麻痺性イレウス – 消化器の疾患

麻痺性イレウス(Paralytic ileus)とは、腸管の運動機能が著しく低下または完全に停止し、腸内容物の正常な通過が阻害される病気です。

発症には、外科手術後の合併症、重篤な感染症、体内の電解質バランスの乱れなど、多岐にわたる要因が関係しています。

重症化した場合には生命にかかわる合併症を引き起こす可能性が高いため、早期発見と速やかな医療介入が重要です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

麻痺性イレウスの主な症状

麻痺性イレウスの主な症状は、腹部膨満感、嘔吐、便秘、腹痛などであり、徐々に進行していきます。

腹部膨満感

麻痺性イレウスでは、腸管の蠕動運動(腸の動き)が低下または停止するため、お腹が張っている感じや、ガスがたまっているような不快感が起こります。

腸管内容物や腸管ガスが停滞することによって起こるもので、時間の経過とともに悪化することがあります。

嘔吐と悪心

腸管の動きが鈍くなることで胃や腸の内容物が正常に移動できなくなり、吐き気や嘔吐が生じます。

初期段階では軽度の悪心から始まり、症状が進行すると頻繁な嘔吐へと進展していきます。

嘔吐の内容物は最初は胃液や食物残渣ですが、症状が進行すると胆汁を含む場合もあります。

症状の進行特徴嘔吐の内容物
初期段階軽度の悪心胃液、食物残渣
進行期頻繁な嘔吐胃液、食物残渣、胆汁

便秘と排ガス困難

腸管運動の低下により、便の排出が困難になります。また、おならが出にくくなることも特徴的な症状の一つです。

便秘の程度は個人差がありますが、長期化すると腹部不快感や腹痛の原因となります。

腹痛

麻痺性イレウスによる腹痛は、通常、持続的で鈍い痛みとして現れます。痛みの程度は軽度から中等度であることが多く、激しい疝痛性の痛みは稀です。

腹痛の部位は腹部全体に広がっていることが多いですが、特定の部位に限局するケースもあります。

その他の症状

  • 食欲不振
  • 全身倦怠感
  • 腹部の張り感
  • 腸雑音の減弱または消失

症状の進行と重症度

麻痺性イレウスの症状は、軽度の場合は数日で自然に改善することもありますが、重症化すると脱水や電解質異常などの合併症を引き起こします。

重症度特徴対応
軽度数日で自然改善経過観察
中等度症状持続治療介入が必要
重度合併症のリスク高集中的な治療が必要

麻痺性イレウスの原因

麻痺性イレウスの原因は、腸管の蠕動運動(食べ物を運ぶための腸の動き)が低下、または停止することです。

腹部手術後の影響

腹部手術後に麻痺性イレウスが発生するケースが多く見られます。

特に開腹手術では、腹腔内の操作により腸管が直接刺激されることから、術後3〜5日程度で発症することがあります。

腹腔鏡手術の場合は、開腹手術と比較して腸管への直接的な刺激が少ないため、麻痺性イレウスの発症リスクは比較的低いとされています。

手術の種類麻痺性イレウス発症リスク
開腹手術高い
腹腔鏡手術比較的低い

全身性疾患による影響

糖尿病や甲状腺機能低下症などの代謝性疾患では、自律神経系の機能障害が生じ、腸管運動が低下することがあります。

また、敗血症や重度の感染症では、炎症性メディエーター(体内で炎症を引き起こす物質)の影響により腸管運動が抑制されます。

このほか、電解質異常や低カリウム血症も腸管の筋肉機能に影響を与え、麻痺性イレウスを引き起こす要因となります。

薬剤性の影響

麻痺性イレウスの原因として特に注意が必要な薬剤は、以下のようなものがあります。

  • オピオイド系鎮痛薬(モルヒネなどの強い痛み止め)
  • 抗コリン薬(胃腸の痙攣を抑える薬)
  • 三環系抗うつ薬(うつ病の治療に使用される薬の一種)
  • カルシウムチャネル遮断薬(高血圧の治療などに使用される薬)
薬剤の種類作用機序
オピオイド系鎮痛薬μ受容体を介した腸管運動抑制
抗コリン薬アセチルコリン作用の阻害
三環系抗うつ薬抗コリン作用による腸管運動抑制
カルシウムチャネル遮断薬腸管平滑筋の収縮力低下

神経系の障害

脊髄損傷や多発性硬化症などの神経疾患では、腸管を支配する神経系の機能が低下し、腸管運動が障害されます。

また、腹部外傷や腹部手術による腸管神経叢の損傷も、局所的な腸管運動の低下を引き起こします。

腹腔内の炎症性疾患

急性膵炎や腹膜炎などの炎症性疾患も原因のひとつです。

腸管の機能に直接的な影響を与えるだけでなく、全身の炎症反応を通じて間接的にも腸管運動を抑制します。

炎症性疾患麻痺性イレウスの発症メカニズム
急性膵炎炎症性サイトカインによる抑制
腹膜炎腸管の浮腫と炎症性反応
腹腔内膿瘍局所的な圧迫と炎症の波及

診察(検査)と診断

麻痺性イレウスの診断では、腹部X線検査、血液検査を実施します。

麻痺性イレウスの診断に用いられる主要な検査項目
  • 腹部単純X線検査
  • 腹部CT検査
  • 血液生化学検査
  • 腹部超音波検査

診察方法

麻痺性イレウスを疑う場合、腹部の膨満、便秘、嘔吐などの自覚症状を確認し、腹部の視診や触診、聴診により腸管の動きや圧痛の有無を診ていきます。

特に、腸雑音の減少や消失は、麻痺性イレウスを強く示唆する所見となります。

臨床徴候詳細な説明
腸雑音の減少腸の蠕動運動が低下していることを示唆
腹部膨満腸内容物の停滞による腹部の膨らみ
排便・排ガスの消失腸管内の通過障害を強く示唆する所見

