慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP) – 脳・神経疾患

慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)(chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy)とは、末梢神経の髄鞘という神経を保護する部分が徐々に破壊されていく自己免疫疾患です。

この病気では、手足のしびれや脱力が、少なくとも2ヶ月以上にわたって進行し、両側の手足の症状が左右対称に現れ、歩行時のふらつきや物を持つ力の低下などが起こります。

患者さんの多くは40~60歳代で発症しますが、若年層や高齢者にも発症する可能性があり、男性にやや多い傾向がみられます。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)の主な症状

慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)は、四肢の末梢から進行性に広がる筋力低下や感覚障害が主症状で、運動機能および感覚機能の両面に影響を及ぼします。

症状の進行パターン

末梢神経系の慢性的な炎症により、手足の先端から徐々に体の中心部へと進行していく症状が特徴的であり、左右対称性に症状が現れることが多いです。

神経障害は、上肢および下肢の両方に見られ、歩行時のふらつきや物を掴む力の低下など、日常生活における基本的な動作に支障をきたします。

進行段階主な症状の特徴
初期手足の先端のしびれ感、わずかな脱力感
中期歩行障害、手指の巧緻運動障害
後期四肢の著明な筋力低下、感覚障害の拡大

神経系の障害が進行するにつれて、筋力低下や感覚異常の範囲が徐々に拡大し、より広範な身体部位に影響が及ぶようになることから、早期での症状の把握が不可欠です。

運動機能における症状

末梢神経の脱髄により引き起こされる運動機能の障害は、日常生活における様々な動作に影響を及ぼすことが確認されています。

四肢の筋力低下は、通常、遠位部から始まり近位部へと進展していくパターンを示すことが多く、特に下肢における症状が顕著です。

  • 歩行時のふらつきや不安定性の増加
  • 階段の昇り降りにおける困難さの出現
  • 手指の細かい動作における正確性の低下
  • 物を持ち上げる際の筋力の減退
  • 姿勢保持における安定性の低下

感覚機能における症状

慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)での末梢神経における感覚線維の障害は、温度感覚、触覚、位置覚など、多岐にわたる感覚機能に影響があります。

感覚異常の種類症状内容
表在感覚障害皮膚表面の感覚鈍麻、異常感覚
深部感覚障害関節位置覚の低下、振動覚の減弱
温度覚障害温度識別能力の低下、異常な温度感覚

自律神経系における随伴症状

自律神経系の機能障害は、体温調節機能や発汗機能などの不調として現れます。

末梢神経系の広範な障害により、発汗異常や循環障害などの自律神経症状が生じ、全身の恒常性維持に影響を与える要因です。

自律神経症状は、体温調節機能の乱れや血圧の変動などとして見られ、気温の変化や身体活動に対する反応性の異常として認識されます。

慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)の原因

慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)は、免疫システムが末梢神経の髄鞘を誤って攻撃することで発症し、遺伝的要因と環境因子が関連し合っています。

免疫システムの異常と自己免疫反応

免疫システムは通常、体を外敵から守る重要な防御機構として機能していますが、CIDPでは何らかの理由で免疫システムが自身の神経組織を誤って認識し、特に末梢神経を包む髄鞘を標的として攻撃を開始します。

免疫システムの誤作動により、T細胞やB細胞などの免疫細胞が活性化され、末梢神経系に対する自己抗体が産生され、炎症性細胞が髄鞘に侵入して炎症反応を引き起こすのです。

遺伝的要因と環境因子の相互作用

遺伝的要因影響度合い
HLA遺伝子多型高い
免疫関連遺伝子変異中程度
神経関連遺伝子変異比較的低い

遺伝的要因に関する研究では、特定のHLA(ヒト白血球抗原)遺伝子の型を持つ人でCIDPの発症リスクが高まることが判明しています。

環境因子については、ウイルスや細菌感染、ストレス、化学物質への暴露などがCIDPの発症や増悪に関与している可能性があり、遺伝的素因と組み合わさることで発症リスクが上昇します。

