進行性多巣性白質脳症(PML) – 感染症

進行性多巣性白質脳症(PML progressive multifocal leukoencephalopathy)は、免疫力が低下した人に発症するウイルス感染症です。

JCウイルスが再活性化することによって脳の白質に多発性の脱髄病変ができ、さまざまな神経症状を引き起こします。

この病気は、エイズ患者や臓器移植後の患者さん、自己免疫疾患の治療薬を使用している患者さんなどに発症しやすいです。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

進行性多巣性白質脳症(PML)の種類(病型)

進行性多巣性白質脳症(PML)の病型は、症状や経過、原因となるJCウイルスの活動性などに違いがみられます。

主なものは、古典的PML、免疫再構築症候群を伴うPML(PML-IRIS)、JCウイルス関連顆粒細胞神経障害、JCウイルス脳症です。

古典的PML(Classic PML)

古典的PMLは、進行性多巣性白質脳症の最も一般的な病型です。

この病型は、免疫機能が低下している患者さんに発症するケースが多く、エイズ患者や臓器移植後の患者さん、自己免疫疾患の治療薬を使用している患者さんなどが該当します。

古典的PMLでは、JCウイルスが中枢神経系のオリゴデンドロサイトに感染。脱髄を引き起こし、さまざまな神経症状が徐々に進行していきます。

病型主な発症要因
古典的PML免疫機能低下
PML-IRIS免疫機能の回復

免疫再構築症候群を伴うPML(PML-IRIS)

PML-IRISは、免疫機能が回復する過程で発症するPMLの病型です。

エイズ患者がART(抗レトロウイルス療法)を開始した後や、免疫抑制療法を中止した後などに起こる可能性があります。

この病型では、回復した免疫系がJCウイルスに感染した細胞を攻撃するため、炎症反応を伴うことが特徴です。

古典的PMLとは異なる臨床経過をたどることがあります。

JCウイルス関連顆粒細胞神経障害(JCV granule cell neuronopathy)

JCウイルス関連顆粒細胞神経障害は、JCウイルスが小脳の顆粒細胞に感染することで発症します。

この病型では、小脳症状が前面に立つことが特徴です。 症状としては、歩行障害や構音障害、振戦などがあります。

JCウイルス関連顆粒細胞神経障害は、PMLの中でも比較的まれな病型です。

JCウイルス脳症(JCV encephalopathy)

JCウイルス脳症は、JCウイルスが大脳の皮質に感染することで発症するPMLの病型です。

この病型では、認知機能障害や行動異常、てんかん発作などの症状がみられる傾向があります。

JCウイルス脳症もまれな病型です。

PMLの病型

  • 古典的PML:免疫機能低下患者に多い、脱髄による進行性の神経症状
  • PML-IRIS:免疫機能回復時に発症、炎症反応を伴う
  • JCウイルス関連顆粒細胞神経障害:小脳症状が主体、まれ
  • JCウイルス脳症:大脳皮質の感染により認知機能障害などを呈する、まれ
病型主な症状
古典的PML進行性の神経症状
PML-IRIS炎症反応を伴う神経症状
JCウイルス関連顆粒細胞神経障害小脳症状(歩行障害、構音障害など)
JCウイルス脳症認知機能障害、行動異常、てんかん発作

進行性多巣性白質脳症(PML)の主な症状

進行性多巣性白質脳症(PML)は、中枢神経系に影響を及ぼし、多彩な症状を呈します。

認知機能の低下

PMLの初発症状として、しばしば認知機能の低下が認められます。

症状詳細
記憶力の低下新しい情報を覚えられない、過去の出来事を思い出せないなど
注意力の低下集中力が続かない、ぼんやりしているなど
判断力の低下適切な判断ができない、理解力が低下するなど

運動機能の障害

PMLが進行すると、運動機能の障害が現れる可能性があります。

  • 手足の麻痺や脱力感
  • 歩行障害やバランス感覚の低下
  • 構音障害(発音がうまくできない)
  • 嚥下障害(飲み込みが困難になる)
障害の種類症状の例
片麻痺片側の手足に力が入らない、動かしにくいなど
失調症ふらつき、手の動きが不自然になるなど

視覚障害

PMLによる脳の損傷が視覚野に及ぶと、視覚障害が生じる可能性があります。

  • 視力低下や視野欠損
  • 複視(物が二重に見える)
  • 色覚異常
  • 視覚失認(物が認識できない)

