視床出血(thalamic hemorrhage)とは、脳の深部にある視床で発生する出血性の脳血管疾患です。
視床は、体のあらゆる部分からの感覚情報を脳の各領域へ伝達し、また意識状態の維持にも関与する神経核が集中している場所で、ここでの出血は重篤な症状を起こします。
この疾患は、長期間の高血圧により血管が損傷を受けることで発症し、激しい頭痛やめまい、手足の感覚異常や運動障害、意識レベルの低下といった症状が突然現れることが特徴です。
視床出血の主な症状
視床出血では、感覚障害や運動麻痺といった神経症状に加え、意識障害や瞳孔異常などの症状が現れ、独特の神経症状である視床症候群を呈します。
発症初期の症状
視床出血の発症時には、突如として激しい頭痛が起こり、続いて嘔吐や意識の低下などが重なって出じることが多く、頭痛は拍動性で持続的な性質を持ち、一般的な頭痛薬では和らげることが困難なほどの痛みです。
発症初期に見られる意識障害の程度は、出血の大きさや進行速度によって大きく異なり、軽度の意識障害から昏睡状態まであります。
初期症状 | 主な特徴と進行 |
頭痛 | 突発的、拍動性、持続的な激痛 |
嘔吐 | 突然の嘔気と共に、繰り返し出現 |
意識障害 | 軽度の意識混濁から重度の昏睡まで |
血圧上昇 | 発症直後から著明な上昇を認める |
視床症候群
視床症候群は視床出血に特有の症状群です。
- 対側半身の感覚障害(温痛覚、触覚、深部感覚の障害)
- 視野障害(同名半盲)
- 眼球運動障害(上方視制限、輻輳障害)
- 特徴的な疼痛(視床痛)
- 不随意運動(視床手、アテトーゼ様運動)
症状は、視床の解剖学的な特徴と関連しており、特に感覚伝導路の中継核としての視床の機能が障害されることで起こります。
感覚・運動障害
障害の種類 | 臨床的特徴 |
感覚障害 | 反対側の温痛覚・触覚の低下 |
運動障害 | 不全麻痺、協調運動障害 |
視床痛 | 耐え難い持続性の痛み |
不随意運動 | 手指の不規則な動き |
感覚障害は視床出血において最も頻繁に見られる症状の一つで、出血した側と反対の半身に現れ、温度感覚や痛覚、触覚などの表在感覚から、関節の位置覚などの深部感覚まで、広範な感覚機能に影響が及びます。
視床痛と呼ばれる特徴的な痛みは、麻痺した側に現れる激しい持続性の痛みで、通常の鎮痛薬が効きにくいです。
高次脳機能障害
高次脳機能障害としては、記憶力の低下や見当識障害、また時に失語症状なども現れ、両側性の視床出血では、重度の意識障害や記憶障害を引き起こす可能性があります。
視床は記憶や感情、意識の調節にも関与する重要な部位であるため、出血によって機能が障害されると、様々な高次脳機能障害が複合的に現れます。
眼症状
眼球運動の異常は視床出血の特徴的な症状で、特に上方視の制限や輻輳障害(近くのものを見るときに両眼が寄る)、また瞳孔の大きさや対光反射の異常なども見られます。
同名半盲と呼ばれる視野障害も視床出血の代表的な症状で、視床から後頭葉の視覚野への神経伝導路が障害されることによって生じます。
視床出血の原因
視床出血は主に長年の高血圧により血管が損傷を受けて起こる疾患で、血管壁の変化や破綻が主な原因です。
高血圧による血管変化
高血圧の状態が長く続くと、血管の壁が次第に厚くなったり、弾力性を失ったりすることで、血管としての正常な働きが損なわれていきます。
血管の変化 | 病理学的特徴 |
血管壁肥厚 | 壁の線維化進行 |
微小瘤形成 | 血管壁の膨隆 |
血管変性 | 弾性線維の減少 |
通常、血管は血圧の変動に対して柔軟に対応できる仕組みを持っていますが、長期間に高い血圧にさらされ続けるとこの仕組みが徐々に破綻していき、血管の壁が耐えられなくなることがあるのです。
