神経線維腫症2型(NF2)(neurofibromatosis type 2)とは、中枢神経系に腫瘍を形成する遺伝性疾患です。
この病気では、脳や脊髄の神経に沿って腫瘍が発生し、両側の聴神経に腫瘍(聴神経鞘腫)が見られます。
症状は聴力の低下、平衡感覚の乱れ、視力の問題など、神経系の機能障害です。
神経線維腫症2型(NF2)の主な症状
神経線維腫症2型(NF2)の症状は、聴神経腫瘍による聴覚・平衡感覚の障害、脳や脊髄の腫瘍による様々な神経学的症状、特徴的な皮膚の変化などが含まれます。
聴神経腫瘍による症状
NF2の最も特徴的な症状は、両側性の聴神経腫瘍(前庭神経鞘腫)に起因するものです。
難聴は、NF2患者さんの多くが経験する主要な症状で、腫瘍の成長に伴い、徐々に聴力が低下していきます。
耳鳴り、平衡感覚の障害も頻繁に報告される症状です。
症状 | 発生頻度 | 生活への影響 |
難聴 | 高い | 大きい |
耳鳴り | 中程度 | 中程度 |
めまい | 中程度 | 中程度から大きい |
その他の脳腫瘍による症状
NF2では、聴神経腫瘍以外にも様々な部位に腫瘍が発生することがあり、それぞれの腫瘍の位置や大きさによって異なる症状が現れます。
髄膜腫(脳や脊髄を覆う膜に発生する腫瘍)は、NF2患者さんによく見られる脳腫瘍の一つです。
- 頭痛:腫瘍による頭蓋内圧の上昇や局所的な圧迫によって生じる
- 視力障害:視神経や視路を圧迫する腫瘍によって引き起こされる
- けいれん発作:脳の特定の領域が刺激されることで発生
- 認知機能の変化:記憶力や集中力の低下などが見られる
脊髄腫瘍による症状
NF2では、脊髄にも腫瘍が発生することがあり、運動機能や感覚機能に重大な影響を及ぼす可能性があります。
脊髄腫瘍による症状
症状 | 影響を受ける部位 | 症状 |
運動障害 | 四肢、体幹 | 筋力低下、麻痺 |
感覚障害 | 皮膚、深部感覚 | しびれ、痛覚・温度覚の低下 |
膀胱直腸障害 | 排尿、排便機能 | 尿失禁、便秘 |
皮膚症状
NF2患者さんの中には皮膚に特徴的な症状が現れ、症状は診断や経過観察において重要な指標です。
皮膚の神経線維腫は、NF2の診断基準の一つとなっている重要な症状であり、患者さんの外見に影響を与えます。
皮膚表面に小さなこぶや隆起として現れることが多く、時に違和感や痒みを伴います。
神経線維腫症2型(NF2)の原因
神経線維腫症2型(NF2)の原因は、22番染色体上に位置するNF2遺伝子の変異です。
NF2遺伝子の役割と機能
NF2遺伝子は、細胞の増殖を抑制する働きを持つタンパク質、マーリン(別名シュワンノミン)の設計図となる遺伝情報をコードしています。
マーリンは、細胞と細胞の接着や細胞の骨格を制御する機能を持ち、正常な細胞の成長と分裂のバランスを保つ上で極めて重要な役割を担っているタンパク質です。
遺伝子変異のメカニズムとその影響
NF2遺伝子に変異が生じると、マーリンタンパク質の機能が低下したり、完全に失われたりします。
この機能障害により、細胞の増殖を抑制することができなくなり、腫瘍が形成されやすい環境が生まれてしまいます。
変異のタイプ | 特徴 | 影響 |
点変異 | 単一の塩基対が変化 | タンパク質の構造や機能に軽微な変化 |
欠失 | 遺伝子の一部または全体が欠落 | タンパク質の重要な部分が失われる |
挿入 | 余分な塩基対が追加される | タンパク質の構造が大きく変わる |
フレームシフト | 遺伝子の読み取り枠がずれる | 全く異なるタンパク質が作られる |
NF2の遺伝形式と発症パターン