その他の症状

上記以外にも、PMLではさまざまな症状が報告されています。

  • けいれん発作
  • 人格変化や行動異常
  • 頭痛や嘔吐
  • 意識レベルの低下

進行性多巣性白質脳症(PML)の原因・感染経路

進行性多巣性白質脳症(PML)は、JCウイルス(JCV)の感染が原因となって発症する、中枢神経系の疾患です。

このウイルスは多くの人が小児期に不顕性感染し、生涯にわたって体内に潜伏しています。

JCウイルス(JCV)とは

JCウイルス(JCV)は、ポリオーマウイルス科に分類されるDNAウイルスの一種です。

JCVは世界中に広く蔓延しており、成人の50〜90%が抗体を保有していると考えられています。

通常、健康な人が感染した場合、無症状であることがほとんどですが、免疫力が低下した際にPMLを発症するリスクがあります。

JCウイルスの主な感染経路

  • 飛沫感染
  • 接触感染
  • 母子感染

PMLの発症メカニズム

PMLは、免疫機能が低下した患者さんにおいて、潜伏していたJCVが再活性化することにより発症します。

JCVは中枢神経系のオリゴデンドロサイトに感染し、脱髄を引き起こし、その結果、多発性の白質病変が形成され、さまざまな神経症状が現れます。

PMLを発症するリスクが高い状態

リスク因子詳細
HIV感染症CD4陽性リンパ球数が200/μL未満の場合
血液疾患造血幹細胞移植後、慢性リンパ性白血病など
自己免疫疾患全身性エリテマトーデス、多発性硬化症など
免疫抑制療法ステロイド、生物学的製剤、化学療法など

PMLの診断と治療の重要性

PMLは早期発見と治療開始が大切な疾患です。

検査手法目的
脳生検脳組織からのJCV検出
脳脊髄液PCR脳脊髄液中のJCV DNA検出
頭部MRI多発性白質病変の確認

診察(検査)と診断

進行性多巣性白質脳症の診察と診断では、神経学的検査、画像検査、脳脊髄液検査が欠かせません。

神経学的検査

神経学的検査では、認知機能障害、運動障害、視覚障害など進行性多巣性白質脳症に特徴的な症状を評価します。

検査項目評価内容
認知機能記憶力、見当識、言語能力など
運動機能麻痺、失調、不随意運動など
視覚機能視野欠損、複視、視力低下など

画像検査

画像検査では、MRIが最も有用です。

進行性多巣性白質脳症では、T2強調画像やFLAIR画像で大脳白質に多発性の高信号域を認め、病変は非対称性で、皮質下白質から深部白質にかけて分布する傾向があります。

MRI撮影法所見
T2強調画像高信号域
FLAIR画像高信号域
拡散強調画像高信号域
T1強調画像低信号域

脳脊髄液検査

脳脊髄液検査では、JCウイルスDNAの検出が進行性多巣性白質脳症の確定診断に必要不可欠で、PCR法を用いることで、高感度にJCウイルスDNAが検出可能です。

いくつかの所見が参考になります。

  • 軽度のリンパ球増多
  • 軽度~中等度の蛋白増加
  • オリゴクローナルバンドの出現

確定診断

進行性多巣性白質脳症の確定診断には、次の二つのうちいずれかが必要です。

  • 1. 脳生検でJCウイルスを検出
  • 2. 脳脊髄液でJCウイルスDNAを検出

ただし、脳生検は侵襲的であり、合併症のリスクもあるため、脳脊髄液検査を第一選択とします。

進行性多巣性白質脳症(PML)の治療法と処方薬、治療期間

進行性多巣性白質脳症(PML)の治療は、JCウイルスの増殖を抑え、免疫機能の回復を促すことが主な目的です。

抗ウイルス薬の使用

PMLの治療では、シドフォビルやシタラビンといった抗ウイルス薬が使われることがあります。

シドフォビルは週1回、体重1kgあたり5mgの用量で点滴投与。

シタラビンは1平方メートルあたり2mgを5日間連続で投与した後、23日間休薬するサイクルで行われます。

治療期間は通常、数週間から数ヶ月間です。

薬剤名投与方法と用量投与サイクル
シドフォビル週1回、5mg/kgを点滴投与患者の状態に応じて調整
シタラビン2mg/m2を5日間連続投与23日間休薬後、次のサイクルへ

免疫機能の回復

PMLの発症には、免疫機能の低下が関係していることから、免疫抑制療法の中止や調整が重要となります。

HIV感染者の場合は、抗レトロウイルス療法(ART)を最適化し、CD4陽性リンパ球数を回復させることが欠かせません。

移植患者や自己免疫疾患の治療中の患者さんでは、免疫抑制剤の減量や変更が検討されます。

免疫機能の回復には数ヶ月から数年かかることもあり、長期的な経過観察と管理が必要です。

支持療法と対症療法

PMLの患者さんに対しては、支持療法や対症療法も大切な役割を果たします。

  • -抗けいれん薬の使用(けいれん発作の予防と管理)
  • -リハビリテーション(機能障害の改善と日常生活動作の支援)
  • -栄養管理(適切な栄養摂取の確保)
  • -精神的サポート(患者さんとご家族へのカウンセリングと教育)
支持療法・対症療法目的
抗けいれん薬けいれん発作の予防と管理
リハビリテーション機能障害の改善と日常生活動作の支援
栄養管理栄養摂取の確保
精神的サポート患者さんとご家族へのカウンセリングと教育

