視神経脊髄炎(NMO)(neuromyelitis optica)とは、体内の防御システムである免疫機能が、本来守るべき視神経や脊髄の組織を誤って攻撃してしまう自己免疫疾患です。
発症すると、視神経への攻撃により急激な視力低下や視野の異常が起こり、また脊髄への炎症によって手足の感覚障害や運動機能の低下、さらには排尿や排便のコントロールが困難になるなどの症状が起きます。
特に20代から40代での女性に発症が多く、一度の発作で重度の障害を残すことがあるため、早期の診断が重要です。
視神経脊髄炎(NMO)の主な症状
視神経脊髄炎(NMO)は、視神経と脊髄に強い炎症が生じ、視力低下や四肢の麻痺、感覚障害などの多彩な神経症状が現れます。
視覚障害による症状
視神経脊髄炎における視覚障害は、片眼もしくは両眼に発症する視神経炎が特徴的な症状です。
視神経に炎症が起こることにより、目の奥の痛みや眼球を動かした際の痛みを伴います。
視力の低下は数日から数週間かけて進行し、軽度のぼやけた見え方から重度の視力障害まであり、中心暗点と呼ばれる視野の中心部分が見えにくくなる状態や、色覚異常も見られます。
脊髄炎による運動機能の変化
症状の種類 | 主な特徴 |
上行性麻痺 | 足先から徐々に上方へ広がる麻痺症状 |
下行性麻痺 | 体の上部から下方へ進行する麻痺症状 |
対称性麻痺 | 左右両側に同程度現れる麻痺症状 |
非対称性麻痺 | 左右で異なる程度の麻痺症状 |
脊髄炎による症状は身体の広範囲に及ぶことがあり、脊髄の炎症部位に応じて様々な運動障害が現れます。
脊髄の炎症により、手足の筋力低下や麻痺といった運動機能の障害が生じ、症状は歩行困難や手指の巧緻運動障害などです。
炎症が脊髄の広い範囲に及ぶと、四肢の運動障害だけでなく、体幹部の筋力低下も起こすことがあります。
自律神経系への影響
自律神経系の障害による症状は、脊髄における炎症の部位や程度によって多様な形で生じます。
排尿障害や排便障害、また、体温調節機能の低下や発汗異常といった自律神経症状も、特徴的な症状です。
感覚障害の諸症状
感覚異常の種類 | 症状の内容 |
しびれ感 | 手足や体幹のピリピリした異常感覚 |
痛覚障害 | 痛みを感じにくい、または過敏になる状態 |
温度覚障害 | 温度を正確に感じられない状態 |
振動覚障害 | 振動を感じにくい状態 |
感覚障害の症状
- 手足のしびれや痛みなどの異常感覚
- 温度感覚の鈍麻や過敏
- 振動覚の低下
- 関節位置覚の障害
感覚の異常は上肢や下肢から始まり、徐々に体幹部へと広がっていき、関節位置覚の障害は、目を閉じた状態での手足の位置の認識が困難になり、バランス機能に影響を及ぼします。
症状の進行パターン
視神経脊髄炎の症状は再発と寛解を繰り返し、再発時には、新たな症状の出現や既存の症状の悪化が見られることがあるので注意が必要です。
視神経炎と脊髄炎は同時に発症することもありますが、時間差をもって発症することも多く、症状の組み合わせや順序には多様性があります。
視神経脊髄炎(NMO)の原因
視神経脊髄炎(NMO)は、体内で作られる抗アクアポリン4抗体(抗AQP4抗体)が自分自身の中枢神経系を誤って攻撃することで発生します。
抗AQP4抗体の作用と病気の進行メカニズム
抗アクアポリン4抗体は、人体にとって欠かせない水分調節タンパク質であるアクアポリン4に対して産生される自己抗体です。
この物質が脳や脊髄のアストロサイトという重要な細胞を誤って攻撃してしまうことで、深刻な炎症反応が起きます。
アストロサイトは神経細胞の機能を支え脳内の環境を正常に保っており、アストロサイトへの攻撃は、やがて周囲の神経細胞全体に広がっていきます。
免疫反応の過程 | 体内で起こる変化 |
第一段階 | 抗AQP4抗体がアストロサイトを認識して結合 |
