「市販の睡眠改善薬、最初は効いていたのに最近まったく眠れなくなった」。こういった相談が、僕の外来でもここ数年でかなり増えています。
市販薬を飲んでいるのに眠れない。でも、病院に行くほどのことなのかわからない。そんなふうに迷っている方は、みなさんが思っている以上に多いのです。
ではなぜ市販薬では眠れなくなるのか?そして、いつ医療機関を受診すべきなのか?今日はこの2つの問いに、内科医として正直にお答えしていきます。
市販の睡眠改善薬に含まれる成分とその限界
ドラッグストアで販売されている睡眠改善薬の主成分は、ほぼすべてが「ジフェンヒドラミン」という抗ヒスタミン薬です。もともとはアレルギーの治療薬として開発されたもので、その副作用である「眠気」を利用して睡眠を促すという仕組みになっています。
ここで大切なのは、これはあくまで「眠気を起こす薬」であって「睡眠の質を改善する薬」ではないということです。2015年に発表されたシステマティックレビューでは、市販の睡眠改善薬には睡眠の質や睡眠時間を有意に改善するエビデンスが乏しいと報告されています[1]。
ではなぜそんな薬が市販されているのか?それは「一時的な寝つきの悪さ」に対しては、ある程度の効果が期待できるからです。旅行先で環境が変わったとか、翌日の大事な仕事が気になって寝付けないとか、そういった場面には役に立ちます。でも、慢性的な不眠に対して使い続けるものではないのです。
ちなみに、ジフェンヒドラミン以外にも「バレリアン(セイヨウカノコソウ)」や「グリシン」といった成分を含むサプリメント系の商品も増えています。こちらはいわゆる「機能性表示食品」や「健康食品」で、医薬品ではありません。バレリアンについては、AASMのガイドラインでも不眠症の治療としては推奨されていない成分です[2]。サプリだから安心、という考えも見直した方がよいかもしれません。
数日で効果が薄れる「耐性」の問題
市販の睡眠薬が効かなくなる最大の原因は「耐性」です。ジフェンヒドラミンの眠気を催す効果は、研究によるとわずか3日程度で減弱し始めることがわかっています[1]。つまり、最初の1〜2日は効いたとしても、1週間もすれば身体が慣れてしまうわけです。
僕の外来に来られる患者さんの中には、「最初は1錠で眠れていたのに、今は2錠飲んでも効かない」とおっしゃる方がいます。ただ、量を増やしても耐性の問題は解決しません。むしろ翌日の眠気やふらつき、口の渇きといった副作用だけが強くなっていきます。これは抗ヒスタミン薬が持つ「抗コリン作用」によるもので、特に65歳以上の方では転倒や認知機能への影響が懸念されます[3]。
アメリカ睡眠医学会(AASM)の2017年ガイドラインでも、ジフェンヒドラミンは慢性不眠症の治療として推奨されていません[2]。市販薬で2週間以上眠れない状態が続いているなら、それは「薬が弱い」のではなく「市販薬では対処できない不眠」だと考えてほしいのです。
そもそも不眠症にはタイプがある
「不眠」と一言で言っても、実はいくつかのタイプに分かれます。①寝つきが悪い「入眠障害」②途中で何度も目が覚める「中途覚醒」③朝早くに目が覚めてしまう「早朝覚醒」④眠ったのに疲れが取れない「熟眠障害」。この4つが代表的なタイプです。
市販の睡眠改善薬は眠気を誘発するだけなので、①の入眠障害にはある程度効く可能性があります。でも②③④のタイプには、そもそも仕組みが合っていないんです。途中で目が覚める方が市販薬を飲んでも、最初の寝つきは多少良くなるかもしれませんが、根本的な問題は解決されません。
自分の不眠がどのタイプなのかを見極めること。これが適切な治療への第一歩になります。市販薬のパッケージにはこういった情報は書かれていません。医師が問診で丁寧に聞き取ることで、初めて見えてくるものなのです。
僕の印象では、外来で最も多いのは②の中途覚醒と③の早朝覚醒を合わせ持つタイプです。特に40〜50代以降の方に多い印象があります。「寝つきは悪くないんだけど、夜中の2時や3時に目が覚めて、そこから眠れない」という訴えですね。このタイプの方が市販の睡眠改善薬を飲んでも効果を感じにくいのは、考えてみれば当然のことなのです。
市販薬が効かない不眠の背景にあるもの
市販薬で改善しない不眠症には、何らかの「原因」が隠れていることが少なくありません。
たとえば、うつ病や不安障害といった精神疾患が背景にある場合。睡眠時無呼吸症候群のように、眠っている間に呼吸が止まっている場合。甲状腺機能亢進症や慢性の痛みが不眠を引き起こしている場合もあります。こうしたケースでは、不眠はあくまで「症状」であって、原因となっている疾患を治療しなければ眠れるようにはなりません。
