脊髄動静脈奇形(脊髄AVM) – 脳・神経疾患

脊髄動静脈奇形(脊髄AVM)(spinal arteriovenous malformations)とは、脊髄内部の血管に構造的な異常が生じ、動脈と静脈が異常なつながりを持つ先天性の血管の病気です。

この病気では、動脈から静脈へ直接血液が流れ込むため、正常な血液循環が妨げられ、脊髄の神経組織に十分な酸素や栄養が行き渡らなくなります。

また、異常な血管構造により出血のリスクが高まり、手足のしびれや痛み、筋力低下、歩行障害、膀胱直腸障害なども現れます。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

脊髄動静脈奇形(脊髄AVM)の主な症状

脊髄動静脈奇形(脊髄AVM)は、進行性の神経症状を起こす疾患であり、初期段階から重度の運動障害や感覚障害などが見られます。

症状の特徴と進行パターン

脊髄動静脈奇形の症状は、病変の位置や大きさによって異なる経過をたどりながら進行していき、脊髄内の血流動態が徐々に悪化することで、神経組織への酸素供給が低下し、さまざまな神経学的症状が生じます。

症状の進行は緩徐であることが多いものの、突発的な症状の悪化を経験する患者さんも少なくありません。

脊髄動静脈奇形による神経症状は、脊髄の圧迫や虚血によって起き、下肢のしびれや脱力から始まり、徐々に上行性に症状が拡大します。

症状の種類症状
運動症状下肢の筋力低下、歩行障害、四肢麻痺
感覚症状しびれ感、温痛覚障害、深部感覚障害

神経学的症状の詳細

脊髄動静脈奇形における神経学的症状は、脊髄の機能障害として現れ、運動系、感覚系、自律神経系の広範囲な障害を起こします。

運動障害に関しては、下肢の筋力低下から始まり、進行すると歩行困難や立位保持が困難になることもあります。

感覚障害は、初期段階での異常感覚や痛みから、進行に伴って温度感覚や痛覚の障害、さらには振動覚や位置覚といった深部感覚の障害まで、多岐にわたる症状が現れることが特徴的です。

病変部位主な症状
頸髄病変四肢麻痺、呼吸障害、手指巧緻運動障害
胸髄病変対麻痺、体幹部感覚障害、膀胱直腸障害

自律神経症状と関連症状

脊髄動静脈奇形では、自律神経系の機能にも影響を及し、排尿障害や排便障害などの症状が起きます。

見られる自律神経障害

  • 膀胱直腸障害による排尿困難や尿失禁
  • 発汗異常による体温調節機能の低下
  • 性機能障害による生殖機能への影響
  • 血圧調節障害による起立性低血圧

自律神経症状は、病変の位置や程度によって、発現パターンや重症度が異なります。

増悪因子

脊髄動静脈奇形では、身体活動や姿勢変化によって症状が変動し、脊髄内の血行動態の変化によって引き起こされることが多いです。

また、脊髄動静脈奇形の症状は、日内変動を示すことがあり、朝方に症状が軽度で、夕方から夜間にかけて症状が増悪する傾向があります。

脊髄動静脈奇形(脊髄AVM)の原因

脊髄動静脈奇形(脊髄AVM)は、胎児期における血管形成の過程で発生する先天的な血管の発達異常が主な原因です。

発生メカニズムの解明

胎児期における血管形成は血管内皮細胞の増殖や遊走、血管新生因子の関与など、様々な分子メカニズムが関連しながら制御されています。

血管形成の過程において、血管内皮細胞の分化や成熟に関わる遺伝子の変異や、血管新生を促進する因子の異常な活性化が生じることで、正常な血管構造の形成が妨げられるのです。

遺伝的要因の影響

遺伝子名関連する血管形成プロセス
HHT1遺伝子血管内皮細胞の成熟
HHT2遺伝子血管壁の構造維持
RASA1遺伝子血管新生の制御
ACVRL1遺伝子血管リモデリング

