Parinaud症候群 – 脳・神経疾患

Parinaud症候群(Parinaud’s syndrome)とは、中脳の被蓋部や松果体部に病変が生じることによって起こる神経学的な症候群です。

眼球運動障害を主な特徴とし、上を見上げる際に両眼の動きが制限され、視線を上に向けようとすると眼球が上方へ十分に動かなくなり、その代わりに眼球が不随意に収束して瞳孔が小さくなる現象が起こります。

中脳の被蓋部における病変は、腫瘍や多発性硬化症、脳卒中などがあり、時には松果体部の腫瘍が原因です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

Parinaud症候群の主な症状

Parinaud症候群における最も代表的な症状は、上方視障害と輻輳障害、瞳孔異常、眼瞼後退です。

上方視における特徴的な障害

上方への視線移動において著しい制限が生じ、眼球運動に顕著な異常が認められる一方で、下方視や水平方向への眼球運動にはほとんど支障をきたさないのが特徴です。

上方視障害により、階段を上る際や高所にある物を見上げる動作において困難を伴うことが多く、日常生活動作全般における上方への視線移動に制限をもたらします。

視線方向障害の程度
上方視著しい制限
下方視ほぼ正常
水平方向通常は維持

上方視における眼球運動の制限は、中脳被蓋部の機能異常が関与しています。

輻輳反応と瞳孔調節の異常

両眼の輻輳(ふくそう)運動(眼の筋肉を内側によせるに動き)における機能低下が観察され、近距離にある物体への焦点の調節に困難をきたし、読書やパソコン作業などの近業において視覚的ストレスが増大します。

瞳孔の対光反射には以下のような特徴的な変化が現れ、これらの症状は神経学的検査における重要な診断の指標です。

  • 光を当てた際の瞳孔収縮反応の遅延
  • 瞳孔の大きさの左右差の出現
  • 調節反応における異常
  • 近見反応時の瞳孔収縮不全

瞳孔調節の異常は、明暗への対応や焦点の調節における機能障害を引き起こすため、視覚情報処理に深刻な影響を及ぼします。

眼瞼と眼球位置の変化

眼瞼後退と呼ばれる特徴的な症状により、目が見開いたような状態になることで、患者さんの表情に特徴的な変化がもたらされ、症状は両側性に現れることが多いです。

症状臨床的特徴
眼瞼後退上眼瞼の位置が通常より上方に移動
眼球位置わずかに下方偏位の傾向
瞬目頻度変化を伴うことがある

眼瞼後退に伴う眼球の位置の変化は、視覚的な違和感だけでなく、角膜乾燥などの問題を起こすため、定期的な眼科的評価が必要になります。

複視と視覚的不快感

両眼での物体認識において複視が出現することがあり、上方視における複視の頻度が増加することから、視覚的な不快感が増強され、日常生活における様々な場面で支障をきたします。

Parinaud症候群の原因

Parinaud症候群は、中脳被蓋部や松果体領域における病変や腫瘍性病変によって起こり、発症メカニズムは神経回路の障害が原因です。

中脳被蓋部の特徴と病変

中脳被蓋部は脳幹の中でも重要な部位であり、様々な神経核や神経路が密集している領域で、眼球運動に関与する動眼神経核や滑車神経核も存在しています。

中脳被蓋部における少しの構造変化や血流障害であっても、神経回路網に影響を及ぼし、眼球運動の制御機構に大きな支障をきたします。

中脳被蓋部の神経細胞は、周囲の血管からの栄養供給に依存しているため、血管性病変による影響を受けやすいことが特徴です。

病変の種類と発生メカニズム

病変の分類主な特徴
血管性病変脳底動脈や後大脳動脈の循環障害による虚血性変化や出血性病変
腫瘍性病変松果体腫獍や神経膠腫などの原発性脳腫瘍、転移性脳腫瘍
炎症性病変多発性硬化症や急性散在性脳脊髄炎による炎症性変化