穿通枝動脈の特徴
穿通枝動脈の特徴
- 血管径が0.1-0.5mm程度と非常に細い
- 直接脳深部に入り込む走行パターン
- 血管壁が比較的薄い構造
- 分岐が多く血流の負担が大きい
- 側副血行路が少ない
構造的な特徴により、穿通枝は高血圧の影響を受けやすく、他の血管と比べて破れやすい状態にあります。
血管破綻のメカニズム
血管壁の変化 | 組織学的特徴 |
内膜肥厚 | コラーゲン増生 |
中膜変性 | 平滑筋細胞減少 |
外膜線維化 | 結合組織増加 |
血管の破れる過程は、内側の層から変化が進んでいき、最初に血管の内側を覆う細胞層に傷害が起こり、その後、血管の強さを保つ筋肉の層が変性し、最終的に血管全体の強度が低下して破裂に至ります。
その他の危険因子
年齢を重ねることによる血管の自然な老化や、糖尿病による血管の損傷も、視床出血を引き起こす要因です。
血液を固まりにくくする薬(抗凝固薬)や血小板の働きを抑える薬(抗血小板薬)を使用している場合は、出血が起こるリスクが高まります。
まれに、生まれつきの血管の異常や、血管がもろくなりやすい遺伝的な病気が原因となることもあり、より若い年齢でも発症することがあります。
また、日常生活における習慣、特に大量の飲酒や喫煙、不規則な生活リズム、過度なストレスなどは、血管への負担を増やし、出血のリスクを高める原因です。
診察(検査)と診断
視床出血の診断では、問診から始まり神経学的診察を行った上で、頭部CTやMRIなどの画像検査を組み合わせて、出血の位置や大きさを調べます。
問診による情報収集
問診では、発症時の状況や症状の進行具合について聞き取り、症状の変化や随伴症状についても確認します。
問診項目 | 確認のポイント |
発症状況 | 発症時刻、活動内容、急激か緩徐か |
随伴症状 | 意識障害、麻痺、感覚異常の有無 |
既往歴 | 高血圧、糖尿病、脳卒中の既往 |
内服薬 | 抗凝固薬、抗血小板薬の使用歴 |
問診時には、普段の生活習慣や持病の有無、定期的に服用している薬についても確認することで、出血のリスク因子となりうる背景について把握します。
神経学的診察
神経学的診察では、以下の項目について体系的に診察を進めます。
- 意識レベルの評価(JCSやGCSを用いた定量的評価)
- 瞳孔径と対光反射の観察
- 眼球運動と眼振の確認
- 顔面を含む運動機能検査
- 感覚機能検査(温痛覚、触覚、深部感覚)
- 腱反射検査
- 病的反射の確認
神経学的診察は、視床の解剖学的特徴を踏まえながら、感覚障害の分布や運動障害の程度について確認していくことが重要です。
画像検査による診断
検査の種類 | 特徴と利点 |
頭部CT | 出血の早期発見に優れ、緊急時に有用 |
頭部MRI | 詳細な病変把握、周囲組織の評価が可能 |
MRA/CTA | 血管病変の評価、血管奇形の検索 |
血管造影 | 血管構造の精密な評価が必要な時に実施 |
画像検査の中でも頭部CTは、発症直後から出血を明瞭に描出することができ、また短時間で撮影が完了することから、緊急時の第一選択です。
頭部MRI検査では、出血部位の範囲や周囲の脳組織への影響を立体的に観察でき、また拡散強調画像などの撮影法を組み合わせることで、病態把握が可能となります。
血液検査と生理検査
血液検査では、凝固機能や血小板数、さらには肝機能や腎機能など、全身状態を反映する様々な項目について検査を行うことが大切です。
心電図検査や心エコー検査などの循環器系検査も併せて実施することで、高血圧性心疾患の有無や不整脈の存在についても確認し、出血の背景因子となりうる循環器疾患の評価います。
鑑別診断
視床出血の診断では、視床梗塞や脳腫瘍など、似た症状を呈する疾患との鑑別が必要です。
