ハンタウイルス肺症候群 – 感染症

感染症の一種であるハンタウイルス肺症候群とは、ハンタウイルスが原因で発症する重篤な呼吸器疾患です。

このウイルスは、主にネズミが保有しており、ネズミの排泄物や唾液などを介してヒトに感染する可能性があります。

ハンタウイルスに感染した場合、初期症状として発熱、筋肉痛、頭痛などが現れ、その後急速に肺に水がたまり、呼吸困難を引き起こすことがあります。

ハンタウイルス肺症候群は、早期発見と適切な対症療法が重要であり、治療が遅れると生命に関わる危険性があります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

ハンタウイルス肺症候群の種類(病型)

ハンタウイルス肺症候群には、主に2つの病型が存在します。

ハンタウイルス肺症候群(HPS)

ハンタウイルス肺症候群(HPS)は、北米や南米で多く見られる病型です。

HPSは、重篤な呼吸器疾患を引き起こし、致死率が高いことが知られています。

病型主な発生地域
HPS北米、南米

HPSの特徴として、以下のような点が挙げられます。

  • 急速に進行する呼吸困難
  • 高い致死率(30~50%)
  • ショック症状を伴うこともある

腎症候性出血熱(HFRS)

腎症候性出血熱(HFRS)は、主にアジアやヨーロッパで見られる病型です。

HFRSは、急性腎不全や出血症状を引き起こす可能性があります。

病型主な発生地域
HFRSアジア、ヨーロッパ

HFRSの重症度は、ウイルスの種類によって異なります。

  • Hantaan virus:重症
  • Seoul virus:中等症
  • Puumala virus:軽症

このように、ハンタウイルス感染症の病型は、地域によって異なる傾向があるのです。

ハンタウイルス肺症候群の主な症状

ハンタウイルス肺症候群の症状は、大きく分けると初期症状と後期症状の2つに分類されます。

初期症状

ハンタウイルス肺症候群の初期症状は、以下のようなものがあります。

症状詳細
発熱38℃以上の高熱が数日間続くことがあります。
筋肉痛背中や腰、大腿部の筋肉痛を伴うことが多いです。
頭痛激しい頭痛を伴うことがあり、頭全体が痛むことがあります。
消化器症状吐き気、嘔吐、下痢などの症状が現れることがあります。

これらの初期症状は、インフルエンザに似ているため、見分けが難しい場合があります。

初期症状が現れてから、1週間程度で後期症状に移行することが多いです。

後期症状

ハンタウイルス肺症候群の後期症状は、以下のようなものがあります。

症状詳細
呼吸困難息切れや呼吸が苦しくなる症状が現れます。重症化すると、人工呼吸器が必要になることがあります。
低血圧血圧が下がり、ショック状態になることもあります。適切な処置が行われないと、生命に危険が及ぶ可能性もあります。
肺水腫肺に水がたまり、酸素が取り込めなくなる状態です。肺水腫が進行すると、呼吸不全に陥ることがあります。

後期症状が現れると、急速に病状が悪化し、生命に危険が及ぶ可能性があります。

特に、呼吸困難や低血圧などの症状が現れた場合は、速やかに医療機関を受診することが大切です。

ハンタウイルス肺症候群の症状として、特に注意が必要なのは以下の点です。

  • 初期症状がインフルエンザに似ているため、見落とされやすいこと
  • 後期症状が現れると、急速に病状が悪化すること
  • 適切な治療を行わないと、致死率が高くなること

このように、ハンタウイルス肺症候群は、初期症状と後期症状で大きく異なるため、注意深く観察することが重要です。

ハンタウイルス肺症候群の原因・感染経路

ハンタウイルス肺症候群は、疾患名のとおりハンタウイルスによって引き起こされる感染症です。

ハンタウイルスとは

ハンタウイルスは、ブニヤウイルス科に属するウイルスの一種です。

このウイルスは、ネズミが保有しており、ネズミの糞尿や唾液などに含まれています。

ウイルス名属する科
ハンタウイルスブニヤウイルス科

感染経路

ハンタウイルスは、以下のような経路で人に感染します。

感染経路詳細
吸入感染ネズミの糞尿や唾液などに含まれるウイルスを吸入する
咬傷感染ネズミに咬まれる
接触感染ネズミの死骸や巣に触れる

特に、ネズミの排泄物が乾燥し、粉塵化したものを吸入することで感染することが多いとされています。

感染リスクが高い場所

ハンタウイルスに感染するリスクが高い場所として、以下のようなものがあります。

  • ネズミが生息している森林や草原
  • ネズミの侵入が確認された建物や倉庫
  • ネズミの死骸や排泄物が放置されている場所

これらの場所では、ネズミの排泄物や死骸などが存在する可能性が高いため、注意が必要です。

予防方法

ハンタウイルス感染を予防するためには、以下のような対策が重要です。

  • ネズミの侵入を防ぐため、建物の隙間を塞ぐ
  • ネズミの餌となる食べ物を放置しない
  • ネズミの排泄物や死骸を適切に処理する
  • ネズミが生息している場所では、マスクを着用する