以前、ある50代の男性患者さんが「市販の睡眠薬を半年以上飲んでいるが全然効かない」と受診されたことがあります。詳しく話を聞くと、夜中に何度も息苦しさで目が覚めるとのこと。検査をしてみると睡眠時無呼吸症候群でした。当然、ジフェンヒドラミンで改善するはずがありません。CPAP療法を始めたところ、1週間で「こんなに深く眠れたのは何年ぶりかわからない」とおっしゃっていました。
見落とされがちなのが「薬剤性不眠」です。降圧薬の一部、ステロイド、気管支拡張薬、抗パーキンソン病薬など、普段飲んでいる薬が不眠の原因になっていることがあります。この場合、市販の睡眠改善薬を追加しても解決にはなりません。処方薬の調整が必要になるため、現在服用中の薬をすべて医師に伝えることが重要です。
市販薬が効かないという事実そのものが、実は身体からの大切なサインなのです。その声を無視して市販薬を飲み続けるのは、本当にもったいないことだと僕は思います。
受診すべきタイミングの見極め方
ではどんなときに医療機関を受診すべきなのか。僕がいつもお伝えしている目安をお話しします。
①市販の睡眠改善薬を2週間以上使っても改善しない場合②不眠によって日中の仕事や生活に支障が出ている場合③市販薬の量を自己判断で増やしてしまっている場合④いびきや日中の強い眠気を伴う場合⑤気分の落ち込みや不安感が強くなっている場合。このうち一つでも当てはまれば、迷わず受診してください[4]。
特に強調したいのは②です。「眠れないこと」そのものよりも、「眠れないことで日中のパフォーマンスが落ちていること」が不眠症の診断で最も重視される点なんです[5]。昼間に集中できない、疲れが取れない、イライラする。こういった症状があれば、それは「ただの寝不足」ではなく、治療が必要な「不眠症」です。
「でも、忙しくて病院に行く時間がない」という方もいると思います。ただ、不眠によって仕事のミスが増えたり、運転中にヒヤッとしたり、家族との関係がぎくしゃくしたりしているなら、その損失の方がはるかに大きいはずです。受診は1回30分程度のことです。その30分で何年も続いた不眠が改善するかもしれない。僕はそう思っています。
内科での不眠症の診察と検査
「不眠で内科に行っていいんですか?」とよく聞かれます。もちろんです。不眠症は内科で十分に対応できる疾患ですし、むしろ内科を受診していただくことで、不眠の原因となっている身体の病気を見つけられることがあります。
診察ではまず「いつから眠れないのか」「どんなふうに眠れないのか」「日中にどんな影響が出ているか」「服用中の薬はあるか」「カフェインやアルコールの摂取量」などを詳しくお聞きします。問診だけでかなりの情報が得られるものなんです。
必要に応じて血液検査で甲状腺機能や貧血の有無を確認することもあります。睡眠時無呼吸が疑われる場合は、自宅で行える簡易検査をご提案します。庄内地方にお住まいの方から「睡眠の専門病院が近くにない」という声を聞くことがありますが、まずかかりつけの内科で相談していただければ、そこから適切な方向につなげることができます。
「睡眠日誌」をつけてから受診していただくと、診察がスムーズに進みます。1〜2週間、①何時にベッドに入ったか②実際に眠りについた時刻③夜中に目が覚めた回数と時刻④朝何時に起きたか⑤日中の眠気の程度。これをメモしておくだけで、不眠のパターンが見えてきます。スマートフォンのメモ帳でもノートでも構いません。
処方薬と市販薬はここが違う
医師が処方する睡眠薬と市販の睡眠改善薬は、まったく別のものです。
現在、不眠症の治療で使われる処方薬には大きく分けて3つの系統があります。①脳の覚醒を抑える「オレキシン受容体拮抗薬」(スボレキサント、レンボレキサントなど)②体内時計のリズムを整える「メラトニン受容体作動薬」(ラメルテオン)③従来型の「ベンゾジアゼピン系・非ベンゾジアゼピン系」です。
近年の治療では①と②が優先的に選ばれるようになっています。これらは依存性が低く、自然な眠りに近い作用メカニズムを持っているのが特徴です[2]。市販薬のように「眠気の副作用を利用する」のではなく、「睡眠と覚醒のバランスそのものに働きかける」という点が根本的に違うわけです。
どの薬が合うかは、不眠のタイプや年齢、併存疾患によって異なります。だからこそ医師の診察を受けて、自分に合った薬を選ぶことが大切なのです。「睡眠薬は怖い」というイメージは、ベンゾジアゼピン系が主流だった時代のものです。今の治療は大きく進歩しています。
