傍腫瘍性神経症候群 – 脳・神経疾患

傍腫瘍性神経症候群(paraneoplastic neurological syndromes)とは、体内にある悪性腫瘍が引き金となって発症する神経系の疾患です。

腫瘍そのものが神経を直接傷つけるのではなく、戦おうとする体の免疫システムが誤って神経系を攻撃してしまいます。

神経の症状が現れた後で初めて腫瘍が見つかることもあるため、早期発見につながることがあります。

症状は体の動きの異常、しびれなどの感覚の変化、思考力の低下などです。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

傍腫瘍性神経症候群の主な症状

傍腫瘍性神経症候群は、神経系全体に影響を及ぼし、患者さんの身体機能に広範囲な変化をもたらします。

中枢神経系の症状

中枢神経系(脳や脊髄)への影響で現れる症状。

  • 記憶力低下
  • 認知機能障害
  • 失語症(言語障害)
  • 視覚異常
  • 平衡感覚障害
  • 運動失調

末梢神経系の症状

末梢神経系の障害は、四肢や体幹の神経機能に問題を起こします。

症状臨床的特徴
感覚異常異常感覚(しびれ)、痛覚過敏、温度覚障害
運動障害筋力低下、筋萎縮
反射異常深部腱反射の亢進または消失

自律神経系の症状

自律神経系の障害は、体の不随意機能に影響を及ぼします。

主な症状

  • 発汗異常(多汗症または無汗症)
  • 起立性低血圧
  • 不整脈
  • 消化管運動障害
  • 排尿障害(尿閉または尿失禁)

神経筋接合部の症状

神経筋接合部の障害は、筋肉の機能に直接的な影響があります。

症状臨床的特徴
筋力低下反復運動後に増悪
易疲労性通常の活動でも過度の疲労感
眼瞼下垂上眼瞼の筋力低下
嚥下障害誤嚥のリスク増加

症状の進行と変動

傍腫瘍性神経症候群の症状は経時的に変化し、急性発症し急速に進行することもあれば、緩徐に進行する場合もあります。

特徴説明
個別性症状の組み合わせや重症度は患者さんごとに異なる
原因依存性原因となる腫瘍の種類や免疫反応の強度により症状が変化
変動性症状の改善や悪化が見られることがある

傍腫瘍性神経症候群の原因

傍腫瘍性神経症候群は腫瘍が直接神経系を侵すのではなく、免疫系の異常反応によって起きます。

免疫系の誤作動

傍腫瘍性神経症候群の発症に関係するのは、免疫系の誤った反応です。

従来免疫系は体内に侵入した異物を排除するところ、傍腫瘍性神経症候群では、防御機構が過剰に働き、本来攻撃すべきでない神経組織を標的にしてしまいます。

この現象は、腫瘍細胞が発現する特定のタンパク質と、神経系のタンパク質との間に構造的な類似性が存在する時に発生。

免疫系は類似性を誤認識し、神経組織を異物とみなして攻撃を始めるのです。

腫瘍の存在と抗体産生

傍腫瘍性神経症候群の発症には、腫瘍の存在が関わっています。

腫瘍細胞は通常の細胞とは異なる特殊なタンパク質を作り出し、免疫系にとって異物として認識され、免疫系は異物を排除するために抗体を生成します。

傍腫瘍性神経症候群を起こす腫瘍

腫瘍の種類関連する自己抗体
小細胞肺癌抗Hu抗体
乳癌抗Yo抗体
精巣腫瘍抗Ma2抗体
胸腺腫抗VGCC抗体

分子擬態現象

分子擬態は、傍腫瘍性神経症候群の発症メカニズムを理解する重要な概念で、腫瘍細胞のタンパク質と神経系のタンパク質が、分子レベルで似た構造を持つことが原因です。

免疫系は類似性を誤って認識し、本来は攻撃すべきでない神経組織に対して免疫反応を起こします。

分子擬態のプロセス

  1. 腫瘍細胞が特異的なタンパク質を発現
  2. 免疫系がこのタンパク質を異物として認識し、抗体を産生
  3. 産生された抗体が神経系のタンパク質と交差反応を起こす
  4. 神経組織が免疫系の攻撃を受け、機能障害が生じる

