Guillain-Barré症候群(Guillain-Barré syndrome)とは、自己免疫システムが末梢神経を誤って攻撃することで発症する神経系の疾患です。
この疾患では、手足のしびれや脱力から始まり、次第に症状が上行性に進行していきます。
急性の経過をたどることが多く、発症から4週間以内に症状がピークに達することから、早期の診断が重要で、重症化すると、呼吸筋の麻痺や自律神経症状なども現れることがあるので注意が必要です。
多くの場合、感染症やワクチン接種後などを契機として発症し、年齢や性別を問わず発症する可能性があります。
Guillain-Barré 症候群の主な症状
ギラン・バレー症候群は、末梢神経系に急性の炎症が生じることにより、両側性かつ対称性の筋力低下や感覚障害を主徴とし、数日から数週間という比較的短期間で症状が進行します。
症状の基本的な特徴と進行
神経症状は一般的に両側の下肢から発症し、徐々に体の上部へと上行性に進展していく特徴を持ちます。
末梢神経系において運動神経と感覚神経の両方が障害を受けることから、筋力低下と感覚異常が同時期に出現することが多く、症状は末梢神経の髄鞘に損傷が生じることで神経伝導が阻害されるために起こります。
進行の度合いには確かに個人差が認められるものの、多くの患者さんにおいて発症から概ね4週間以内に症状のピークを迎え、この期間における経過観察が大切です。
進行段階 | 主な症状の特徴 |
初期段階 | 下肢のしびれ感や脱力感、歩行時のふらつき |
進行期 | 四肢の筋力低下、顔面神経麻痺、呼吸困難 |
極期 | 全身の筋力低下、自律神経症状の出現 |
運動機能における症状
運動機能の障害は、特に四肢の筋力低下として現れ、近位筋よりも遠位筋において顕著に症状が現れ、特徴的な分布パターンは診断の手がかりとなることが少なくありません。
歩行障害は下肢の脱力により階段の昇降や長距離歩行に困難を感じることから始まり、進行に伴って平地歩行にも支障をきたすようになり、さらに重症例では起立そのものが困難となる事態に発展することもあります。
手指の巧緻運動障害も特徴的な症状の一つであり、ボタンかけやペンを持つなどの細かい動作が困難になるだけでなく、進行すると箸やスプーンの使用にも支障をきたすようになります。
- 深部腱反射の低下または消失
- 筋力低下の進行(対称性)
- 呼吸筋の機能低下
- 顔面筋の麻痺症状
- 嚥下障害の出現
症状は、神経系の障害が進行性に悪化していく過程で生じるものです。
感覚神経系の症状
感覚症状は、手足の先端から始まり次第に中枢側へと広がっていく特徴を持ち、症状の進行を評価する上での重要な指標です。
感覚神経系の障害により、表在感覚と深部感覚の両方が影響を受けることがあり、様々な感覚の異常を経験します。
感覚の種類 | 症状 |
表在感覚 | しびれ感、異常感覚、痛覚低下 |
深部感覚 | 位置覚障害、振動覚低下 |
感覚障害は、運動機能障害と同様に両側性かつ対称性に見られることが多いです。
自律神経症状
自律神経系の障害により、様々な全身症状が出現することがあり、特に循環器系への影響として血圧変動や心拍の変化が認められることが多く、継続的なモニタリングが必要です。
発汗異常や体温調節機能の乱れなども観察ポイントとして欠かせず、これらの症状は患者さんの全身状態に大きな影響を与えます。
自律神経症状は、時として急激な血圧上昇や重度の不整脈などの深刻な合併症を起こすこともあります。
Guillain-Barré 症候群の原因
Guillain-Barré症候群は、先行する感染症やワクチン接種を契機として、自己免疫システムが末梢神経を誤って攻撃することで発症します。
免疫システムの異常と神経損傷のメカニズム
末梢神経系において、髄鞘と呼ばれる絶縁体のような構造が神経線維を保護しており、正常な神経伝達において重要な役割を果たしています。
Guillain-Barré症候群では、体内の免疫システムが誤って自身の末梢神経を標的として認識し、髄鞘やその周辺組織に対して攻撃を開始することで、神経伝達機能に障害が生じます。
免疫反応は、特定の感染症に対する防御反応として始まったものが、分子擬態という現象により、体内の正常な神経組織まで攻撃対象として認識してしまうことが原因です。
先行感染とその影響
一般的な先行感染 | 発症までの期間 |
カンピロバクター腸炎 | 1-3週間 |
サイトメガロウイルス感染症 | 1-4週間 |
EBウイルス感染症 | 2-4週間 |
マイコプラズマ感染症 | 1-3週間 |
先行感染からGuillain-Barré症候群の発症までの期間は、感染源となる病原体の種類や個人の免疫応答の違いにより変動することがあります。
遺伝的要因と環境因子の相互作用