もう一つ大きな違いは、処方薬は「不眠のタイプに合わせて選べる」という点です。入眠障害には寝つきを助ける短時間作用型、中途覚醒には効果が持続する中間型。市販薬にはこうした選択肢がありません。「合う薬を選ぶ」ことができるのは、医療機関を受診する大きなメリットです。
薬だけに頼らない「認知行動療法」という方法
不眠症の治療で今、世界的に最も注目されているのが「認知行動療法(CBT-I)」です。アメリカ睡眠医学会、アメリカ内科学会、ヨーロッパのガイドラインのいずれもが、CBT-Iを慢性不眠症の第一選択治療として「強い推奨」で支持しています[4][5][6]。
CBT-Iとは何か。簡単に言えば「眠れなくなる考え方と行動パターンを修正する」治療法です。たとえば、眠れない夜にベッドの上でずっと横になっている方は多いと思います。でも実は、この行動が不眠を悪化させていることがあるのです。ベッドと「眠れない苦痛」が脳の中で結びついてしまい、ベッドに入るだけで目が冴えるという悪循環が生まれます。
CBT-Iではこの悪循環を断ち切るために、「眠くなるまでベッドに入らない」「ベッドでスマホを見ない」「毎朝同じ時間に起きる」といったルールを設定していきます。薬と違って副作用がなく、治療を終えた後も効果が長期間持続するのが大きな魅力です[6]。
「そんな簡単なことで治るの?」と思うかもしれません。でも、複数の大規模研究で睡眠薬と同等以上の効果が確認されており、しかも薬を中止すると再発しやすい薬物療法と違って、CBT-Iの効果は治療終了後も持続するというデータが出ています[6]。僕自身、患者さんにこの方法を勧めて改善した例を何度も見てきました。
不眠を放っておくとどうなるか
「たかが不眠」と考えている方がいるなら、正直に言います。それは間違いです。
慢性的な不眠は、高血圧や糖尿病のリスクを高めることがわかっています。睡眠不足が続くと免疫機能が低下し、血圧のコントロールが悪くなり、血糖値にも悪影響を与えます[5]。ある研究では、睡眠時間が6時間未満の人は7〜8時間眠る人と比べて、高血圧の発症リスクが約1.5倍になるというデータも報告されています。
精神面では、慢性的な不眠がうつ病の発症リスクを約2倍に高めるという研究結果もあります。「眠れないから気分が落ち込む」のか「気分が落ち込むから眠れない」のか。実はどちらも正しくて、不眠とうつは双方向に影響し合う関係にあるのです。
仕事の効率低下、交通事故のリスク増加、人間関係への影響。不眠が引き起こす問題は「眠れないこと」だけにとどまりません。ヨーロッパの不眠症ガイドラインでも、慢性不眠が心血管疾患や精神疾患の発症リスクを有意に上昇させると明記されています[5]。だからこそ、市販薬が効かないと感じた段階で一度専門家に相談してほしいのです。
日常でできる睡眠環境の整え方
受診と並行して、生活の中でも取り組めることがあります。
まず意識してほしいのが「光」の管理です。朝起きたら15分以上、太陽の光を浴びてください。これは体内時計をリセットする最も効果的な方法です[7]。逆に夜はスマートフォンやパソコンのブルーライトを控えること。就寝の1〜2時間前から画面の光を避けるだけで、寝つきが改善する方がいます。酒田市は冬の日照時間が短いですから、冬場は意識的に午前中の光を浴びる工夫が大切です。
カフェインは予想以上に長く体内に残ります。コーヒーを飲んでから血中濃度が半分になるまでに約5〜6時間かかるため、午後3時以降のカフェインは避けた方がよいでしょう。「自分はカフェインに強いから大丈夫」と思っている方もいますが、眠りの深さには影響していることが多いのです。
アルコールについても誤解が根深いです。「寝酒」は確かに寝つきを良くしますが、睡眠の後半で覚醒が増え、全体としての睡眠の質を下げてしまいます。「お酒を飲まないと眠れない」という状態になっているなら、それ自体が不眠症のサインだと思ってください。
寝室の環境も意外と見落とされがちです。室温は18〜22度くらいが理想とされています。寝る前の入浴は就寝の90分前までに済ませると、体温の低下とともに自然な眠気が訪れやすくなります。こうした小さな工夫の積み重ねが、睡眠の質を変えていくのです。
眠れない夜は辛いものです。でも、市販薬に頼り続けるよりも、一歩踏み出して相談してもらえれば、僕たち医師にはできることがたくさんあります。みなさんが安心して眠れる夜を取り戻すために、ぜひ力を貸させてください。
