Duchenne型筋ジストロフィー(Duchenne muscular dystrophy)とは、主に男児に発症する遺伝性の筋疾患で、進行性の筋力低下を特徴とする神経筋疾患です。
生後3〜5歳頃から徐々に症状が進行し、下肢の近位筋と呼ばれる太もも周辺の筋肉から筋力が低下していきます。
この疾患は、筋肉の細胞膜を強化するジストロフィンというタンパク質が作られないことにより、日常生活での動作によって筋肉が徐々に損傷を受け、最終的に筋線維が脂肪や結合組織に置き換わっていく進行性の病気です。
Duchenne型筋ジストロフィーの主な症状
Duchenne型筋ジストロフィーは、幼児期から始まり進行性の筋力低下と筋萎縮を起こす疾患で、運動機能、心機能、呼吸機能に重大な影響を及ぼします。
初期症状と運動機能の変化
乳幼児期から歩行開始の遅れや転びやすさなどの初期症状が現れ始め、3〜6歳頃には階段の昇り降りや走る動作に困難さを感じるようになります。
この時期には特徴的なガワーズ徴候が観察され、床から立ち上がる際に両手で太ももを支えながら体を起こす動作が必要です
年齢 | 主な運動症状 |
2-5歳 | 歩行開始の遅れ、転倒増加 |
5-8歳 | 階段昇降困難、歩行異常 |
8-12歳 | 歩行機能の喪失進行 |
筋力低下の進行パターン
筋力低下は下肢の近位筋から始まり、特に大腿四頭筋や腸腰筋といった太もも周辺の筋肉から徐々に弱くなっていく傾向にあります。
その後、上肢の近位筋にも筋力低下が及び、肩や上腕の筋肉も徐々に影響を受けるため、物を持ち上げる動作や手を挙げる動作が困難になっていきます。
筋力低下の特徴
- 下肢近位筋の筋力低下
- 体幹筋の筋力低下
- 上肢近位筋の筋力低下
- 遠位筋への進行
心臓・呼吸器への影響
心臓への影響は10歳前後から現れ始め、心筋の線維化により心機能が低下していくので、定期的な心機能評価が重要です。
呼吸機能については、胸郭や横隔膜の筋力低下により、徐々に呼吸障害が進行していきます。
機能 | 主な症状 |
心機能 | 心筋障害、不整脈 |
呼吸機能 | 肺活量低下、呼吸困難 |
骨格系への影響
筋力低下に伴い、脊柱側弯症や関節拘縮といった骨格系の問題が発生することがあります。
脊柱側弯症は、体幹の筋力低下により背骨が横方向に曲がっていく状態で、呼吸機能にも影響を与える要因です。
骨格への影響
- 脊柱側弯症の進行
- 股関節や膝関節の拘縮
- 足関節の変形
- アキレス腱の短縮
消化器系への影響
嚥下機能の低下により、食事摂取に時間がかかるようになったり、誤嚥のリスクが高まります。
また、腸管運動の低下により、便秘などの消化器症状が現れることもあります。
Duchenne型筋ジストロフィーの原因
デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、X染色体上に位置するジストロフィン遺伝子に変異が生じることで発症する遺伝性筋疾患です。
遺伝子変異のしくみ
ジストロフィン遺伝子は人体における最大の遺伝子の一つで、この遺伝子から作られるジストロフィンタンパク質は、骨格筋や心筋などの筋組織において細胞膜の構造維持に欠かせない役割があります。
遺伝子変異のパターン
- 遺伝子の一部が欠けている状態である欠失変異
- 遺伝子の一部が重複して存在する重複変異
- 遺伝子の一塩基が別の塩基に置き換わる点変異
変異の種類 | 発生割合 |
欠失変異 | 65% |
重複変異 | 10% |
点変異 | 25% |
遺伝形式と遺伝的な特徴
デュシェンヌ型筋ジストロフィーはX連鎖劣性遺伝という形式をとることから、変異遺伝子を持つ母親から男児に遺伝する場合に発症リスクが高まり、女児の場合は正常なX染色体があることで発症を防げます。
保因者である母親から息子への遺伝する確率は50%です。
遺伝子の保因者(女性)
- 筋力低下や血清CK値上昇などの症状が出る症候性保因者
- 症状は出ないものの遺伝子変異を持つ無症候性保因者
- 体の細胞の一部だけに変異がある保因者モザイク
分子レベルでみた病気の進行
ジストロフィンタンパク質が不足すると、筋細胞膜が弱くなり、普段の筋肉の動きで生じる負担に耐えられなくなっていきます。
細胞の変化 | からだへの影響 |
膜の弱化 | 筋肉の変性 |
