骨盤内炎症性疾患(PID) – 感染症

骨盤内炎症性疾患(PID)(pelvic inflammatory disease)とは、女性の生殖器官、特に子宫、卵管、卵巣に細菌感染が蔓延することで引き起こされる深刻な炎症性疾患です。

主に性行為感染症(STI)が原因ですが、出産や手術後に発症することもあり、不妊症や慢性骨盤痛といった重大な合併症につながる可能性があります。

早期発見と迅速な対応が非常に重要で、放置した際には生殖器官に取り返しのつかないダメージを与えてしまう恐れがあるので注意が必要です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

骨盤内炎症性疾患(PID)の種類(病型)

骨盤内炎症性疾患(PID)の主な病型は、急性PID、慢性PID、無症状PIDの3つです。

急性PID

急性PIDは、骨盤内炎症性疾患の中で最もよく見られます。

このタイプは、比較的短い期間で症状が急速に悪化し、患者さんははっきりとした症状を感じることが多いです。

急性PIDは、下の生殖器から上の生殖器へと炎症が上がっていくように進行します。

特徴詳細
発症の速さ急速
症状のはっきりさはっきりしている
炎症の進む方向下から上へ

急性PIDは早めに治療しないと、長引いたり深刻な合併症が起こるリスクが高いです。

慢性PID

慢性PIDは、急性PIDが完全に治りきらずに長く続いた状態や、何度も感染を繰り返してずっと続いている状態のことです。

このタイプは、急性PIDに比べて症状がゆるやかで、患者さんが気づかないうちに進行していることもあります。

慢性PIDの特徴

  • 軽い骨盤の痛みが長く続く
  • 妊娠しにくくなるリスクが高くなる
  • 骨盤の中で組織がくっつく
  • 長く続く疲れや体調不良

慢性PIDは、長い間患者さんの生活の質に影響を与える可能性があるので、管理し続けることと、定期的に経過を見ていくことが欠かせません。

無症状PID

無症状PIDは、はっきりとした症状が出ないPIDのタイプです。

このタイプは、他の2つのタイプと比べて見つけるのが難しく、たまたまの検査や妊娠しにくい原因を調べている時に見つかることがあります。

特徴無症状PID
症状の有無なし、またはごく軽い
見つかるきっかけたまたまの検査や不妊検査
進行の速さゆっくり

無症状PIDは、症状がないかとても軽いため、患者さん自身が気づきにくく、治療を受けることが難しいという問題があります。

そのため、無症状PIDは長い間進行し続け、最終的に妊娠しにくくなったり、骨盤の痛みが慢性化したりするなどの深刻な合併症を引き起こす可能性も。

タイプ間の変化と関係性

これら3つのタイプは、それぞれ独立しているわけではなく、互いに関係している可能性があります。

無症状PIDが進行して急性PIDになったり、急性PIDが治療されずに慢性PIDに変わることなどもあります。

また、一人の患者さんが複数のタイプを経験することも珍しくありません。

骨盤内炎症性疾患(PID)の主な症状

骨盤内炎症性疾患(PID)の症状は、急性、慢性、無症候性の3つの病型によって異なります。

急性PIDの症状

急性PIDは、突然の激しい症状が現れ、患者さんに著しい苦痛をもたらします。

主な症状は、下腹部の強い痛みや高熱、悪寒、吐き気、嘔吐などです。

さらに、性交時の痛みや不規則な性器出血、排尿時の不快感や頻尿も観察されることがあります。

これらの症状は急速に悪化する可能性があるため、速やかな医療機関の受診が必要です。

症状特徴
下腹部痛激しく、突然発症
発熱38度以上の高熱
性交痛性行為時の痛み
