硬膜動静脈瘻(みゃくろう)(dural arteriovenous fistulas)とは、脳を保護している硬膜において、本来は繋がるはずのない動脈と静脈が直接結合してしまう疾患です。
この疾患では、通常であれば毛細血管を介して徐々に静脈へと流れる動脈血が、高圧のまま静脈内に流入することで、脳の血液循環に深刻な影響を及ぼします。
患者さんの多くは持続的な頭痛や拍動性の耳鳴り、めまいなどの症状を経験し、病態が進行すると脳静脈の圧上昇による出血性の合併症や、重度の神経障害が起こることもあります。
硬膜動静脈瘻の主な症状
頭蓋内の硬膜動静脈瘻では、耳鳴りや頭痛から始まり、進行すると脳出血や神経症状が現れます。
症状の発現メカニズムと特徴
硬膜動静脈瘻における症状は、異常な血管シャント(動脈と静脈が接続して作られた血管)が刑された位置や静脈還流の状態によって異なります。
横静脈洞や海綿静脈洞付近に発生した場合には、拍動性の耳鳴りや眼球突出などの特徴的な症状が現れることが多いです。
血管シャントの形成による静脈圧上昇は、脳組織への血液還流に影響を与え、頭痛や吐き気から、重篤な場合には意識障害や麻痺症状まで引き起こします。
好発部位 | 主な症状 |
横静脈洞 | 拍動性耳鳴り、後頭部痛、視覚障害 |
海綿静脈洞 | 眼球突出、複視、眼痛、結膜充血 |
進行度による症状の変化
初期段階では軽度の頭痛や耳鳴りといった軽微な症状にとどまることが多いものの、静脈うっ血が進行するにつれて症状は徐々に悪化します。
進行期に入ると、頭蓋内圧亢進に伴う持続的な頭痛や嘔吐、視力障害などの症状が顕著です。
重症例では、脳出血や脳梗塞といった重大な合併症が起き、突然の意識障害や片麻痺、けいれんなどの深刻な神経症状が見られます。
部位別にみられる特徴的な症状
横静脈洞に発生した硬膜動静脈瘻では、耳の後部での血管雑音や拍動性耳鳴りが特徴的な症状で、患者さんの多くが「耳の中でゴーっという音が聞こえる」と訴えます。
海綿静脈洞領域では、眼球突出や複視、眼痛といった眼症状が主で、外眼筋麻痺による眼球運動障害や視力低下なども認められます。
テント部(頭蓋骨の内側にある大脳と小脳の間を仕切る厚い硬膜)や脳幹部周囲に発生した場合の症状は、歩行時のふらつきやめまい、嚥下障害などです。
症状の種類 | 臨床的な特徴 |
血管性症状 | 拍動性耳鳴り、頭痛、血管雑音 |
神経症状 | 麻痺、けいれん、意識障害 |
眼症状 | 視力低下、複視、眼球突出 |
症状の緊急度による分類
硬膜動静脈瘻の症状は、緊急度によって以下のように分類できます。
- 緊急性の高い症状には意識障害、急性の麻痺症状、けいれん発作などが含まれ、直ちに専門医による診察が必要
- 準緊急性の症状には進行性の視力障害、持続する強い頭痛、嘔吐などが該当し、できるだけ早期の医療機関受診が望ましい
- 経過観察が必要な症状には軽度の頭痛、耳鳴り、めまいなどが含まれ、症状の増悪傾向に注意が不可欠
血管シャントの形成の部位や還流静脈の状態によって症状の進行速度は大きく異なりますが、静脈還流障害が顕著な症例では、症状が急速に悪化するので注意が必要です。
また、脳実質内への逆流現象が生じている場合には、進行性の神経症状や認知機能障害が現れます。
硬膜動静脈瘻の原因
硬膜動静脈瘻は、先天的な血管形成異常や後天的な静脈血栓症、頭部外傷などの要因が絡み合って発症します。
発症メカニズムの基本
静脈洞血栓症による慢性的な静脈のうっ血は、硬膜内の循環に重大な影響を及ぼし、代償性の側副血行路の発達を促すとともに、血管壁の変化をもたらします。
発症メカニズム | 病態生理学的特徴 |
静脈血栓形成 | 静脈圧上昇、血流うっ滞、血管内皮障害 |
血管新生 | 成長因子放出、血管壁リモデリング |
先天的要因と遺伝的背景
先天的な血管形成異常を有する患者さんでは、硬膜動静脈瘻の発症リスクが通常より高まり、血管壁の脆弱性や血管形成に関与する遺伝子の変異が関与しています。
家族性に発症する事例も報告されており、特定の遺伝子多型を持っていると硬膜動静脈瘻の発症リスクが高いです。
後天的要因と環境因子