髄鞘破壊のメカニズム

破壊過程主要な関与因子
初期段階T細胞の活性化
進行期マクロファージの浸潤
慢性期自己抗体の産生

髄鞘破壊のプロセスでは、活性化されたT細胞が血液脳関門を通過して末梢神経系に侵入し、局所での炎症反応を起こします。

この過程で、様々な炎症性メディエーターが放出され、髄鞘の破壊が進行するとマクロファージが活性化され、髄鞘を直接的に貪食するだけでなく、炎症性物質を分泌して周囲の組織にも悪影響を与えます。

#診察(検査)と診断

慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)の診断では、神経伝導検査や髄液検査などの検査データと問診および神経学的診察所見を組み合わせて行います。

初期診察における神経学的所見の把握

神経学的診察では、深部腱反射や筋力テスト、感覚検査などの基本的な神経学的検査を通じて、神経障害の分布や程度を細かく確認していきます。

四肢の近位部および遠位部における筋力低下の分布パターンや、感覚障害の左右差および上下肢での違いなど、症状の分布を観察することによって、末梢神経障害の特徴を明らかにすることが大切です。

神経学的検査項目診察内容と意義
深部腱反射検査上下肢の反射低下や消失の確認
徒手筋力検査近位部・遠位部の筋力分布評価
感覚検査表在感覚・深部感覚の障害部位特定

電気生理学的検査による神経機能評価

神経伝導検査では、運動神経および感覚神経の伝導速度や振幅を測定することにより、脱髄性変化の程度や分布を客観的に評価でき、診断における不可欠な検査です。

さらに筋電図検査を併用することで、神経原性変化の有無や重症度をより詳細に把握し、末梢神経障害の病態をより深く理解することにつながります。

  • 運動神経伝導検査による伝導ブロックの検出
  • 感覚神経伝導検査における振幅低下の評価
  • F波検査による神経根機能の解析
  • 針筋電図による脱神経所見の確認
  • 反復刺激試験による神経筋接合部機能の確認

髄液検査と血液検査

髄液検査では、蛋白細胞解離という特徴的な所見を確認でき、この所見は末梢神経の炎症性変化を反映する重要な指標です。

検査項目検査意義と特徴的所見
髄液蛋白血液神経関門の機能異常評価
髄液細胞数炎症性変化の程度確認
髄液免疫グロブリン自己免不応答の評価

血液検査は、自己抗体の検索や免疫学的マーカーの測定を行うことで、他の自己免疫疾患との関連性や全身状態を評価することが可能です。

画像診断

MRIなどの画像診断技術を用いることで、神経根や末梢神経の腫大や造影効果といった形態学的変化を確認できます。

神経超音波検査を実施することにより、末梢神経の腫大や内部エコー性状の変化といった特徴的な所見を観察し、経時的な変化の追跡にも有用です。

慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)の治療法と処方薬、治療期間

慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)の治療は、免疫療法を基本として、ステロイド療法、免疫グロブリン療法、血漿交換療法などを組み合わせながら行います。

ステロイド療法による免疫抑制

ステロイド療法は経口投与による長期的な免疫抑制効果を期待できることから、CIDPの標準的な第一選択薬です。

プレドニゾロンを中心とした副腎皮質ステロイドホルモンを使用することで、免疫反応を抑制し炎症を鎮静化させる働きがあります。

投与方法特徴と期間
経口投与3〜6ヶ月かけて漸減
パルス療法3〜5日間の集中投与
隔日投与副作用軽減目的で実施

プレドニゾロンは1日あたり0.5〜1.0mg/kgから開始し、症状の改善を確認しながら3〜6ヶ月かけてゆっくりと減量していくことが重要です。

治療開始後、2〜4週間程度で効果が現れ始めることが多く、症状の改善に応じて投与量を調整しながら、長期的な寛解維持を目指します。

免疫グロブリン療法(IVIg)の実施

免疫グロブリン療法は、高用量の免疫グロブリンを静脈内に直接投与することで即効性のある治療効果を得られり、重症例や急速に進行する場合において、有効な治療法です。

投与スケジュール投与量
導入療法400mg/kg×5日間
維持療法1g/kg×1〜2日間

まず導入療法で400mg/kgを5日間連続投与し、3〜4週間ごとに維持療法として1g/kgを1〜2日間投与することで、長期的な治療効果を維持できます。

血漿交換療法による自己抗体の除去

血漿交換療法では、以下の治療プロセスを経て免疫系の異常を改善していきます。

  1. 血液から血漿成分を分離して、有害な自己抗体を除去
  2. 新鮮凍結血漿や人工血漿で置換
  3. 週2〜3回の頻度で4〜6週間実施
  4. 維持療法として月1〜2回の継続実施が一般的