遺伝的背景や環境要因が複雑に絡み合い、Guillain-Barré症候群を発症します。
発症リスクに関与する要因
- HLA型などの遺伝的素因による免疫応答の個人差
- 環境因子による免疫システムの活性化状態
- 過去の感染歴による免疫記憶の存在
- ストレスや疲労による免疫機能の変調
免疫応答のメカニズムと抗体産生
自己抗体の種類 | 標的となる神経組織 |
抗GM1抗体 | 運動神経節 |
抗GQ1b抗体 | 眼球運動神経 |
抗MAG抗体 | 髄鞘タンパク質 |
自己抗体は、本来は外部からの病原体を認識して排除するために産生されるものですが、神経組織との分子類似性により交差反応を起こし、自己免疫疾患としてのGuillain-Barré症候群の発症につながります。
免疫システムによる神経組織への攻撃は、補体系の活性化や炎症性サイトカインの産生を介して増幅され、より広範な神経障害をもたらすのです。
診察(検査)と診断
Guillain-Barré症候群の診断には、神経学的診察による詳細な神経機能評価と、髄液検査や神経伝導検査などの複数の検査結果を組み合わせて総合的に判断することが重要です。
神経学的診察における基本的アプローチ
神経学的診察では、運動機能、感覚機能、反射機能などの要素を細かく観察しながら、症状の分布や進行パターンを確認していきます。
問診において、症状の発症時期や進行速度、先行する感染症の有無などについて詳しく聴取することで、診断の手がかりを得られます。
神経学的診察項目 | 確認するポイント |
筋力テスト | 近位筋・遠位筋の左右差 |
深部腱反射 | 反射低下・消失の分布 |
感覚検査 | しびれの範囲と性質 |
自律神経症状 | 発汗異常・血圧変動 |
髄液検査による生化学的評価
髄液検査では、蛋白細胞解離という特徴的な所見を確認でき、この所見は診断において重要です。
髄液検査項目 | 典型的な検査所見 |
蛋白質濃度 | 上昇傾向 |
細胞数 | 正常範囲内 |
糖濃度 | 正常範囲内 |
髄液圧 | 正常範囲内 |
電気生理学的検査による神経機能評価
以下の電気生理学的検査は、神経障害の程度や範囲を客観的に評価する上で大切な検査項目です。
- 神経伝導速度検査による運動神経・感覚神経の機能評価
- F波検査による神経根機能の評価
- 針筋電図による筋肉の電気的活動の解析
- 反復刺激検査による神経筋接合部機能の確認
血液検査による免疫学的評価
血液検査では、自己抗体の検出や炎症マーカーの測定を通じて、免疫反応の状態を詳しく分析することが可能です。
末梢神経に対する自己抗体の存在は、免疫介在性の神経障害を示唆する重要な所見となり得ることから、診断の補助的な役割を果たします。
血清学的検査により、先行感染の原因となった病原体を特定できる場合もあり、これは疾患の発症メカニズムを理解する上で有用な情報です。
Guillain-Barré 症候群の治療法と処方薬、治療期間
ギラン・バレー症候群の治療は免疫グロブリン静注療法や血漿交換療法などの免疫療法を中心に、症状の重症度に応じて治療方針を決定します。
免疫グロブリン静注療法(IVIg)
免疫グロブリン静注療法は、高純度の免疫グロブリンを5日間にわたって点滴投与する治療法であり、発症から2週間以内に開始することで高い治療効果が得られます。
血液中の自己抗体を中和し、免疫反応を抑制する作用により、神経症状の進行を抑制するとともに、神経組織の修復を促進する働きがあることから、第一選択です。
投与スケジュール | 期待される効果 |
第1日目 | 自己抗体の中和作用開始 |
第2-3日目 | 免疫反応の抑制 |
第4-5日目 | 神経組織修復促進 |
免疫グロブリン製剤の投与量は患者さんの体重に応じて細かく調整を行い、1日あたり400mg/kgを5日間投与することで総量2g/kgとなるように設定します。
血漿交換療法
血漿交換療法は、患者さんの血液から血漿を分離して新鮮凍結血漿と置換する治療法で、血液中の自己抗体や炎症性物質を除去することにより神経症状の改善を図ることが目的です。
治療は通常、隔日で計5回程度実施し、1回の治療には2時間から3時間を要するものの、免疫グロブリン静注療法と同等の治療効果が期待できます。
治療回数 | 処理する血漿量 |
1-2回目 | 40-50mL/kg |
3-5回目 | 30-40mL/kg |
血漿交換療法は大きな血管を確保する必要があることから、中心静脈カテーテルを挿入して実施することが一般的です。
支持療法と理学療法
ギラン・バレー症候群において全身状態の管理をするには、次のような支持療法や理学療法を組み合わせて免疫療法と並行して実施することで治療効果を高められます。
- 呼吸管理人工呼吸器による呼吸補助