不正出血月経以外の出血

慢性PIDの症状

慢性PIDは、急性PIDと比較して症状が穏やかですが、長期間にわたって持続する傾向があります。

患者さんは、下腹部の鈍痛や腰痛、性交時の違和感などを経験し、さらに、月経不順や月経痛の悪化、不妊などの問題も生じる可能性があるので注意が必要です。

慢性的な疲労感や体調不良を感じる患者さんも少なくないため、日常生活に多大な影響を及ぼすことがあります。

無症候性PIDの症状

無症候性PIDは、その名称が示す通り、明確な症状が現れないことが特徴です。

ただし、症状がないからといって炎症が進行していないわけではありません。静かに進む炎症は、卵管や卵巣に深刻な損傷を与える可能性があります。

骨盤内炎症性疾患(PID)の原因・感染経路

骨盤内炎症性疾患(PID)は性行為感染症(STI)が主な原因で、女性の生殖器官に上行性感染を引き起こします。

PIDの主な原因

PIDの主な原因は、性感染症に関する病原体による感染です。

クラミジア・トラコマティスと淋菌が最も一般的な原因菌で、女性の生殖器系に入り込むことで炎症を起こします。

ただし、これらの病原体だけでなく、複数の微生物が同時に関わるケースも少なくありません。

PIDの主な原因となる病原体

病原体の種類主な特徴
クラミジア・トラコマティス最も一般的な原因菌の一つ、無症状感染が多い
淋菌急性の症状を引き起こしやすい
マイコプラズマ・ジェニタリウム近年注目されている原因菌
嫌気性菌複合感染の一因となることが多い

PIDの感染経路

PIDの主な感染経路は性行為を通じた感染です。

感染している相手との性交渉により、病原体が腟内に入り込み、その後子宮頸管を通って子宮内膜や卵管に達することで炎症を起こします。

ただし、性行為以外の経路でも感染が起こる可能性があることを知っておくことが大切です。

医療処置や出産、流産後の合併症として発症することもあります。

特に、注意が必要なのは、子宮内避妊具(IUD)の挿入時や子宮内膜生検などの体に負担のかかる処置です。

PIDのリスク因子

PIDにかかるリスクを高める要因には、いくつかの因子があります。

主なリスク因子

  • 若年層(特に25歳未満の女性)
  • 複数の性的パートナーを持つこと
  • 新しい性的パートナーとの関係
  • 過去のPID罹患歴
  • 性感染症の既往歴
  • 子宮内避妊具(IUD)の使用

PIDの潜在的な危険性

PIDは治療されないと、慢性骨盤痛、不妊、子宮外妊娠などの長期的な健康問題につながるおそれがあるため、早期発見と対応が非常に大切です。

PIDの潜在的な合併症をまとめたもの

合併症概要
慢性骨盤痛持続的な下腹部の痛み
不妊卵管の癒着や閉塞による妊娠困難
子宮外妊娠受精卵が子宮外に着床する危険な状態
卵巣膿瘍卵巣に膿が溜まる重症感染

診察(検査)と診断

骨盤内炎症性疾患(PID)の確実な診断には、綿密な問診、身体診察、各種検査を組み合わせた包括的なアプローチが欠かせません。

問診の重要性

PIDの診断は、患者さんの症状、その推移、性行為歴、既往歴、月経周期などについて丁寧に聞き取りを行うことが最初のプロセスです。

特に、下腹部痛や不正出血、性交痛などの症状の有無とその特徴について詳しく確認を行います。

身体診察の実施

問診に続き、医師は身体診察を行います。

  1. 主に下腹部の触診を実施し、痛みや圧痛の有無、子宮や付属器の腫大や圧痛を確認。
  2. 腟鏡診を通じて子宮頸部や腟壁の状態を観察し、異常分泌物の有無や性状を確認。
診察項目確認内容
下腹部触診痛み、圧痛、腫瘤
腟鏡診子宮頸部の状態、分泌物
内診子宮・付属器の圧痛、腫大