NF2は常染色体優性遺伝の形式を取り、片方の親から変異した遺伝子を受け継ぐだけで発症します。
モザイシズムがNF2に与える影響
一部のNF2患者さんでは、モザイシズムと呼ばれる特殊な遺伝的状態が観察されます。
モザイシズムとは、体の一部の細胞だけにNF2遺伝子の変異が存在する状態です。この場合、症状の現れ方や重症度が体の特定の部位に限定されます。
モザイシズムの特徴と影響
- 症状が体の特定の部位にのみ現れることがある
- 症状の程度が比較的軽い傾向が見られる
- 次の世代に遺伝する可能性が通常のNF2とは異なる場合がある
- 診断が困難になることがある
環境要因とNF2の相互作用
NF2の発症や進行には遺伝子変異だけでなく、環境要因も影響を与えます。
関係する環境要因は、放射線への被曝や特定の化学物質への長期的な暴露です。
環境要因 | 潜在的影響 | 考えられるメカニズム |
放射線被曝 | 腫瘍形成の促進 | DNA損傷の誘発、細胞修復機能の低下 |
化学物質暴露 | 遺伝子変異の誘発 | 直接的なDNA変異、エピジェネティックな変化 |
慢性的ストレス | 免疫機能の低下 | ストレスホルモンによる免疫抑制 |
診察(検査)と診断
神経線維腫症2型(NF2)の診断は、病歴聴取、身体診察、画像検査技術、そして遺伝子解析を組み合わせて行われます。
病歴聴取と身体診察
NF2の診断過程において、患者さんのこれまでの健康状態や症状の経過についてお聞きし、身体診察を実施します。
家族歴の聴取は特に重要で、NF2が親から子へと受け継がれる遺伝性疾患(常染色体優性遺伝)であるため、ご家族内での発症パターンが診断の重要な手がかりです。
身体診察では、皮膚の神経線維腫(神経に由来する良性の腫れ)やカフェオレ斑(コーヒー牛乳色の斑点)の有無、眼の異常、聴力や体のバランスを保つ機能(平衡機能)の評価などが行われます。
診察項目 | 確認ポイント | 患者さんへの説明 |
皮膚所見 | 神経線維腫、カフェオレ斑 | 皮膚の小さなこぶや特徴的な色素斑を確認します |
神経学的所見 | 聴力低下、平衡障害 | 聞こえの程度や歩行の安定性を評価します |
眼科的所見 | 若年性白内障、網膜病変 | 目の透明度や網膜の状態を調べます |
画像検査
MRI(磁気共鳴画像法)は、NF2の診断において最も重要な検査方法の一つです。
頭部MRIでは、両側の聴神経に発生する前庭神経鞘腫(聴神経腫瘍)や髄膜腫(脳や脊髄を覆う膜から発生する腫瘍)などの脳腫瘍の有無を評価します。
脊髄MRIも欠かせない検査で、脊髄に発生する可能性のある腫瘍を発見するのに役立ちます。
CTは、腫瘍内部の石灰化(カルシウムの沈着)や周囲の骨への影響を評価するために補助的に使用されることも。
聴覚・平衡機能検査
聴力検査は、NF2患者さんの聴覚機能を正確に評価するために大切な検査です。
純音聴力検査(さまざまな高さの音がどの程度聞こえるかを調べる)、語音聴力検査(言葉の聞き取り能力を評価する)、聴性脳幹反応(ABR、音に対する脳の反応を調べる)などが実施されます。
平衡機能検査も併せて行われ、体のバランスを保つ能力(前庭機能)の評価に役立ちます。
検査項目 | 評価内容 | 説明 |
純音聴力検査 | 周波数別の聴力閾値 | どの高さの音がどの程度聞こえるかを調べます |
語音聴力検査 | 言葉の聞き取り能力 | 日常会話の理解度を評価します |
ABR | 聴神経・脳幹の機能 | 音に対する脳の反応を測定します |
遺伝子検査
