髄芽腫(medulloblastoma)とは、小児の脳腫瘍の中でもよく見られる悪性腫瘍の一つです。
この腫瘍は小脳(脳の後ろ下部にある、バランスと運動を制御する部分)に発生し、急速に成長する特徴があります。
発症年齢は5歳から9歳の間の子供ですが、成人でも発症することがあり、年齢を問わず注意が必要です。
症状は腫瘍の大きさや位置によって、頭痛や嘔吐、バランスの崩れなどがあります。
髄芽腫の主な症状
髄芽腫の症状は、頭蓋内圧亢進や小脳機能障害、脳幹圧迫などによる身体的・神経学的なものです。
頭蓋内圧亢進による症状
髄芽腫が進行すると、腫瘍の成長に伴い頭蓋内圧が上昇し、頭痛や嘔吐が起こります。
頭痛は朝方に強くなる傾向があり、嘔吐は突然起こり、吐き気を伴わずに生じることがあります。
また、視神経乳頭浮腫(視神経の終末部分が腫れる状態)という状態が生じ、視力低下や複視(物が二重に見える)といった視覚障害、さらに、意識レベルの低下や傾眠傾向(眠気が強くなる)が現れることも。
症状 | 特徴 |
頭痛 | 朝方に悪化 |
嘔吐 | 突発的、吐き気を伴わないこともある |
視覚障害 | 視力低下、複視 |
意識障害 | 傾眠傾向 |
小脳機能障害による症状
髄芽腫は小脳に発生することが多く、小脳は体の平衡感覚や運動の協調性を司る部位であるため、運動機能に障害が現れることになります。
- 歩行時のふらつき(失調性歩行)
- 手足の動きの不器用さ(協調運動障害)
- 眼球運動の異常(眼振)
- 言語障害(構音障害)
幼児や小児の場合、発達の遅れと誤認されることがあるため、注意深く観察することが大切です。
脳幹圧迫による症状
髄芽腫が大きくなると、隣接する生命維持に不可欠な機能を担っている脳幹を圧迫します。
脳幹圧迫による症状
症状 | 影響を受ける機能 |
嚥下障害 | 咀嚼・嚥下 |
呼吸異常 | 呼吸調節 |
心拍数変動 | 循環調節 |
意識レベル低下 | 覚醒維持 |
その他の神経学的症状
髄芽腫の発生部位や進行度によっては、脳神経麻痺による顔面の感覚異常や運動障害、聴力低下などが現れます。
また、腫瘍が大きくなると、てんかん発作を起こすので注意が必要です。
さらに、ホルモン分泌に影響を及ぼし、成長障害や性腺機能低下などの内分泌異常を起こすことがあります。
症状カテゴリー | 症状例 |
感覚・運動障害 | 顔面の感覚異常、運動障害 |
聴覚障害 | 聴力低下 |
発作性症状 | てんかん発作 |
内分泌異常 | 成長障害、性腺機能低下 |
髄芽腫の原因
髄芽腫の原因は、遺伝子の変異や染色体の異常ですが、環境要因も関与している可能性があります。
遺伝子変異
髄芽腫の発症には、複数の遺伝子が関与しています。
細胞の成長や分裂を制御する遺伝子に変異が生じると、正常な細胞が無秩序に増殖し、腫瘍を形成するリスクが著しく高まります。
関係しているのは、TP53(がん抑制遺伝子)やPTCH1(細胞の成長を抑制する遺伝子)、SUFU(細胞分化を制御する遺伝子)、SMO(細胞増殖を促進する遺伝子)です。
遺伝子 | 機能 | 変異による影響 |
TP53 | 細胞周期の制御 | がん化リスクの増大 |
PTCH1 | シグナル伝達経路の調節 | 異常な細胞増殖 |
SUFU | 細胞の分化抑制 | 未分化細胞の蓄積 |
SMO | 細胞の増殖促進 | 過剰な細胞分裂 |
染色体異常
髄芽腫の発症には、第17番染色体の異常が関係していて、髄芽腫患者さんの約40%で観察されています。
また、第1番染色体や第10番染色体の一部欠失も、髄芽腫の発症と関連しています。
