多発性硬化症 – 脳・神経疾患

多発性硬化症(multiple sclerosis)とは、神経系の中心である脳と脊髄において、神経線維を保護する重要な物質である髄鞘が炎症によって繰り返し傷つけられる難病です。

神経を守る髄鞘が傷つくことで全身にさまざまな症状が現れ、若い世代、特に20代から40代で見られることが多く、女性は男性の2~3倍の確率で発症します。

多発性硬化症の症状は、視力の低下や手足のしびれ、力が入りにくい、歩きづらいなどです。

また症状は時期によって良くなったり(寛解期)、悪化したり(再発期)を繰り返します。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

多発性硬化症の主な症状

多発性硬化症で見られるのは、中枢神経系の様々な部位において炎症や髄鞘の損傷が起こることによる、視覚障害や運動障害、感覚障害などの神経症状などです。

初期に現れやすい神経症状

中枢神経系で髄鞘が障害を受けることによって、多発性硬化症の初期段階から実神経症状が現れ、特に視覚に関連する症状が初発症状となることが多いです。

視神経炎による視力低下や視野障害などの視覚症状は、患者さんの約25%で初期症状として発症します。

多くの患者さんが片眼性の視力障害を経験しますが、両眼性に症状が起こることもあります。

視覚障害に加えて、手足のしびれ感や感覚異常も初期段階でよく見られる症状です。

初期症状発現頻度
視覚障害約25%
感覚障害約40%
運動障害約20%
その他約15%

運動機能への影響

多発性硬化症では、脊髄や運動神経系の髄鞘が損傷を受けることにより、筋力低下や協調運動障害が生じ、下肢の機能障害が顕著に現れます。

歩行障害や平衡感覚の低下は疾患の進行に伴って徐々に悪化し、患者さんの移動能力に制限をもたらします。

上肢の運動機能障害が見られることもあり、、手先の巧緻性が低下することで書字や物品の操作に困難をきたしますが、症状は日内変動を示すことも特徴的です。

運動障害の種類主な特徴
筋力低下特に下肢に顕著
協調運動障害歩行時のふらつき
痙性筋肉の緊張亢進
振戦手足の不随意運動

感覚神経系の症状

感覚神経系の症状は、多発性硬化症患者さんの80%以上が経験する典型的な臨床所見です。

中枢神経系における髄鞘の損傷により、しびれ感や異常感覚といった感覚障害が身体の様々な部位に生じ、症状は必ずしも左右対称ではありません。

温度感覚や痛覚の異常も多発性硬化症において特徴的な症状で、症状の強さや範囲は時間とともに変化します。

主な感覚症状

  • 四肢末端のしびれ感や異常感覚
  • 電気が走るような痛み
  • 温度感覚の鈍麻や過敏
  • 触覚異常
  • 深部感覚の障害

自律神経症状と膀胱直腸障害

多発性硬化症では自律神経系の機能障害により、排尿や排便機能への影響があります。

排尿障害や尿失禁などの膀胱機能障害は、患者さんの60%以上が経験する症状です。

排便機能への影響もあり、便秘や便失禁といった症状が生じることもあります。

疲労感と倦怠感

多発性硬化症に伴う疲労感は、通常の疲労とは質的に異なる特徴を持ち、疲労感は患者さんの90%以上が経験します。

中枢神経系の機能障害により、わずかな労作でも著しい疲労感を感じ、患者さんの日常生活に大きな制限をもたらす要因です。

疲労感は朝方よりも午後に生じ、体温上昇によって症状が悪化します。

疲労の種類特徴的な症状
身体的疲労筋力低下の増悪
精神的疲労集中力の低下
熱性疲労体温上昇時の増悪
慢性疲労持続的な倦怠感

多発性硬化症の原因

多発性硬化症は、免疫系が誤って自分自身の神経組織を攻撃することで発症し、遺伝的要因と環境要因が絡み合って起こります。

免疫システムの異常と神経組織への攻撃

体を守るはずの免疫システムが、何らかの理由で自身の中枢神経系を誤って攻撃を始めることが多発性硬化症の根本的なメカニズムです。

従来の免疫システムは、ウイルスや細菌などの外敵から体を守る重要な働きを担っていますが、多発性硬化症では防御システムが混乱を起こしてしまいます。

特に、T細胞やB細胞といった免疫細胞が、脳や脊髄の神経線維を覆う髄鞘を敵と認識してしまい、持続的な炎症反応を起こすことで組織が損傷していきます。

遺伝的要因の影響

遺伝子要因リスクへの影響
HLA遺伝子群発症リスクを2~3倍上昇
IL7R遺伝子免疫反応の調節に関与
IL2RA遺伝子T細胞の機能に影響
CD58遺伝子免疫寛容の制御に関連