第二段階 | 補体系が活性化され炎症が拡大 |
第三段階 | 組織の損傷が進行し瘢痕化が始まる |
遺伝要因と外部環境の影響
視神経脊髄炎の発症メカニズムには、HLA(ヒト白血球抗原)と呼ばれる免疫に関連する遺伝子の特定の型が、発症しやすさと密接に関連していることが分かってきました。
外部環境の要因としては、様々なウイルスや細菌による感染症、日常的な精神的ストレス、性ホルモンバランスの大きな変動などがあります。
男女差・年齢による発症リスクの違い
視神経脊髄炎の発症には、性差や年齢差が関わっています。
- 女性の患者数が男性の約9倍にも達する明確な性差
- 発症年齢のピークは30〜40歳代
- 妊娠期間中や出産後の女性ホルモンが大きく変動する時期に発症や症状の悪化が起きやすい
- 更年期における女性ホルモンの急激な変化が発症リスクに影響を与える可能性
他の自己免疫疾患との関係性
併発する自己免疫疾患 | 統計的な特徴 |
シェーグレン症候群 | 患者の15〜30%で合併 |
全身性エリテマトーデス | 患者の5〜10%で合併 |
橋本甲状腺炎 | 患者の10〜20%で合併 |
視神経脊髄炎の患者さんでは、他の自己免疫疾患を同時に発症するケースが多く見られ、中でもシェーグレン症候群や全身性エリテマトーデス、橋本甲状腺炎との合併が特に注目されています。
環境因子による発症リスクの変化
季節の移り変わりや気候の急激な変動、様々な感染症の流行、強いストレス状態の継続、過剰な運動や慢性的な疲労状態など、多様な環境要因が視神経脊髄炎の発症や症状の再燃に影響を及ぼします。
冬季や気圧の変化が著しい時期には、神経系への負担が増大することで病気の活動性が高まりやすいです。
激しい運動の継続や長時間労働による身体への過度な負担も、免疫システムのバランスを大きく崩す要因となり得ます。
診察(検査)と診断
視神経脊髄炎(NMO)の診断は、神経学的診察、血液検査、画像検査などの複数の診断アプローチを組み合わせます。
初期診察における神経学的所見
神経学的診察では、視機能検査と神経学的所見の確認を実施することが診断への第一歩です。
問診において、症状の発現時期や進行の経過、両側性か片側性かといった視覚異常の特徴について、聞き取りを行います。
視機能検査では、視力測定に加えて、視野検査、眼底検査、光干渉断層計(OCT)による網膜神経線維層の評価など、複数の検査を組み合わせることが大切です。
神経学的診察では、脊髄機能の評価として、筋力テスト、深部腱反射、感覚検査、歩行分析などを通じて、運動機能や感覚機能の状態を確認していきます。
血液検査による免疫学的評価
検査項目 | 検査内容 |
抗AQP4抗体 | 水チャネルタンパク質に対する自己抗体の測定 |
抗MOG抗体 | ミエリンタンパク質に対する自己抗体の測定 |
一般血液検査 | 炎症マーカーや他の自己抗体の確認 |
髄液検査 | 細胞数、タンパク質、糖などの分析 |
血液検査における免疫学的マーカーの測定は、視神経脊髄炎の診断において不可欠で、抗アクアポリン4(AQP4)抗体の検査は、診断の確実性を高めるうえで重要です。
髄液検査では、細胞数増加やタンパク質濃度の上昇といった特徴的な所見を確認することで、中枢神経系における炎症の状態を把握できます。
画像診断による病変評価
画像診断ではMRI検査を中心とした病変の観察を行い、特徴的な所見を確認していきます。
- 視神経のT2強調画像における高信号病変
- 脊髄の長大な病変(3椎体以上)
- 視床下部や脳幹部における病変
- 大脳皮質下白質の病変
- 造影効果を伴う活動性病変
MRI撮像法 | 観察対象 |
T1強調画像 | 脱髄による信号変化や萎縮 |
T2強調画像 | 炎症性病変の範囲と程度 |
FLAIR画像 | 脳室周囲の病変評価 |