新たな治療アプローチ

近年、PMLの治療において新しい治療アプローチが研究されていて、メフロキンやミルタザピンといった薬がJCウイルスの複製を抑制する可能性を示唆。

また、免疫チェックポイント阻害剤や特異的なT細胞療法など、免疫システムの機能を活用した治療法も検討されています。

予後と再発可能性および予防

進行性多巣性白質脳症、通称PMLは治療が非常に困難で、予後が悪いことで知られる疾患です。

しかし最近の研究で、早期発見と治療介入により、予後の改善と再発防止が可能となってきました。

治療予後に影響を与える要因

PMLの治療予後は、以下のような要因によって大きく左右されます。

  1. 診断時の病状の進行度
  2. 基礎疾患や免疫抑制状態の有無
  3. 治療開始のタイミング
  4. 使用する治療法の選択
要因予後への影響
早期診断良好
進行した病状不良
免疫抑制状態の改善良好
治療開始の遅れ不良

免疫機能の回復が鍵

PMLの治療において最も重要なのは、患者の免疫機能を回復させることです。

免疫抑制状態が改善されることで、JCウイルスの再活性化を防ぎ、脳の損傷を抑えることができます。

免疫機能PMLへの影響
正常発症リスク低い
低下発症リスク高い
回復治療効果あり
持続的な低下治療効果乏しい

再発予防

PMLの再発を予防するための方法

  • 基礎疾患のコントロール
  • 免疫抑制療法の見直し
  • 定期的な脳MRIでのモニタリング
  • ウイルス量のチェック

これらの取り組みを継続的に行うことで、再発リスクを最小限に抑えることが可能です。

早期発見と速やかな治療介入の必要性

PMLの予後改善と再発防止において、早期発見と速やかな治療介入が非常に重要です。

疑わしい症状が見られた際は、迅速に脳MRIや脳脊髄液検査を行い、確定診断を得ることが求められます。

診断後は、可能な限り早期に治療を開始し、免疫機能の回復を図ることが不可欠です。

PMLは依然として予後不良な疾患ですが、治療とモニタリングにより、患者の生命予後や生活の質の改善が期待できるようになってきました。

進行性多巣性白質脳症(PML)の治療における副作用やリスク

進行性多巣性白質脳症(PML)の治療では、副作用やリスクが生じる可能性があります。

治療によって症状の改善や進行の抑制が見込める反面、治療薬の副作用や合併症のリスクについても把握しておくことが大切です。

治療薬の副作用

PMLの治療に用いられる抗ウイルス薬や免疫抑制剤には、いくつかの副作用が報告されています。

例えば、抗ウイルス薬のシドフォビルでは、腎機能障害や骨髄抑制などが起こるリスク、また、免疫抑制剤の使用により、感染症のリスクが高まることも分かっています。

治療薬主な副作用
シドフォビル腎機能障害、骨髄抑制
メフロキン神経症状、精神症状

免疫再構築症候群(IRIS)のリスク

PMLの治療中には、免疫再構築症候群(IRIS)と呼ばれる合併症が発生するリスクがあります。

IRISは、免疫機能の回復に伴い、過剰な炎症反応が起こる病態です。

PML患者の約20~30%でIRISを発症し、重篤な神経症状を引き起こす可能性があります。

IRISの主な症状

  • 意識障害
  • けいれん発作
  • 麻痺や感覚障害の悪化

長期的な後遺症のリスク

PMLは中枢神経系の疾患であるため、治療後も後遺症が残るリスクがあります。

運動機能障害や認知機能障害などが長期的に継続する場合があり、リハビリテーションや支持療法が必要となることも。

後遺症症状
運動機能障害麻痺、協調運動障害
認知機能障害記憶障害、注意力低下

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

進行性多巣性白質脳症(PML)の治療には長期間を要することが多く、その間の入院費や薬剤費、検査費などが積み重なるため、治療費が高額になります。

治療費の内訳

PMLの治療費

  1. 入院費
  2. 薬剤費
  3. 検査費
  4. リハビリテーション費
項目概算費用
入院費1日あたり5万円〜10万円
薬剤費1ヶ月あたり10万円〜50万円

高額療養費制度の活用

PMLの治療費は、高額療養費制度を利用することで、月々の自己負担額を一定の上限に抑えることができます。

所得区分自己負担限度額(月額)
一般80,100円+(医療費-267,000円)×1%
住民税非課税35,400円

医療費助成制度の利用

PMLの治療費負担を軽減するために、各自治体が提供している医療費助成制度を利用することも大切です。

所得や年齢などの条件を満たせば、医療費の一部が助成されることがあります。

以上

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