NF2の確定診断には、NF2遺伝子の変異(遺伝子の異常)を特定する遺伝子検査が用いられます。
血液サンプルや腫瘍組織から抽出したDNAを用いて、次世代シーケンサーなどのの技術を駆使して遺伝子解析が行われます。
遺伝子検査は、症状が典型的でない患者さんや、ご家族に同じ病気の方がいない場合(散発例)の診断に特に有用です。
臨床診断基準
NF2の臨床診断は、マンチェスター診断基準などの国際的に認められた基準に基づいて行われます。
NF2の臨床診断基準
- 両側の前庭神経鞘腫(聴神経腫瘍)が確認される
- 両親や兄弟姉妹(第一度近親者)にNF2患者がいて、かつ以下のいずれかが認められる
一側性の前庭神経鞘腫以下の2つ以上の所見
髄膜腫(脳や脊髄を覆う膜から発生する腫瘍)
神経鞘腫(神経の周りの組織から発生する良性腫瘍)
神経膠腫(脳や脊髄の支持細胞から発生する腫瘍)
若年性後嚢下白内障(若い年齢で発症する特殊なタイプの白内障)
これらの基準を満たす場合、臨床的にNF2と診断されますが、最終的な確定診断には遺伝子検査の結果も考慮されます。
神経線維腫症2型(NF2)の治療法と処方薬、治療期間
神経線維腫症2型(NF2)の治療は、外科的介入、放射線療法、薬物療法を組み合わせて行います。
外科的治療の役割と選択
NF2の主要な治療法の一つが、外科的手術です。
腫瘍の完全摘出を目指しますが、重要な神経機能を守るために、部分的な摘出にとどめることもあります。
手術の種類 | 対象となる腫瘍 | 特徴 |
開頭手術 | 脳内の腫瘍 | 頭蓋骨を一時的に開いて行う大がかりな手術 |
経迷路法 | 聴神経腫瘍 | 内耳を経由してアプローチする精密な手術 |
脊椎手術 | 脊髄の腫瘍 | 脊柱管内の腫瘍を摘出する繊細な手術 |
放射線治療の選択肢と利点
放射線治療は、外科的に切除することが難しい場所にある腫瘍や、手術後に再発した腫瘍に対して、特に効果的な選択肢です。
最近では、ガンマナイフや定位放射線治療といった、ピンポイントで腫瘍に放射線を当てる高精度な治療法が用いられており、周囲の健康な組織へのダメージを最小限に抑えながら、腫瘍の成長を抑制する効果が期待できます。
放射線治療は、腫瘍の大きさや位置によって、一回で完了する場合もありますが、複数回に分けて照射する分割照射が選択されることもあります。
薬物療法
NF2に対する薬物療法は、腫瘍の成長を抑え込むことを目的です。
現在のところ、ベバシズマブ(商品名アバスチン)という薬が聴神経腫瘍の治療に使用されており、聴力の改善や腫瘍の縮小効果が報告されています。
薬剤名 | 効果 | 作用機序 |
ベバシズマブ | 腫瘍血管新生抑制 | 血管内皮増殖因子(VEGF)を阻害し、腫瘍への血液供給を減らす |
エベロリムス | mTOR経路阻害 | 細胞の増殖や生存に関わるシグナル伝達を抑制する |
ラパマイシン | 細胞増殖抑制 | mTORを阻害し、細胞周期の進行を止める |
治療期間と経過観察の重要性
NF2の治療は、一度で終わるものではなく、生涯にわたる継続的な管理が必要です。
定期的なMRI検査や聴力検査を通じて、既存の腫瘍の成長状況や新たな腫瘍の出現をこまめにチェックし、必要に応じて治療方針を見直していきます。
- NF2患者さんの経過観察で行う主な検査項目
- MRI検査(通常年1-2回実施し、脳や脊髄の状態を詳しく調べます)
- 聴力検査(聴神経腫瘍の進行度合いを確認します)
- 眼科検査(眼の健康状態と視力の変化をチェックします)
- 神経学的評価(体の動きや感覚の変化を総合的に評価します)
神経線維腫症2型(NF2)の治療における副作用やリスク
