結節性硬化症(tuberous sclerosis complex)とは、体のさまざまな部位に腫瘍や過誤腫(正常な組織が過剰に成長したもの)が形成される遺伝性疾患です。
この疾患は、皮膚や脳をはじめ、腎臓、心臓、肺などの複数の臓器に影響を与えます。
症状の出現パターンや程度は、ごく軽微な症状のため普段の生活にほとんど支障がない方もいれば、重篤な健康上の問題が起こる方もいます。
結節性硬化症の主な症状
結節性硬化症は、脳、皮膚、腎臓、心臓、肺など複数の臓器に腫瘍が形成される遺伝性疾患です。
中枢神経系の症状
結節性硬化症では、脳内に形成される結節や腫瘍により、てんかん発作が誘発されます。
年齢層 | 発作の特徴 |
乳幼児 | 点頭てんかん |
小児期 | 複雑部分発作 |
成人期 | 全般性発作 |
また、脳室上衣下巨細胞性星細胞腫(SEGA:脳室近くに発生する脳腫瘍)が発生し、脳脊髄液の流れを阻害することで水頭症を起こします。
皮膚症状
皮膚症状は、結節性硬化症で最もよく見られる症状の一つです。
主な皮膚症状
- 顔面血管線維腫(アデノーマ・セバセウム:顔面に現れる小さな赤い腫瘍)
- 爪周囲線維腫(爪の周りに現れる小さな腫瘍)
- 茶褐色斑(カフェオレ斑:コーヒー牛乳色の斑点)
- 白斑(色素が抜けた白い斑点)
症状は、患者さんの年齢とともに変化し、顔面血管線維腫は思春期以降に目立つようになります。
腎臓の症状
腎臓に現れる症状として、血管筋脂肪腫(AML:腎臓に発生する良性腫瘍)の形成が挙げられます。
AMLは両側の腎臓に複数発生することが多く、大きさが増すにつれて出血のリスクが高まります。
AMLのサイズ | リスク |
4cm未満 | 低 |
4cm以上 | 高 |
加えて、結節性硬化症の患者さんでは、腎嚢胞(腎臓内に液体が溜まった袋状の構造)や腎細胞癌の発生リスクも高いです。
心臓の症状
心臓に、横紋筋腫と呼ばれる良性腫瘍が形成されることがあり、胎児期や新生児期に認められますが、自然に縮小または消失していきます。
ただし、不整脈や心機能障害を起こす事例も報告されているので注意が必要です。
肺の症状
肺の症状として、リンパ脈管筋腫症(LAM:肺の組織が異常に増殖する疾患)があります。
LAMは成人女性に発症し、進行性の呼吸機能障害を起こします。
LAMの症状 |
労作時呼吸困難 |
気胸 |
乳び胸 |
結節性硬化症の原因
結節性硬化症の原因は、TSC1遺伝子またはTSC2遺伝子に生じる変異です。
遺伝子変異のメカニズム
結節性硬化症の発症には、TSC1遺伝子またはTSC2遺伝子に起こる変異が関与しています。
TSC1遺伝子とTSC2遺伝子は、細胞の成長と分裂を制御するタンパク質を産生する役割があり、、体内の恒常性維持に不可欠です。
遺伝子に変異が生じると、本来の制御機能が失われ、細胞が過剰に増殖することで、体の様々な部位に腫瘍が形成されます。
遺伝形式と発症リスク
結節性硬化症の遺伝形式は常染色体優性遺伝で、変異した遺伝子を一つでも受け継ぐと発症する確率が高くなります。
親の遺伝子状態 | 子どもの発症リスク |
片方の親が罹患 | 50% |
両親とも健康 | 1-2% |
約60-70%の患者さんは、新規の遺伝子変異によって発症し、必ずしも遺伝だけが原因ではありません。
遺伝子変異の種類と影響
TSC2遺伝子の変異はTSC1遺伝子の変異よりも重度の症状を起こします。
変異の種類によっても症状の現れ方が異なり、以下のように分類されます。
- ミスセンス変異:タンパク質を構成するアミノ酸が1つ別のものに置き換わる
- ナンセンス変異:タンパク質の合成が途中で停止し、不完全なタンパク質が作られる
- フレームシフト変異:DNAの読み取り枠がずれ、全く異なるタンパク質が作られる
- スプライシング変異:タンパク質の一部が欠損し、機能不全を引き起こす
モザイク現象と症状の多様性
結節性硬化症では、モザイク現象と呼ばれる遺伝子変異のパターンが観察されることがあります。
これは、体の一部の細胞にのみ変異が起こる現象で、色とりどりのタイルを並べたモザイク画のように、正常な細胞と変異した細胞が混在する状態です。
モザイク現象の程度 | 症状の特徴 |
軽度 | 体の限られた部位に軽微な症状が現れる |
中度 | 複数の臓器に軽度から中程度の症状が見られる |
重度 | 全身に渡って重度の症状が現れる |
診察(検査)と診断
結節性硬化症の診断は、病歴聴取、身体診察、画像検査、遺伝子検査などを組み合わせて行われ、臨床診断基準と遺伝学的検査結果に基づいて確定診断が下されます。
初診時の診察と検査
結節性硬化症の問診では、皮膚の異常や神経症状など、この疾患に特徴的な徴候を観察し、検査が行われます。
