内頚動脈-海綿静脈洞瘻 – 脳・神経疾患

内頚動脈-海綿静脈洞瘻(どうろう)(carotid-cavernous fistula)とは、頭蓋内において内頚動脈と静脈血が流れる海綿静脈洞の間に、異常な連絡路が形成される疾患です。

動脈と静脈の間に形成された異常な連絡路により、本来は分離されているはずの動脈血と静脈血が混ざり合うことで、眼球突出や複視、拍動性の耳鳴り、激しい頭痛などの症状が起きます。

発症の主な原因は、交通事故などによる頭部への強い衝撃や、長期にわたる高血圧、動脈硬化、結合組織の異常などです。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

内頚動脈-海綿静脈洞瘻の主な症状

内頚動脈-海綿静脈洞瘻の症状は、拍動性眼球突出、結膜充血、視力低下、複視などの眼症状に加え、耳鳴りや頭痛などの神経症状です。

眼球突出と充血の特徴

眼球突出と充血は内頚動脈-海綿静脈洞瘻において最もよく見られる症状で、海綿静脈洞内の圧力上昇による眼窩内の静脈うっ滞が原因です。

拍動性の眼球突出は、心臓の鼓動に合わせて眼球が前方に突出する所見で、として認められ、診断する上で重要な判断材料となります。

結膜充血に関しては、眼球表面の血管が拡張することで起き、目の周囲が赤く充血した状態として観察されます。

眼球突出の性質臨床的特徴
拍動性心拍に同期した眼球の前方への突出
非拍動性持続的な眼球突出状態
片側性患側のみの眼球突出が一般的
両側性まれに両眼に症状が出現

眼球突出の症状は、疾患の進行に伴って徐々に顕著になっていくことが多く、両眼で比較することで左右差を確認できます。

視覚障害の進行と特徴

視力低下の進行は、眼窩内の静脈うっ滞による網膜循環障害や視神経への圧迫が主な要因となって、徐々に視力が低下していくことが特徴的です。

複視は、海綿静脈洞内の圧力上昇により外眼筋を支配する脳神経が圧迫されることで、眼球運動に異常をきたし、物が二重に見える症状として認識されます。

  • 視力低下は緩徐に進行することが多い
  • 複視は外眼筋の機能障害により発生
  • 眼圧上昇は網膜や視神経に影響を与える
  • 視野障害は部分的なものから進行性に拡大

また、眼圧上昇による網膜は、長期的に網膜血管の循環障害を起こし、網膜機能の低下や視神経の障害につながります。

神経症状と頭部症状

神経症状の中でも特徴的な所見として、拍動性の耳鳴りが挙げられ、患者さんの多くが自覚症する症状です。

血管雑音については、患側の側頭部や眼窩周囲において、拍動性の雑音として明確に聴取でき、診断の重要な手がかりとなります。

症状の種類特徴的な所見
耳鳴り拍動性で持続的な雑音
頭痛片側性で持続的な痛み
神経障害脳神経の圧迫症状
意識状態通常は保たれる

頭痛は片側性で持続的な痛みとして自覚され、患側の眼窩周囲や側頭部に強く現れます。

内頚動脈-海綿静脈洞瘻の原因

内頚動脈-海綿静脈洞瘻は、突発的な外傷による損傷と、慢性的な血管の変化による自然発症という二つの大きな要因によって起こります。

外傷による発症のメカニズム

交通事故や転落事故などで頭部に加わる強い衝撃は、脳を保護している頭蓋骨の内側にある内頚動脈と海綿静脈洞の壁に損傷を与え、両者の間に本来存在しない異常な連絡路が形成されます。

特に自動車事故における急激な加速度変化や、高所からの転落時に生じる頭蓋底の骨折は、動脈と静脈の間に裂け目を作る原因です。

事故の種類発症リスク要因
交通事故頭部への直接的な衝撃、急激な加速・減速
転落事故頭蓋底骨折、顔面骨骨折
スポーツ外傷頭部への繰り返しの衝撃、急激な体位変換

自然発症のリスク因子

加齢に伴う血管の老化現象や、基礎疾患による血管壁の構造の変化は、突発的な外傷がなくても内頚動脈-海綿静脈洞瘻を起こす要因です。

高血圧症による血管への負担や、動脈硬化に起因する血管壁の弾力性の低下は、血管構造を徐々に脆弱化させ、動静脈間に異常な連絡路が生じやすくなります。

遺伝的要因と関連疾患

血管壁の構造や機能に影響を与える遺伝性疾患は、内頚動脈-海綿静脈洞瘻の発症リスクを著しく高める原因です。

血管壁の脆弱性を増加させる遺伝性疾患

  • エーラス・ダンロス症候群による結合組織の異常
  • マルファン症候群における血管壁の構造異常
  • 多発性嚢胞腎に伴う血管形成異常
  • 線維筋性異形成による血管壁の構造変化