検査の種類と目的

PIDの診断確定と重症度評価のために、多様な検査が実施されます。

  • 血液検査:炎症マーカー(CRP、白血球数)の確認
  • 尿検査:尿路感染症の除外
  • 腟分泌物・子宮頸管分泌物培養検査:起炎菌の同定
  • 画像検査(超音波検査、CT、MRI):骨盤内臓器の状態評価

これらの検査結果を総合的に判断し、PIDの診断を確定します。

鑑別診断の必要性

PIDの症状は他の疾患と類似している場合があるため、鑑別診断が大切です。

鑑別すべき疾患特徴
虫垂炎右下腹部痛が主
子宮外妊娠妊娠反応陽性
卵巣嚢腫茎捻転急激な痛みの出現
膀胱炎排尿時痛が主症状

これらの疾患を適切に除外することで、PIDの診断精度が向上します。

骨盤内炎症性疾患(PID)の治療法と処方薬、治療期間

骨盤内炎症性疾患(PID)の治療は抗生物質療法を軸に行われ、薬物投与と継続的な管理により、症状の軽減と再発リスクの低減が見込まれます。

抗生物質療法の重要性

骨盤内炎症性疾患(PID)の治療において、抗生物質療法は最も効果的な手段です。

感染源となる細菌を直接攻撃し炎症を抑えることで、症状をやわらげ病状の悪化を防止します。

複数の抗生物質を組み合わせて使用すると、多様な細菌に対応し、より高い治療効果を得られます。

抗生物質の種類主な対象細菌
セフトリアキソン淋菌、クラミジア
ドキシサイクリンクラミジア、マイコプラズマ
メトロニダゾール嫌気性菌

治療期間と投薬方法

PIDの治療期間は、概ね2週間から4週間程度です。

軽度から中等度のケースでは外来治療が選択され、経口抗生物質の投与が主な治療法となります。

他方、重症例や合併症のリスクが高いケースでは入院治療が必要となり、静脈内投与による抗生物質療法が実施されることがあります。

治療の初期段階では症状の改善が確認されるまで抗生物質の投与を続け、その後は経過を見ながら投薬量を調整していくのが一般的です。

治療の種類期間主な投薬方法
外来治療2-4週間経口抗生物質
入院治療数日-2週間静脈内投与

処方薬の種類と特徴

PIDの治療に用いられる主要な抗生物質

  • セフトリアキソン:淋菌やクラミジアに対する効果が高く、治療初期に頻繁に使用されます
  • ドキシサイクリン:クラミジアやマイコプラズマに効果を発揮し、長期治療に使用されます
  • メトロニダゾール:嫌気性菌に効果があり、複合感染の治療に活用されます
  • レボフロキサシン:広範な抗菌スペクトルを有し、多様な細菌に対して効果を示します

これらの抗生物質は単独で使用されることもありますが、多くの場合、複数の薬剤を組み合わせます。

治療効果のモニタリングと経過観察

PIDの治療開始から48〜72時間以内に症状の改善が見られないときは、診断の見直しや治療法の変更を検討する必要があります。

治療効果を正確に評価するために、定期的な診察と検査を行い、症状の変化や炎症マーカーの推移を注意深く観察することが大切です。

さらに、治療終了後も一定期間の経過観察が必要で、再発のリスクや長期的な合併症の可能性について評価を行うことに。

予後と再発可能性および予防

骨盤内炎症性疾患(PID)の治療後、多くの方が健康を取り戻しますが、再発の危険性もあります。

治療後の予後

骨盤内炎症性疾患(PID)の治療を受けた方の多くは、症状が改善し、健康な日常生活に戻れます。

ただし、症状が重い場合や何度も感染を繰り返している場合は、今後、他の病気を引き起こす可能性が高くなるため、医師による継続的な観察が必要です。

予後に影響する要因影響の程度
治療開始時期高い
疾患の進行度中程度
再発回数高い
合併症の有無高い

再発の可能性

PIDにかかったことがある人は、再び病気になるリスクが高くなり、治療後1年以内に15-20%の人が再び症状を経験します。

何度も繰り返し病気になることで、妊娠しにくくなったり、慢性的な骨盤の痛みに悩まされたりすることもあるため、再発を防ぐことは生活の質を保つうえで極めて大切です。

PIDの再発リスクを高める要因

  • 複数の性的パートナーがいる
  • 性行為の頻度が高い
  • 若い(特に25歳未満)
  • 過去にPIDにかかったことがある
  • 治療が不十分だったり、途中でやめたりした