遺伝的要因は多発性硬化症の発症に深く関わっており、特定の遺伝子変異が病気の発症リスクを上昇させ、家族歴のある方は、一般の方と比べて発症リスクが高いです。

環境因子との相互作用

環境要因も多発性硬化症の発症に大きな影響を与えることが分かってきました。

注目すべき環境因子

  • 緯度が高い地域での居住(日照時間とビタミンD産生量の関連)
  • ウイルス感染の既往(特にEBウイルスへの感染)
  • 喫煙習慣の有無
  • 食生活や腸内細菌叢の状態
  • ストレスレベルや生活習慣の乱れ

地理的要因と発症率の関係性

地域特徴的な環境要因
北欧日照時間が少なく、ビタミンD不足のリスクが高い
地中海沿岸食事や生活習慣が発症リスクを低減
赤道付近発症率が比較的低い傾向にある
日本欧米と比べて発症率は低いが増加傾向

地理的な要因は、多発性硬化症の発症率に顕著な影響を及ぼし、赤道からの距離が発症率と相関関係にあることは、環境因子の中でも特に注目されている点です。

北半球では緯度が上がるにつれて発症率が高くなる傾向があり、これはビタミンDの産生量と関連があると考えられています。

診察(検査)と診断

多発性硬化症の診断は問診と神経学的診察を基本として、MRIや脳脊髄液検査、誘発電位検査などの複数の診断手法を組み合わせながら行います。

問診と神経学的診察

問診では、患者さんの症状の経過や部位、時期などについて確認していくことから診察が始まりますが、この過程で家族歴や既往歴なども含めた広範な情報を収集することが必須です。

神経学的診察では脳神経系の機能を観察し、この際には12対ある脳神経の働きを順番に調べます。

運動機能の診察では、筋力テストや深部腱反射、病的反射の有無などを確認し、左右差や経時的変化に注目することが大切です。

感覚機能の診察では、表在感覚や深部感覚、温度覚や痛覚など、様々な感覚様式について調べます。

神経学的診察の項目診察内容
脳神経検査視力・視野・眼球運動など
運動機能検査筋力・反射・協調運動など
感覚機能検査触覚・温痛覚・深部感覚など
自律神経検査瞳孔反応・発汗・排尿機能など

画像診断検査

MRI検査は多発性硬化症の診断において、中心的役割を果たす検査方法です。

造影MRI検査ではガドリニウムという造影剤を使用し、急性期の炎症病変や活動性を確認します。

脊髄MRI検査も診断の過程で重要な役割を持っており、頸髄から胸髄にかけての病変の有無や範囲を調べることで、症状との関連性を調べることが可能です。

MRI検査の種類観察対象
T1強調画像脱髄病変の慢性期変化
T2強調画像脱髄病変の全体像
FLAIR画像脳室周囲の病変
造影検査急性期の炎症病変

脳脊髄液検査

脳脊髄液検査は腰椎穿刺を用いて実施し、検査では中枢神経系の炎症状態や免疫学的な異常を直接確認できます。

細胞数や蛋白質濃度、糖濃度などの一般的な項目に加えて、オリゴクローナルバンドやIgGインデックスといった特殊な検査項目についても調べていき、検査結果は診断の重要な根拠です。

脳脊髄液検査で確認する主な項目

  • 細胞数と細胞分画の算定
  • 蛋白質と糖濃度の測定
  • オリゴクローナルバンドの検出
  • IgGインデックスの算出
  • ミエリン塩基性蛋白の測定

誘発電位検査

誘発電位検査で、視覚や聴覚、体性感覚などの刺激に対する神経系の反応を測定していきます。

  • 視覚誘発電位検査(VEP) 視神経の伝導機能を調べる検査方法で、多発性硬化症では視神経炎の既往がない場合でも異常が見つかることがあり、潜在的な病変の発見に役立つ。
  • 体性感覚誘発電位検査(SEP) 手足への電気刺激に対する神経系の反応を測定することで、脊髄を中心とした神経伝導路の機能を評価でき、症状の客観的な裏付けに。
  • 聴性脳幹誘発電位検査(ABR) 音刺激に対する脳幹部の反応を測定する検査方法で、脳幹部の病変の有無を確認できる。

