糖尿病性ニューロパチー(diabetic neuropathy)とは、持続的な高血糖状態によって起こる神経障害であり、糖尿病の三大合併症の一つです。
血糖値が継続的に基準値を超えた状態が続くと、全身の末梢神経が徐々に損傷を受けることで発症します。
神経障害の症状は、初期段階では手足の先端部分のしびれ感や異常感覚、進行すると見られるのは激しい痛みや感覚麻痺などです。
また、自律神経系にも影響を及ぼすため、発汗異常や起立性低血圧なども起こすことがあります。
糖尿病性ニューロパチーの種類(病型)
糖尿病性ニューロパチーには、神経障害の分布や特徴によって大きく分けて多発ニューロパチーと単ニューロパチーという二つの主要な病型があります。
病型分類の基本的な考え方
神経障害の分布パターンを理解することは糖尿病性ニューロパチーの病態把握において不可欠な要素です。
神経障害の分布様式と進行形式によって、神経障害の特徴や予後が大きく異なることから、病型の正確な判別が大切になってきます。
病型分類 | 神経障害の特徴 |
多発ニューロパチー | 左右対称性の障害分布 |
単ニューロパチー | 非対称性の限局性障害 |
多発ニューロパチーの特性
多発ニューロパチーは糖尿病性ニューロパチーの中でも最も起こりやすい病型で、複数の神経が同時に障害を受ける形態を示すことから、その名が付けられています。
手袋やストッキングを履いたような分布で神経障害が現れることから、手袋靴下型と呼ばれ、長期にわたる血糖値の変動が末梢神経に与える影響は、遠位部から始まり徐々に近位部へと進展していくのが特徴です。
多発ニューロパチーの特徴 | 臨床的意義 |
左右対称性 | 診断の重要な指標 |
遠位部優位 | 進行性の評価基準 |
感覚神経優位 | early warning sign |
単ニューロパチーの臨床的特徴
単ニューロパチーは特定の神経のみが障害を受ける病型で、突発的に脳神経領域や体幹部の神経に障害が生じることが多いです。
この病型における神経障害は、多発ニューロパチーとは異なり、非対称性かつ限局的な分布を示すことから、局所性ニューロパチーとも呼ばれています。
病型分類の臨床的意義
神経障害の分布パターンを正確に把握することによって、糖尿病性ニューロパチーの病型分類が可能で、多発ニューロパチーと単ニューロパチーの鑑別診断を行うことは、患者さんの予後予測において大切な意味を持っています。
病型別の特徴 | 多発ニューロパチー | 単ニューロパチー |
発症様式 | 緩徐進行性 | 急性発症 |
分布形式 | 左右対称性 | 非対称性 |
障害範囲 | びまん性 | 限局性 |
好発部位 | 四肢末端 | 脳神経・体幹 |
糖尿病性ニューロパチーの主な症状
糖尿病性ニューロパチーは、末梢神経障害による感覚異常や運動機能の低下から始まり、自律神経系の機能不全へと進行していきます。
多発性ニューロパチーの特徴
多発性ニューロパチーは糖尿病性ニューロパチーの中でよく見られ、初期段階における症状は、足先のしびれ感や異常感覚として現れ、時間の経過とともに両手の指先にまで症状が広がっていくという進行パターンを示します。
進行期に入ると足底部の感覚が低下し、地面を歩く際にあたかも厚い布や綿を踏んでいるような違和感を覚えることが多く、歩行時のバランス障害にもつながるので注意が必要です。
進行段階 | 感覚障害の特徴 | 運動障害の特徴 |
初期 | 足先のしびれ感、チクチクする痛み | 軽度の歩行困難 |
中期 | 手足の感覚鈍麻、温度感覚の低下 | 筋力低下、反射減弱 |
後期 | 広範な感覚脱失、持続的な痛み | 重度の運動障害 |
単ニューロパチーの症状と特徴
