脊髄小脳変性症(SCD)(spinocerebellar degeneration)とは、脳の小脳や脊髄の神経細胞が徐々に減少していく進行性の神経変性疾患です。
体のバランスを保つ機能や手足の動きを調節する働きが次第に低下していくため、歩行時のふらつきや手のふるえ、言葉のもつれなどの症状が現れます。
40~60歳代での発症が多く見られますが、20歳代から70歳代まで幅広い年齢層で発症し、遺伝性のタイプと非遺伝性のタイプがあり、それぞれで症状の進行や現れ方に違いがあります。
脊髄小脳変性症(SCD)の種類(病型)
脊髄小脳変性症(SCD)は、遺伝子変異に基づく遺伝性と原因不明の孤発性という二つの大きな病型に分類されます。
遺伝性脊髄小脳変性症
遺伝性脊髄小脳変性症は、遺伝子の変異によって起こる進行性の神経変性疾患であり、現在までに40種類以上の原因遺伝子が同定されています。
この病型は、特定の遺伝子の異常が親から子へと受け継がれることが特徴です。
遺伝形式 | 遺伝子変異の特徴 |
常染色体優性遺伝 | 片方の親から変異遺伝子を受け継ぐだけで発症 |
常染色体劣性遺伝 | 両親から変異遺伝子を受け継いだ場合に発症 |
X連鎖性遺伝 | X染色体上の遺伝子変異による発症 |
ミトコンドリア遺伝 | 母親由来のミトコンドリアDNA変異による発症 |
孤発性脊髄小脳変性症
孤発性脊髄小脳変性症は、明確な家族歴がない状態で発症する病型で、脊髄小脳変性症全体の約80パーセントを占めています。
この病型では、環境因子や加齢による影響、また未知の遺伝要因が絡み合って発症します。
孤発性脊髄小脳変性症の臨床病型
- 多系統萎縮症(MSA)脊髄小脳型
- 皮質性小脳萎縮症(CCA)
- 遅発性小脳皮質萎縮症(LCCA)
- 脊髄小脳失調症(SCA)
- 純粋小脳型運動失調症
臨床病型 | 発症年齢 |
早期発症型 | 40歳未満での発症が特徴的 |
中年期発症型 | 40〜60歳での発症が多い |
高齢発症型 | 60歳以降での発症が一般的 |
脊髄小脳変性症(SCD)の主な症状
脊髄小脳変性症(SCD)は、運動失調を主症状とし、歩行障害、構音障害、眼球運動障害などの神経症状が徐々に進行していきます。
初期からみられる症状
運動失調は脊髄小脳変性症(SCD)において最もよく見られる症状で、小脳や脊髄の神経細胞が徐々に障害されることによって起きます。
歩行時のふらつきや転倒のしやすさは、多くの患者さんが最初に気付く症状です。
暗所での歩行や階段の昇り降り、急な方向転換の際に顕著となり、進行に伴って症状は両側性に現れます。
言語と嚥下に関する症状
症状の種類 | 特徴 |
構音障害 | 言葉がもつれる、声が震える |
嚥下障害 | 食事時のむせ、飲み込みにくさ |
発声障害 | 声量の低下、声の調節が難しい |
言語や嚥下の症状は、会話や食事といった基本的な日常動作に影響を及ぼすため、早期からの対応が重要です。
眼球運動に関する特徴的な症状
眼球運動障害は、脊髄小脳変性症(SCD)の進行に伴って現れる特徴的な症状の一つです。
特に注目すべき症状
- 注視時の眼球のふるえ(眼振)
- 視線を合わせることの困難さ
- 複視(物が二重に見える)
- 追視運動の障害
- 衝動性眼球運動の障害
四肢の協調運動障害
症状の部位 | 主な特徴 |
上肢症状 | 手の震え、物を掴みにくい |
下肢症状 | バランス低下、歩行障害 |
体幹症状 | 姿勢保持の困難さ |
四肢の協調運動障害は、神経細胞の変性によって起こる運動制御機能の低下が原因です。
手先の細かい動作における正確性の低下や、意図した通りの力加減ができないといった症状がみられるようになります。
また、歩行時の不安定さは、足の運び方がぎこちなくなることや、一直線上を歩くことが困難になるといった形で表れることが多いです。
進行に伴って、書字障害や箸使いの困難さといった、より繊細な動作にも影響が及んでいきます。
姿勢を保持する力も次第に低下していき、立位や座位での安定性が損なわれていくことがあります。
脊髄小脳変性症(SCD)の原因
脊髄小脳変性症(SCD)は、遺伝子変異による遺伝性のものと、原因が特定できない孤発性のもの、さらには環境因子や加齢による複合的な要因によって起こります。
遺伝子変異による発症メカニズム
遺伝性脊髄小脳変性症における遺伝子変異は、神経細胞内のタンパク質代謝や細胞骨格の維持機能に影響を与え、小脳や脊髄の神経細胞の変性が生じることが明らかになってきました。