造影検査 | 急性期病変の活動性 |
脊髄MRIでは、特徴的な長大な脊髄病変を確認でき、この所見は診断における重要な手がかりです。
造影MRI検査では、病変の活動性を評価できます。
電気生理学的検査による機能評価
- 視覚誘発電位(VEP)検査 視神経の機能を客観的に評価
- 体性感覚誘発電位(SEP)検査 脊髄の伝導機能を評価することで、神経障害の程度や範囲を把握
- 運動誘発電位(MEP)検査 運動神経路の機能的な評価が可能となり、運動障害の客観的な指標に
- 神経伝導速度検査 末梢神経の機能を評価することで、中枢神経病変と末梢神経障害を区別する手がかりを提供
電気生理学的検査は病変による機能障害を評価でき、経時的な変化の観察にも有用です。
視神経脊髄炎(NMO)の治療法と処方薬、治療期間
視神経脊髄炎(NMO)の治療では、まず急性期にステロイドパルス療法を中心とした治療を行い、その後免疫抑制薬による長期的な治療を実施し、また、免疫グロブリン療法や血液浄化療法なども組み合わせます。
急性期における治療戦略
急性期の治療では、メチルプレドニゾロンを使用したステロイドパルス療法が第一選択です。
通常5日間にわたって点滴による投与を行い、体内の炎症反応を早期に抑え込むことを目指します。
ステロイドパルス療法だけでは十分な効果が得られない患者さんに対しては、血液浄化療法を追加することで治療効果を高めることが大切です。
血液浄化療法には単純血漿交換療法と二重膜濾過血漿交換療法があり、体内の有害な物質を直接取り除けるため、急性期の症状改善に大きな効果を発揮します。
重症の患者さんでは、早期から血液浄化療法を開始することで、より良好な治療成績が期待できます。
治療法 | 投与量・期間 | 主な作用機序 |
ステロイドパルス療法 | メチルプレドニゾロン1000mg/日を5日間 | 免疫反応の抑制と炎症の鎮静化 |
血液浄化療法 | 1回あたり2-3時間、週3-5回を2-3週間 | 自己抗体の除去と免疫複合体の軽減 |
維持療法における免疫抑制薬の使用
急性期の治療が一段落したら、次は病気の再発を防ぐための維持療法に移り、免疫抑制薬を使用した長期的な治療を実施します。
代表的な治療薬の一つであるリツキシマブは、体内のB細胞という免疫細胞に働きかける分子標的薬です。
6ヶ月間にわたってB細胞の数を減らすことで、病気の活動性を抑制します。
また、アザチオプリンは、細胞のDNA合成を阻害することで免疫反応を抑え、ミコフェノール酸モフェチルは、免疫細胞の中でもリンパ球に特異的に作用し、増殖を抑制する薬剤です。
免疫グロブリン療法
免疫グロブリン大量静注療法(IVIg)は、他の治療法と組み合わせることで、より高い治療効果を引き出せます。
免疫グロブリン療法の特徴
- 感染症のリスクが比較的低く、高齢の患者さんでも安全に実施できる。
- 体内で作られる自己抗体の量を減らす効果がある。
- 補体という物質の働きを抑えることで、組織の損傷を防ぐ。
- 炎症を引き起こす物質の産生を抑える。
- 免疫複合体と呼ばれる物質の形成を防ぐ。
治療薬の選択基準と投与スケジュール
治療薬の選択には、患者さんの年齢や症状の重症度、他の病気の有無などを考慮に入れることが重要です。
薬剤名 | 投与方法 | 治療期間 | 主な特徴 |
リツキシマブ | 点滴静注 | 6ヶ月ごと | B細胞を選択的に除去し、自己抗体産生を抑制 |
アザチオプリン | 経口 | 継続的 | 免疫細胞の増殖を抑制し、再発を予防 |
ミコフェノール酸モフェチル | 経口 | 継続的 | リンパ球の増殖を選択的に抑制 |
長期的な治療戦略
急性期の治療が終わった後も、免疫抑制薬による維持療法を継続することで病気の再発を防ぎ、維持療法の治療期間は2年以上です。