環境因子と生活習慣

生活習慣の乱れや環境要因も血管の健康状態に大きな影響を与え、内頚動脈-海綿静脈洞瘻の発症リスクを高める間接的な要因です。

危険因子血管への影響
喫煙血管内皮細胞の障害、酸化ストレスの増加
過度の飲酒血圧上昇、血管壁の炎症促進
運動不足血行動態の悪化、血管機能の低下
不規則な生活自律神経系の乱れ、血圧変動の増大

喫煙習慣は血管内皮細胞に対して直接的な障害を与えるだけでなく、慢性的な酸化ストレスの増加を通じて血管壁の構造を徐々に弱くします。

また、過度のストレスや運動不足といった生活習慣の問題は、自律神経系のバランスを崩すことで血圧の変動を増大させ、血管壁への負担を蓄積させます。

診察(検査)と診断

内頚動脈-海綿静脈洞瘻の診断では、問診と神経学的診察を基本として、画像診断による血管構造の把握と血流動態の分析を組み合わせながら検査を進めていきます。

問診と視診による診察手順

問診においては、眼球突出や視覚異常の発症時期と経過について、患者さんからできるだけ具体的な情報を収集することが診断の第一歩です。

視診による眼球突出の観察では、両眼の突出度合いを比較しながら、Hertel眼球突出計を用い、より客観的なデータを得ます。

診察項目診察手技
眼位測定Hertel眼球突出計使用
眼圧測定圧平眼圧計使用
結膜観察細隙灯顕微鏡使用
眼底検査眼底カメラ使用

眼科的診察では、前眼部観察と眼底検査による網膜血管の状態を確認することが大切です。

神経学的診察の実施方法

神経学的診察では、脳神経機能評価を行うために、眼球運動検査や瞳孔反応検査、角膜反射検査などの一連の検査を実施します。

  • 外眼筋機能検査による眼球運動の評価
  • 瞳孔対光反射検査による自律神経機能の確認
  • 視野検査による視機能の評価
  • 眼圧測定による眼球内圧の把握
  • 角膜反射検査による三叉神経機能の確認

画像診断の活用法

画像診断においては、MRIやCTなどの検査と、血管造影検査による評価を組み合わせることで、より精密な診断情報を得られます。

MRI検査では、T1強調画像やT2強調画像に加えて、MRAによって瘻孔の位置や血管走行の異常を観察することが可能です。

検査種類検査内容と目的
MRI/MRA血管構造と周囲組織の描出
CT/CTA骨構造と血管走行の確認
脳血管造影血行動態の詳細な評価
超音波検査血流速度の測定

CT検査ではより詳細な血管構造の把握ができ、骨構造との関係性を調べられます。

血管造影検査の実施手順

血管造影検査は、大腿動脈からカテーテルを挿入し、造影剤を注入しながら血管内の血流動態を観察する検査方法です。

造影検査の実施にあたっては、内頚動脈系と外頚動脈系の両方について検査を行うことで、側副血行路(血行障害によって血管が閉塞した際、血液循環を維持するために自然に形成される血管の迂回路)の発達状況や血行動態を判断できます。

内頚動脈-海綿静脈洞瘻の治療法と処方薬、治療期間

内頚動脈-海綿静脈洞瘻の治療には、血管内治療を中心とした外科的アプローチと、症状の緩和を目的とした薬物療法があります。

血管内治療

血管内治療は、大腿動脈からカテーテルを挿入し、異常血管を塞栓する方法で、動脈と静脈の異常な連絡を遮断することにより、本来の血行動態を回復させます。

塞栓物質の種類特徴と使用目的
プラチナコイル永久塞栓が可能、形状記憶性に優れる
液体塞栓物質微細な血管にも到達、即時性が高い
バルーン一時的な血流遮断、確実な位置決めに使用