頭部外傷後の組織の修復過程において、損傷を受けた血管壁の修復機転が異常な方向に進むことで、硬膜動静脈瘻が形成されます。
感染性疾患や炎症性疾患による血管内皮細胞の障害も、硬膜動静脈瘻の発症を誘発する要因となり、静脈洞炎や髄膜炎の既往がある患者さんでは注意が必要です。
後天的要因 | 発症リスクへの影響 |
頭部外傷 | 血管壁損傷、修復異常 |
感染症 | 血管内皮障害、炎症反応 |
手術歴 | 組織損傷、瘢痕形成 |
リスク因子と発症メカニズム
硬膜動静脈瘻の発症に関連する主なリスク因子
- 高血圧や糖尿病などの基礎疾患による血管内皮機能障害が、異常な血管新生を促進
- 加齢に伴う血管壁の変性や弾性低下が、シャント形成のリスクを高める
- 凝固異常や血液粘度の上昇が、静脈血栓形成を介して発症に関与
血液凝固系の異常は静脈洞血栓症を起こす原因で、プロテインCやプロテインS欠乏症などの先天性凝固異常を持つ患者さんでは、硬膜動静脈瘻の発症リスクが上昇します。
診察(検査)と診断
硬膜動静脈瘻を正確に診断するためには、問診から高度な画像診断技術まで、複数の診断手法を組み合わせて行います。
初診時の診察手順
神経学的診察では、まず患者さんからの詳しい症状の聴取を行い、その後、身体所見を確認していきます。
診察では、聴診器による頭部や頸部の血管音の確認、眼底検査による静脈うっ滞の有無、そして脳神経機能の評価など、神経学的所見を調べることが大切です。
画像診断の進め方
画像検査法 | 診断における役割と特徴 |
MRI/MRA検査 | 脳実質の状態評価と血管走行の3次元的把握 |
CT/CTA検査 | 急性期出血の検出と骨構造を含めた血管評価 |
脳血管造影検査 | 血管構造の詳細な動態評価と血流動態の解析 |
画像診断では血管の異常を詳細に観察することができ、MRIでは造影剤を用いることで、異常血管の構造や周囲組織との関係性を立体的に把握することが可能です。
神経学的所見の評価方法
神経学的評価 | 詳細な診察内容と意義 |
意識状態評価 | 覚醒度・応答性・見当識の確認による脳機能の全体的評価 |
脳神経機能検査 | 12対の脳神経それぞれの機能確認による局所症状の評価 |
運動機能評価 | 筋力テスト・協調運動検査による神経障害の程度判定 |
感覚機能検査 | 触覚・痛覚・温度覚などの知覚機能の系統的評価 |
硬膜動静脈瘻の治療法と処方薬、治療期間
硬膜動静脈瘻の治療には、血管内治療を中心とした根治的治療と薬物療法を組み合わせて行います。
血管内治療
血管内治療は、大腿動脈からカテーテルを挿入し、異常血管シャントを塞栓物質で閉塞する方法で、4時間から8時間程度の治療時間を要することが多いです。
塞栓物質には液体塞栓物質のONYXやNBCAといった永久塞栓物質と、ゼラチンスポンジなどの一時的塞栓物質があり、血管構造や血流動態に基づいて使い分けます。
塞栓物質の種類 | 特性と使用目的 |
ONYX | 永久塞栓、高い操作性、深部到達性 |
NBCA | 即時性の高い永久塞栓、強力な閉塞効果 |
ゼラチンスポンジ | 一時的塞栓、生体分解性、調整容易 |
開頭手術による治療アプローチ
血管内治療が困難な症例に対しては、開頭による手術を選択することがあり、手術時間は6時間から10時間、入院期間は2週間から3週間です。
周術期の管理には抗てんかん薬や抗浮腫薬を併用することで、術後合併症の予防をし、フェニトインやレベチラセタムを使用します。
手術方法 | 治療期間と入院期間 |
血管内治療 | 治療時間4-8時間、入院7-10日 |
開頭手術 | 手術時間6-10時間、入院2-3週間 |
薬物療法
治療期間中の薬物療法
- 抗凝固薬のワルファリンやヘパリンによる血栓予防
- 抗てんかん薬のレベチラセタムやラモトリギンで発作予防
- 浮腫抑制薬のグリセオールやマンニトールで頭蓋内圧亢進に対応
治療開始から3ヶ月間は、抗凝固薬による厳密な凝固能のコントロールを行い、ワルファリンの投与量は血液検査の結果に基づいて調整します。