遺伝子変異は血管形成に影響を及ぼし、特にHHT(遺伝性出血性毛細血管拡張症)関連遺伝子の変異を持つ患者さんでは、脊髄AVMの発症リスクが上昇します。

環境因子との相互作用

発生過程における様々な環境要因も、脊髄AVMの形成に影響を与える大切な要素です。

  • 胎児期の低酸素状態
  • 炎症性サイトカインの過剰産生
  • 血管内皮細胞の異常な増殖シグナル
  • 血管基底膜の構造異常
  • 血管平滑筋細胞の分化障害

診察(検査)と診断

脊髄動静脈奇形(脊髄AVM)の診断は、神経学的所見の観察と画像診断を組み合わせて行います。

初診時の診察手順

神経学的診察では、患者さんの歩行状態や姿勢の観察から始まり、四肢の筋力テストや感覚検査などを実施します。

初診時の問診では、神経症状の発症時期や進行の様子、日内変動の有無などについて聴取することで、脊髄血管病変の特徴的なパターンを見出すことが大切です。

診察項目診察内容
運動機能検査徒手筋力テスト、歩行分析、姿勢保持能力評価
感覚機能検査触覚、温痛覚、振動覚、位置覚の詳細な評価

神経学的診察では各髄節における反射や筋力、感覚機能を確認していくことで、脊髄のどの部分に異常があるのかを推定できます。

画像診断

MRI検査では、T1強調画像、T2強調画像、造影T1強調画像などを用いることで、脊髄実質の状態や血管異常の形態を観察できます。

特に血管造影検査は、異常血管の詳細な走行や血流動態を把握するために大切な検査方法で、病変の範囲や血行動態の特徴を明らかにすることが可能です。

  • MRIによる脊髄実質と血管異常の形態学的評価
  • MRAによる非侵襲的な血管構造の描出
  • 脊髄血管造影による詳細な血管構造と血流動態の評価
  • CT検査による骨性構造の評価

電気生理学的検査

電気生理学的検査では、神経伝導速度検査や体性感覚誘発電位検査などを実施することで、脊髄機能の評価を行います。

検査種類評価項目
体性感覚誘発電位感覚神経伝導路の機能、潜時延長、振幅低下
運動誘発電位運動神経伝導路の機能、中枢運動伝導時間

補助的検査法

髄液検査では、脊髄圧や髄液の性状を調べることで、脊髄血管異常に伴う二次的な変化を確認でき、診断の補助的な情報として活用されています。

超音波検査を用いることで、脊髄血管の血流動態をリアルタイムに観察でき、また、3D-CTAなどの立体的な画像再構成技術を活用することで、血管構造の空間的な把握がより正確になります。

また、脊髄造影検査は、脊髄腔の形態異常や圧迫所見の有無を確認するための検査方法として、手術前の詳細な病変評価のための選択肢の一つです。

脊髄動静脈奇形(脊髄AVM)の治療法と処方薬、治療期間

脊髄動静脈奇形(脊髄AVM)の治療は、血管内治療(血管内塞栓術)、外科的治療(開頭手術)、放射線治療の3つの主要な方法を組み合わせて行います。

血管内治療(血管内塞栓術)

血管内塞栓術は、大腿部の動脈からカテーテルを挿入し、特殊な物質を注入することで血管を閉塞させる治療法であり、多くの患者さんにとって第一選択となる根本的な治療です。

塞栓物質の種類特徴と使用目的
NBCA(n-ブチル-2-シアノアクリレート)即時性の高い液体塞栓物質で、血管内で素早く重合する
コイル金属製の柔軟なワイヤーで、血管を物理的に閉塞する
オニキス非粘着性の液体塞栓物質で、深部血管に有効
粒子状塞栓物質大きさを選択できて、段階的な塞栓が可能