調節異常 | 細胞の死滅 |
再生低下 | 線維化 |
遺伝子変異が起こる時期と要因
遺伝子変異が起こる時期にはいくつかのパターンがあり、世代間で受け継がれる遺伝的な要因と、精子や卵子が作られる時期、また発生初期の段階での自然発生的な変異という二つの大きな経路に分けられます。
こうした遺伝子変異によって、筋細胞膜の構造を支えるジストロフィンタンパク質が正常に作られなくなり、徐々に進行する筋力の低下が起こります。
また、この遺伝子変異は筋肉の細胞だけでなく、心臓や脳などの他の組織にも影響を及ぼすため、全身の健康管理が大切です。
診察(検査)と診断
Duchenne型筋ジストロフィーの診断は、問診と身体診察から始まり、血液検査、筋生検、遺伝子検査などの複数の検査を組み合わせることで、段階的に確定診断へと進んでいきます。
初期診察における評価のポイント
初期段階の診察では、成長過程における運動発達の変化について、特に這い這いの開始時期や独歩開始時期など、運動発達のマイルストーンとなる出来事の時期を確認します。
また、ご家族の中で同様の症状を呈する方の有無にについても、聞き取りを行います。
歩き方の特徴や姿勢の変化といった身体所見の観察も、診断において重要な手掛かりです。
評価項目 | 観察ポイント |
運動発達歴 | 這い這い開始時期、歩行開始時期 |
家族歴 | 母系遺伝の有無、兄弟の状況 |
身体所見 | 筋力低下パターン、関節可動域 |
歩行様式 | つま先歩行、動揺性歩行 |
血液検査
血液検査は診断過程において不可欠な段階で、クレアチンキナーゼ(CK)という酵素の値が著しく上昇していることが、筋ジストロフィーを示唆する重要な所見です。
検査では採血により得られた血液サンプルを用いて、複数の項目について詳細な分析を行います。
- 血清クレアチンキナーゼ(CK)値測定
- 肝機能検査(AST、ALT)
- アルドラーゼ値測定
- 乳酸脱水素酵素(LDH)測定
- 炎症マーカー評価
筋生検
筋生検は局所麻酔下で筋肉の一部を採取し、顕微鏡で詳しく調べる検査方法で、筋線維の状態やジストロフィンというタンパク質の有無を直接確認できます。
採取した組織は、複数の染色方法や検査技術を用いて、様々な角度から分析を行います。
検査項目 | 評価内容 |
HE染色 | 筋線維の変性・壊死 |
免疫染色 | ジストロフィン発現 |
電子顕微鏡 | 筋細胞膜構造 |
ウエスタンブロット | タンパク定量 |
遺伝子解析による確定診断
遺伝子検査は、最も確実な診断方法です。
遺伝子検査では血液サンプルからDNAを抽出し、DMD遺伝子の解析を行い、遺伝子の欠失や重複、点変異などの異常を特定することで、確定診断に至ります。
診断補助検査の活用
MRIや筋電図といった検査も、診断の精度を高めるために実施します。
MRI検査では、筋肉の状態を画像として詳しく観察でき、特に初期段階における変化を捉えるのに有用です。
また、筋電図検査では、筋肉の電気的な活動を測定することで、神経筋接合部の機能を評価できます。
Duchenne型筋ジストロフィーの治療法と処方薬、治療期間
Duchenne型筋ジストロフィーの治療は、ステロイド薬による筋力低下の進行抑制を中心とした薬物療法を中心とし、呼吸リハビリテーションと心機能管理を組み合わせて行います。
基本的な投薬治療
ステロイド治療はDuchenne型筋ジストロフィーにおける骨格筋の変性を抑制し、早期からの導入により歩行可能期間の延長などの効果が期待できます。
投与開始時期については、4歳から6歳頃の運動機能が安定している時期を選択することが多く、この時期に開始することで治療効果を最大限に引き出すことが可能です。
投与薬剤 | 標準投与量 |
プレドニゾロン | 0.75mg/kg/日 |
デフラザコート | 0.9mg/kg/日 |
投与方法には毎日投与方式と間欠投与方式があり、患者さんの状態や生活リズムに応じて投与スケジュールを決定していきます。
呼吸機能サポート
呼吸機能の維持には、肺活量や咳をする力の低下を予防するための積極的な介入が必須です。
理学療法士による呼吸リハビリテーションを定期的に実施することで、呼吸筋の機能維持と改善を図れます。
また、夜間の呼吸状態に応じて非侵襲的人工呼吸療法(NIV)の導入を検討することもあり、導入時期は血液ガス分析や睡眠時の酸素飽和度などの指標を基に判断します。
