質腫瘍(GIST) | 間葉系腫瘍 | 造影効果の違い | 大きさによっては類似した像を示す |
平滑筋腫 | 筋原性腫瘍 | 均一な構造 | 小さい病変では区別が困難 |
カルチノイド腫瘍 | 神経内分泌腫瘍 | ホルモン産生の有無 | 機能性の評価が必要 |
リンパ腫 | 悪性リンパ球の増殖 | リンパ節腫大の有無 | びまん性の場合に鑑別が難しい |
異所性膵(迷入膵)の治療法と処方薬、治療期間
異所性膵(迷入膵)では、症状がなければ特に治療は必要なく、経過観察が基本です。
症状がある場合や悪性化が疑われる場合は、外科的な切除が必要になることもあります。
症状に応じて痛み止めなどの対症療法が行われる場合もありますが、異所性膵に直接作用するような特異的な薬剤は存在しません。
薬物療法
薬物療法では、主に以下の薬剤を使用します。
薬剤の種類 | 主な効果 | 使用目的 |
制酸薬 | 胃酸の分泌を抑制 | 胃の不快感を軽減 |
消化酵素剤 | 消化機能を補助 | 消化不良を改善 |
鎮痛剤 | 腹痛を緩和 | 痛みを和らげる |
服用期間は症状の改善具合を見ながら調整しますが、通常は2〜4週間程度の投薬を行い効果を評価します。
症状が改善しない場合や薬物療法で十分な効果が得られない場合は、外科的治療を検討します。
外科的治療の選択基準と方法
外科的治療は、以下のような状況で考慮します。
- 薬物療法で症状が改善しない場合
- 腫瘍性変化が疑われる場合
- 出血や閉塞などの重篤な合併症が生じた場合
- 悪性化の可能性が高い場合
外科的治療の方法
手術方法 | 特徴 | 適応 |
内視鏡的切除 | 低侵襲、早期回復 | 小さな病変 |
腹腔鏡下手術 | 比較的低侵襲、広範囲の切除可能 | 中程度の病変 |
開腹手術 | 複雑な病変に対応可能 | 大きな病変や複雑な症例 |
外科的治療後の入院期間は、通常1〜2週間程度です。
治療後の経過観察の頻度
術後の経過観察は合併症のリスクや再発の可能性を考慮し、少なくとも数か月から1年程度継続します。
期間 | 検査頻度 | 主な検査内容 |
治療後1年目 | 3〜6か月ごと | 画像検査、血液検査 |
治療後2〜5年目 | 6か月〜1年ごと | 画像検査、血液検査 |
治療後5年以降 | 1年ごと | 画像検査、血液検査 |
異所性膵(迷入膵)の治療における副作用やリスク
異所性膵(迷入膵)の治療には、手術や内視鏡的処置に伴う合併症や長期的な影響など、様々な副作用やリスクがあります。
手術に関連する一般的なリスク
異所性膵の外科的切除は、他の手術と同様に一定のリスクがあります。感染症や出血、麻酔関連の合併症は手術全般に共通する懸念事項す。
高齢の方や基礎疾患をお持ちの方では、合併症のリスクが高くなる傾向があります。
また、手術後の回復期間中は創部の痛みや一時的な消化器症状が起こる場合があります。通常一過性ですが、まれに手術部位の周辺組織に癒着が生じ、将来的に腸閉塞などの問題が起こる可能性があります。
リスク | 発生頻度 |
感染症 | 2-5% |
出血 | 1-3% |
麻酔関連 | 0.5-1% |
内視鏡的処置のリスク
内視鏡を用いた異所性膵の治療では、まれに内視鏡挿入時の食道・胃の穿孔(せんこう:組織に穴が開くこと)、処置中の出血、膵液漏(膵液が漏れ出すこと)などが起こる可能性があります。
長期的な影響と機能的リスク
異所性膵の治療後、特に広範囲の切除を行った場合は消化機能に影響が出ることがあります。
また、手術後の癒着形成により、腸閉塞のリスクが増加します。
長期的影響 | 具体例 |
消化機能の変化 | 消化不良、下痢 |
栄養状態の変化 | 体重減少、貧血 |
二次的合併症 | 腸閉塞、胆石症 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
異所性膵(迷入膵)の治療費は、症状の程度や必要な処置によって大きく変わります。多くの場合で保険適用となるため、自己負担は1~3割となります。
診断にかかる費用
異所性膵の診断には、内視鏡検査や画像診断が必要です。検査費用は保険適用で3割負担の場合、おおよそ以下のようになります。
検査項目 | 概算費用(3割負担) |
上部消化管内視鏡検査 | 3,000円〜5,000円 |
CT検査 | 4,000円〜8,000円 |
超音波内視鏡検査 | 5,000円〜10,000円 |
MRI検査 | 8,000円〜15,000円 |
内視鏡的治療の費用
内視鏡的粘膜切除術(EMR)や内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)などの内視鏡的治療を行う場合、保険適用で3割負担の患者さんの自己負担額は、およそ5万円から15万円程度です。
外科的治療の費用
外科的切除が必要な場合、一般的な腹腔鏡下手術の場合は3割負担で10万円から30万円程度の自己負担となります。
開腹手術の場合は、15万円から40万円程度が目安です。
異所性膵の治療に関連する追加費用
- 病理検査費用(3,000円〜5,000円)
- 術後の痛み止めや抗生剤などの薬剤費(1,000円〜3,000円/日)
- リハビリテーション費用(必要な場合、1回あたり1,000円〜2,000円)
- 術後の定期検査費用(内視鏡検査や画像診断を含め、年間5,000円〜20,000円)
経過観察にかかる費用
フォローアップ項目 | 頻度 | 概算費用(3割負担) |
外来診察 | 3〜6ヶ月ごと | 1,000円〜2,000円/回 |
血液検査 | 3〜6ヶ月ごと | 1,500円〜3,000円/回 |
腹部超音波検査 | 年1〜2回 | 2,000円〜4,000円/回 |
上部消化管内視鏡検査 | 年1回 | 3,000円〜5,000円/回 |
※費用は個々の状態や医療機関によって変動します。
以上
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