予防策の実践

PIDの再発を防ぐには、性行為の際にコンドームを使用したり、定期的に性感染症の検査を受けたりするなど、積極的に予防に取り組むことで再発のリスクを大きく減らせます。

また、たばこを吸うことや、お酒を飲みすぎることなども体の抵抗力に影響を与えるため、健康的な生活習慣を心がてください。

予防策効果の程度
コンドーム使用高い
定期検査中程度
禁煙中程度
適度な飲酒低い
ストレス管理中程度

骨盤内炎症性疾患(PID)の治療における副作用やリスク

骨盤内炎症性疾患(PID)の主要な治療法である抗生物質療法には、さまざまな副作用やリスクが伴うため、注意を払いながら治療を進める必要があります。

抗生物質による副作用

PID治療に用いられる抗生物質は高い効果を示す一方で、多様な副作用を引き起こす可能性があります。

抗生物質によって生じる主な副作用は、消化器症状(吐き気、嘔吐、下痢)、皮膚症状(発疹、掻痒感)、そしてごくまれに重篤なアレルギー反応などです。

抗生物質主な副作用
セフトリアキソン下痢、吐き気、発疹
ドキシサイクリン光線過敏症、食道炎
メトロニダゾール金属味、末梢神経障害

薬剤耐性菌の発生リスク

PID治療における抗生物質の使用は、薬剤耐性菌の出現リスクを増大させる可能性があります。

リスクは、抗生物質の乱用によって高まり、感染症治療を困難にする恐れがあるため、抗生物質の選択と投与期間の決定に細心の注意を払う必要があります。

薬剤耐性菌の発生を抑制するためには、抗生物質の選択、正確な投与量の厳守、そして必要最小限の治療期間設定が不可欠です。

リスク要因対策
不適切な抗生物質選択感受性試験の実施
過剰な投与量体重に応じた適切な投薬
長期間の使用必要最小限の治療期間設定

治療の遅延や中断によるリスク

PIDの治療過程において、副作用の発現や患者さん自身の判断による治療の遅延や中断は、深刻な合併症のリスクを高める可能性があります。

生じうるリスク

  • 慢性骨盤痛の発症
  • 不妊症のリスク上昇
  • 子宮外妊娠の可能性増加
  • 骨盤膿瘍の形成

治療の継続が困難となった際には、患者さんは速やかに担当医と話し、代替治療法や副作用管理について相談することが大切です。

妊娠中の治療リスク

妊娠中のPID治療においては、胎児への影響を慎重に考慮しながら治療を進める必要があります。

一部の抗生物質は胎児に悪影響を及ぼす可能性があるため、妊娠中の患者さんに対しては、安全性の高い抗生物質を選ぶ、モニタリングを行いながら治療を進めることが欠かせません。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

初診料と再診料

PIDで病院を受診すると、初めての場合は約2,800円、2回目以降は約730円の診察費がかかります。

検査費用

P検査費用は、血液検査で約5,000円、お腹の超音波検査で約8,000円ほどです。

検査項目概算費用
血液検査5,000円
超音波8,000円

処置費用

PIDの治療は主に抗生物質を使います。通院で治療する場合、1回の処置にかかる費用は約3,000~5,000円です。

入院費用

症状がひどい場合は入院が必要になることがあり、1日の入院費用は約10,000~30,000円になります。

入院日数概算費用
3日間60,000円
7日間140,000円

以上

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