初期の検査
- 皮膚検査(ウッド灯検査という特殊な光を使用する検査を含む)
- 眼科検査(目の検査)
- 神経学的診察(脳や神経の機能を調べる検査)
- 発達評価(小児の患者さんの場合)
画像診断
結節性硬化症の診断において重要なのは、画像検査です。
画像診断法
検査法 | 対象臓器 |
MRI | 脳 |
CT | 肺、腎臓 |
超音波 | 心臓、腎臓 |
MRIでは、脳室周囲の結節や皮質結節、白質病変などの特徴的な所見を確認し、CTスキャンは、肺のリンパ脈管筋腫症(LAM)や腎臓の血管筋脂肪腫(AML)の評価に用いられます。
心臓超音波検査では、新生児期や乳児期に見られることのある心臓横紋筋腫を検出することが可能です。
遺伝子検査
結節性硬化症の確定診断には、遺伝子検査が欠かせません。
TSC1遺伝子とTSC2遺伝子の変異を調べることで、診断の確実性が大幅に高まります。
遺伝子 | 染色体位置 |
TSC1 | 9q34 |
TSC2 | 16p13.3 |
遺伝子検査で、約85%の患者さんで原因となる遺伝子変異を特定できます。
結節性硬化症の治療法と処方薬、治療期間
結節性硬化症の治療法は、抗てんかん薬、mTOR阻害薬(細胞の増殖を抑える薬)、外科的治療を組み合わせて行います。
薬物療法
結節性硬化症の薬物療法は、てんかん発作の抑制と腫瘍の成長抑制が目的です。
抗てんかん薬は、脳内の異常な電気活動を抑え、発作を制御するために用いられ、mTOR阻害薬は、細胞増殖のブレーキ役として働き、腫瘍の成長を遅らせる効果があります。
薬剤の種類 | 作用 | 薬剤名 | 注意点 |
抗てんかん薬 | 発作の抑制 | バルプロ酸、レベチラセタム | 眠気や食欲変化に注意 |
mTOR阻害薬 | 腫瘍成長の抑制 | エベロリムス、シロリムス | 感染症リスクに注意 |
外科的治療の役割
薬物療法だけでは十分な効果が得られなかったり、特定の症状に対して即効性のある改善が必要なときには、外科的治療が有力な選択肢です。
てんかん発作の原因となっている脳の一部を切除する手術や、顔面に現れる特徴的な皮膚の腫瘍(血管線維腫)を除去する美容外科的な処置などが、外科的アプローチとして挙げられます。
結節性硬化症の治療における副作用やリスク
結節性硬化症の治療は、mTOR阻害剤や抗てんかん薬などの薬物療法、外科的介入、放射線療法があり、各治療法には特有の副作用やリスクが伴います。
mTOR阻害剤の副作用
mTOR阻害剤は、結節性硬化症の治療において中心的な薬剤です。
mTOR阻害剤の副作用
- 口内炎(口の中の炎症)
- 下痢
- 皮疹(皮膚に出る発疹)
- 感染症にかかりやすくなること
- 高コレステロール血症(血液中のコレステロール値が高くなる状態)
mTOR阻害剤の使用中は、定期的な血液検査や尿検査を欠かさず行うことが大切です。
特に、肺炎などの呼吸器感染症には細心の注意を払う必要があります。
副作用 | 頻度 |
口内炎 | 高 |
下痢 | 中 |
皮疹 | 中 |
抗てんかん薬の副作用
結節性硬化症に伴うてんかん発作をコントロールするために、抗てんかん薬が使用されます。
抗てんかん薬の副作用は、眠気、めまい、吐き気、体重が増えるなどです。
また、一部の抗てんかん薬では、重篤な皮膚反応や肝臓の機能に障害が生じる事例も報告されています。
外科的治療のリスク
結節性硬化症の治療において、外科的な処置が必要になることがあります。
薬物治療では十分に制御できない難治性てんかんに対する脳の手術や、腎臓にできた血管筋脂肪腫(腎臓の良性腫瘍の一種)を取り除く手術などがあり、リスクが伴います。
手術部位 | リスク |
脳 | 出血、感染、後遺症 |
腎臓 | 出血、腎機能低下 |
脳の手術では、てんかん発作が改善される見込みがある一方で、脳の機能に影響を及ぼす合併症のリスクもあるので、注意が必要です。
放射線療法の副作用
放射線療法は、脳室上衣下巨細胞性星細胞腫(SEGA:脳室近くにできる特殊な腫瘍)の治療に用いられます。
放射線療法を受けた直後に現れる副作用は、頭痛、吐き気、体のだるさです。
長期的には、思考や記憶などの認知機能に影響が出たり、新たな腫瘍が発生したりするリスクもあります。
血管塞栓術のリスク
腎臓の血管筋脂肪腫に対する血管塞栓術は、体への負担が比較的少ない治療法ですが、も特有のリスクもあります。
血管塞栓術のリスク
- 塞栓後症候群(発熱、腹痛、吐き気などの症状が現れる状態)
- 腎臓の働きが一時的に低下すること
- 意図しない部位の血管が詰まってしまうこと
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