CAGリピート病と呼ばれる遺伝子の異常延長が、神経細胞内に異常タンパク質の蓄積を起こし、細胞死を誘導することが発症メカニズムです。
遺伝子変異の種類 | 発症メカニズムの特徴 |
CAGリピート延長 | タンパク質凝集による細胞毒性 |
ミスセンス変異 | 異常タンパク質の機能障害 |
欠失変異 | タンパク質の機能喪失 |
重複変異 | タンパク質の過剰発現 |
遺伝子変異による神経細胞死のプロセスは、複数のメカニズムが相互に関連しながら進行していくため、単一の要因だけでなく、細胞内の様々な機能障害が絡み合って発症に至ります。
環境因子と加齢による影響
孤発性脊髄小脳変性症の発症には、環境因子や加齢による影響が関与していると考えられます。
主要な環境要因
- 酸化ストレスによる神経細胞障害
- ミトコンドリア機能障害
- 神経炎症反応の慢性化
- 神経栄養因子の減少
- 血管性因子による影響
環境要因は互いに影響し合い、複雑な病態形成メカニズムを形成しています。
年齢層 | 環境因子の影響度 |
若年層 | 遺伝的要因が主体 |
中年層 | 環境要因と遺伝要因が混在 |
高齢層 | 加齢性変化が顕著 |
神経細胞変性のメカニズム
神経細胞の変性過程では、細胞内小器官の機能異常が連鎖的に発生し、最終的に細胞死に至ることが分かっています。
特にミトコンドリアの機能障害は、神経細胞の生存に不可欠なATP産生を妨げ、細胞死を加速させる要因です。
さらに、神経細胞内でのタンパク質品質管理システムの破綻は、異常タンパク質の蓄積を起こし、神経変性を促進する可能性があります。
診察(検査)と診断
脊髄小脳変性症(SCD)の診断では、運動機能の確認と、画像検査や遺伝子検査などの複数の検査手法を組み合わせながら、段階的に進めていきます。
初診時の問診と神経学的診察
問診では患者さんの症状の経過や家族歴について聞き取り、神経学的診察では、脳神経系の機能を調べるため、検査を順番に行うことが必要です。
診察項目 | 確認内容 |
歩行検査 | 歩幅、バランス、方向転換時の安定性 |
指鼻試験 | 上肢の協調運動、測定異常の有無 |
踵膝試験 | 下肢の協調運動、運動の正確性 |
言語評価 | 発音の明瞭さ、会話の流暢性 |
基本的な診察に加えて、姿勢反射や深部腱反射なども含めた総合的な神経学的診察を実施していきます。
画像診断による脳・脊髄の評価
MRI検査は脳や脊髄の状態を詳細に観察することができ、以下のような点に着目して診察を進めます。
- 小脳の萎縮の有無と程度
- 脳幹部の形態変化
- 脊髄の状態
- 白質病変の有無
- 他の神経変性疾患との鑑別点
遺伝子検査による診断
検査種類 | 検査内容 |
遺伝子解析 | 既知の原因遺伝子の変異検索 |
家系調査 | 家族歴の詳細な確認と解析 |
遺伝カウンセリング | 検査前後の心理的サポート |
遺伝子検査を実施する際には、患者さんやご家族に対して十分な説明を行い、同意を得ることが重要です。
その他の補助的検査
神経伝導検査や筋電図検査などの電気生理学的検査を行うことで、末梢神経や筋肉の機能についても詳しく調べていきます。
血液検査では、他の疾患との鑑別や、合併症の有無を確認ができるため、診断の過程で大切な役割を果たしています。
また、嚥下造影検査やビデオ嚥下内視鏡検査などにより、嚥下機能の状態を評価することも可能です。
さらに、認知機能検査を含めた神経心理学的検査も、患者さんの状態を多角的に把握するために実施することがあります。
脊髄小脳変性症(SCD)の治療法と処方薬、治療期間
脊髄小脳変性症(SCD)の治療は、薬物療法を基本としながら、リハビリテーション、生活支援などを長期的に継続することが重要です。
薬物療法の基本方針
薬物療法では、神経伝達物質のバランスを整える薬剤を中心に、患者さんの症状に応じて複数の薬剤を組み合わせます。
タンデムウォーク(継ぎ足歩行)や歩行時のふらつきに対してはタフマックEやセレジストなどの薬剤を使用します。
主な治療薬 | 投与期間の目安 |
タフマックE | 3〜6ヶ月継続 |
セレジスト | 4〜8ヶ月継続 |
ウブレチド | 6〜12ヶ月継続 |
グラマリール | 3〜6ヶ月継続 |
リハビリテーション療法
リハビリテーション療法は、運動機能の維持・改善を目指す基本的な治療アプローチです。
主なリハビリテーションプログラム
- 理学療法(PT) 週3〜5回、1回40〜60分
- 作業療法(OT) 週2〜3回、1回30〜45分
- 言語療法(ST) 週1〜2回、1回30〜45分
