乏突起膠腫(ぼうとっきこうしゅ)(oligodendroglioma)とは、脳内にある支持細胞である稀突起膠細胞から発生する脳腫瘍です。
この腫瘍は大脳半球の前頭葉や側頭葉といった部位に生じやすく、緩やかに進行します。
症状は、てんかん発作や持続的な頭痛、性格や行動の変化、認知機能の低下や運動障害などです。
乏突起膠腫(ぼうとっきこうしゅ)の主な症状
乏突起膠腫は、発生部位や腫瘍の大きさにより、さまざまな神経学的症状が現れます。
初期段階の症状
乏突起膠腫の初期段階では症状が軽微であったり、まったく現れなかったりし、腫瘍が徐々に成長するにつれて、いろいろな症状が生じます。
- 頭痛(朝方に悪化)
- 吐き気や嘔吐 ・視覚の変化(二重視や視野狭窄)
- てんかん発作
神経学的症状の多様性と発生部位の関係
乏突起膠腫の発生部位によって、神経学的症状は大きく異なります。
腫瘍の位置と関連する症状
腫瘍の位置 | 症状 |
前頭葉 | 性格変化、判断力低下、意欲の減退 |
側頭葉 | 記憶障害、言語理解の困難、聴覚の異常 |
頭頂葉 | 感覚異常、空間認識の問題、左右の区別の困難 |
後頭葉 | 視覚障害、物体認識の困難 |
運動機能への影響
乏突起膠腫が運動野近くに発生した場合、運動機能に影響を与えます。
- 片側の手足の脱力や麻痺
- 協調運動の困難(細かい作業が難しくなる)
- 歩行障害(ふらつきや転倒のリスクが高まる)
- 微細な動作の制御が難しくなる(字を書くことが困難になる)
認知機能への影響と社会生活への課題
乏突起膠腫は、患者さんの認知機能にも影響を及ぼします。
認知機能の変化 | 関連する症状 |
注意力の低下 | 集中困難、反応の遅れ、複数のタスクを同時にこなすことの困難 |
記憶力の減退 | 短期記憶の問題、新しい情報の習得困難、以前の記憶の想起に時間がかかる |
実行機能の障害 | 計画立案の困難、問題解決能力の低下、柔軟な思考の欠如 |
言語機能の変化 | 話す・書く・読むことの困難、適切な単語の選択に時間がかかる |
乏突起膠腫(ぼうとっきこうしゅ)の原因
乏突起膠腫の原因は、遺伝子変異や染色体異常です。
遺伝子変異
乏突起膠腫の発症には、特定の遺伝子変異が深く関わっています。
特に注目されているのは、IDH1遺伝子とIDH2遺伝子(細胞のエネルギー代謝に関与する遺伝子)の変異です。
これらの遺伝子に変異が生じると、細胞のエネルギー代謝に異常をきたし、腫瘍の形成を促進する確率が高まります。
乏突起膠腫患者さんの約70〜80%にIDH1またはIDH2遺伝子の変異が認められています。
遺伝子 | 変異の頻度 |
IDH1 | 約70% |
IDH2 | 約5-10% |
染色体異常
1番染色体の短腕(1p)と19番染色体の長腕(19q)の共欠失(ともに一部が欠けている状態)が、乏突起膠腫に特徴的な染色体異常です。
染色体の欠失により、腫瘍抑制遺伝子(細胞の異常な増殖を抑える遺伝子)の機能が失われ、細胞の異常増殖が促進します。
このメカニズムにより、正常な細胞のチェック機能が働かなくなり、腫瘍細胞が制御不能な状態で増殖を続けることに。
環境因子
遺伝子変異や染色体異常以外にも、環境因子が乏突起膠腫の発症リスクを高める可能性があります。
発症リスクを高める環境因子
- 電離放射線(X線やγ線など)への過度の曝露
- 特定の化学物質(例:農薬や溶剤)への長期的な接触
- 重度の頭部外傷の既往
- 特定のウイルス感染(例:サイトメガロウイルスなど)
環境因子は、DNA損傷を引き起こしたり、免疫系の機能を低下させたりすることで、腫瘍の形成を促進します。
ただし、環境要因と乏突起膠腫の直接的な因果関係については、まだ完全には証明されていないのが現状です。
環境因子 | リスク増加の可能性 | 影響メカニズム |
電離放射線 | 高 | DNA直接損傷、遺伝子変異誘発 |
化学物質 | 中 | 細胞毒性、慢性的な炎症反応 |
頭部外傷 | 低〜中 | 脳組織の損傷、修復過程異常 |
ウイルス感染 | 低 | 免疫系攪乱、細胞増殖促進 |
年齢と乏突起膠腫の発症リスク
乏突起膠腫は40〜50代の成人に多く見られ、この年齢層での発症頻度が最も高くなっています。
この年齢層で発症リスクが高まる理由は、加齢に伴う遺伝子の不安定性や、長年にわたる環境因子の蓄積です。
年齢層 | 発症リスク | 特徴 |
0-20歳 | 低 | 稀だが、発症した場合は進行が速い |
21-39歳 | 中 | 徐々に発症リスクが上昇 |