高血圧性の視床出血以外にも、脳動静脈奇形や血管腫などの血管病変、また抗凝固薬の内服に関連した出血など、様々な原因による視床出血の可能性についても考慮します。
視床出血の治療法と処方薬、治療期間
視床出血の治療では、急性期における血圧管理や脳浮腫対策などの内科的治療を中心としながら外科的治療を組み合わせ、回復期における機能回復訓練まで、長期的な視点で治療を進めます。
急性期の全身管理
急性期治療においては、生命維持に直結する呼吸・循環動態の安定化が最優先事項で、24時間体制での管理のもと、様々な医療機器や薬剤を組み合わせながら治療を行います。
管理項目 | 方法 |
呼吸管理 | 気道確保、人工呼吸器使用 |
循環管理 | 血圧降下薬、輸液療法 |
体温管理 | 解熱薬投与、体表冷却 |
栄養管理 | 経管栄養、輸液栄養 |
血圧管理においては、ニカルジピンなどの降圧薬を持続点滴で投与しながら、常時モニタリングを行い微調整を重ねます。
呼吸管理では、必要に応じて気管挿管や人工呼吸器による管理を行い、酸素供給と二酸化炭素の排出を確保しながら、肺炎などの合併症予防にも注意が必要です。
内科的治療薬
急性期から回復期にかけて使用する主な薬剤には以下のようなものがあり、患者さんの状態に応じて組み合わせながら投与します。
- 降圧薬(ニカルジピン、ジルチアゼムなど)
- 脳浮腫改善薬(グリセオール、マンニトールなど)
- 止血薬(カルバゾクロム、トラネキサム酸など)
- 抗痙攣薬(フェニトイン、レベチラセタムなど)
- 鎮静薬(ミダゾラム、プロポフォールなど)
降圧薬は発症直後の急性期には持続点滴による投与を基本としながら、患者さんの血圧の変動に合わせて投与速度を調整し、状態が安定してきた段階で内服薬への切り替えを検討します。
脳浮腫改善薬については、出血周囲の脳組織の腫れを抑制することで神経症状の進行を防ぎ、また頭蓋内圧の上昇を抑えることで二次的な脳損傷を予防することが可能です。
手術療法
手術方法 | 適応と目的 |
定位的血腫除去術 | 小開頭で血腫を除去 |
開頭血腫除去術 | 大きな血腫の除去 |
脳室ドレナージ | 水頭症合併時の圧降下 |
手術療法の選択においては、血腫の大きさや位置、患者さんの年齢や全身状態などを総合的に判断し、外科的治療による利点とリスクを検討した上で実施を決定します。
回復期の治療
回復期の治療においては、急性期からの薬物療法を継続しながら、機能回復訓練を実施することが大切です。
薬物療法は、再発予防のための抗血小板薬や血圧管理のための降圧薬を中心とし、必要に応じて抗てんかん薬なども併用し、リハビリテーションの進行に合わせて投薬内容を調整します。
治療期間について
急性期の治療は2〜4週間程度を要し、この期間中は24時間体制での管理を行います。
回復期リハビリテーション病院での治療期間は3〜6ヶ月程度となることが多く、リハビリテーションプログラムを通じて運動機能や感覚機能の回復を図ります。
視床出血の治療における副作用やリスク
視床出血の治療では、様々な医療処置や投薬に伴う副作用やリスクがあります。
血圧管理に伴うリスク
血圧を下げる治療を行う際には、急激な血圧低下により脳への血流が減少し、神経の症状が悪化したり、新たな脳の血流障害を起こす危険性があります。
降圧療法のリスク | 医学的影響 |
過度の血圧低下 | 脳血流低下 |
急激な変動 | 血流再分布障害 |
低血圧持続 | 臓器虚血 |
特に発症直後の時期には、血圧の変動が神経の症状を急激に悪化させる可能性が高いため、24時間体制での慎重な観察と調整が欠かせません。
薬物療法による副作用