- バランス訓練 週3回、1回20〜30分
- 筋力強化訓練 週3回、1回30分程度
補完的治療アプローチ
補完的治療には、様々な手法があり、それぞれの特性を活かした治療期間の設定が必要です。
治療法 | 実施頻度と期間 |
水中運動療法 | 週2回、6ヶ月間 |
低周波治療 | 週3回、3ヶ月間 |
温熱療法 | 週2回、4ヶ月間 |
振動刺激療法 | 週3回、3ヶ月間 |
補完的治療は、薬物療法やリハビリテーションと並行して実施することで、より高い治療効果を期待できます。
特に水中運動療法は、陸上での運動が困難な患者さんにとって有用な選択肢です。
長期的な治療戦略
長期的な治療においては、薬物療法とリハビリテーションを組み合わせた複合的なアプローチが基本です。
薬物療法では、神経伝達物質の調整を目的とした薬剤を継続的に使用しながら、症状の変化に応じて投与量を調整します。
運動失調症状に対する薬物療法では、タフマックEやセレジストを3〜6ヶ月単位で継続使用し、効果を確認しながら投与期間を決定していきます。
また、筋緊張の調整が必要な際には、バクロフェンやミオナールなどの筋弛緩薬を併用することもあり、これらの薬剤も3〜6ヶ月の継続使用が標準です。
脊髄小脳変性症(SCD)の治療における副作用やリスク
脊髄小脳変性症(SCD)の治療では、使用する薬剤や実施するリハビリテーションによって、様々な副作用やリスクが生じます。
薬物療法の副作用
薬剤の種類 | 主な副作用 |
抗てんかん薬 | めまい、吐き気、眠気 |
筋弛緩薬 | 脱力感、ふらつき、疲労感 |
抗不安薬 | 眠気、依存性、集中力低下 |
薬剤による副作用は、投与開始直後から数週間以内に出現することが多いので、薬剤の開始時には少量から徐々に増量していくことで、副作用の発現を最小限に抑えられます。
リハビリテーションに伴うリスク要因
運動機能訓練を実施する際に注意すべき点として、以下のような項目が挙げられます。
- 過度な運動による疲労蓄積
- バランス訓練時の転倒リスク
- 嚥下訓練時の誤嚥の危険性
- 関節可動域訓練による筋肉や関節への負担
- 心肺機能への過度な負荷
投薬治療中のモニタリング項目
確認項目 | 注意点 |
肝機能検査 | 定期的な血液検査による確認 |
腎機能検査 | 薬物代謝への影響評価 |
血圧測定 | 投薬による変動確認 |
投薬治療中は定期的な血液検査や尿検査などを実施し、経過観察をすることが大切です。
また、複数の薬剤を併用する際には、薬物相互作用による副作用が現れることもあります。
自律神経系への影響と対策
薬物療法による自律神経系への影響として、起立性低血圧や発汗異常、便秘などがあります。
特に暑熱環境下では体温調節機能の低下により、熱中症のリスクが高まることがあるため、環境調整や水分補給に注意することが大切です。
また、投薬による口渇や便秘といった症状は、水分摂取量の低下や脱水につながあります。
薬剤の副作用による嚥下機能への影響は、誤嚥性肺炎のリスクを高める要因となるため、食事の形態や摂取方法については、嚥下機能の状態に応じて調整を行うことが重要です。
さらに、長期的な薬物療法においては、骨密度の低下や筋力の減少といった二次的な影響にも注意を払う必要があります。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
薬物療法にかかる費用
投薬治療では、タルチレリン(商品名セレジスト)を中心に、症状に応じて複数の薬剤を組み合わせます。
薬剤名 | 1日あたりの費用 |
タルチレリン | 800円~1,200円 |
バクロフェン | 400円~600円 |
ベタヒスチン | 300円~500円 |
リハビリテーション費用
運動機能の維持・改善に向けた理学療法や作業療法が重要で、治療には定期的な通院が必要です。
- 理学療法(1回45分) 2,500円~3,500円
- 作業療法(1回40分) 2,000円~3,000円
- 言語聴覚療法(1回30分) 1,800円~2,500円
補助具・医療機器の費用
症状の進行度に応じて、日常生活をサポートする補助具や医療機器が必要になることがあります。
補助具・機器の種類 | 価格帯 |
歩行補助杖 | 5,000円~15,000円 |
車椅子 | 8万円~15万円 |
装具類 | 2万円~5万円 |
以上
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