40-59歳 | 高 | 最も発症頻度が高い年齢層 |
60歳以上 | 中〜高 | 他の脳腫瘍との鑑別が重要 |
診察(検査)と診断
乏突起膠腫の診断は、神経学的検査、画像診断、そして最終的な組織検査を通じて段階的に行われ、確定診断には病理学的評価が欠かせません。
初期評価と神経学的検査
乏突起膠腫の診断は、患者さんの症状や病歴の聴取から始まり、神経機能を総合的に評価するため、以下のような神経学的検査を実施します。
- 反射テスト(膝蓋腱反射などを確認し、神経系の反応を調べる)
- 運動機能評価(筋力や協調運動の状態を確認し)
- 感覚機能チェック(触覚や痛覚などの感覚の異常を調べる)
- 認知機能テスト(記憶力や言語能力などを評価)
検査結果は、腫瘍の有無や位置を推測する上で重要な手がかりです。
画像診断
神経学的検査の結果を踏まえ画像診断を行い、腫瘍の存在や特徴を確認します。
画像診断は、腫瘍の位置や大きさ、周囲の脳組織への影響を詳細に評価するために不可欠な検査です。
画像検査法
検査法 | 特徴と利点 |
MRI(磁気共鳴画像法) | 高解像度で軟部組織の描出に優れ、腫瘍の詳細な構造を観察できます |
CT(コンピュータ断層撮影) | 骨構造の描出に優れ、出血の検出に有用で、緊急時の迅速な診断に適しています |
PET(陽電子放射断層撮影) | 腫瘍の代謝活性を評価でき、腫瘍の悪性度や治療効果の判定に役立ちます |
特にMRIは乏突起膠腫の診断に有用で、腫瘍の位置や大きさ、周囲組織への影響を評価できます。
造影剤を用いたMRI検査では、腫瘍の血流状態や浸潤の程度をより正確に把握することができ、腫瘍の性質を推測する情報を得ることが可能です。
臨床診断のプロセス
臨床診断では、患者さんの年齢、症状の経過、画像所見の特徴などを考慮し、他の脳腫瘍との鑑別も行います。
乏突起膠腫は典型的にはT1強調画像で低信号、T2強調画像で高信号を示し、しばしば石灰化を伴います。
ただし、画像所見だけでは他の脳腫瘍との完全な鑑別が難しいため、確定診断には更なる検査が必要です。
確定診断のための組織検査
乏突起膠腫の確定診断には、腫瘍組織の病理学的検査が必要です。
組織採取法
採取方法 | 特徴 |
定位脳生検 | 最小限の侵襲で組織を採取でき、深部の小さな腫瘍にも適用可能 |
開頭手術 | より多くの組織を採取可能で、同時に腫瘍の摘出も行える |
採取された組織は、腫瘍細胞の形態や増殖パターン、特殊染色の結果などを総合的に評価し、脳腫瘍分類に基づいて診断を下します。
分子遺伝学的検査
乏突起膠腫の診断において分子遺伝学的検査の重要性が増していて、IDH(イソクエン酸デヒドロゲナーゼ)遺伝子変異と1p/19q共欠失の有無は、診断と予後予測に大切な役割を果たします。
乏突起膠腫の診断に関わる分子マーカー
分子マーカー | 診断上の意義 |
IDH遺伝子変異 | 乏突起膠腫の特徴的な変異で、予後が比較的良好であることを示唆 |
1p/19q共欠失 | 乏突起膠腫の診断的マーカーで、化学療法への感受性が高いことを示す |
MGMT遺伝子のメチル化 | 治療反応性と関連し、メチル化陽性の場合は化学療法の効果が高い |
乏突起膠腫(ぼうとっきこうしゅ)の治療法と処方薬、治療期間
乏突起膠腫の治療は手術による腫瘍摘出が中心で、放射線療法や化学療法を組み合わせます。
手術療法
乏突起膠腫の治療では手術による腫瘍摘出は第一段階で、手術の目的は、可能な限り腫瘍組織を取り除くとともに、正確な病理診断を得ることです。
腫瘍の位置や大きさ、周囲の重要な脳機能部位との関係によって、摘出の範囲が決定されますが、脳は非常に繊細な臓器であるため、慎重な判断が必要になります。
完全摘出が理想的ですが、脳機能の温存を優先し、部分摘出にとどめることも。
摘出度 | 特徴 | メリット・デメリット |
全摘出 | 腫瘍が完全に除去される | 再発リスク低下、機能障害リスク上昇 |
亜全摘出 | 95%以上の腫瘍が除去される | 再発リスク中程度、機能温存と両立 |
部分摘出 | 腫瘍の一部が残存する | 機能温存重視、追加治療必要性高い |
生検のみ | 診断目的で少量の組織を採取する | 低侵襲、詳細な病理診断可能 |
放射線療法の実施方法と期間
手術後の補助療法として放射線療法が行われます。
放射線療法は腫瘍細胞のDNAに損傷を与え、増殖を抑制する効果があり、目に見えない微小な腫瘍細胞にも作用するのが利点です。
