家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)(familial amyloid polyneuropathy)とは、遺伝子の変異により体内で異常なアミロイドタンパク質が産生され、全身の末梢神経組織に徐々に蓄積することで重篤な神経障害が起こる進行性の遺伝性疾患です。
主に20~40歳代の成人期に発症し、症状は、手足の末端から始まる持続的なしびれ感や灼熱感、自律神経系の機能低下による血圧変動、消化管運動障害による深刻な栄養障害です。
さらに、心筋へのアミロイド沈着による心機能障害などの、多彩な臨床症状も現れることがあります。
家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)の主な症状
家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)は、末梢神経系から自律神経系まで広範に影響を及ぼし、早期の段階から手足のしびれや痛み、自律神経障害による消化器症状や心臓症状などが現れます。
初期からの神経症状
家族性アミロイドポリニューロパチーでは、下肢の末端から始まる異常感覚や痛みなどが、次第に体の中心部に向かって進展していくことが多く、左右対称性に現れることが特徴です。
温度や痛みを感じにくくなる感覚障害に加えて、筋力低下や筋萎縮なども徐々に進行していくため、歩行障害や手先の巧緻運動障害などの運動機能の低下が見られるようになります。
感覚障害の種類 | 症状 |
温痛覚障害 | 熱さや痛みを感じにくい |
触覚障害 | 物に触れた感覚が鈍い |
深部感覚障害 | 手足の位置がわかりにくい |
異常感覚 | しびれやチクチクする痛み |
自律神経症状の多様性
自律神経障害により、消化管運動障害による便秘や下痢の交代、起立性低血圧による立ちくらみ、発汗異常などの症状が生じます。
消化管症状は、嘔吐や食欲不振などの上部消化管症状から、重度の便秘や下痢などの下部消化管症状まで、様々な形で現れます。
自律神経症状 | 関連する身体機能 |
消化管運動障害 | 胃腸の運動機能 |
起立性低血圧 | 血圧調節機能 |
発汗異常 | 体温調節機能 |
排尿障害 | 膀胱機能 |
心臓・循環器系への影響
心臓への影響は家族性アミロイドポリニューロパチーの経過において不可欠な観察ポイントで、心臓伝導障害による不整脈や心不全などの症状が現れる可能性があります。
心臓へのアミロイド沈着は心筋の肥厚や伝導障害を引き起こし、症状は、動悸や息切れ、疲労感などです。
眼症状と他の臓器症状
眼症状として以下のような症状が見られます。
- 硝子体混濁による視界のかすみや浮遊物の自覚
- 緑内障による眼圧上昇
- 網膜血管の異常による視力低下
- 角膜の異常による違和感や痛み
- 涙液分泌の低下による眼の乾燥
その他の臓器症状は、腎臓機能の低下による浮腫や腎機能障害、また甲状腺機能低下症による全身倦怠感や体重増加などです。
家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)の原因
家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)は、トランスサイレチン(TTR)遺伝子の変異により異常なアミロイドタンパク質が全身の神経組織に蓄積することで発症します。
遺伝子変異のメカニズム
トランスサイレチン遺伝子の変異は、常染色体優性遺伝形式で次世代に受け継がれ、変異遺伝子を持つ親から子への遺伝の確率は50%です。
遺伝子変異の種類 | 特徴と影響 |
V30M変異 | 日本人に最も多く見られる変異型で、トランスサイレチンの30番目のバリンがメチオニンに置換 |
L58H変異 | 58番目のロイシンがヒスチジンに置換され、タンパク質の安定性が大きく低下 |
遺伝的要因と環境因子
FAFの発症メカニズムには複数の要因が関与していることが明らかになっています。
- 遺伝子変異の種類とその浸透率
- 環境要因による遺伝子発現の制御
- 年齢や性別による影響
- 他の遺伝子との相互作用
診察(検査)と診断
家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)の診断においては、神経学的診察、遺伝子検査、組織生検などの複数の検査を組み合わせながら、段階的に診断を進めていきます。
神経学的診察