心機能の維持管理
心機能の維持に用いる薬剤
- ACE阻害薬
- β遮断薬
- 利尿薬
- ジギタリス製剤
心機能障害の進行を防ぐために、定期的な心臓超音波検査や心電図検査を実施しながら、心機能の状態に応じて薬剤の種類や投与量を調整していきます。
遺伝子治療の実際
遺伝子治療はDuchenne型筋ジストロフィーに対する革新的な治療アプローチで、遺伝子変異のタイプに応じて異なる治療戦略を選択できます。
治療法 | 投与期間 |
アンチセンス療法 | 週1回の投与 |
リードスルー療法 | 毎日の投与 |
遺伝子治療の実施にあたっては、事前に遺伝子解析を行い、個々の患者さんに最も効果が期待できる治療法を選ぶことが重要です。
Duchenne型筋ジストロフィーの治療における副作用やリスク
Duchenne型筋ジストロフィーの治療では、使用する薬剤の種類や投与量によって、骨粗鬆症や免疫機能低下、心臓への負担など、複数の身体機能に影響を及ぼします。
ステロイド治療における副作用
ステロイド治療はDuchenne型筋ジストロフィーの進行抑制に有効である一方で、長期投与に伴う様々な副作用には細心の注意が必要です。
副作用の種類 | 発現頻度 |
体重増加 | 約70% |
骨密度低下 | 約50% |
高血圧 | 約30% |
白内障 | 約20% |
体重増加は投与開始から3ヶ月以内に顕著となることが多く、食事指導と運動療法を組み合わせた体重管理が欠かせません。
また、骨密度低下については定期的な骨密度測定を実施し、必要に応じてビタミンDやカルシウム製剤の追加投与を検討します。
遺伝子治療のリスク要因
遺伝子治療は画期的な治療法である反面、投与方法や患者さんにより、様々な副作用が報告されています。
遺伝子治療のリスク
- 免疫系の過剰反応
- 肝機能の一時的低下
- 血小板減少
- 投与部位の炎症反応
- 体温上昇
投与後24時間以内は特に慎重に観察をし、発熱や投与部位の疼痛、全身倦怠感などの症状が現れた際には、速やかな対処が必要です。
心機能管理における留意点
心機能を維持するために使用する薬剤には、それぞれ特有の副作用があり、定期的な血圧測定や血液検査による経過観察が重要です。
薬剤の種類 | 観察すべき副作用 |
ACE阻害薬 | 血圧低下、腎機能障害 |
β遮断薬 | 徐脈、疲労感 |
利尿薬 | 電解質異常、脱水 |
薬剤の使用時には、腎機能や電解質バランスの変動に注意を払い、異常が認められた場合には投与量の調整を行います。
呼吸管理上の問題点
呼吸補助装置の使用に際しては、マスクによる皮膚への圧迫や空気の漏れ、また使用時の不快感などが生じることがあります。
また、長期使用による気道内の乾燥や分泌物の貯留といった合併症にも注意が必要で、加湿器の併用や定期的な喀痰吸引などの対策を講じます。
さらに、夜間の使用時には無呼吸や低換気などのリスクもあるるため、睡眠時の酸素飽和度モニタリングを実施しながら、設定調整を行うことが大切です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
主な薬剤費用
Duchenne型筋ジストロフィーでの遺伝子治療薬の使用には、慎重な判断が必要です。
薬剤名 | 3割負担時の月額費用 |
ビルテプソ | 約12万円 |
エクソンディス | 約15万円 |
リハビリテーション費用
運動機能の維持には継続的なリハビリテーションが欠かせません。
- 理学療法 週2回 約8000円
- 作業療法 週1回 約4000円
- 言語聴覚療法 月2回 約6000円
- 呼吸リハビリ 週1回 約4000円
併用薬物療法の費用
治療に当たっては、心機能や呼吸機能の維持に向けた投薬を実施します。
治療目的 | 3割負担時の月額費用 |
心不全治療薬 | 約8000円 |
ステロイド薬 | 約5000円 |
呼吸補助薬 | 約6000円 |
以上
Duan D, Goemans N, Takeda SI, Mercuri E, Aartsma-Rus A. Duchenne muscular dystrophy. Nature Reviews Disease Primers. 2021 Feb 18;7(1):13.