遺伝的素因の影響

傍腫瘍性神経症候群の発症には遺伝的要因も関与していて、特定の免疫系の機能に関わるHLA(ヒト白血球抗原)タイプを持つ人は、発症するリスクが高いです。

傍腫瘍性神経症候群と関連するHLAタイプ

症候群関連するHLAタイプ
傍腫瘍性小脳変性症HLA-A2, HLA-B18
抗NMDA受容体脳炎HLA-B*5801
辺縁系脳炎HLA-DRB1*03:01

環境因子の役割

環境因子も傍腫瘍性神経症候群の発症に関与します。

考えられる環境因子

  • ウイルス感染
  • 化学物質への暴露
  • 放射線被曝
  • 慢性的なストレス
  • 特定の食生活パターン

診察(検査)と診断

傍腫瘍性神経症候群の診断は、病歴聴取、神経学的診察、血液検査、画像診断、検査を組み合わせて段階的に進めます。

初期評価と臨床診断

診断は病歴聴取から始まり、症状の発現時期、進行速度、および全身症状の有無について聞き取ります。

神経学的診察で評価する項目

  • 認知機能(思考・判断能力)
  • 運動機能
  • 感覚機能
  • 反射
  • 協調運動
  • 自律神経機能

血液検査と腫瘍マーカー

血液検査は診断では、一般的な血液検査に加え、特定の抗神経抗体の検出が診断の鍵です。

検査項目関連腫瘍
抗Hu抗体小細胞肺癌
抗Yo抗体卵巣癌、乳癌
抗Ri抗体乳癌、肺癌
抗Ma2抗体精巣腫瘍

また、腫瘍マーカーの測定も、原発腫瘍の特定に役立ちます。

画像診断

画像診断は、神経系の異常と潜在的な腫瘍の両方を評価するために必要です。

使用する画像検査

  • MRI(磁気共鳴画像法)脳・脊髄
  • CT(コンピュータ断層撮影)全身
  • PET-CT(陽電子放射断層撮影)
  • 超音波検査

特殊検査

診断の確実性を高めるため、特殊な検査を実施します。

検査目的
脳脊髄液検査炎症マーカーや抗体の検出
神経伝導検査末梢神経の機能評価
筋電図神経筋接合部の機能評価
脳波脳機能の評価

検査結果は、傍腫瘍性神経症候群の診断を裏付け、他の神経疾患との鑑別に役立ちます。

傍腫瘍性神経症候群の治療法と処方薬、治療期間

傍腫瘍性神経症候群の治療は、原発腫瘍の除去と免疫抑制療法を組み合わせて行います。

腫瘍治療

傍腫瘍性神経症候群の治療において、原発腫瘍の除去が最も重要です。

腫瘍の種類や進行度に応じて、外科的切除、放射線療法、化学療法などの方法を選びます。

小細胞肺癌に関連する傍腫瘍性神経症候群では、化学療法と放射線療法を組み合わせて行うのが一般的です。

卵巣癌に関連する傍腫瘍性小脳変性症(小脳の機能が徐々に低下する病気)では、外科的切除を第一に考えます。

免疫抑制療法

傍腫瘍性神経症候群の治療では、免疫系の異常反応を抑え、神経症状の進行を遅らせたり改善する免疫抑制療法を行います。

免疫抑制療法

  • 副腎皮質ステロイド(体内の炎症を抑える)
  • 免疫グロブリン静注療法(IVIg、抗体を静脈から投与)
  • 血漿交換療法(血液中の異常な抗体を除去)
  • リツキシマブなどの免疫抑制剤(免疫系の特定の細胞を抑える)

免疫抑制療法は単独で使用行ったり、組み合わせたりします。

治療法働き
副腎皮質ステロイド体全体の免疫反応を抑える
IVIg自己抗体(自分の体を攻撃する抗体)の働きを中和する
血漿交換療法血液中から自己抗体を取り除く
リツキシマブ抗体を作るB細胞の数を減らす