神経学的診察では、末梢神経障害の分布や程度を詳細に調べるため、触覚、痛覚、温度感覚などの感覚機能について、検査器具を用いながら確認していきます。
運動機能に関しては、筋力テストや歩行分析、反射検査などを通じて、運動障害の特徴や進行状況を観察していくことが重要です。
検査項目 | 検査内容 |
感覚検査 | モノフィラメントによる触覚検査 |
運動検査 | 徒手筋力テスト |
反射検査 | 腱反射、病的反射の確認 |
自律神経検査 | 発汗、血圧変動の測定 |
神経生理学的検査の
神経伝導検査では、運動神経と感覚神経それぞれの伝導速度や振幅を測定することで、神経障害の種類や程度を数値化していきます。
定量的感覚検査を実施することにより、温度覚や振動覚の閾値変化を解析し、感覚障害の特徴を明らかにしていくことが不可欠です。
自律神経機能検査では、心電図R-R間隔変動解析やHead-up tilt試験などを用いて、自律神経障害の状態を詳しく調べていきます。
遺伝子検査による診断
遺伝子検査は次のような手順で診断を進めていきます。
- 末梢血からDNAを抽出して変異の有無を確認
- トランスサイレチン遺伝子の全エクソン領域を解析
- 遺伝子変異のタイプを同定
- 家系内の変異保有状況を調査
- 遺伝カウンセリングを実施
遺伝子解析 | 解析対象 |
直接シークエンス法 | TTR遺伝子変異 |
制限酵素断片長多型解析 | 変異アレルの確認 |
次世代シークエンス | 全エクソン解析 |
リアルタイムPCR | 遺伝子発現解析 |
組織生検による病理学的検査
組織生検では、皮膚や胃粘膜、腹壁脂肪、神経組織などから組織片を採取し、特殊染色を用いてアミロイド沈着の有無を観察していきます。
特殊染色技術を使うことで、組織内のアミロイド沈着を高感度に検出し、分布パターンや程度を詳細に解析します。
免疫組織化学染色を併用することにより、沈着しているアミロイドの種類を同定し、より正確な診断をすることが可能です。
画像診断による全身評価
MRIやCTなどの画像検査では、神経や筋肉の形態学的変化に加えて、心臓や腎臓などの全身諸臓器におけるアミロイド沈着の状況を捉えていきます。
核医学検査では、アミロイドに特異的に結合する放射性トレーサーを用いることで、全身のアミロイド沈着分布を定量的に評価。
また、心臓超音波検査や心臓MRIでは、心筋へのアミロイド沈着による形態的・機能的変化を詳細に観察し、心病変の進行状況を把握します。
家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)の治療法と処方薬、治療期間
家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)に対する治療は、肝臓移植による根本的な治療と、タファミジスやパティシランなどの薬物療法があります。
肝臓移植による根本的治療
肝臓移植は変異型トランスサイレチンの産生を抑制する根本的な治療法として位置づけられており、発症後できるだけ早期に実施することで良好な治療効果を得られます。
肝臓移植の実施にあたっては、ドナーとの適合性や移植後の免疫抑制療法などを総合的に評価しながら、実施時期や方法を慎重に選択していくことが不可欠です。
移植時期の判断基準 | 治療効果への影響 |
発症からの期間 | 早期ほど効果が高い |
神経障害の程度 | 軽度なほど予後良好 |
全身状態 | 良好なほど手術耐性が高い |
心機能 | 保たれているほど安全性が高い |
移植後は免疫抑制剤の継続投与が必要となるものの、変異型トランスサイレチンの産生が大幅に低下し、アミロイド沈着の進行を抑制できます。
タファミジスによる薬物療法
タファミジスは経口薬として開発された治療薬で、変異型トランスサイレチンの四量体構造を安定化させることにより、アミロイド線維への変化を防ぐ働きを持っています。
投与スケジュール | 期待される効果 |
毎日の経口投与 | 症状進行の抑制 |
長期継続投与 | 機能維持の促進 |
定期的な効果判定 | 投与量の最適化 |
併用療法の調整 | 総合的な効果向上 |
パティシランによるRNA干渉療法
パティシランはRNA干渉(RNAi)技術を応用した治療薬で、変異型トランスサイレチンの産生そのものを抑制する革新的な治療法として注目を集めています。
パティシランの投与方法
- 3週間に1回の点滴静注による投与
- 肝臓での変異型トランスサイレチン産生を直接抑制
- 投与前に前投薬による前処置を実施
- 投与後は一定時間の経過観察を行う
- 定期的な血液検査でモニタリングを実施