照射スケジュールは、1回1.8〜2グレイ(放射線の量を表す単位)を週5回、合計54〜60グレイを6週間かけて実施します。
週 | 総線量 | 1回の線量 | 患者さんへの注意点 |
1 | 10グレイ | 2グレイ | 治療に慣れる期間、副作用の説明を受ける |
2 | 20グレイ | 2グレイ | 軽度の倦怠感が出始める可能性あり |
3 | 30グレイ | 2グレイ | 脱毛が始まる時期、帽子の準備を勧める |
4 | 40グレイ | 2グレイ | 皮膚の乾燥に注意、保湿を心がける |
5 | 50グレイ | 2グレイ | 疲労感が強くなる時期、休息を十分に |
6 | 60グレイ | 2グレイ | 最終週、治療後の注意事項を確認 |
強度変調放射線治療(IMRT)などの高精度な照射技術により、周囲の正常組織への影響を最小限に抑えつつ、腫瘍部位へ集中的に照射することが可能です。
化学療法
乏突起膠腫の化学療法では、アルキル化剤(DNAに直接作用して腫瘍細胞の増殖を抑える薬剤)が使用されます。
代表的な薬剤は、テモゾロミドやPCV療法(プロカルバジン、CCNU、ビンクリスチンの3剤併用)です。
テモゾロミドは経口投与が可能で、放射線療法との併用や単独での投与が行われます。
PCV療法は、より強力な効果が期待できますが、副作用も強いです。
化学療法の投与スケジュール
テモゾロミド
- 放射線療法併用期間中:75mg/m2(体表面積あたりの投与量)を毎日経口投与
- 単独療法期間:150-200mg/m2を5日間連続投与し、23日間休薬(28日を1サイクルとして繰り返す)
PCV療法
- 6〜8週間を1サイクルとし、複数サイクル実施(具体的なサイクル数は患者さんの状態や腫瘍の反応によって決定)
治療効果の評価と経過観察
治療効果の評価は定期的なMRI検査や臨床症状の観察によって行われ、腫瘍の縮小や症状の改善などが重要な指標です。
再発のリスクは治療後数年間は高く、その後徐々に低下しますが、10年以上経過してからの再発例も報告されていることから、生涯にわたる経過観察が必要です。
経過期間 | 観察頻度 | 確認事項 |
1年目 | 3ヶ月ごと | MRI、神経学的所見、日常生活動作の確認 |
2-5年目 | 4-6ヶ月ごと | MRI、晩期合併症の有無、社会復帰状況 |
5年以降 | 6-12ヶ月ごと | MRI、長期的な健康状態、QOLの評価 |
乏突起膠腫(ぼうとっきこうしゅ)の治療における副作用やリスク
乏突起膠腫の治療は、手術、放射線療法、化学療法が行われ、各治療法には特有の副作用やリスクが伴います。
手術に関連する副作用とリスク
手術による腫瘍の摘出は治療効果が高い一方で、脳の正常な部分に影響を与える可能性もあるため、慎重な対応が必要です。
手術関連のリスク
- 出血(手術中や術後に脳内で出血が起こる可能性)
- 感染(手術部位の感染や髄膜炎などのリスク)
- 脳浮腫(手術による刺激で脳が腫れ、頭蓋内圧が上昇する可能性)
- 神経機能障害(運動機能や言語機能など、脳の重要な機能に影響が出ることも)
機能的に重要な脳領域(言語野や運動野)近くに腫瘍があると、神経機能障害のリスクが高まります。
放射線療法に伴う副作用
放射線療法は、腫瘍細胞を死滅させる一方で、正常な脳組織にも影響を与える可能性があります。
放射線療法に関連する副作用
副作用 | 特徴 |
脱毛 | 照射部位の一時的な脱毛が起こりますが、多くの場合、治療終了後に回復 |
疲労感 | 治療中から治療後しばらく続く |
皮膚炎 | 照射部位の皮膚に発赤や乾燥が生じ、まれに痛みを伴う |
認知機能低下 | 長期的に現れる可能性があり、記憶力や集中力の低下として現れる |
副作用の多くは一時的ですが、認知機能への影響は長期的に続くことがあり、広範囲の照射や高線量の照射を受けると影響が顕著です。
化学療法による副作用
化学療法は全身に影響を及ぼすため、いくつかの副作用が生じます。
化学療法の副作用
- 吐き気
- 嘔吐
- 食欲不振
- 疲労感
- 脱毛
- 骨髄抑制(白血球や血小板の減少により、感染や出血のリスクが高まりまる)
長期的な副作用とリスク
乏突起膠腫の治療は長期にわたるため、晩期合併症(治療終了後、長期間経過してから現れる副作用)にも注意が必要です。
長期的に生じうる副作用やリスク
長期的リスク | 特徴 |
認知機能障害 | 記憶力低下や集中力低下、処理速度の遅延 |
内分泌機能障害 | 脳下垂体への影響によりホルモンバランスが乱れ、成長や代謝に影響を与える |