- 循環管理血圧の維持と不整脈への対応
- 疼痛管理非ステロイド性抗炎症薬の投与
- 深部静脈血栓症予防抗凝固薬の投与
- 栄養管理必要栄養量の確保
投薬治療の実際
急性期における薬物療法では、神経障害性疼痛に対してガバペンチンやプレガバリンなどの抗てんかん薬を使用することが多く、薬剤は神経の異常興奮を抑制する作用により、しびれや痛みの軽減に効果を発揮します。
また、炎症反応を抑制する目的でステロイド薬を併用することもありますが、単独での使用は推奨されておらず、免疫グロブリン静注療法や血漿交換療法との組み合わせることが不可欠です。
また、抗凝固薬としてヘパリンやエノキサパリンを用いることで深部静脈血栓症を予防し、長期臥床に伴う合併症のリスクを軽減できます。
治療期間と入院管理
治療開始から症状がピークを迎えるまでは4週間から6週間の入院加療を要し、この間に免疫療法と支持療法を組み合わせた治療を実施します。
呼吸筋麻痺が出現した際には人工呼吸器管理が必要となるため、集中治療室での管理を要することもあり、この場合には入院期間が延長します。
免疫グロブリン静注療法や血漿交換療法による初期治療が終了した後も、理学療法や薬物療法を継続しながら、徐々に日常生活動作の回復を目指していくため、3か月以上の長期的な治療が必要です。
Guillain-Barré 症候群の治療における副作用やリスク
Guillain-Barré症候群の免疫グロブリン静注療法と血漿交換療法には、それぞれ特有の副作用やリスクがあります。
免疫グロブリン静注療法に伴うリスク
免疫グロブリン製剤の投与中には、一時的な血圧低下や頻脈などの循環動態の変化が生じる可能性があることから、バイタルサインの継続的な観察が大切です。
発現時期 | 主な副作用 |
投与直後 | 血圧変動、発熱 |
24時間以内 | 頭痛、悪心 |
48時間以内 | 皮膚反応、関節痛 |
1週間以内 | 腎機能障害、血液粘度上昇 |
高齢者や腎機能低下がある患者における免疫グロブリン製剤の投与では、血液粘度の上昇に伴う血栓形成のリスクが高まることがあります。
血漿交換療法における合併症
血漿交換療法実施時には、血管確保に関連する合併症や凝固系への影響など、様々な副作用に注意が必要です。
注意を要する合併症
- カテーテル留置部位の感染や血腫形成
- 血小板減少や凝固因子の喪失
- 血圧低下やショック症状の出現
- 電解質バランスの乱れ
- アレルギー反応や過敏症状
ステロイド併用に関連する問題点
副作用の種類 | 想定される合併症 |
代謝性変化 | 高血糖、電解質異常 |
消化器症状 | 消化性潰瘍、出血 |
感染症リスク | 細菌感染、真菌感染 |
骨・筋肉への影響 | 骨粗鬆症、筋力低下 |
ステロイド投与による免疫抑制作用は、感染症に対する抵抗力を低下させる可能性があることから、感染予防対策に十分な配慮が重要です。
免疫抑制療法後の二次的合併症
免疫抑制状態が長期化することで、日和見感染症のリスクが増加することが報告されているため、定期的な血液検査によるモニタリングを実施します。
免疫グロブリン製剤の投与後には、一過性の肝機能障害や腎機能障害が現れることがあり、臓器機能の推移を注意深く観察することが大切です。
また、血漿交換療法後の免疫グロブリン再投与においては、血栓症のリスクが上昇する傾向にあるので、凝固系パラメータの慎重な評価を行います。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
免疫療法の費用内訳
免疫グロブリン療法は神経症状の改善に高い効果を示す治療法で、5日間の連続投与を1クールとして実施します。
治療項目 | 3割負担時の概算費用 |
免疫グロブリン製剤 | 15-20万円 |
投与管理料 | 3-4万円 |
血漿交換療法と関連費用
血漿交換療法では血漿成分を置換し、通常5回程度の実施が標準的です。
- 血漿分離器 約8万円
- 血漿交換用の血漿 約12万円
- 専門技師による管理料 約5万円
- 医療材料費 約3万円
入院管理における費用
集中治療室での全身管理が必要な時期があります。
入院費用項目 | 概算費用(3割負担) |
ICU管理料 | 6-8万円/日 |
一般病棟管理料 | 1-2万円/日 |
投薬治療の費用
疼痛管理や合併症予防のための薬物療法も併用します。
薬剤種類 | 3割負担時の概算費用(月額) |
抗てんかん薬(ガバペンチン等) | 8,000-12,000円 |
抗凝固薬(ヘパリン等) | 15,000-20,000円 |
鎮痛消炎薬 | 5,000-8,000円 |
以上
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