線条体黒質変性症(SND) – 脳・神経疾患

線条体黒質変性症(SND)(multiple system atrophy with predominant parkinsonism)とは、中年期以降に発症する進行性の神経変性疾患で、脳の特定の部位である線条体と黒質に変性が生じる病気です。

手の震えやこわばり、動作の緩慢さといったパーキンソン症状が初期から目立つことが多く、徐々に症状が進行していきます。

また、自律神経の障害による血圧の変動や排尿障害なども見られます。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

線条体黒質変性症(SND)の主な症状

線条体黒質変性症(SND)の特徴的な症状は、パーキンソン病に似た運動障害を主体として両側にかつ対称的に現れ、自律神経症状を伴うことが多いのが特徴です。

初期からみられる運動症状

初期の運動症状として最もよく見られるのは、歩行時のふらつきと小刻み歩行です。

四肢や体幹の筋肉が持続的に緊張した筋固縮の状態により、上半身の可動域が制限されることで、着替えや食事などの基本的な動作に支障をきたすようになります。

体幹の筋力低下や筋固縮により前傾姿勢となりやすく、姿勢の変化は歩行時のバランス機能にも大きな影響を及ぼします。

筋固縮と姿勢保持障害の関係

症状特徴
筋固縮四肢の筋肉が持続的に緊張
姿勢保持障害前傾姿勢、バランス機能低下
動作緩慢動きの開始が遅い、動作速度低下
小刻み歩行歩幅が狭く、足の上がりが悪い

動作緩慢は、動きを開始するまでに時間がかかることや、一つ一つの動作にかかる時間が長くなる症状です。

自律神経症状の特徴

線条体黒質変性症(SND)で見られる自律神経系の機能不全、特に起立性低血圧による症状は患者さんの生活に大きな影響を与えます。

起立性低血圧では立ち上がった際に血圧が急激に低下し、立ちくらみや失神を経験する方も少なくありません。

代表的な自律神経症状

  • 起立性低血圧による立ちくらみや失神
  • 発汗異常による体温調節障害
  • 排尿障害による頻尿や残尿感
  • 便秘による腹部膨満感
  • 声量低下や嚥下困難

自律神経症状の中でもう一つ重要なのは体温調節障害で、発汗異常により体温の維持が困難となることで、暑さや寒さに対する耐性が低下します。

進行期にみられる特徴的な症状

進行期における症状の特徴と重症度

重症度臨床症状
軽度バランス障害、動作緩慢
中等度歩行困難、姿勢反射障害
重度転倒リスク増大、嚥下障害
最重度寝たきり状態、呼吸障害

進行期には全身の筋固縮がさらに顕著となり、頸部や体幹の硬直が目立ち、日常生活における動作の制限がより顕著になります。

姿勢反射障害も進行することにより、急な方向転換や段差の昇降時にバランスを崩しやすくなり、転倒のリスクが上昇するので注意が必要です。

非運動性症状の多様性

線条体黒質変性症(SND)では睡眠時無呼吸が起こり、夜間の呼吸に関連する問題は患者さんの睡眠の質に影響を与えるだけでなく、日中の活動性にも影響を及ぼします。

声帯の筋固縮は発声機能に影響を与え、話し声が小さくなったり、かすれ声になったりすることで、コミュニケーションに支障をきたすことが多いです。

嚥下反射の低下は誤嚥性肺炎のリスクを高めることから、食事形態の工夫や摂食時の姿勢に対する配慮が大切です。

手足の冷感や変色などの末梢循環障害に起因する症状も見られ、寒冷期に悪化します。

排尿障害については進行期で、頻尿や尿失禁などの排尿障害の症状が強くなります。

線条体黒質変性症(SND)の原因

線条体黒質変性症(SND)の原因は、脳内のα-シヌクレインというタンパク質が異常に蓄積することで神経細胞が変性し、徐々に機能が失われていくことです。

神経細胞における異常タンパク質の蓄積

神経細胞内でα-シヌクレインが異常な形で集まり蓄積していく過程では、複数の要因が関与しています。

ミトコンドリアの機能障害やオートファジーの異常、酸化ストレスなどの細胞内メカニズムの破綻が、α-シヌクレインの蓄積を加速させる重要な因子です。

異常タンパク質蓄積の主要因子細胞への影響
ミトコンドリア機能障害エネルギー産生低下
オートファジー異常細胞内浄化機能低下
酸化ストレス細胞膜損傷
小胞体ストレスタンパク質合成異常