リツキシマブによる治療は、6ヶ月ごとに点滴投与を行い、定期的に血液検査でB細胞の数を確認しながら、次回の投与時期を決めていきます。
アザチオプリンやミコフェノール酸モフェチルによる治療では、血液検査で血球数や肝臓の機能を確認しながら、薬の量を調整することが大切です。
視神経脊髄炎(NMO)の治療における副作用やリスク
視神経脊髄炎(NMO)の治療では、免疫抑制剤やステロイド薬などの投与に伴い、感染症リスクの上昇や骨粗しょう症、糖尿病といった様々な副作用があります。
ステロイド薬による副作用
ステロイド薬による急性期の副作用として見られるのは、血糖値の上昇や血圧の変動、胃腸障害などです。
長期的な使用における副作用
- 骨密度の低下による骨粗しょう症
- 皮膚の脆弱化や皮下出血
- 満月様顔貌などの容貌の変化
- 白内障や緑内障などの眼科的合併症
- 高血圧や糖尿病の発症や増悪
副作用の種類 | 発現時期 |
消化器症状 | 投与直後から数日以内 |
血糖上昇 | 投与開始から1週間以内 |
満月様顔貌 | 数週間から数ヶ月 |
骨粗しょう症 | 数ヶ月から数年 |
胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの消化器系の副作用を予防するために、胃酸分泌抑制薬の併用を考慮します。
免疫抑制剤による感染リスク
感染症の種類 | 主な特徴 |
細菌感染症 | 上気道感染や尿路感染が多い |
ウイルス感染症 | 帯状疱疹や単純ヘルペスの再活性化 |
真菌感染症 | カンジダ症やニューモシスチス肺炎 |
日和見感染症 | 通常は発症しない病原体による感染 |
免疫抑制剤の使用により感染症に対する抵抗力が低下することから、一般的な感染症でも重症化するリスクが高いです。
帯状疱疹ウイルスの再活性化による帯状疱疹の発症リスクが上昇するため、予防的な抗ウイルス薬の投与を検討します。
肺炎球菌やインフルエンザなどの感染症に対するワクチン接種のタイミングについても、投薬スケジュールを考慮しながら決定していきます。
血液系への影響
免疫抑制剤の使用に伴い、白血球減少や貧血、血小板減少などの血液学的な副作用が現れることがあります。
その中でも骨髄抑制による血球減少は、感染リスクの上昇や出血傾向につながる重要な副作用です。
腎機能および肝機能への影響
免疫抑制剤の中には、腎機能に影響を与える薬剤があり、尿細管障害や糸球体濾過率の低下を起こします。
肝機能障害の発現にも注意が必要で、定期的な肝機能検査を実施することが大切です。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
急性期治療における費用
ステロイドパルス療法ではメチルプレドニゾロンを5日間投与し、血液浄化療法を実施する場合は、通常5回程度の治療を実施します。
急性期治療内容 | 保険適用後の費用 |
ステロイドパルス療法(5日間) | 約8万円 |
血液浄化療法(1回) | 約2万円 |
維持療法における薬剤費用
免疫抑制薬による維持療法の費用
- リツキシマブ投与(6か月ごと) 約12万円
- アザチオプリン(1か月) 約5000円
- ミコフェノール酸モフェチル(1か月) 約8000円
維持療法薬剤 | 1か月あたりの費用 |
アザチオプリン | 約5000円 |
ミコフェノール酸モフェチル | 約8000円 |
シクロスポリン | 約12000円 |
その他の治療に関わる費用
免疫グロブリン大量静注療法を実施する場合、1クールあたり保険適用後で約15万円の費用が必要です。
定期的な血液検査には1回あたり約3000円から5000円、また、MRI検査は1回あたり保険適用後で約1万5000円になります。
以上
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