併用療法と免疫抑制剤

ステロイド療法との併用により相乗効果を期待できる場合や、ステロイドの減量を目的として免疫抑制剤を使用することがあります。

  • アザチオプリンやシクロフォスファミド より効果的な免疫抑制が可能
  • シクロスポリンやタクロリムスなどのカルシニューリン阻害薬 T細胞の働きを抑制することで免疫反応を制御し、長期的な治療効果を維持
  • ミコフェノール酸モフェチル B細胞とT細胞の両方に作用して免疫抑制効果を発揮することから難治例における治療選択肢で、他の免疫抑制剤と比較して副作用が比較的軽度
  • リツキシマブなどの分子標的薬 特定の免疫細胞に対して選択的に作用することで、より精密な免疫抑制効果を得られる

慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)の治療における副作用やリスク

慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)の治療では、免疫抑制療法や免疫グロブリン療法などの主要な治療法において、副作用やリスクがあります。

免疫グロブリン療法における副作用

静脈内免疫グロブリン投与に伴う副作用は、投与速度や患者さんの体調によって出現頻度が異なるので、医療機関での綿密なモニタリングが必要です。

免疫グロブリン製剤の投与中および投与後に発生する可能性のある副作用については、軽度なものから重篤なものまで幅広く見られます。

発現時期主な副作用
投与中頭痛、発熱、悪寒、血圧変動
投与後早期皮膚症状、関節痛、倦怠感
投与後遅発性腎機能障害、血栓症

ステロイド療法に関連する合併症

副腎皮質ステロイドの長期投与に伴う副作用は、全身の様々な臓器や組織に影響を及ぼします。

  • 骨密度低下による骨粗鬆症の進行
  • 血糖値上昇に伴う耐糖能異常
  • 消化管粘膜障害による消化性潰瘍
  • 白内障や緑内障などの眼科的合併症
  • 皮膚の脆弱化や創傷治癒遅延

免疫抑制薬使用時の注意点

免疫抑制薬の使用に際しては、感染症リスクの上昇や骨髄抑制などの副作用に対する注意深い経過観察が必要で、定期的な血液検査による早期発見が大切です。

免疫機能の低下に伴う日和見感染症の発症リスクは、患者さんの年齢や併存疾患の有無によって異なることから、個別の状況に応じた予防対策を講じます。

副作用カテゴリーモニタリング項目
血液学的異常白血球数、血小板数、貧血
肝機能障害肝酵素、ビリルビン値
腎機能障害クレアチニン、電解質

血液浄化療法実施時のリスク

血漿交換療法においては、血管確保に伴う合併症や血漿製剤使用に関連する副作用が発生する可能性があります。

血漿交換療法の実施中は、循環動態の変動や電解質バランスの乱れに注意を払う必要があり、高齢者や心機能低下例では、より慎重な管理が重要です。

また、血液浄化療法に関連する感染症リスクについては、カテーテル関連血流感染症を中心に、様々な感染症が報告されています。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

免疫グロブリン療法の費用

免疫グロブリン療法は、体重あたりの投与量に応じて治療費が異なってきます。

治療内容1回あたりの費用(3割負担)
導入療法12-15万円
維持療法8-10万円

ステロイド療法と免疫抑制剤

治療では、ステロイド療法と免疫抑制剤を併用することが多いです。

薬剤種類月額費用(3割負担)
プレドニゾロン2,000-5,000円
アザチオプリン3,000-8,000円
シクロスポリン15,000-25,000円

その他の治療に関わる費用

血漿交換療法や各種検査など、治療全体で必要となる費用の例

  • 血漿交換療法 1回あたり 4-6万円
  • 血液検査 1回あたり 3,000-5,000円
  • 神経伝導検 1回あたり 5,000-8,000円
  • MRI検査 1回あたり 15,000-20,000円
  • 筋電図検査 1回あたり 4,000-6,000円

治療開始時には、複数の検査や処置が集中して必要となるため、初期費用が高額になることがあります。

以上

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