遺伝的要因と環境因子の相互作用

現在までの研究では、特定の遺伝子変異単独でSNDを引き起こすという証拠は見つかっていませんが、複数の遺伝的リスク因子が環境要因と相互に作用し合うことで発症リスクが上昇する可能性があります。

関係している環境因子

  • 加齢に伴う細胞修復機能の低下
  • 慢性的な炎症反応
  • 特定の化学物質への暴露
  • 酸化ストレスを増加させる生活習慣
  • 神経細胞の代謝異常を引き起こす要因

神経伝達物質システムの破綻

線条体と黒質という特定の脳領域で起こる神経細胞の変性は、複雑な神経伝達物質のバランスを崩壊させていき、線条体黒質変性症(SND)が起きる原因です。

影響を受ける神経伝達物質主な機能領域
ドーパミン運動制御
ノルアドレナリン自律神経機能
アセチルコリン認知機能
セロトニン感情調節

診察(検査)と診断

線条体黒質変性症(SND)の診断では、神経学的診察と画像診断を組み合わせた総合的な評価に加え、他の類似疾患との鑑別診断も行います。

神経学的診察

神経学的診察では、運動機能や自律神経機能、認知機能など、多岐にわたる神経系の状態を確認していきます。

診察時には、姿勢や歩行の様子、筋力や筋緊張の程度、反射機能など、様々な神経学的所見を観察することで、疾患特有のパターンを見い出すことにつながります。

神経学的診察項目評価のポイント
歩行評価歩行リズム、バランス
筋緊張検査固縮の程度、左右差
反射検査深部腱反射、病的反射
自律神経評価血圧変動、発汗異常

画像診断

MRIやCTなどの画像診断技術を用いることで、脳の構造的な変化を観察することが可能です。

特にMRI検査では、線条体や黒質などの特定部位における萎縮や信号変化の有無を確認することで、診断の確実性を高められます。

画像診断で注目すべき所見

  • T2強調画像での線条体の低信号
  • プロトン密度強調画像でのputamenの萎縮
  • T2強調画像での黒質の信号変化
  • FLAIR画像での皮質下白質変化
  • DATスキャンでの線条体取り込み低下

機能検査による神経系の評価

自律神経機能検査や電気生理学的検査などの機能検査により、神経系の働きを客観的に評価していきます。

機能検査の種類評価の対象
心電図RR間隔自律神経機能
起立性低血圧循環器自律神経
発汗機能検査皮膚自律神経
排尿機能検査膀胱自律神経

鑑別診断のプロセス

似た症状を呈する他の神経変性疾患との区別を行うため、鑑別診断を実施することが大切です。

パーキンソン病や進行性核上性麻痺などの疾患との違いを明確にするために、詳細な病歴の聞き取りと神経学的な所見の特徴を分析していきます。

各種の検査データや画像所見を総合的に判断し、診断基準に照らし合わせることで、より確実な診断へとつながります。

脳血流SPECTやMIBG心筋シンチグラフィーなどの検査も、鑑別診断において有用です。

線条体黒質変性症(SND)の治療法と処方薬、治療期間

線条体黒質変性症(SND)の治療では、運動機能の維持・改善を目指した、L-ドパ製剤による薬物療法が基本です。

薬物療法における治療期間

L-ドパ製剤による治療は導入期、調整期、維持期の3段階で進めていくことになります。

薬物療法の各段階における期間と投与量

治療段階期間と投与量
導入期2〜4週間、100mg/日から開始
調整期3〜6ヶ月、徐々に増量
維持期300〜600mg/日で安定化

導入期の治療では、少量から開始して2〜4週間かけて効果の発現を確認しながら、徐々に投与量を調整していくことが大切です。

リハビリテーション実施期間

リハビリテーション医療では、以下のような訓練を段階的に実施していきます。

  • 関節可動域訓練 週2〜3回、1回40分
  • バランス機能訓練 週2回、1回30分
  • 歩行訓練 週3回、1回20分
  • 嚥下機能訓練 週2回、1回20分
  • 呼吸リハビリテーション 週2回、1回30分