また、血管内皮の修復を促進する目的で、シロスタゾールやベラプロストナトリウムといった血管作動薬を併用することもあり、3ヶ月から6ヶ月程度の継続投与が必要です。
ハイブリッド治療の実際と期間
血管内治療と開頭手術を組み合わせたハイブリッド治療では、手術室内に血管撮影装置を備えたハイブリッド手術室で治療を行い、より精密な血管処理ができます。
ハイブリッド治療では、血管内治療で主要な異常血管の塞栓を行い、続いて開頭手術で残存シャントの処理を行います。
複雑な血管構造を持つ症例では、複数回の治療が必要となり、全体の治療期間は6ヶ月から1年程度に及ぶことも少なくありません。
術後の抗凝固療法は、血管内皮の修復状態や血流動態の改善度合いを評価しながら、6ヶ月から12ヶ月程度継続し、定期的な血液検査による凝固能の評価が重要です。
血管内皮の修復を促進する薬剤の投与期間は、多くの症例で6ヶ月から12ヶ月要します。
硬膜動静脈瘻の治療における副作用やリスク
硬膜動静脈瘻の治療においては、血管内治療や外科的手術に伴う様々な合併症のリスクがあります。
血管内治療における合併症
血管内治療では、カテーテルを用いて血管内から病変部位にアプローチする手法を取りますが、血管を損傷させ脳内出血や血管解離などの合併症を起こすリスクがあります。
血管内治療の合併症 | 発生頻度と対応方法 |
血管穿孔 | 0.5〜2%程度、緊急止血処置が必要 |
血栓塞栓症 | 1〜3%程度、抗血栓療法を実施 |
造影剤アレルギー | 1%未満、予防投薬で対応 |
開頭手術に関連する合併症
開頭手術では、以下のような術中・術後の合併症に注意が必要です。
- 硬膜下血腫や硬膜外血腫の形成
- 創部感染症のリスク
- 脳浮腫の発生
- 術後の髄液漏
- 麻酔に関連する合併症
開頭手術では、頭蓋骨を一時的に取り外して直接病変にアプローチするため、手術部位の感染リスクや出血性合併症への備えが必須となります。
術後早期の合併症管理
術後合併症 | 対策と観察項目 |
出血性合併症 | 厳重な血圧管理と神経学的観察 |
感染症 | 予防的抗生剤投与と創部管理 |
痙攣発作 | 抗てんかん薬の予防投与 |
術後早期の合併症を予防するためには、血圧の変動を最小限に抑え、創部の清潔管理が大切です。
放射線治療に関連する合併症
放射線治療では、照射による周辺組織への影響として、急性期から晩期まで様々な副作用が現れます。
放射線照射による合併症には、照射部位周辺の脱毛や皮膚炎から、まれに放射線脳壊死などの重篤なものまであります。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
入院治療にかかる基本的な費用
治療方法 | 保険適用後の患者負担額 | 平均入院期間 |
血管内治療 | 80-150万円 | 7-10日 |
開頭手術 | 120-200万円 | 14-21日 |
ハイブリッド手術 | 150-300万円 | 21-30日 |
手術に使用する医療材料の費用
血管内治療で使用する塞栓物質や医療機器には、以下のような費用が発生します。
- プラチナコイル(1本)3万円から8万円
- 液体塞栓物質ONYX(1バイアル)15万円から20万円
- マイクロカテーテル(1本)8万円から15万円
- ガイドワイヤー(1本)3万円から10万円
外来診療における投薬治療の費用
外来での投薬治療においては、抗凝固薬や抗てんかん薬などの薬剤費用が発生し、定期的な画像検査では、MRI検査や脳血管撮影を行います。
外来診療項目 | 患者負担額(3割負担の場合) |
投薬(1ヶ月) | 1-3万円 |
MRI検査(1回) | 1.5-2万円 |
血管撮影(1回) | 3-5万円 |
追加で必要となる医療費
術後の定期的なフォローアップには、画像検査や血液検査の費用が継続的に発生し、3ヶ月から6ヶ月ごとの外来受診で、1回あたり2万円から5万円程度の医療費が必要です。
リハビリテーション期間中は、理学療法や作業療法などの費用として、1日あたり3千円から5千円程度の追加費用がかかります。
以上
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