外来診療の費用
外来診療では、定期的な検査や投薬が行われます。
MRI検査は1回あたり15,000円から30,000円、血液検査は5,000円から10,000円程度です。
検査項目 | 自己負担額(保険適用後) |
MRI検査 | 15,000円~30,000円 |
血液検査 | 5,000円~10,000円 |
薬剤費
抗てんかん薬やmTOR阻害薬などの薬剤費は高額で、エベロリムスなどのmTOR阻害薬は、月額10万円以上の自己負担になります。
入院治療の費用
脳腫瘍の手術では、約50万円から100万円の自己負担が見込まれます。
その他の治療費
結節性硬化症の治療には、以下のような費用も含まれることがあります。
- リハビリテーション(1回あたり3,000円~5,000円)
- 心理カウンセリング(1回あたり5,000円~10,000円)
- 皮膚科的処置(1回あたり5,000円~15,000円)
治療内容 | 自己負担額(概算) |
リハビリ | 3,000円~5,000円/回 |
心理カウンセリング | 5,000円~10,000円/回 |
以上
Henske EP, Jóźwiak S, Kingswood JC, Sampson JR, Thiele EA. Tuberous sclerosis complex. Nature reviews Disease primers. 2016 May 26;2(1):1-8.
Crino PB, Nathanson KL, Henske EP. The tuberous sclerosis complex. New England Journal of Medicine. 2006 Sep 28;355(13):1345-56.
Orlova KA, Crino PB. The tuberous sclerosis complex. Annals of the New York Academy of Sciences. 2010 Jan;1184(1):87-105.
Leung AK, Robson WL. Tuberous sclerosis complex: a review. Journal of Pediatric Health Care. 2007 Mar 1;21(2):108-14.
Islam MP, Roach ES. Tuberous sclerosis complex. Handbook of clinical neurology. 2015 Jan 1;132:97-109.
Schwartz RA, Fernández G, Kotulska K, Jóźwiak S. Tuberous sclerosis complex: advances in diagnosis, genetics, and management. Journal of the American Academy of Dermatology. 2007 Aug 1;57(2):189-202.
Gomez MR, Sampson JR, Whittemore VH, editors. Tuberous sclerosis complex. Oxford University Press; 1999 Jul 15.
Northrup H, Krueger DA, Roberds S, Smith K, Sampson J, Korf B, Kwiatkowski DJ, Mowat D, Nellist M, Povey S, de Vries P. Tuberous sclerosis complex diagnostic criteria update: recommendations of the 2012 International Tuberous Sclerosis Complex Consensus Conference. Pediatric neurology. 2013 Oct 1;49(4):243-54.
Curatolo P, Verdecchia M, Bombardieri R. Tuberous sclerosis complex: a review of neurological aspects. European Journal of Paediatric Neurology. 2002 Jan 1;6(1):15-23.
Gómez MR. History of the tuberous sclerosis complex. Brain and Development. 1995 Jan 1;17:55-7.