血管内治療では、異常血管の形状や大きさに応じて、複数の塞栓物質を組み合わせることで治療効果を高めることが可能です。

直達手術による治療

開頭による直達手術は、異常血管へ直接アプローチすることで確実な処置が行えることが利点です。

手術では、顕微鏡下で異常血管を露出し、クリッピングや結紮(けっさつ 糸などで縛って血行を止める)などの手技を用いて血流を遮断します。

手術アプローチ術式の特徴
開頭クリッピング確実な血管遮断、視認性が高い
血管結紮術周囲組織の温存、低侵襲性
ハイブリッド手術血管内治療との併用、高い治療効果

薬物療法による管理

主な投与薬剤と目的

  • β遮断薬による血圧コントロール
  • 抗凝固薬による血栓予防
  • 利尿薬による頭蓋内圧低下
  • 鎮痛薬による症状緩和

治療期間と経過

血管内治療後は通常、1週間程度の入院期間を要し、その後の経過観察を含めると3ヶ月から半年の治療期間が必要です。

直達手術の場合、手術創の回復に2週間程度を要し、リハビリテーションを含めた入院期間は約1ヶ月となります。

外来での投薬治療は、血管内治療や直達手術と並行して行われ、症状の改善状況に応じて3ヶ月から1年程度継続することが大切です。

内頚動脈-海綿静脈洞瘻の治療における副作用やリスク

内頚動脈-海綿静脈洞瘻の治療では、血管内手術や開頭手術に伴う出血性合併症、血管損傷、神経障害などの手術関連リスクと、造影剤アレルギーや放射線被曝などの検査関連リスクがあります。

血管内手術に関連する合併症

血管内手術における血管損傷のリスクは、カテーテル操作時の血管壁への刺激や、血管内皮細胞の剥離による血栓形成などがあります。

また、手技中の血管攣縮(れんしゅく 血管が一時的に異常収縮を起こし、血流が悪くなる)ことや血管解離といった合併症は、血流障害を起こす重要な問題です。

合併症の種類リスク因子
血管攣縮カテーテル刺激
血管解離過度な操作
血栓形成内皮障害
穿刺部出血抗凝固療法

血管内手術後の血栓症予防には、抗血小板薬や抗凝固薬の使用が不可欠となりますが、薬剤使用に伴う出血性合併症にも注意が必要です。

開頭手術における合併症

開頭手術に伴う感染リスクは、予防的措置を講じても、完全な予防は困難なことがあります。

術中の周囲脳組織への影響は、重要な神経や血管が密集する海綿静脈洞周辺での手術操作に際、細心の注意を要します。

  • 術後の創部感染や髄膜炎
  • 脳浮腫による神経症状の一時的増悪
  • 硬膜外血腫や硬膜下血腫の形成
  • 脳脊髄液漏の発生
  • 術創部の癒着や瘢痕形成

放射線被曝に関連するリスク

血管内手術における放射線透視の使用時間については、手術の複雑さや血管の走行状態によって異なります。

被曝の種類影響と対策
皮膚被曝放射線性皮膚炎
水晶体被曝白内障発症
甲状腺被曝機能低下
生殖腺被曝遺伝的影響

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

基本となる治療費

血管内治療や直達手術などの外科的治療は、入院費用を含めると総額で200万円から300万円程度です。

治療法保険適用後の費用(3割負担の場合)
血管内治療60-90万円
直達手術50-80万円
薬物療法(月額)1-3万円
MRI検査1.5-2万円

薬物療法にかかる費用

継続的な投薬が必要な薬剤と費用

  • 血圧降下薬(月額約5,000円から10,000円)
  • 抗凝固薬(月額約8,000円から15,000円)
  • 頭痛薬(月額約3,000円から8,000円)
  • 眼圧降下薬(月額約6,000円から12,000円)

画像診断費用

定期的な経過観察に必要な画像検査の費用は、撮影方法や回数によって変動します。

検査種類1回あたりの費用(保険適用後)
MRアンギオグラフィー15,000-20,000円
CT血管造影12,000-18,000円
超音波検査3,000-5,000円

以上

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