診察(検査)と診断

ハンタウイルス肺症候群の診断には、症状や検査結果を総合的に判断する必要があります。

臨床診断

ハンタウイルス肺症候群の臨床診断は、以下のような点を考慮して行われます。

項目内容
発症時期ネズミとの接触から1~5週間後
初期症状発熱、筋肉痛、頭痛、消化器症状など
後期症状呼吸困難、低血圧、肺水腫など

これらの症状が見られた場合、ハンタウイルス肺症候群を疑う必要があります。

検査方法

ハンタウイルス肺症候群の診断には、以下のような検査が行われます。

検査方法目的
血液検査白血球数、血小板数、血液凝固系の異常を確認する
胸部X線検査肺水腫の有無を確認する
血清学的検査ハンタウイルスに対する抗体を検出する

血清学的検査では、ハンタウイルスに対するIgM抗体とIgG抗体を測定します。

確定診断

ハンタウイルス肺症候群の確定診断は、以下のような方法で行われます。

  • ウイルス分離:患者の血液や肺組織からハンタウイルスを分離する
  • 遺伝子検査:ハンタウイルスの遺伝子を検出する

これらの検査により、ハンタウイルスの感染を確認することができます。

診断の留意点

ハンタウイルス肺症候群の診断には、以下のような点に留意する必要があります。

  • 初期症状がインフルエンザに似ているため、見落とされやすいこと
  • 後期症状が急速に進行するため、早期診断が不可欠であること
  • 検査結果が出るまでに時間がかかるため、臨床症状を重視すること

ハンタウイルス肺症候群の治療法と処方薬

ハンタウイルス肺症候群の治療は、主に対症療法が中心となります。

対症療法

ハンタウイルス肺症候群の対症療法は、以下のようなものがあります。

療法内容
酸素療法低酸素血症に対して酸素を投与する
人工呼吸器呼吸不全が進行した場合に使用する
循環管理低血圧に対して輸液や血管収縮薬を投与する
血液浄化療法腎不全が進行した場合に使用する