よくある質問
Q. 市販の睡眠改善薬を毎日飲み続けても大丈夫ですか?
A. 市販の睡眠改善薬は「一時的な不眠」のために設計されたもので、連続服用は2〜3日程度が目安とされています。2週間以上使い続けている場合は、耐性が形成されて効果が低下しているだけでなく、翌日の眠気やふらつきといった副作用のリスクも高まります。早めに医療機関を受診してください。
Q. 内科と心療内科、どちらを受診すべきですか?
A. まずは内科の受診をおすすめします。不眠の背景に甲状腺疾患や睡眠時無呼吸症候群といった身体の病気がないか確認することが大切です。身体的な原因が除外された上で精神的な要因が強い場合は、心療内科や精神科への紹介を検討します。
Q. 処方される睡眠薬には依存性がありますか?
A. 現在、不眠症治療の第一選択として使われるオレキシン受容体拮抗薬やメラトニン受容体作動薬は、従来のベンゾジアゼピン系と比べて依存性が低いとされています。医師の指示通りに服用すれば、過度に心配する必要はありません。ただし自己判断で量を増やしたり急に中止したりすることは避けてください。
Q. メラトニンのサプリメントは不眠症に効きますか?
A. アメリカ睡眠医学会のガイドラインでは、メラトニンは慢性不眠症の治療には推奨されていません[2]。時差ボケの解消といった一時的な使用には一定の根拠がありますが、毎晩の不眠に対するエビデンスは十分とは言えない状況です。
Q. 認知行動療法(CBT-I)はどこで受けられますか?
A. 睡眠専門クリニックや一部の心療内科で実施されています。最近ではオンラインプログラムやスマートフォンアプリを活用したCBT-Iも普及しており、地方にお住まいの方でもアクセスしやすくなっています。まずはかかりつけ医にご相談ください。
Q. 寝酒をやめると余計に眠れなくなりませんか?
A. 一時的にはそう感じることがあります。でもそれは、アルコールに頼った睡眠パターンから正常な睡眠に戻る過程で起きる現象です。1〜2週間で身体が適応し、お酒なしで眠れるようになる方がほとんどです。不安な場合は医師と相談しながら少しずつ減らしていくことをおすすめします。
Q. 不眠症は治る病気ですか?
A. 治ります。適切な治療を受ければ、多くの方が改善しています。特にCBT-Iは薬を中止した後も効果が持続するという研究結果が出ており、「根本から治す」ことが期待できる治療法です[6]。一人で悩まず、ぜひ相談してください。
Q. 何科を受診すればよいかわかりません。
A. 迷ったらまず内科を受診してください。不眠の原因は身体疾患から精神疾患まで幅広いため、内科で全体像を把握し、必要に応じて適切な専門科に紹介するのが効率的です。「眠れない」と伝えていただければ、そこから一緒に原因を探っていきます。
参考文献
[1] Culpepper L, Wingertzahn MA. Over-the-Counter Agents for the Treatment of Occasional Disturbed Sleep or Transient Insomnia: A Systematic Review of Efficacy and Safety. Prim Care Companion CNS Disord. 2015;17(6):10.4088/PCC.15r01798.
[2] Sateia MJ, Buysse DJ, Krystal AD, et al. Clinical Practice Guideline for the Pharmacologic Treatment of Chronic Insomnia in Adults: An American Academy of Sleep Medicine Clinical Practice Guideline. J Clin Sleep Med. 2017;13(2):307-349.
[3] American Geriatrics Society 2019 Updated AGS Beers Criteria for Potentially Inappropriate Medication Use in Older Adults. J Am Geriatr Soc. 2019;67(4):674-694.
[4] Qaseem A, Kansagara D, Forciea MA, et al. Management of Chronic Insomnia Disorder in Adults: A Clinical Practice Guideline From the American College of Physicians. Ann Intern Med. 2016;165(2):125-133.
[5] Riemann D, Baglioni C, Bassetti C, et al. European guideline for the diagnosis and treatment of insomnia. J Sleep Res. 2017;26(6):675-700.
[6] Edinger JD, Arnedt JT, Bertisch SM, et al. Behavioral and psychological treatments for chronic insomnia disorder in adults: an American Academy of Sleep Medicine clinical practice guideline. J Clin Sleep Med. 2021;17(2):255-262.
[7] 厚生労働省. 健康づくりのための睡眠ガイド2023. 厚生労働省健康局. 2023.
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