その他の検査

血液検査では一般的な項目に加えて、自己抗体や炎症マーカーなどの特殊な項目についても検査を行い、結果は他の疾患との鑑別において大きな意味を持ちます。

遺伝子検査は一部の症例で実施されることがあり、検査では多発性硬化症に関連する遺伝子変異の有無を調べることで、病態の解明や予後の予測に役立てます。

眼科的検査では視力や視野、眼底所見などを調べて、特に視神経炎の有無や程度を判断する際には不可欠な検査です。

多発性硬化症の治療法と処方薬、治療期間

多発性硬化症の治療は、急性期の炎症を抑える治療と再発を予防する治療を組み合わせて行います。

急性期の治療戦略

急性期の治療ではステロイドパルス療法を第一選択として実施し、メチルプレドニゾロン3日から5日間にわたって点滴投与します。

治療法投与期間
ステロイドパルス療法3~5日間
血液浄化療法3~7日間
ガンマグロブリン大量療法5日間
経口ステロイド療法2~4週間

ステロイドパルス療法で十分な効果が得られない場合には、血液浄化療法やガンマグロブリン大量療法などの治療選択肢も考慮に入れます。

急性期の治療後は、経口ステロイド薬を2週間から4週間程度かけて減らしていくことで、症状の安定化を図ることが重要です。

再発予防のための疾患修飾薬

再発予防に用いる疾患修飾薬(発症や進行を抑制する薬剤)

  • インターフェロンβ製剤(週1~3回の皮下注射)
  • フィンゴリモド(1日1回の内服薬)
  • ナタリズマブ(4週間に1回の点滴静注)
  • オクレリズマブ(24週間に1回の点滴静注)
  • クラドリビン(年1回2週間の内服)

疾患修飾薬の特徴と投与方法

各疾患修飾薬は、それぞれ異なる作用機序と投与方法を持っており、患者さんの状態や生活スタイルに合わせて選択することが大切です。

薬剤名主な作用機序
インターフェロンβ免疫調整作用
フィンゴリモドリンパ球の移動抑制
ナタリズマブ炎症性細胞の侵入阻害
オクレリズマブB細胞の選択的除去

インターフェロンβ製剤は、長年の使用実績があり、安全性が確立されています。

フィンゴリモドは経口薬という利点があり、ナタリズマブは高い有効性を示す一方で、特殊な副作用のモニタリングが大切です。

オクレリズマブは、半年に1回の点滴投与で済むため、通院の負担を軽減できます。

投与期間と経過観察

疾患修飾薬による治療は長期的な継続が必要で、多くの場合、数年から数十年にわたって投与を続けます。

定期的な血液検査や画像検査を行いながら、薬剤の効果や安全性を確認し、投与量の調整や薬剤の変更を検討することが必要です。

多発性硬化症の治療における副作用やリスク

多発性硬化症の治療では、免疫系に作用する様々な薬剤を使用することから、投与経路や作用機序に応じていろいろな副作用やリスクがあります。

ステロイド薬による副作用

ステロイド薬は、急性期の炎症を抑える効果が見込まれる一方で、様々な副作用への注意が必要となり、投与量や期間によって副作用の程度が変化します。

短期的な副作用は、不眠や食欲増進、胃部不快感、血糖値の上昇、血圧の変動などです。

長期投与における副作用としては、骨粗鬆症や易感染性、白内障、緑内障などが挙げられます。

月経不順や体重増加、にきびの悪化、満月様顔貌といった容姿の変化なども起こりうる副作用ですが、投与量の調整によってある程度のコントロールが可能です。

ステロイド薬の副作用発現時期
不眠・興奮投与直後から
消化器症状数日以内
満月様顔貌数週間後
骨粗鬆症数ヶ月以降

免疫抑制薬による副作用

免疫抑制薬の使用では、免疫機能の低下に伴う感染症のリスク増加が大きな問題となり、特に日和見感染症への注意が不可欠です。

肝機能障害や腎機能障害といった臓器への影響も報告されており、定期的な血液検査による経過観察が推奨されます。

造血器系への影響として、白血球減少や貧血、血小板減少などが起こる場合があり、投与量の調整や一時的な投与中止を必要とすることも。

免疫抑制薬使用時に注意すべき項目

  • 感染症予防のための衛生管理
  • 定期的な血液検査による血球数確認
  • 肝機能・腎機能のモニタリング
  • 発熱時の早期受診
  • ワクチン接種への配慮