単ニューロパチーは、特定の神経が単独で障害を受けることにより、支配領域に限局した症状を呈する病態です。
頭部では、眼球運動を支配する動眼神経、滑車神経、外転神経などが障害を受けると、複視や眼瞼下垂といった特徴的な症状が現れます。
胴体部では、肋間神経や腹部の末梢神経が障害されると、支配領域に一致した帯状の痛みやしびれを感じます。
障害部位 | 主な症状 | 随伴症状 |
動眼神経 | 複視、眼瞼下垂 | 瞳孔異常 |
顔面神経 | 顔面筋の麻痺 | 味覚障害 |
肋間神経 | 胸腹部の痛み | 知覚異常 |
自律神経症状の多様性
自律神経系の障害は、体温調節機能や発汗機能、心血管系の制御、消化管機能など、様々な影響があります。
発汗異常は上半身で多汗、下半身で無汗となる分布の違いが見られ、体温調節機能に支障をきたし、心血管系では、起立性低血圧や安静時頻脈などが起きることで立ちくらみや失神といった症状が生じます。
消化管系の症状は、胃の運動機能低下による満腹感の持続や、腸管運動の異常による消化管症状などです。
神経障害の進行と症状の変化
神経障害は緩徐に進行し、初期には気付きにくい軽微な症状から始まり、次第に明確な機能障害へと進展していきます。
感覚神経の障害は、初期には軽度のしびれ感や異常感覚として始まり、進行すると痛みを伴う重度の感覚障害へと変化していくことが多いです。
運動神経の障害は、微細な動作の巧緻性低下から始まり、徐々に筋力低下や筋萎縮へと進展していく過程をたどります。
また、自律神経系の症状は、発症初期には断続的で軽度であることが多いものの、進行とともに持続的かつ重度の機能障害として定着します。
糖尿病性ニューロパチーの原因
糖尿病性ニューロパチーは、長期にわたる高血糖状態による代謝異常と血管障害が絡み合って起こります。
代謝異常による神経細胞への影響
持続する高血糖環境下では、神経細胞内でソルビトールという糖アルコールが蓄積し、神経細胞の機能維持に不可欠なナトリウムポンプの働きを低下させ、さらには細胞内のエネルギー産生にも支障をきたします。
また、高血糖状態によって起こるタンパク質の糖化最終産物(AGEs)は、神経細胞に蓄積することで細胞機能の低下を起こす原因です。
代謝性要因 | 神経細胞への影響 |
ソルビトール蓄積 | 浸透圧異常と細胞機能障害 |
AGEs形成 | タンパク質変性と細胞変性 |
酸化ストレス | ミトコンドリア機能低下 |
血管系の異常による神経栄養障害
神経細胞への酸素や栄養供給を担う血管系において、高血糖による細胞の障害が進行し、神経細胞への酸素供給能力を著しく低下させ、神経組織の代謝活性が徐々に失われます。
免疫系の関与と炎症反応
糖尿病による慢性的な高血糖状態は、体内の様々な免疫応答を活性化させ、神経組織で炎症反応を起こすことが分かってきました。
活性化された免疫細胞から放出される炎症性サイトカインは、神経細胞に重要な成長因子の作用を阻害し、神経細胞の変性を加速させます。
神経障害を進行させる因子
- 免疫細胞の異常な活性化による持続的な炎症状態
- 炎症性サイトカインの過剰産生と蓄積
- 神経栄養因子の産生低下と機能不全
- 神経再生能力の低下と細胞死の促進
- 血液神経関門の機能障害による有害物質の蓄積
遺伝的要因と環境因子の相互作用
遺伝的な素因が、糖尿病性ニューロパチーの発症リスクに関与しています。
危険因子 | 神経障害への影響 |
遺伝的背景 | 感受性の個人差 |
環境要因 | 発症時期の変動 |
生活習慣 | 進行速度の差異 |
特定の遺伝子多型を持つ患者さんでは、高血糖による神経障害がより早期に現れ、環境因子との相互作用によって悪化します。
特に喫煙や飲酒習慣は、酸化ストレスを増強させることで神経障害の進行を加速させる環境要因です。