画像検査

画像検査では、腸管の状態や閉塞の可能性を評価します。

X線検査では消化管内の気体や液体の分布を確認し、CT検査では腸壁の肥厚や腹水の有無を確認していきます。

検査方法主な目的と特徴
腹部単純X線検査腸管内の気体や液体の分布を観察
腹部CT検査腸壁の肥厚や腹水の有無を確認

血液検査

血液生化学検査は、体内の脱水状態や代謝異常を正確に評価するために実施します。

特に、嘔吐が長く続いている場合には血液の濃縮が生じることがあり、この点にも注意を払います。

麻痺性イレウスの治療法と処方薬、治療期間

麻痺性イレウスの治療は、原因の除去、腸管機能の回復促進、症状緩和を目的とし、保存的治療と薬物療法を実施します。

通常は1週間程度の入院加療が必要です。

保存的治療の基本原則

麻痺性イレウスの治療において、最初に実施するのが保存的治療です。腸管に過度な負担をかけず、自然な回復を促していきます。

まずは絶食や経口摂取の制限を行い、腸管への刺激を最小限に抑え、休息を与えます。

必要に応じて経鼻胃管(鼻から胃に挿入するチューブ)による胃内容物吸引を行うことで、腸管内の圧力を軽減し、腸管の回復を促進する効果が期待できます。

同時に点滴による輸液療法を実施し、体内の水分と電解質を補給します。

治療法目的期待される効果
絶食・経口摂取制限腸管の安静過度な刺激の回避
経鼻胃管挿入胃内容物の吸引腸管内圧の軽減
輸液療法水分・電解質の補給体内環境の最適化

薬物療法

保存的治療と並行し、状態や原因疾患に応じて薬剤を選択し投与します。

消化管運動改善薬

代表的な薬剤はメトクロプラミドやモサプリドで、消化管の運動を調整する神経系に作用し、腸管機能の回復を促進する働きがあります。

抗生物質・抗炎症薬

感染症が原因の場合は抗生物質を投与し、炎症性疾患が背景にある場合は抗炎症薬を使用します。

  • メトクロプラミド
  • モサプリド
  • エリスロマイシン
  • ネオスチグミン

治療期間

麻痺性イレウスの治療期間は原因や重症度によって個人差がありますが、通常は1週間程度の入院加療が必要です。

入院期間中は腸管機能の回復状況確認のため、腸蠕動音の聴取、排ガスや排便の有無、腹部症状の改善などを定期的に確認します。

観察項目評価内容臨床的意義
腸蠕動音腸管運動の回復腸管機能の直接的指標
排ガス・排便腸管通過性の改善腸管機能の回復度合い
腹部症状腹痛や膨満感の軽減自覚症状の改善
画像検査腸管拡張の改善客観的な腸管状態の評価

症状が改善し経口摂取が可能と判断されれば、まずは水分から始め、問題がなければ流動食、軟食と徐々に食事内容を調整していきます。

麻痺性イレウスの治療における副作用やリスク

麻痺性イレウスの治療では、薬物療法や医療処置に伴う副作用や合併症のリスクがあります。

薬物療法に伴うリスク

麻痺性イレウスの治療で使用する抗コリン薬は、以下のような副作用に十分な注意が必要です。

副作用症状
口内乾燥唾液分泌の減少による不快感
便秘腸管運動の低下による排便困難
排尿困難膀胱収縮力の低下による尿排出障害
眼圧上昇房水排出の阻害による眼圧管理の悪化

高齢者や前立腺肥大症の患者さんは副作用が顕著に現れやすいため、特に慎重な経過観察を行います。

また、消化管運動改善薬を投与する際は、重篤な状態では腸管穿孔(腸に穴が開く状態)のリスクがあります。

医療処置(経鼻胃管)に伴うリスク

麻痺性イレウスの治療では、経鼻胃管(鼻から胃に管を入れる処置)の挿入を行う場合があり、この処置には合併症のリスクが伴います。

  • 誤嚥性肺炎
  • 鼻腔・咽頭の損傷(管の挿入による粘膜の傷つき)
  • 胃食道逆流症の悪化(胃酸が食道に逆流する症状の増悪)

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

麻痺性イレウスの治療費は、保存的治療で改善する軽症例では15万円程度、手術が必要な重症例では40万円以上が目安となります。

保存的治療の費用

麻痺性イレウスの多くは保存的治療で改善します。この場合、主に入院費用と点滴代が治療費の中心となります。

通常は5〜10日程度の入院が必要で、1日あたりの費用は約2.5万円が目安です。

手術が必要な場合の費用

保存的治療で改善しない場合や、複雑性イレウスと診断された際は手術が必要です。

手術費用は術式によって異なりますが、一般的に25〜50万円程度が平均となります。

治療法費用の目安入院期間
保存的治療15万円前後5〜10日
手術治療40万円以上10〜20日

その他の費用目安

  • CT検査 約2.5万円
  • 腹部X線検査 約7,000円
  • 血液検査 約7,000円
  • 経鼻胃管挿入 約7,000円
  • 腹部超音波検査 約1万円

以上

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