染色体異常は、細胞の成長や分化を制御する遺伝子の機能に甚大な影響を与え、髄芽腫の発症リスクを上昇させるのです。
環境要因
遺伝的要因に加えて、環境要因も髄芽腫の発症に関与している可能性が指摘されています。
髄芽腫の発症リスクを高める可能性がある環境要因
- 電離放射線への過度の曝露(医療用X線や原子力施設周辺での被曝など)
- 特定の化学物質(農薬や工業用溶剤など)への長期的な接触
- 母体の栄養状態の不良や妊娠中の有害物質への曝露
- ウイルス感染(特定のウイルスが細胞の遺伝子に影響を与える可能性)
ただし、環境要因と髄芽腫の発症との直接的な因果関係は、現時点では科学的に完全に証明されているわけではありません。
髄芽腫の分子生物学的分類
最近、髄芽腫は分子生物学的特徴に基づいて複数のサブタイプに分類されることが明らかになってきました。
サブタイプ | 特徴 | 予後 | 好発年齢 |
WNT | WNTシグナル経路の活性化 | 比較的良好 | 小児~成人 |
SHH | Sonic Hedgehogシグナル経路の異常 | 中間 | 乳児または成人 |
Group 3 | MYC遺伝子の増幅 | 不良 | 幼児~小児 |
Group 4 | 遺伝子コピー数の変化 | 中間 | 小児~青年 |
各サブタイプは異なる遺伝子変異パターンや分子メカニズムを持ち、それぞれ固有の発症原因と進行過程を示します。
診察(検査)と診断
髄芽腫の診断は問診と神経学的診察から始まり、画像診断、髄液検査、そして最終的には組織生検による病理学的検査を経て確定されます。
初期診察と神経学的検査
髄芽腫の診断プロセスは、患者さんの症状や経過に関する問診から開始し、症状が現れ始めた時期、症状の進行の速さなどについて、お聞きします。
続いて、神経学的診察が行われ、脳神経機能、運動機能、感覚機能、反射、小脳機能などを評価します。
検査項目 | 評価内容 |
脳神経機能 | 視力、聴力、顔面感覚など |
運動機能 | 筋力、協調運動 |
感覚機能 | 触覚、痛覚、温度覚 |
反射 | 深部腱反射、病的反射 |
小脳機能 | バランス、歩行、眼球運動 |
画像診断
神経学的診察の結果髄芽腫が疑われると画像診断が実施され、まず最初に行われるのは頭部CTスキャンです。
CTスキャンは短時間で実施可能で、腫瘍の位置や大きさ、周囲の脳組織への影響を評価するのに役立ちますが、詳細な情報を得るためには、MRI検査を行います。
MRIは軟部組織の濃淡の差に優れており、腫瘍の範囲や性質をより明確に描き出せます。
また、造影剤を用いたMRI検査を行うことで、腫瘍の血流の状態や周囲の組織への広がりの程度を評価することが可能です。
さらに、脊髄のMRI検査も実施され、腫瘍が脊髄に転移していないかを確認します。
髄液検査
画像診断と並行して、髄液検査が行われることがあります。
髄液検査は、腰椎穿刺(腰の部分から細い針を刺して脳脊髄液を採取する方法)によって脳脊髄液を採取し、その成分を分析する検査です。
髄芽腫の場合髄液の中に腫瘍細胞が見つかることがあり、診断や病気の進行度を判定する上で重要な情報となります。
また、髄液中のタンパク質や糖の濃度、細胞の数なども測定され、中枢神経系全体の状態を総合的に評価できます。
髄液検査項目 | 意義 |
細胞診 | 腫瘍細胞の検出 |
タンパク質濃度 | 血液脳関門の状態評価 |
糖濃度 | 代謝異常の有無 |
細胞数 | 炎症反応の評価 |
組織生検と病理学的検査