さらに、加齢に伴う血管機能の低下や神経再生能力の減退は、糖尿病性ニューロパチーの発症年齢に強く影響を与えます。
診察(検査)と診断
糖尿病性ニューロパチーの診断は問診から始まり、神経学的診察、各種神経機能検査、そして電気生理学的検査などの検査を組み合わせます。
問診と神経学的所見
問診では、しびれや痛みの性質、部位、発症時期、進行状況などについて聞き取ることに加え、糖尿病の罹病期間や血糖コントロールの状況も確認することが大切です。
神経学的診察では、感覚機能、運動機能、反射機能などを実施します。
診察項目 | 診察内容 | 主な所見 |
感覚検査 | 痛覚、触覚、振動覚 | 感覚低下、異常感覚 |
運動検査 | 筋力、協調運動 | 筋力低下、運動失調 |
反射検査 | アキレス腱反射、膝蓋腱反射 | 反射減弱、消失 |
神経伝導検査と感覚検査
神経伝導検査では、末梢神経に微弱な電気刺激を与え、刺激が神経を伝わる速度や振幅を測定することで、神経障害の程度や範囲を評価できます。
感覚検査は、振動覚計や温度覚計などを用いて感覚機能を数値化して測定することで、経時的な変化を追跡することが可能です。
自律神経機能検査
心電図の解析では安静時や深呼吸時における心拍変動を測定することで、自律神経系の機能状態を把握し、起立試験では、体位変換に伴う血圧変動を測定し、起立性低血圧の有無や程度を判定します。
検査項目 | 検査方法 | 測定パラメータ |
心電図RR間隔変動 | 安静時心電図記録 | 変動係数、周波数解析 |
起立試験 | 体位変換時血圧測定 | 収縮期血圧変動幅 |
発汗機能 | アセチルコリン誘発試験 | 発汗量、発汗潜時 |
血液検査と画像診断
血液検査では、血糖値やHbA1cの測定に加え、ビタミンB12欠乏や甲状腺機能異常など、他の原因による神経障害を除外するための検査が必要です。
MRIやCTを実施し、脊髄や神経根の圧迫性病変などの有無を確認したり、非典型的な経過をたどる場合や、他疾患との鑑別が必要な際には、末梢神経の検査を行うこともあります。
糖尿病性ニューロパチーの治療法と処方薬、治療期間
糖尿病性ニューロパチーの治療は、血糖コントロールを基本とし、疼痛緩和薬による対症療法と神経機能改善薬による原因療法を組み合わて行います。
血糖コントロールによる基礎治療
血糖値の安定化は神経障害の進行抑制において不可欠な治療で、インスリン製剤や経口血糖降下薬を用い、神経細胞の保護を図ります。
患者さんの病態や生活リズムに合わせて、超速効型インスリン、持効型インスリン、あるいはGLP-1受容体作動薬などを使い分けながら、投与調整を行うことが大切です。
血糖降下薬の種類 | 主な作用機序 |
DPP-4阻害薬 | インクレチン分解抑制 |
SGLT2阻害薬 | 尿糖排出促進 |
ビグアナイド薬 | 肝糖産生抑制 |
神経障害性疼痛に対する薬物療法
神経障害による痛みのコントロールは、抗てんかん薬のプレガバリンやガバペンチンが第一選択薬です。
抗うつ薬のデュロキセチンやアミトリプチリンも、痛みの伝達経路に作用して症状の緩和をもたらすことから、神経障害性疼痛の治療薬として広く使用されています。
通常2週間から4週間の継続投与で効果が現れ始め、その後も徐々に効果が増強していきます。
神経機能改善を目指した薬物療法
アルドース還元酵素阻害薬のエパルレスタットは、神経細胞内での糖代謝異常を是正することで神経機能の改善を促進し、6ヶ月以上の継続投与が必要です。
ベンフォチアミンなどのビタミンB1誘導体も、神経細胞のエネルギー代謝を改善し、神経細胞の修復を促進する効果があることから、長期的な投与が推奨されています。
