異染性白質ジストロフィー(MLD)(metachromatic leukodystrophy)とは、遺伝子の変異によって起こる進行性の神経変性疾患です。
アリルスルファターゼAという酵素の欠損により、脳や末梢神経の髄鞘に硫酸化糖脂質が蓄積することで発症します。
主な症状として、運動機能の低下や協調運動の障害、知的機能の低下、言語障害などの神経症状が現れ、特に乳児期や若年期では、一度獲得した運動や言語の能力が徐々に失われていくことが特徴です。
異染性白質ジストロフィー(MLD)の主な症状
異染性白質ジストロフィー(MLD)は運動障害と感覚障害を呈し、発症年齢によって症状の進行速度や重症度に大きな違いがみられます。
症状の発現パターンと進行プロセス
運動機能における初期の変化として、歩行時のふらつきや転倒しやすい傾向が現れることが多いです。
症状は徐々に悪化し、筋力低下や筋緊張の異常、協調運動障害といった運動機能の障害へと進展します。
運動障害の進行に伴い、手先の細かい動きが困難になることも特徴的な症状の一つです。
病状の進行とともに、四肢の筋力低下がより顕著となり、歩行が困難になるケースも多くあります。
発症年齢 | 初期症状の特徴 |
乳児期 | 運動発達の遅れ、筋緊張低下 |
幼児期 | 歩行障害、言語発達遅滞 |
学童期 | 運動失調、視力障害 |
青年期以降 | 行動変化、運動機能低下 |
運動症状の出現時期や進行速度は発症年齢によって異なり、乳児期発症型では急症状の進行が急速です。
神経系における特徴的な症状
異染性白質ジストロフィー(MLD)では様々な神経学的症状が現れます。
白質の変性が視神経にまで及ぶことで、視覚系の障害として、視力低下や視野狭窄が起こります。
さらに、末梢神経系に影響があることで見られる症状は、四肢のしびれや感覚障害です。
神経系の部位 | 主な症状 |
中枢神経系 | 運動失調、痙性麻痺 |
末梢神経系 | 感覚障害、筋力低下 |
自律神経系 | 排尿障害、体温調節異常 |
神経系の障害は進行性であり、時間の経過とともに症状が多様化していきます。
感覚系の変化と身体機能への影響
感覚障害は特徴的な症状の一つで、初期には軽度のしびれ感から始まることが多いです。
四肢末端から始まる感覚障害は、徐々に体幹部へと広がっていき、温度感覚や痛覚、振動覚といった感覚が影響を受けます。
また、深部感覚の障害により、手足の位置や動きを正確に把握することが難しくなります。
- 運動感覚の障害(固有感覚の低下)
- 表在感覚の障害(触覚、痛覚の低下)
- 深部感覚の障害(関節位置覚の低下)
- 特殊感覚の障害(味覚、嗅覚の変化)
- 温度感覚の障害(冷温覚の低下)
自律神経系への影響
異染性白質ジストロフィー(MLD)では自律神経系の障害により、体温調節機能の異常や発汗異常といった症状が現れることがあります。
排尿や排便のコントロールに関する問題も、自律神経系の障害による症状です。
さらに、循環器系への影響として、血圧の変動や心拍数の調節異常が生じることがあります。
年齢層による症状の特徴と進行パターン
乳児期発症型では、それまでの正常な発達が停止し、獲得していた運動機能が失われていきます。
幼児期以降に発症する遅発型でも、すでに獲得された運動機能や言語機能が徐々に消失します。
一方、成人発症型では微細な運動障害や感覚障害から始まり、比較的緩やかな進行を示すことが特徴です。
異染性白質ジストロフィー(MLD)の原因
異染性白質ジストロフィー(MLD)は、ARSA遺伝子の変異によってアリルスルファターゼA酵素が欠損し、脳や末梢神経系の髄鞘に硫酸化糖脂質が蓄積することで起こります。
遺伝子変異のメカニズム