浸透圧利尿薬は、脳浮腫を軽減する目的で使用しますが、急激な電解質バランスの変化が生じナトリウムやカリウムの値が大きく変動することで、不整脈や意識レベルの変化を起こす可能性があります。
抗凝固薬の使用では、出血傾向が増加することで、視床出血の拡大や新たな出血が起こるリスクが高く、また、消化管出血や皮下出血などの合併症にも注意が必要です。
薬剤の種類 | 主な副作用 | 注意すべき点 |
浸透圧利尿薬 | 電解質異常、腎機能障害 | 急激な血清浸透圧の変化 |
抗凝固薬 | 出血傾向増加、消化管出血 | 出血の拡大や新規出血 |
ステロイド薬 | 血糖上昇、免疫力低下 | 感染症リスクの増加 |
降圧薬 | 臓器血流低下、めまい | 急激な血圧低下 |
ステロイド薬による副作用は血糖値の上昇が特に問題となり、糖尿病を合併している患者さんで血糖コントロールが困難になり、さらに、免疫力の低下により、様々な感染症のリスクも高まります。
降圧薬の使用では、急激な血圧低下により主要臓器への血流が減少し、腎臓や脳への血流低下が起こると新たな合併症を引き起こす可能性があります。
代表的な副作用
- 利尿薬 低カリウム血症と不整脈の誘発
- 抗凝固薬 消化管出血や皮下出血の増加
- ステロイド 胃粘膜障害や骨粗鬆症の進行
- 降圧薬 起立性低血圧とめまいの出現
- 抗てんかん薬 眠気や認知機能への影響
副作用は投与量や患者さんの状態によって出現頻度や程度が異なり、投与開始後は定期的な血液検査や全身状態の観察が重要です。
呼吸管理に関連するリスク
呼吸管理合併症 | 病態 |
人工呼吸関連肺炎 | 細菌感染 |
気道損傷 | 粘膜びらん |
換気関連肺障害 | 圧損傷 |
人工呼吸器を使用する場合、長期間の管理が必要になるほど合併症のリスクは高まり、意識が低下している状態では、唾液や胃の内容物が気管に入ることで起こる肺炎のリスクが高いです。
また、人工呼吸器による圧力で肺を傷つけたり、気管内チューブによって気道の粘膜を傷つけたりする可能性もあります。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
入院時の基本的な治療費
治療内容 | 3割負担の概算費用(月額) |
急性期病棟入院費 | 15-20万円 |
回復期病棟入院費 | 12-15万円 |
画像診断費用 | 3-5万円 |
投薬治療費 | 2-4万円 |
検査・処置に関わる費用
- 頭部CT検査 保険適用で3割負担の場合、1回あたり4,000円から6,000円
- MRI検査 造影剤使用の有無によって費用が異なり、3割負担で1回あたり8,000円から15,000円
- 血管造影検査 3割負担で2-3万円
手術治療に関わる費用
手術の種類 | 3割負担の概算費用 |
開頭血腫除去術 | 80-120万円 |
定位的血腫除去術 | 60-80万円 |
脳室ドレナージ術 | 40-60万円 |
投薬治療の費用
主な治療薬の費用には以下のようなものがあります。
- 降圧薬(1ヶ月)3,000-5,000円
- 脳保護薬(1ヶ月)4,000-6,000円
- 抗てんかん薬(1ヶ月)3,000-8,000円
- 抗凝固薬(1ヶ月)3,000-10,000円
- 点滴薬剤(入院中)1日あたり5,000-10,000円
リハビリテーション費用
回復期のリハビリテーション治療では、1単位(20分)あたり3割負担で500-700円程度の費用が発生し、1日に複数単位のリハビリテーションを実施することが多いです。
理学療法、作業療法、言語聴覚療法などを組み合わせて実施する場合、1日あたり3割負担で3,000-5,000円程度となります。
以上
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