血管性病変による発症は、特に高血圧や動脈硬化などの基礎疾患を持つ患者さんにおいて注意が必要です。

炎症性疾患による発症は、自己免疫機序が関与することが多く、全身性の免疫異常を伴うことがあります。

松果体領域の病変と関連性

松果体領域における病変は、中脳被蓋部を圧迫することで症状を引き起こすメカニズムが明らかになっています。

松果体領域の病変原因

  • 胚細胞性腫瘍による組織の圧迫や浸潤
  • 松果体嚢胞の増大による周囲組織への圧迫
  • 転移性腫瘍による二次的な組織障害
  • 炎症性疾患の波及による組織障害
  • 血管奇形による循環障害

神経伝達経路への影響

神経伝達経路障害による影響
上丘・中脳水道周囲垂直性眼球運動の協調障害と瞳孔反応異常
動眼神経核領域輻輳反応の異常と調節障害
後交連領域眼球運動の左右差と固視障害

神経伝達物質の分泌異常や受容体機能の変化は、症状の重症度に影響を与える大切な因子です。

さらに、神経伝達経路の障害は、単一の経路だけでなく、複数の神経回路が同時に影響を受けることで、症状の多様性が生じます。

診察(検査)と診断

Parinaud症候群では、上方視運動障害を中心とした眼球運動検査と神経学的診察を組み合わせ、他疾患との鑑別を行いながら診断にいたります。

基本的な神経学的診察手順

神経学的診察において、眼球運動や瞳孔反応の観察を行うことが初期段階における非常に重要な要素で、上方視における眼球運動の制限性に着目した検査が大切です。

瞳孔反応の検査では、対光反射や輻輳反射などの自律神経系の機能を細かく確認していく必要があり、この過程で得られる情報は診断の根拠として大きな意味を持つことになります。

検査項目診察内容
眼球運動検査9方向眼位での眼球運動範囲確認
瞳孔検査対光反射と輻輳反射の評価
眼瞼位置確認両側の眼瞼位置と左右差の測定
輻輳機能検査近見反応と調節力の確認

画像診断による精密検査

画像診断においては、MRIやCTなどの放射線学的検査を用いて中脳領域の観察を行い、中脳被蓋部や松果体領域における異常所見の有無を入念に確認します。

画像診断の手順

  1. MRIによる中脳領域の詳細な断層撮影
  2. 造影剤を用いた病変部位の明確化
  3. 3D画像再構成による立体的な病変把握
  4. 経時的な画像比較による変化の観察

電気生理学的検査と眼科的精密検査

電気生理学的検査では、視覚誘発電位(VEP)や脳波検査(EEG)などを実施することで、神経学的な異常の有無や程度を評価します。

検査種類評価内容
VEP検査視覚伝導路の機能評価
EEG検査脳波異常の有無確認
ERG検査網膜機能の客観的評価
EOG検査眼球運動の定量的分析

眼科的精密検査においては、細隙灯顕微鏡検査やOCT検査などを通じて眼球構造の変化を観察し、また視野検査を実施することで視覚機能の評価を行っていきます。

他疾患との鑑別診断

中脳病変を引き起こす様々な疾患との鑑別を行うため、血液検査や髄液検査などの各種検体検査を組み合わせながら、多角的な観点から診断を進めます。

また、内分泌学的検査や免疫学的検査なども併せて実施することで、関連する全身性疾患の有無についても検討を加えることが大切です。

Parinaud症候群の治療法と処方薬、治療期間

Parinaud症候群の治療は、原因となる病変に対する外科的介入と薬物療法を組み合わせて行います。

外科的治療

中脳被蓋部における腫瘍性病変に対しては、神経内視鏡手術や定位的放射線手術などの低侵襲手術が第一選択で、手術方法の選定には画像診断による病変の位置や大きさの評価が重要です。

手術方法治療の特徴
神経内視鏡手術脳室内アプローチによる低侵襲な手術で、病変部位の直接的な観察と処置が可能
定位的放射線手術ガンマナイフやサイバーナイフによる正確な放射線照射で腫瘍縮小を図る
開頭腫瘍摘出術大型腫瘍や複雑な病変に対する直視下での確実な治療が可能