ARSA遺伝子の変異は常染色体劣性遺伝の形式をとり、両親から変異した遺伝子を受け継ぐことで発症に至ります。
遺伝子変異により、硫酸基を切り離す働きを持つアリルスルファターゼA酵素の産生が著しく低下するか、まったく産生されなくなるのです。
アリルスルファターゼA酵素の活性低下は代謝に影響を及ぼし、神経系における様々な異常の引き金となります。
遺伝子変異の型 | 酵素活性への影響 |
ナルタイプ | 完全な酵素活性の喪失 |
ミスセンス変異 | 部分的な酵素活性の低下 |
スプライシング変異 | 不完全な酵素の産生 |
ナンセンス変異 | 途中で終了する不完全な酵素 |
硫酸化糖脂質の蓄積過程
アリルスルファターゼA酵素の欠損により、通常は分解されるはずの硫酸化糖脂質が神経系の細胞内に徐々に蓄積していきます。
特に中枢神経系と末梢神経系において、髄鞘を構成する細胞に蓄積が認められ、細胞の機能障害や細胞死を起こすことが、異染性白質ジストロフィー(MLD)の原因です。
細胞レベルでの病態進行
硫酸化糖脂質の蓄積は、以下のような細胞レベルでの変化が生じます。
- ライソゾーム機能の低下による細胞内代謝異常
- ミトコンドリア機能障害による細胞エネルギー産生の減少
- 酸化ストレスの増加による細胞損傷
- 神経細胞間の情報伝達障害
- オリゴデンドロサイトの機能不全
髄鞘変性のプロセス
髄鞘の変性は複雑な過程を経て進行し、神経伝導に深刻な影響を及ぼします。
変性段階 | 髄鞘への影響 |
初期段階 | 髄鞘の構造異常が出現 |
中期段階 | 髄鞘の部分的な脱落 |
後期段階 | 広範な脱髄と軸索変性 |
髄鞘変性のプロセスは継続的に進行、中枢神経系での髄鞘変性は大脳白質において顕著に認められ、末梢神経系でも同様の変性過程が見られます。
遺伝学的背景
異染性白質ジストロフィー(MLD)の遺伝形式は常染色体劣性遺伝で、両親からそれぞれ変異遺伝子を受け継ぐ必要があります。
両親が共に保因者である場合子どもが発症する確率は25%で、保因者となる確率は50%、まったく影響を受けない確率は25%です。
ARSA遺伝子の変異は200種類以上が報告されており、人種や地域による変異パターンの存在も明らかになってきています。
診察(検査)と診断
異染性白質ジストロフィー(MLD)の診断には、神経学的診察を基本として、血液検査、尿検査、画像診断、生化学的検査、遺伝子検査など、複数の検査方法を組み合わせます。
初診時の診察手順
神経学的診察では、運動機能、感覚機能、反射、協調運動を確認します。
小児患者さんでは、発達マイルストーンの達成状況や退行の有無についても詳しく調べることが重要です。
診察項目 | 確認のポイント |
神経学的所見 | 深部腱反射、病的反射、筋トーヌス |
感覚機能検査 | 表在感覚、深部感覚、振動覚 |
運動機能評価 | 歩行状態、姿勢保持、協調運動 |
自律神経検査 | 発汗状態、体温調節、瞳孔反応 |
血液検査・尿検査による生化学的診断
血液検査では、アリルスルファターゼA(ASA)活性の測定を行い、酵素活性の低下を確認します。
尿中スルファタイド量の測定も診断の手がかりとなるため、24時間蓄尿による定量的な分析を実施することもあります。
また、末梢血リンパ球を用いた酵素活性測定は、より正確な結果を得るための手法です。
画像診断による脳・神経系の評価
MRI検査では、白質の異常信号や脱髄の程度を観察し、特徴的な画像所見は脳室周囲白質や深部白質における信号変化のパターンです。
画像検査の種類 | 観察のポイント |
MRI T2強調画像 | 白質信号変化、脳室周囲病変 |
MRI 拡散強調像 | 急性期変化、病変の活動性 |
MRスペクトロスコピー | 代謝物質の変化、神経変性 |
脊髄MRI | 脊髄白質病変、神経根変化 |