画像診断や髄液検査で髄芽腫が強く疑われる場合、最終的な確定診断のために組織生検が行われます。
組織生検は、通常、開頭手術または内視鏡を用いた方法により、腫瘍の一部を採取する検査です。
採取された組織は、顕微鏡を使って形や特徴を観察し、免疫組織化学染色(特殊な染色法)などの検査を併用して、髄芽腫の確定診断を下します。
近年では、分子生物学的検査(遺伝子レベルでの検査)も重要性を増しており、腫瘍のサブタイプの判定や、病気の経過予測に活用されています。
- WNTサブタイプ
- SHHサブタイプ
- Group 3
- Group 4
サブタイプ | 特徴 |
WNT | 予後が比較的良好 |
SHH | 遺伝性腫瘍症候群との関連 |
Group 3 | 予後不良が多い |
Group 4 | 最も頻度が高い |
髄芽腫の治療法と処方薬、治療期間
髄芽腫の治療は、手術、放射線療法、化学療法を組み合わせて行います。
手術による腫瘍摘出
髄芽腫の治療において外科的手術は最初のステップで、手術の目的は、可能な限り腫瘍を摘出し、周囲の正常な脳組織への圧迫を軽減することです。
腫瘍の完全摘出を目指しますが、腫瘍の位置や大きさによっては部分摘出にとどまることもあります。
手術方法 | 特徴 | 適応 |
開頭術 | 従来の標準的な方法、直接視認可能 | 大きな腫瘍、深部の腫瘍 |
内視鏡手術 | 低侵襲で回復が早い、小さな切開で実施可能 | 小さな腫瘍、アプローチしやすい位置の腫瘍 |
手術後は、腫瘍組織の病理検査結果に基づいて、次に行う放射線療法や化学療法の方針が決定されます。
放射線療法
手術後の補助療法として放射線療法が実施され、髄芽腫のような悪性度の高い腫瘍では欠かせない治療法です。
放射線療法は、残存する腫瘍細胞や肉眼では確認できない微小な転移巣を標的とし、高エネルギーのX線やガンマ線を照射することで、がん細胞のDNAに損傷を与え、増殖を抑制します。
全脳脊髄照射(脳全体と脊髄に広く照射)と局所照射(腫瘍があった部位に集中的に照射)を組み合わせて行うのが標準です。
照射部位 | 目的 | 特徴 |
全脳脊髄 | 微小転移の制御 | 広範囲に低線量で照射 |
局所 | 原発巣の制御 | 限局的に高線量で照射 |
放射線療法は5~6週間にわたって、毎日(週5日)行われます。
化学療法
化学療法は、全身を循環する抗がん剤を用いて腫瘍細胞の増殖を抑制する治療法です。
髄芽腫の化学療法では複数の抗がん剤を組み合わせて使用します。
使用される抗がん剤
- シスプラチン:DNAの複製を阻害し、がん細胞の分裂を抑制
- ロムスチン(CCNU):DNAのアルキル化によりがん細胞の増殖を抑制
- ビンクリスチン:細胞分裂時に必要な微小管の形成を阻害
- シクロフォスファミド:DNAの架橋形成によりがん細胞の増殖を抑制
化学療法のスケジュールは、4~6週間を1サイクルとして、複数サイクルにわたって実施されます。
薬剤名 | 副作用 | 投与方法 |
シスプラチン | 腎障害、聴覚障害 | 点滴静注 |
ロムスチン | 骨髄抑制、肝障害 | 経口投与 |
ビンクリスチン | 末梢神経障害 | 静脈注射 |
シクロフォスファミド | 出血性膀胱炎、脱毛 | 点滴静注または経口投与 |
髄芽腫の治療期間と経過観察
髄芽腫の標準的な治療期間は、初期治療から維持療法まで含めると、約1年から2年です。
治療の進捗や効果は、定期的なMRI(磁気共鳴画像法)やCT(コンピュータ断層撮影)検査によって評価され、治療計画の微調整が行われます。
治療段階 | 期間 | 内容 |