手術後の回復期間は通常2〜3週間を要し、その間は厳密な管理のもと、細心の注意を払って経過を観察します。

薬物療法の選択と投与期間

薬物療法では、以下の主要な治療薬を病態に応じて使用します。

  • ステロイド薬による浮腫の軽減と炎症抑制
  • 抗てんかん薬による神経症状のコントロール
  • 免疫抑制薬による自己免疫性疾患の制御
  • 血管拡張薬による脳血流改善
  • 降圧薬による血圧管理と二次予防

リハビリテーション治療

リハビリ種類実施内容
視覚訓練眼球運動の協調性改善と視覚機能の回復訓練
平衡機能訓練姿勢制御と歩行機能の改善を目指した運動療法
職業訓練社会復帰に向けた日常生活動作の再獲得

リハビリテーションプログラムは、症状や進行状況に合わせて段階的に調整しながら実施し、期間は3〜6ヶ月です。

視覚機能の回復には時間を要することから、継続的な訓練と定期的な評価を組み合わせた長期的な取り組みが欠かせません。

Parinaud症候群の治療における副作用やリスク

Parinaud症候群の治療過程においては、中脳領域への治療介入に伴う神経学的合併症や、薬物療法に関連する全身性の副作用などがあります。

神経学的副作用の特徴

中脳被蓋部周辺への医療介入では、周囲の重要な神経構造への影響により、眼球運動障害の一時的な増悪や、新たな神経学的症状が生じることがあります。

また、視床下部や松果体などの近くの脳組織への影響により、体温調節機能の一時的な乱れなどが起こることもあり、全身状態の変化に対する経過観察が必要です。

神経領域発生しうる副作用
動眼神経核眼球運動障害の悪化
視床下部体温調節異常
中脳水道髄液循環障害
松果体睡眠リズム異常

薬物療法に関連する全身性の副作用

免疫抑制薬の副作用

  • 感染症に対する抵抗力の低下
  • 消化器系の不調や食欲低下
  • 血液学的異常の出現
  • 肝機能や腎機能への負担
  • 骨密度低下や皮膚症状

副作用は、投与量や投与期間によって出現頻度や程度が変化することがあり、定期的な血液検査や画像検査が大切です。

手術療法における合併症リスク

手術による治療アプローチを選択した際には、周囲の神経血管構造への影響や術後合併症のリスクについて十分な検討が求められます。

合併症の種類内容
出血性合併症術中・術後の出血
感染性合併症髄膜炎・創部感染
神経学的合併症新規神経脱落症状
全身性合併症循環・呼吸器系問題

放射線療法に伴うリスク

放射線治療を実施する場合には、照射野周辺の正常組織への影響を最小限に抑えながら、効果を最大限に引き出すための治療計画が必要です。

急性期の副作用としては、照射部位周辺の浮腫や炎症反応による一時的な症状増悪が起こることがあり、また晩期障害として放射線壊死や血管障害などの重篤な合併症が発生する可能性もあります。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

初期診療と画像検査

MRIやCTによる画像検査は診断に欠かせない検査で、血液検査や髄液検査なども併せて実施します。

検査項目保険適用後の患者負担額
MRI検査5,000~8,000円
CT検査3,000~5,000円
血液検査一式2,000~4,000円

手術治療

手術による治療では、以下の費用が発生します。

  • 入院基本料(1日あたり) 3,000~5,000円
  • 手術料 150,000~300,000円
  • 麻酔料 50,000~100,000円
  • 術後処置料 20,000~40,000円
手術方法保険適用後の患者負担額
内視鏡手術25~35万円
開頭手術35~45万円
定位放射線手術30~40万円

薬物療法

投薬治療で使用するのは、ステロイド薬や免疫抑制薬などです。

薬剤分類1ヶ月あたりの患者負担額
ステロイド薬2,000~4,000円
免疫抑制薬5,000~15,000円
抗てんかん薬3,000~8,000円
血管拡張薬2,000~5,000円

以上

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