画像診断の結果は、他の検査所見と併せて総合的に判断していきます。
遺伝子検査による分子診断
ARSA遺伝子の変異解析は、診断確定に向けた検査として実施します。
- 次世代シーケンサーによる包括的な遺伝子解析
- 変異の種類や位置の特定
- 家系内での遺伝形式の確認
- 遺伝カウンセリングへの活用
- 将来的な遺伝子治療への応用
遺伝子検査の実施にあたっては、十分なインフォームド・コンセントと遺伝カウンセリングが大切です。
神経生理学的検査による機能評価
神経伝導検査では、末梢神経の伝導速度や振幅を測定し、脱髄の程度や分布を評価します。
視覚誘発電位検査(VEP)や体性感覚誘発電位検査(SEP)で中枢神経系の機能状態を測定し、脳波検査では、背景活動の変化や異常波の出現パターンを分析しすることが可能です。
異染性白質ジストロフィー(MLD)の治療法と処方薬、治療期間
異染性白質ジストロフィー(MLD)の治療では、造血幹細胞移植療法、酵素補充療法、遺伝子治療などの根本的な治療法と、各種症状に対応する対症療法を組み合わせます。
造血幹細胞移植療法
造血幹細胞移植療法は、健康なドナーから採取した造血幹細胞を移植することで欠損酵素を補う治療法です。
移植前には骨髄機能を抑制する薬剤を投与して、新しい造血幹細胞の生着を促進する環境を整えます。
移植後の経過は、免疫抑制剤を用いて移植片対宿主病(GVHD)の予防を行いながら造血幹細胞の生着を見守るとともに、感染症予防や全身状態の管理が重要です。
移植の種類 | 治療の特徴 |
同種骨髄移植 | HLA適合ドナーからの骨髄採取 |
臍帯血移植 | 保存された臍帯血の使用 |
末梢血幹細胞移植 | G-CSF投与後の採取 |
ハプロ移植 | 半分一致ドナーからの移植 |
酵素補充療法による継続的な治療
酵素補充療法では、不足している酵素を人工的に補充することで代謝異常の改善を目指します。
点滴による静脈内投与を週1回から月1回の頻度で継続的に行います。
遺伝子治療によるアプローチ
遺伝子治療は、欠損している遺伝子を補充することで長期的な治療効果を期待する治療法です。
ウイルスベクターを用いた遺伝子導入や自己造血幹細胞への遺伝子導入など、様々な手法を用いて実施されています。
- ウイルスベクターを用いた遺伝子導入による標的細胞への効率的な遺伝子デリバリー
- 自己造血幹細胞への遺伝子導入による持続的な治療効果の実現
- 遺伝子編集技術の応用による正確な遺伝子修復
- 細胞特異的な遺伝子発現制御による安全性の確保
- 長期的な治療効果の維持と経過観察の実施
対症療法による症状緩和
筋緊張の異常に対しては、バクロフェンやダントロレンなどの筋弛緩薬を用いて筋肉の緊張を和らげる治療が基本です。
同時に痙攣発作に対してレベチラセタムやカルバマゼピンなどの抗てんかん薬による発作のコントロールをします。
対症療法の種類 | 使用する主な薬剤 |
筋緊張改善 | バクロフェン、ダントロレン |
痙攣抑制 | レベチラセタム、カルバマゼピン |
疼痛緩和 | ガバペンチン、プレガバリン |
自律神経症状 | アトロピン、プロプラノロール |
リハビリテーション医療
理学療法による関節拘縮の予防や運動機能の維持を目指した運動療法と、作業療法を通じた日常生活動作の維持・改善に向けたアプローチを組み合わせることで、より効果的な治療が可能です。
言語療法では、コミュニケーション機能の維持・改善を目指した訓練を実施するとともに、呼吸リハビリテーションで呼吸機能の維持と呼吸器合併症を予防します。
異染性白質ジストロフィー(MLD)の治療における副作用やリスク
異染性白質ジストロフィー(MLD)の主要な治療法である造血幹細胞移植および遺伝子治療では、免疫系の一時的な機能低下や臓器への影響などの副作用があります。