これらの療法により、症状の改善を図ります。

抗ウイルス薬

ハンタウイルス肺症候群に対する特効薬は存在しませんが、一部の抗ウイルス薬が有効である可能性が示唆されています。

薬剤名作用機序
リバビリンウイルスの増殖を抑制する
ファビピラビルウイルスの増殖を抑制する

ただし、これらの薬剤の効果は限定的であり、副作用のリスクもあるため、使用には慎重を要します。

合併症の予防

ハンタウイルス肺症候群では、以下のような合併症が起こる可能性があります。

  • 二次感染(細菌性肺炎など)
  • 血栓症(肺塞栓症など)
  • ストレス潰瘍

これらの合併症を予防するため、以下のような対策が行われます。

  • 抗菌薬の投与
  • 抗凝固療法
  • 胃酸分泌抑制薬の投与

合併症の予防は、患者の予後を改善するために不可欠です。

治療に必要な期間と予後について

ハンタウイルス肺症候群の治療期間と予後は、病状の重症度によって大きく異なります。

治療期間

ハンタウイルス肺症候群の治療期間は、以下のような目安があります。

重症度治療期間
軽症1~2週間
中等症2~4週間
重症4週間以上

重症例では、人工呼吸器管理や血液浄化療法などの集中治療を要するため、治療期間が長期化します。

予後

ハンタウイルス肺症候群の予後は、以下のような特徴があります。

項目内容
致死率30~50%
後遺症肺線維症、腎機能障害など

ハンタウイルス肺症候群は、重症化すると予後不良となる可能性が高いため、早期発見と早期治療が重要です。

予後に影響する因子

ハンタウイルス肺症候群の予後に影響する因子として、以下のようなものがあります。

  • 高齢者
  • 基礎疾患(糖尿病、心疾患など)を有する患者
  • 診断の遅れ
  • 重症度が高い場合

これらの因子がある場合、重症化のリスクが高くなり、予後が悪化する可能性があります。

長期予後

ハンタウイルス肺症候群の長期予後は、以下のような特徴があります。

  • 生存例の多くは、数ヶ月で日常生活に復帰する
  • 一部の患者では、後遺症が残ることがある
  • 再発はまれである

ハンタウイルス肺症候群は、適切な治療により救命できた場合、長期的な予後は比較的良好です。

ただし、後遺症が残る場合があるため、注意が必要です。

ハンタウイルス肺症候群の治療における副作用やリスク

ハンタウイルス肺症候群の治療では、副作用やリスクを十分に理解した上で、慎重に行う必要があります。

対症療法の副作用

ハンタウイルス肺症候群の対症療法では、以下のような副作用が起こる可能性があります。

療法副作用
人工呼吸器人工呼吸器関連肺炎、気胸など
循環管理低血圧、不整脈など
血液浄化療法低血圧、出血傾向など

これらの副作用は、患者の状態によっては重篤な合併症につながる可能性があるため、注意が必要です。

抗ウイルス薬の副作用

ハンタウイルス肺症候群に対して使用される抗ウイルス薬には、以下のような副作用があります。

    薬剤名主な副作用
    リバビリン溶血性貧血、骨髄抑制、消化器症状など
    ファビピラビル高尿酸血症、消化器症状など

    これらの副作用は、重症例では治療の継続が困難になることがあります。

    抗ウイルス薬の使用には、リスクとベネフィットを十分に検討する必要があります。

    合併症のリスク

    ハンタウイルス肺症候群では、以下のような合併症のリスクがあります。

    • 二次感染(細菌性肺炎など)
    • 血栓症(肺塞栓症など)
    • ストレス潰瘍 ・多臓器不全

    これらの合併症は、患者の予後を大きく左右するため、予防と早期発見が不可欠です。

    治療の限界

    ハンタウイルス肺症候群に対する特効薬は存在せず、治療には限界があります。

    重症例では、対症療法を行っても救命できない場合があり、治療によって後遺症が残る可能性もあります。

    このように、ハンタウイルス肺症候群の治療では、副作用やリスクを十分に理解し、患者の状態に応じて慎重に行うことが求められます。

    予防方法

    ハンタウイルス肺症候群を予防するためには、ネズミとの接触を避けることが最も重要です。

    ネズミの侵入防止

    ハンタウイルスを保有しているネズミの侵入を防ぐため、以下のような対策が有効です。

    場所対策
    建物の隙間塞ぐ
    ドアや窓網戸を設置する
    庭や敷地内雑草や廃材を片付ける

    ネズミの駆除

    すでにネズミが侵入している場合は、速やかに駆除することが必要です。

    • トラップやベイト剤を使用する
    • 専門業者に依頼する

    ネズミの駆除には、専門的な知識と技術が必要なため、専門業者に依頼することが望ましいです。

    ネズミの死骸や排泄物の処理

    ネズミの死骸や排泄物を処理する際は、以下のような点に注意が必要です。

    処理方法留意点
    マスクや手袋の着用感染を防ぐため
    消毒液での処理ウイルスを不活化するため
    密閉容器での廃棄他の場所への拡散を防ぐため

    不適切な処理は、ハンタウイルスの拡散につながるため、十分な注意が必要です。

    野外活動での注意点

    ハンタウイルスが生息している可能性がある野外では、以下のような点に注意が必要です。

    • ネズミの糞尿や死骸に触れない
    • ネズミの巣に近づかない
    • 野営する際は、テントを使用する
    • 食べ物を適切に保管し、ネズミを寄せ付けない

    治療費について

    治療費についての留意点

    実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

    ハンタウイルス肺症候群の治療費は、病状の重症度や治療内容によって大きく異なります。

    軽症例の治療費

    軽症例の治療費は、以下のような内訳になります。

    項目費用
    診察料数千円~1万円程度
    検査料数万円程度
    投薬料数千円~数万円程度

    軽症例では、外来治療が中心となるため、入院費用はかかりません。

    重症例の治療費

    重症例の治療費は、以下のような内訳になります。

    項目費用
    入院費数十万円~数百万円程度
    集中治療費数十万円~数百万円程度
    検査料数万円~数十万円程度
    投薬料数万円~数十万円程度

    重症例では、長期の入院治療と集中治療を要するため、治療費が高額になる傾向があります。

    以上

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