- メチルコバラミン 軸索再生を促進し神経伝導速度を改善
- プロスタグランジンE1製剤 末梢血流を改善し神経栄養を促進
- シロスタゾール 血小板凝集を抑制し微小循環を改善
- アマンタジン 神経伝達物質の分泌を調整し神経機能を安定化
- エダラボンはフリーラジカルを除去し神経細胞を保護
リハビリテーション療法
運動療法は神経機能の維持・改善に有効で、理学療法士の指導のもとで計画的に実施することで、末梢循環の改善と神経再生の促進を図ります。
リハビリ種類 | 期待される効果 |
有酸素運動 | 血流改善と代謝促進 |
筋力トレーニング | 筋萎縮予防と機能維持 |
ストレッチング | 関節可動域の維持 |
運動負荷の設定には個々の患者さんの体力や神経障害の程度を考慮し、3ヶ月から6ヶ月の継続的なプログラムを組み立てていきます。
また、低周波治療や温熱療法を併用することで、機能回復を促進する効果が期待できることから、治療法を組み合わせたアプローチが重要です。
糖尿病性ニューロパチーの治療における副作用やリスク
糖尿病性ニューロパチーの薬物療法では、神経障害性疼痛に対する鎮痛薬や神経伝達物質に作用する薬剤を使用しますが、それぞれに副作用やリスクがあります。
鎮痛薬による副作用とその対策
抗てんかん薬として使用されるプレガバリンやガバペンチンなどの薬剤は、めまいや眠気などの中枢神経系への作用による副作用が現れ、高齢者において転倒のリスクを高めるので注意が必要です。
薬剤分類 | 主な副作用 | リスク軽減策 |
プレガバリン | めまい、傾眠、浮腫 | 低用量から開始、段階的増量 |
ガバペンチン | ふらつき、眠気、体重増加 | 就寝前投与、食後服用 |
デュロキセチン | 悪心、食欲低下、不眠 | 朝食後服用、胃薬併用 |
抗うつ薬として用いられるデュロキセチンやアミトリプチリンなどの薬剤は、口渇や便秘などの抗コリン作用による副作用に加え、起立性低血圧や不整脈などの循環器系への影響もあります。
併用薬との相互作用
複数の薬剤を併用する際には、それぞれの薬物の代謝経路や相互作用を考慮し、慎重に投与量を調整していくことが大切です。
相互作用のリスク | 併用注意薬剤 | 注意すべき点 |
中枢抑制増強 | 睡眠薬、抗不安薬 | 過度の鎮静作用 |
血圧変動 | 降圧薬、利尿薬 | 起立性低血圧 |
出血傾向 | 抗凝固薬、抗血小板薬 | 出血リスク増加 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
血糖コントロールに関する検査費用
血糖値の管理にHbA1cや血糖値の測定を継続的に行い、神経伝導検査や筋電図検査を用い、神経障害の程度を評価していきます。
検査項目 | 保険診療時の費用(3割負担) |
HbA1c測定 | 160円 |
神経伝導検査 | 2,700円 |
筋電図検査 | 2,100円 |
薬物療法にかかる費用
- 神経障害性疼痛治療薬(28日分) 3,000円~8,000円
- 神経機能改善薬(28日分) 2,500円~6,000円
- 血糖降下薬(28日分) 2,000円~5,000円
- インスリン製剤(1ヶ月分) 3,000円~10,000円
- ビタミンB群製剤(28日分) 1,500円~3,000円
リハビリテーション費用
治療内容 | 保険診療時の費用(3割負担) |
理学療法(1回) | 450円~900円 |
運動療法(1回) | 510円~850円 |
物理療法(1回) | 350円~700円 |
運動機能の維持・改善のため、理学療法士によるリハビリテーションを実施します。
以上
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