Yiu EM, Kornberg AJ. Duchenne muscular dystrophy. Journal of paediatrics and child health. 2015 Aug;51(8):759-64.
Sussman M. Duchenne muscular dystrophy. JAAOS-Journal of the American Academy of Orthopaedic Surgeons. 2002 Mar 1;10(2):138-51.
Emery AE, Muntoni F, Quinlivan RC. Duchenne muscular dystrophy. OUP Oxford; 2015 Feb 19.
Yiu EM, Kornberg AJ. Duchenne muscular dystrophy. Neurology India. 2008 Jul 1;56(3):236-47.
Biggar WD. Duchenne muscular dystrophy. Pediatrics in Review. 2006 Mar 1;27(3):83-8.
Mendell JR, Rodino‐Klapac LR, Sahenk Z, Roush K, Bird L, Lowes LP, Alfano L, Gomez AM, Lewis S, Kota J, Malik V. Eteplirsen for the treatment of Duchenne muscular dystrophy. Annals of neurology. 2013 Nov;74(5):637-47.
Verhaart IE, Aartsma-Rus A. Therapeutic developments for Duchenne muscular dystrophy. Nature Reviews Neurology. 2019 Jul;15(7):373-86.
Deconinck N, Dan B. Pathophysiology of duchenne muscular dystrophy: current hypotheses. Pediatric neurology. 2007 Jan 1;36(1):1-7.
Lim KR, Maruyama R, Yokota T. Eteplirsen in the treatment of Duchenne muscular dystrophy. Drug design, development and therapy. 2017 Feb 28:533-45.
References
Duan D, Goemans N, Takeda SI, Mercuri E, Aartsma-Rus A. Duchenne muscular dystrophy. Nature Reviews Disease Primers. 2021 Feb 18;7(1):13.
Yiu EM, Kornberg AJ. Duchenne muscular dystrophy. Journal of paediatrics and child health. 2015 Aug;51(8):759-64.
Sussman M. Duchenne muscular dystrophy. JAAOS-Journal of the American Academy of Orthopaedic Surgeons. 2002 Mar 1;10(2):138-51.
Emery AE, Muntoni F, Quinlivan RC. Duchenne muscular dystrophy. OUP Oxford; 2015 Feb 19.
Yiu EM, Kornberg AJ. Duchenne muscular dystrophy. Neurology India. 2008 Jul 1;56(3):236-47.
Biggar WD. Duchenne muscular dystrophy. Pediatrics in Review. 2006 Mar 1;27(3):83-8.
Mendell JR, Rodino‐Klapac LR, Sahenk Z, Roush K, Bird L, Lowes LP, Alfano L, Gomez AM, Lewis S, Kota J, Malik V. Eteplirsen for the treatment of Duchenne muscular dystrophy. Annals of neurology. 2013 Nov;74(5):637-47.
Verhaart IE, Aartsma-Rus A. Therapeutic developments for Duchenne muscular dystrophy. Nature Reviews Neurology. 2019 Jul;15(7):373-86.
Deconinck N, Dan B. Pathophysiology of duchenne muscular dystrophy: current hypotheses. Pediatric neurology. 2007 Jan 1;36(1):1-7.
Lim KR, Maruyama R, Yokota T. Eteplirsen in the treatment of Duchenne muscular dystrophy. Drug design, development and therapy. 2017 Feb 28:533-45.