初期評価には2週間程度の期間を要し、その後4〜8週間かけて基本的な訓練プログラムを確立していきます。

自律神経症状に対する治療期間

自律神経症状に対する治療薬の投与期間

症状効果発現までの期間
起立性低血圧2〜3週間
排尿障害1〜2週間
便秘3〜7日間
発汗異常2〜4週間

自律神経症状に対する薬物療法は、各症状の出現時期に応じて導入し、効果判定には通常2〜4週間の期間を設けています。

投薬スケジュールの調整期間

薬物療法の開始から安定するまでの期間は1〜2週間隔で外来診療を行い、その後2〜4週間隔での投薬調整を実施します。

導入初期の2週間は特に慎重な経過観察を行い、その後4〜8週間かけて投与量の微調整を行います。

各種治療薬の効果判定には一定の期間を要するため、投与開始から3ヶ月程度は比較的頻繁な受診が必要です。

線条体黒質変性症(SND)の治療における副作用やリスク

線条体黒質変性症(SND)の治療においては、使用する薬剤や治療法によって様々な副作用やリスクが生じる可能性があります。

薬物療法における一般的な副作用

L-ドーパ製剤による治療では、消化器症状や循環器症状など、多岐にわたる副作用が現れることがあります。

投与開始直後から数週間は特に注意深い観察が必要で、副作用の早期発見と迅速な対応が治療継続において大切な要素です。

主な副作用発現頻度
悪心・嘔吐約30%
めまい約25%
食欲不振約20%
起立性低血圧約15%

副作用の多くは、投与開始初期や増量時に発現しやすく、消化器症状については、食事のタイミングや内容との関連が指摘されており、服薬時間の調整により軽減できることもあります。

また、めまいや起立性低血圧などの症状は、急激な体位変換や長時間の立位保持により悪化する傾向があります。

長期投与に関連する合併症

長期の薬物投与に伴う問題点として、以下のような合併症に注意が必要です。

  • 薬剤性せん妄の出現
  • 幻覚や妄想などの精神症状
  • 不随意運動の増悪
  • 自律神経症状の悪化
  • 薬剤性の浮腫

長期投与で見られる副作用は徐々に進行するので、気づきにくいことが多いです。

また、複数の薬剤を併用することで、それぞれの副作用が絡み合い、新たな症状として現れることもあります。

高齢者では、薬物代謝能の低下により、予期せぬ副作用が起きるリスクが高いので注意が必要です。

投薬調整に伴うリスク

薬剤の急な中断や増量は、身体への大きな負担となり、重篤な副作用を起こすこともあるので、慎重な経過観察が大切です。

調整時の注意点対応すべき状況
急な中断悪性症候群のリスク
急な増量精神症状の出現
併用薬の追加相互作用の確認
投与時間の変更効果の変動

投薬スケジュールの変更時には、患者さんの生活リズムや日常活動との調和を図ることが必要で、服用時間のわずかな変更でも、薬効や副作用の発現パターンが大きく変化します。

特に併用薬がある場合は、相互作用による副作用に注意が必要です。

自律神経症状への影響

血圧変動や排尿障害などの自律神経症状に対する治療薬についても、様々な副作用が報告されています。

抗コリン薬の使用では、口腔内乾燥や便秘、排尿障害の悪化などが起こることがあり、症状は高齢者においてより顕著です。

降圧薬の使用に際しては、過度の血圧低下や起立性低血圧が悪化することもあります。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

薬物療法に伴う費用

線条体黒質変性症(SND)の治療では、L-ドパ製剤を中心にさまざまな薬剤を使用します。

薬剤名30日分の費用(3割負担)
L-ドパ製剤8,000〜12,000円
ドパミンアゴニスト12,000〜15,000円
抗コリン薬3,000〜5,000円
アマンタジン2,000〜4,000円

リハビリテーションの費用

運動機能維持のためには、リハビリテーションを行うことが大切です。

  • 理学療法(20分) 4,000円
  • 作業療法(20分) 4,000円
  • 言語聴覚療法(20分) 4,000円
  • 嚥下機能訓練(20分) 3,000円

自律神経症状治療の費用

自律神経症状に対する治療薬の費用

症状と使用薬剤30日分の費用(3割負担)
起立性低血圧薬6,000〜9,000円
排尿障害治療薬5,000〜8,000円
便秘治療薬3,000〜5,000円
発汗異常治療薬4,000〜7,000円

以上

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