イノテルセンによるアンチセンス療法
イノテルセンはアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いた治療薬で、変異型トランスサイレチンのメッセンジャーRNAに特異的に結合し、タンパク質の産生を抑制する作用があります。
皮下注射による投与を行うイノテルセンは、投与間隔が比較的長く設定されており、患者さんの治療負担の軽減にも配慮した投与スケジュールです。
ジフルニサルによる補助療法
ジフルニサルは非ステロイド性抗炎症薬でありながら、変異型トランスサイレチンの安定化作用を持つことが明らかになっており、補助的な治療薬です。
定期的な血液検査や腎機能検査を実施しながら、長期的な投与を継続することで、アミロイド沈着の進行抑制ができます。
家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)の治療における副作用やリスク
家族性アミロイドポリニューロパチー(FAP)の治療に関連する副作用やリスクとして、肝臓移植後の拒絶反応や免疫抑制剤の長期使用による感染症、また薬物療法におけるさまざまな全身性の有害事象が報告されています。
免疫抑制剤関連の副作用
肝臓移植後に使用する免疫抑制剤は、移植臓器の生着を維持するために継続的な投与が必要で、その過程で骨髄抑制による血球減少や腎機能障害などの重大な副作用が起こることがあります。
免疫抑制剤の種類 | 主な副作用 |
カルシニューリン阻害薬 | 腎機能障害、高血圧、振戦、頭痛 |
代謝拮抗薬 | 骨髄抑制、消化器症状、肝機能障害 |
ステロイド薬 | 糖尿病、骨粗鬆症、消化性潰瘍 |
免疫抑制状態の持続により、日和見感染症や悪性腫瘍の発生リスクが上昇することから、定期的な血液検査や画像検査による全身状態の把握が重要です。
TTR安定化薬の副作用
TTR安定化薬による治療では、以下のような副作用に注意が必要です。
- 消化器系副作用として下痢や便秘、嘔気、食欲不振
- 皮膚関連の有害事象として発疹や掻痒感
- 肝機能検査値の上昇
- 甲状腺機能への影響
- 味覚異常や視覚障害
遺伝子サイレンシング薬の副作用
遺伝子サイレンシング薬は、肝臓でのTTRタンパク質産生を抑制する画期的な治療薬ですが、投与部位反応や肝機能への影響、血小板減少などの副作用が報告されています。
投与時期 | 注意すべき副作用 |
投与直後 | 注入時反応、発熱、悪寒 |
投与数週間後 | 血小板減少、肝機能障害 |
長期投与時 | ビタミンA欠乏、甲状腺機能低下 |
術後合併症のリスク
肝臓移植手術に関連する合併症として、術後出血や血栓症、胆汁漏出、創部感染などの外科的合併症が一定の確率で発生することが知られており、手術侵襲の大きさに比例して合併症のリスクも増加します。
移植後早期の急性拒絶反応は、免疫抑制療法の進歩により発生率は低下していますが、発症した際は迅速な対応を要する可能性があるため、細心の注意が必要です。
術後の回復期において、感染症や血栓症などの合併症予防のための抗生剤や抗凝固薬を使用しますが、薬剤自体も出血リスクの増加や薬剤耐性菌の出現といった新たな問題を引き起こすことがあります。
移植後の長期経過において、免疫抑制剤の継続使用に伴う腎機能障害や心血管系の合併症、糖尿病などの代謝性疾患の発症リスクが上昇することも、治療を進める上で念頭に置くべき大切な点です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
肝臓移植にかかる費用
肝臓移植は高度な技術と設備を必要とする大規模な手術で、術後の免疫抑制剤投与と定期的なフォローアップが継続的に必要です。
治療内容 | 保険適用後の自己負担額(3割) |
移植手術 | 約300万円 |
入院費用(2ヶ月) | 約150万円 |
移植後の免疫抑制剤(月額) | 約5万円 |
定期検査(月額) | 約3万円 |
薬物療法の費用
薬物療法では主に以下の治療薬を使用します。
- タファミジス(経口薬) 月額約12万円
- パティシラン(点滴) 月額約20万円
- イノテルセン(注射) 月額約18万円
- ジフルニサル(経口薬) 月額約8千円
薬剤投与 | 保険適用後の自己負担額(3割) |
外来点滴室使用料 | 約5千円/回 |
投与管理料 | 約3千円/回 |
注射手技料 | 約2千円/回 |
処方箋料 | 約1千円/回 |
以上
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