造血幹細胞移植前の前処置による影響
前処置として実施する全身放射線照射や化学療法は、正常な造血機能を持つ骨髄細胞を一時的に破壊します。
この過程で、赤血球、白血球、血小板といったすべての血液細胞が著しく減少しするので、輸血や抗生剤の使用が必要です。
放射線照射による皮膚への影響として、発赤や乾燥、かゆみなどが高頻度で現れることに加え、口腔内の粘膜にも炎症が生じやすくなります。
化学療法に伴う副作用で見られるのは、消化管粘膜への刺激による嘔気や嘔吐、下痢などの消化器症状です。
前処置の期間 | 主な副作用 | 対応方法 |
1-2週間目 | 骨髄抑制、消化器症状 | 輸血、制吐剤 |
2-3週間目 | 感染リスク上昇 | 抗生剤、抗真菌薬 |
3-4週間目 | 皮膚症状、粘膜炎 | 外用薬、含嗽剤 |
移植後早期の免疫学的合併症
移植直後から100日程度の期間は、免疫機能が著しく低下した状態が続き、この時期には、通常では問題とならない弱毒性の病原体でも重篤な感染症を起こすリスクが高いです。
免疫抑制剤の使用に伴い、腎機能への負担が増大し、高血圧や電解質異常などの合併症が現れることもあります。
また、移植片対宿主病(GVHD)の予防と治療のために使用するステロイド薬は、血糖値の上昇や骨密度の低下などの副作用を起こす要因です。
感染症予防の対策
- 無菌室での管理による環境からの感染予防
- 抗生物質の予防投与による細菌感染症の予防
- 抗ウイルス薬によるウイルス感染症の予防
- 抗真菌薬による真菌感染症の予防
- マスク着用や手指消毒の徹底
移植片対宿主病(GVHD)の発現パターン
GVHDは急性型と慢性型に大別され、それぞれ異なる臓器障害パターンを示します。
GVHDの分類 | 発症時期 | 主な症状 |
超急性型 | 移植後7日以内 | 高熱、皮疹 |
古典的急性型 | 移植後100日以内 | 皮膚・肝・腸管症状 |
遅発性急性型 | 移植後100日以降 | 急性GVHD様症状 |
古典的慢性型 | 移植後100日以降 | 多臓器症状 |
臓器別の晩期合併症
肝臓では、薬剤性の肝機能障害や血管内皮細胞障害による静脈閉塞性疾患が発生することがあります。
他にも、成長ホルモンの分泌低下や甲状腺機能の異常、性腺機能の低下、特発性肺炎症候群や閉塞性細気管支炎など、呼吸器系の重篤な合併症のリスクも。
循環器系では前処置に用いる薬剤の影響により、心機能の低下や不整脈などの合併症、また、ステロイド薬の長期使用による骨密度の低下や、大腿骨頭壊死などの合併症にも注意が必要です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
造血幹細胞移植
造血幹細胞移植前には骨髄機能を抑制する薬剤投与や各種検査を行い、移植後も長期的な経過観察が続きます。
治療内容 | 概算費用 |
造血幹細胞移植 | 1500-2000万円 |
酵素補充療法 | 800-1200万円/年 |
遺伝子治療 | 3000-4000万円 |
遺伝子検査と画像診断
診断のためには、さまざまな検査が必要です。
- 遺伝子検査一式
- MRI検査(造影あり/なし)
- 神経伝導検査
- 視覚誘発電位検査
- 体性感覚誘発電位検査
薬物療法とリハビリテーション
酵素補充療法で代謝異常の改善を目指し、対症療法として筋弛緩薬や抗てんかん薬などを使用し、リハビリテーションも大切です。
治療内容 | 期間 |
酵素補充 | 週1回 |
免疫抑制 | 毎日 |
理学療法 | 週3回 |
作業療法 | 週2回 |
以上
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