神経線維腫症2型(NF2)の治療には、腫瘍を外科的に取り除く手術、放射線を用いて腫瘍の成長を抑える放射線療法、薬を使って腫瘍に働きかける薬物療法がありますが、それぞれの治療法には特有の副作用があります。
外科的治療のリスク
NF2の主要な治療法である外科的腫瘍切除には、患者さんの体に負担をかけるリスクがあります。
聴神経腫瘍(耳の神経にできる腫瘍)の手術では、聴力が低下したり、聴力を失ってしまう可能性も。
また、顔の表情を作る神経(顔面神経)を傷つけてしまい、顔の筋肉が動かなくなる顔面麻痺が起こることもあります。
手術部位 | リスク | 患者さんへの影響 |
聴神経腫瘍 | 聴力喪失、顔面麻痺 | 聞こえが悪くなる、顔の表情が作りにくくなる |
脊髄腫瘍 | 運動障害、感覚障害 | 手足の動きや感覚が鈍くなる |
脳の腫瘍を取り除く手術では、脳の中で出血が起きたり、脳が腫れたりするが合併症があります。
放射線療法の副作用
放射線療法は、腫瘍の成長を抑える有効な方法ですが、体に負担をかけます。
治療直後に現れる急性期の副作用は、頭痛、吐き気、めまいなどです。
長期的には、放射線を当てた部分の組織が壊れてしまう放射線壊死や、新たにがんができてしまう二次性悪性腫瘍の発生リスクがあります。
副作用の種類 | 症状 | 影響 |
急性期 | 頭痛、吐き気、めまい | 日常生活が送りにくくなる |
長期的 | 放射線壊死、二次性悪性腫瘍 | 新たな健康問題が生じる |
また、聴神経腫瘍に放射線治療を行う場合、聴力が更に低下したり、耳鳴りが悪化したりすることもあります。
薬物療法のリスクと副作用
NF2の薬物療法で用いられる分子標的薬には、それぞれ特有の副作用があることが分かっています。
血管内皮増殖因子(VEGF)阻害薬の副作用
- 高血圧(血圧が高くなる)
- 蛋白尿(尿に蛋白質が混じる)
- 血栓症(血管の中に血の固まりができる)
- 創傷治癒遅延(傷の治りが遅くなる)
- 消化管穿孔(胃や腸に穴が開く)
免疫療法関連のリスク
免疫チェックポイント阻害薬などの免疫療法は、NF2の治療においても研究が進められていますが、他の治療法とは異なる特有のリスクがあります。
自己免疫関連有害事象(irAE)は、免疫療法の重大な副作用の一つです。
免疫関連副作用 | 影響を受ける臓器 | 患者さんへの影響 |
皮膚障害 | 皮膚 | 発疹や痒みが出る |
大腸炎 | 消化器 | 下痢や腹痛が起こる |
甲状腺機能異常 | 内分泌系 | 疲れやすくなったり、体重が変化したりする |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
手術費用
脳腫瘍摘出手術の場合、保険適用後の患者負担額は約10万円から30万円です。
手術の種類 | 概算費用(保険適用後) |
開頭手術 | 20万円~30万円 |
聴神経腫瘍摘出 | 15万円~25万円 |
放射線治療の費用
ガンマナイフなどの定位放射線治療は、1回の治療で完了することが多く、保険適用後の患者負担額は約5万円から10万円です。
薬物療法の費用
ベバシズマブの費用
治療期間 | 概算費用(保険適用後) |
1ヶ月 | 2万円~5万円 |
3ヶ月 | 6万円~15万円 |
その他の関連費用
- MRI検査費用 約1万円/回(保険適用後)
- 聴力検査 約3,000円/回(保険適用後)
- 眼科検査 約5,000円/回(保険適用後)
以上
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