二次性腫瘍 | 放射線療法に関連して、照射野内に新たな腫瘍が発生するリスク |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
手術費用の内訳
脳腫瘍摘出術の費用は、30万円から100万円程度です。
手術の種類 | 概算費用(保険適用後) |
開頭手術 | 50万円〜100万円 |
定位手術 | 30万円〜60万円 |
放射線治療の費用
外部照射療法で4〜6週間の治療期間の場合、20万円から40万円になります。
治療期間 | 概算費用(保険適用後) |
4週間 | 20万円〜30万円 |
6週間 | 30万円〜40万円 |
化学療法の費用
テモゾロミドは、1クール(28日間)あたり10万円から20万円です。
総合的な治療費の目安
総合的な治療費
- 手術のみ 30万円〜100万円
- 手術+放射線治療 50万円〜140万円
- 手術+放射線治療+化学療法(半年間) 110万円〜260万円
以上
Van den Bent MJ, Reni M, Gatta G, Vecht C. Oligodendroglioma. Critical reviews in oncology/hematology. 2008 Jun 1;66(3):262-72.
Wesseling P, van den Bent M, Perry A. Oligodendroglioma: pathology, molecular mechanisms and markers. Acta neuropathologica. 2015 Jun;129:809-27.
Smits M. Imaging of oligodendroglioma. The British journal of radiology. 2016 Apr 1;89(1060):20150857.
Engelhard HH, Stelea A, Mundt A. Oligodendroglioma and anaplastic oligodendroglioma:: Clinical features, treatment, and prognosis. Surgical neurology. 2003 Nov 1;60(5):443-56.
Persson AI, Petritsch C, Swartling FJ, Itsara M, Sim FJ, Auvergne R, Goldenberg DD, Vandenberg SR, Nguyen KN, Yakovenko S, Ayers-Ringler J. Non-stem cell origin for oligodendroglioma. Cancer cell. 2010 Dec 14;18(6):669-82.
Mørk SJ, Halvorsen TB, Lindegaard KF, Eide GE. Oligodendroglioma. Histologic evaluation and prognosis. Journal of Neuropathology & Experimental Neurology. 1986 Jan 1;45(1):65-78.
Kros JM, Pieterman H, van Eden CG, Avezaat CJ. Oligodendroglioma: the Rotterdam-Dijkzigt experience. Neurosurgery. 1994 Jun 1;34(6):959-66.
Reifenberger G, Louis DN. Oligodendroglioma: toward molecular definitions in diagnostic neuro-oncology. Journal of Neuropathology & Experimental Neurology. 2003 Feb 1;62(2):111-26.
Ellis TL, Stieber VW, Austin RC. Oligodendroglioma. Current Treatment Options in Oncology. 2003 Dec;4:479-90.
Mason WP. Oligodendroglioma. Current Treatment Options in Neurology. 2005 Jul;7(4):305-14.