外科的治療

開頭手術による外科的治療は、顕微鏡下で直接異常血管を処理する方法で、表層に位置する病変や大きな血管奇形に対して重要な治療選択肢です。

放射線治療のアプローチ

照射方法治療特性
定位放射線治療病変部に限局した高精度な照射が可能
分割照射正常組織への影響を考慮した段階的照射
強度変調放射線治療複雑な形状の病変に対応可能
陽子線治療深部病変への正確な照射が実現可能

放射線治療は、外科的アプローチが困難な深部病変や、高齢者など侵襲的な治療が避けた方がいい患者さんに対して実施する治療法です。

放射線治療では、ガンマナイフやサイバーナイフなどの高精度な照射装置を使用することで、周囲の正常組織への影響を最小限に抑えながら、病変部位に必要な線量を届けます。

薬物療法による支持治療

手術前後の期間において、抗てんかん薬や痙縮(けいしゅく)治療薬、神経保護薬などの薬物療法を併用することで、神経機能の維持と回復を促進します。

薬物療法では、バクロフェンやダントロレンなどの筋弛緩薬を使用して痙縮をコントロールし、また、エダラボンなどの神経保護薬を投与することで酸化ストレスから神経細胞を守ることが可能です。

脊髄動静脈奇形(脊髄AVM)の治療における副作用やリスク

脊髄動静脈奇形(脊髄AVM)に対する血管内治療や外科的治療は、脊髄という繊細な神経組織に対する侵襲を伴うため、出血や神経障害などの様々な合併症のリスクがあります。

血管内治療における合併症

血管内治療では、カテーテルを用いた血管操作や塞栓物質の注入に起因する合併症が生じるリスクがあり、正常な脊髄血管を誤って閉塞してしまうことで、予期せぬ神経症状が現れることがあります。

造影剤の使用に関しては、腎機能への負担や造影剤アレルギーの問題があり、特に腎機能が低下している患者さんは、造影剤による腎機能障害の発生に注意が必要です。

合併症の種類リスクの内容
血管関連血管解離、血管穿孔、血栓形成
造影剤関連腎機能障害、アレルギー反応、ショック

カテーテル操作に伴う物理的な血管損傷は、血管解離や血管穿孔といった深刻な事態が起こるリスクもあります。

外科的治療に伴うリスク

外科的治療での手術中の出血コントロールは、術後の神経機能予後に直結する不可欠な要素です。

以下の手術関連リスクは、術中・術後を通じて注意深いモニタリングが必要となります。

  • 硬膜外血腫や硬膜下血腫による神経圧迫
  • 創部感染や髄膜炎などの感染性合併症
  • 脳脊髄液漏出による髄液圧の変動
  • 周辺神経組織の浮腫による一時的な神経症状

周術期管理におけるリスク

手術前後の管理においては、全身麻酔に関連する合併症や、長時間の手術体位による圧迫性神経障害など、様々な要因による合併症が発生する可能性があります。

周術期リスク内容
麻酔関連呼吸器合併症、循環器合併症、薬剤アレルギー
体位関連神経圧迫、褥瘡形成、関節拘縮

術後早期の合併症

術後早期の段階では、術部の治癒過程に関連する合併症や、一時的な神経症状の出現などに対する注意深い観察が必要です。

鎮痛薬の使用に際しては、副作用に注意を払いながら、疼痛管理を実施します。

また、術後は、深部静脈血栓症や肺塞栓症などの重篤な合併症の予防も大切です。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

血管内治療の費用内訳

血管内治療は、高度な技術と特殊な医療機器を必要とする治療法です。

治療項目費用(3割負担)
血管内手術35万円前後
造影検査8万円前後
入院費用12万円前後
麻酔料6万円前後

開頭手術に関わる費用

開頭手術は通常4-8時間程度を要し、入院期間は約2-3週間です。

費用項目3割負担額(概算)
手術料30-35万円
麻酔料8-10万円
入院費用(2-3週間)25-30万円

放射線治療の費用

放射線治療の種類費用(3割負担)
定位放射線治療25万円前後
強度変調放射線治療30万円前後
通常分割照射20万円前後
術前照射15万円前後

以上

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