モノクローナル抗体製剤による副作用

モノクローナル抗体製剤の投与では、投与時反応として発熱やじんましん、血圧低下などが現れることがありますが、前投薬による予防や慎重な投与速度の調整が有効です。

また、進行性多巣性白質脳症(PML)という重篤な合併症のリスクも指摘されており、定期的なMRI検査やウイルス検査による経過観察が重要になります。

心臓への影響として、不整脈や心機能低下といった副作用が報告されており、心疾患の既往がある患者さんの使用には注意が必要です。

その他の副作用

消化器系の副作用として、悪心や嘔吐、下痢、便秘などの症状が様々な薬剤で共通して見られ、対症療法的な対応を行います。

皮膚症状として、発疹やかゆみ、脱毛などが現れることがありますが、症状は薬剤の変更や投与量の調整によってコントロール可能なことが多いです。

神経系への影響として、頭痛やめまい、しびれ感といった症状が報告されていて、症状は投与のタイミングや方法の工夫によって軽減できます。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

基本的な治療に関わる費用

治療内容3割負担時の概算費用
ステロイドパルス療法15,000~20,000円/回
血液浄化療法30,000~40,000円/回
外来点滴治療5,000~10,000円/回

急性期の入院治療では、基本的な検査や投薬を含めて、1か月あたり10~15万円程度の自己負担となります。

疾患修飾薬の費用

疾患修飾薬による治療費用の目安(3割負担)

  • インターフェロンβ製剤 月額2~3万円
  • フィンゴリモド 月額3~4万円
  • ナタリズマブ 月額8~10万円
  • オクレリズマブ 月額15~20万円

画像診断・検査費用

定期的なMRI検査や血液検査は、病状の経過観察に欠かせません。

検査項目3割負担時の概算費用
MRI検査15,000~20,000円/回
脳脊髄液検査10,000~15,000円/回
血液検査3,000~5,000円/回

以上

References

Dobson R, Giovannoni G. Multiple sclerosis–a review. European journal of neurology. 2019 Jan;26(1):27-40.

Rudick RA, Cohen JA, Weinstock-Guttman B, Kinkel RP, Ransohoff RM. Management of multiple sclerosis. New England Journal of Medicine. 1997 Nov 27;337(22):1604-11.

Goldenberg MM. Multiple sclerosis review. Pharmacy and therapeutics. 2012 Mar;37(3):175.

Sospedra M, Martin R. Immunology of multiple sclerosis. Annu. Rev. Immunol.. 2005 Apr 23;23(1):683-747.

Feinstein A. The neuropsychiatry of multiple sclerosis. The Canadian Journal of Psychiatry. 2004 Mar;49(3):157-63.

Hauser SL, Cree BA. Treatment of multiple sclerosis: a review. The American journal of medicine. 2020 Dec 1;133(12):1380-90.

McAlpine D, Compston A. McAlpine’s multiple sclerosis. Elsevier Health Sciences; 2005.

Ebers GC. Environmental factors and multiple sclerosis. The Lancet Neurology. 2008 Mar 1;7(3):268-77.

Wu GF, Alvarez E. The immunopathophysiology of multiple sclerosis. Neurologic clinics. 2011 May 1;29(2):257-78.

免責事項

当記事は、医療や介護に関する情報提供を目的としており、当院への来院を勧誘するものではございません。従って、治療や介護の判断等は、ご自身の責任において行われますようお願いいたします。

当記事に掲載されている医療や介護の情報は、権威ある文献(Pubmed等に掲載されている論文)や各種ガイドラインに掲載されている情報を参考に執筆しておりますが、デメリットやリスク、不確定な要因を含んでおります。

医療情報・資料の掲載には注意を払っておりますが、掲載した情報に誤りがあった場合や、第三者によるデータの改ざんなどがあった場合、さらにデータの伝送などによって障害が生じた場合に関しまして、当院は一切責任を負うものではございませんのでご了承ください。

掲載されている、医療や介護の情報は、日付が付されたものの内容は、それぞれ当該日付現在(又は、当該書面に明記された時点)の情報であり、本日現在の情報ではございません。情報の内容にその後の変動があっても、当院は、随時変更・更新することをお約束いたしておりませんのでご留意ください。