初期集中治療 | 6~12ヶ月 | 手術、放射線療法、強力な化学療法 |
維持療法 | 6~12ヶ月 | 低用量の化学療法、定期的な画像検査 |
治療終了後も、再発のリスクを考慮して長期的な経過観察が行われ、5年以上にわたって定期的な検査と診察が継続されます。
髄芽腫の治療における副作用やリスク
髄芽腫の治療は手術、放射線療法、化学療法を組み合わせて行われますが、これらの治療法には急性期治療直後から晩期にわたる副作用やリスクが伴います。
手術に関連する副作用とリスク
髄芽腫の手術は、腫瘍を取り除くことを目的として行われますが、繊細な臓器を対象とするため、手術自体にもリスクがあります。
手術中や手術後に起こる可能性がある主な合併症は、出血、感染、脳浮腫(脳の腫れ)です。
また、腫瘍の位置によっては、運動機能障害、言語障害、視覚障害といった神経系の機能に問題が生じる可能性、さらに、脳脊髄液の循環に障害が起きて水頭症を発症するリスクもあります。
手術関連リスク | 説明 |
出血 | 手術中・手術後の異常な出血 |
感染 | 傷口の感染、髄膜炎(脳や脊髄を覆う膜の炎症)など |
脳浮腫 | 脳組織の腫れ |
神経学的欠損 | 運動、言語、視覚などの機能に障害が生じること |
放射線療法に関連する副作用とリスク
放射線療法の治療直後の副作用は、脱毛、皮膚が赤くなる、体がだるい、吐き気や嘔吐などが挙げられます。
治療から少し時間が経過した後には、脳浮腫による頭痛や神経症状(手足のしびれや動きにくさ)が一時的に悪化することも。
長期的な副作用は、記憶力や思考力などの認知機能の低下、ホルモンのバランスが崩れる内分泌機能障害、新たながんが発生するリスクの増加などです。
化学療法に関連する副作用とリスク
化学療法直後の副作用は、骨髄抑制(血液を作る機能が低下すること)による血球減少、吐き気や嘔吐、脱毛、口の中や消化管の炎症です。
骨髄抑制は感染しやすくなったり出血しやすくなったりするため、細心の注意を不可欠で、また、使用する抗がん剤の種類によっては、腎臓の働きが悪くなったり肝臓の機能に障害が生じたりもします。
長期的な副作用としては、聴力が低下する、手足のしびれや痛みを感じる末梢神経障害、不妊などが報告されています。
化学療法の副作用 | 時期 |
骨髄抑制 | 治療直後 |
吐き気・嘔吐 | 治療直後 |
脱毛 | 治療直後 |
聴力障害 | 長期的 |
末梢神経障害 | 長期的 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
手術費用の内訳
髄芽腫の手術費用は、100万円から200万円程度です。
項目 | 費用範囲 |
手術料 | 50万円~100万円 |
麻酔料 | 20万円~40万円 |
*入院費や術前検査の費用は含まれていません。
放射線療法の費用
放射線療法の費用は30回から35回の治療で、約80万円から120万円です。
化学療法の費用
化学療法の費用は使用する薬剤や治療期間によります。
治療サイクル | 費用範囲 |
1サイクル | 30万円~50万円 |
全治療期間 | 150万円~250万円 |
その他の関連費用
髄芽腫の治療には、以下のような追加費用が発生することがあります。
- MRIやCT検査費用(1回あたり2万円~5万円)
- 入院費(1日あたり1万円~3万円)
- リハビリテーション費用(1回あたり5千円~1万円)
以上
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