処方薬の種類と使い方

傍腫瘍性神経症候群の治療に使う薬剤

  • 副腎皮質ステロイド プレドニゾロンやメチルプレドニゾロンなどを使い、高い量から始めて、徐々に量を減らす
  • 免疫グロブリン静注療法 5日間続けて行う
  • リツキシマブ 2週間おきに4回投与
薬の名前投与の仕方
プレドニゾロン最初は体重1kgあたり1mgを1日に投与し、その後少しずつ減らす
IVIg体重1kgあたり0.4gを1日に投与し、5日間続ける
リツキシマブ体表面積1平方メートルあたり375mgを2週間おきに4回投与する

治療期間と経過観察

傍腫瘍性神経症候群の初期治療は4〜6週間程度で、その後の様子を見ながら追加の治療を判断し、多くの場合、数か月にわたる治療が必要です。

治療の効果を評価するときに注目する点

  • 神経症状がよくなっているか
  • 画像検査で腫瘍の大きさや状態に変化があるか
  • 血液検査で自己抗体の量が減っているか
  • 全身の調子はどうか

定期的な診察と検査を通じて、治療の効果を確認します。

長期的な経過観察

傍腫瘍性神経症候群の治療後も、長期的な経過観察が大切です。

腫瘍が再び現れたり、新しい神経症状が出たりしないか観察します。

経過観察のスケジュール

  • 治療終了後3か月間:2週間ごと
  • 次の3か月間:1か月ごと
  • その後:3か月ごと

傍腫瘍性神経症候群の治療における副作用やリスク

傍腫瘍性神経症候群の治療は免疫抑制療法や腫瘍治療を中心に行いますが、様々な副作用やリスクが伴います。

免疫抑制療法の副作用

免疫抑制療法は傍腫瘍性神経症候群の主要な治療法で、免疫機能を抑制するため、いくつかの副作用が生じます。

  • 感染症リスクの上昇
  • 骨粗鬆症
  • 消化器症状(胃潰瘍、下痢など)
  • 高血圧
  • 血糖値の上昇

特に感染症のリスクは患者さんの状態を観察し、予防策を講じることが重要です。

ステロイド療法特有の副作用

ステロイド療法は免疫抑制療法の一つとして頻用されますが、長期使用に伴う特有の副作用があります。

副作用臨床的特徴
クッシング症候群満月様顔貌、中心性肥満
骨壊死特に大腿骨頭に好発
筋力低下近位筋優位
白内障視力低下の原因

副作用は、ステロイドの用量や使用期間に応じて発現リスクが変化します。

血漿交換療法のリスク

血漿交換療法は抗体を除去する目的で実施されますが、次のようなリスクがあります。

  • 血圧低下
  • アレルギー反応
  • 凝固異常
  • 感染症

リスクは、処置中および処置後の観察によって軽減することが可能です。

免疫グロブリン大量療法の副作用

免疫グロブリン大量療法は重症例で使用されることがありますが、以下のような副作用に注意が必要です。

副作用発現時期
頭痛投与中〜投与直後
発熱投与中〜投与後数時間
腎機能障害投与後数日〜数週間
血栓症投与中〜投与後数日

腎機能障害や血栓症は重篤な合併症となることがあるため、重な経過観察が大切です。

腫瘍治療に伴うリスク

傍腫瘍性神経症候群の原因となる腫瘍の治療も、様々なリスクを伴います。

  • 手術関連合併症(出血、感染など)
  • 化学療法の副作用(骨髄抑制、脱毛、悪心・嘔吐など)
  • 放射線療法の有害事象(皮膚炎、粘膜炎など)

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

入院費用の内訳

傍腫瘍性神経症候群の治療では、入院が必要となるケースが多いです。

項目概算費用(1日あたり)
入院基本料10,000円~30,000円
検査料3,000円~8,000円

薬剤費

傍腫瘍性神経症候群の治療には、免疫抑制剤や副腎皮質ステロイドなどを使います。

薬剤名概算費用(1回あたり)
免疫グロブリン20,000円~50,000円
リツキシマブ100,000円~200,000円

以上

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