血管性認知症 – 脳・神経疾患

血管性認知症(vascular dementia)とは、脳血管の障害によって起きる認知症の一種です。

この疾患では、脳内の血管に問題が生じることで、脳組織への血流が減少または遮断されます。

脳細胞が十分な酸素や栄養を受け取れなくなり、やがて機能不全に陥り、認知機能(記憶、思考、判断などの能力)に障害が生じます。

血管性認知症と関連している疾患は、脳卒中や動脈硬化などの血管性疾患です。

早期診断と対応を行うことで症状の進行を遅延させ、生活の質を維持できる可能性が高まります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

血管性認知症の主な症状

血管性認知症の症状は、脳の血管障害に起因する認知機能の低下と身体機能の変化が特徴的です。

認知機能の低下

血管性認知症では脳の血管障害により認知機能が低下し、近時記憶(最近の出来事を思い出す能力)に影響を与え、生活で必要な情報の記憶や想起が困難になります。

注意力と集中力の低下も顕著で、複数のことを同時にこなすことが難しくなり、実行機能の障害も見られます。

思考速度の低下

思考のスピードが遅くなることも、血管性認知症の特徴的な症状の一つです。

症状特徴
思考速度の低下反応が遅くなる、会話のテンポが遅くなる
情報処理能力の低下新しい情報の理解や処理に時間がかかる
判断力の低下状況に応じた判断が難しくなる

言語機能の変化

言語機能にも影響が現れ、コミュニケーションに支障をきたします。

見られる症状

  • 言葉の理解力の低下:他者の話す内容を正確に理解することが難しくなる
  • 正しい言葉を見つけることの困難さ:伝えたいことを言葉で表現できない
  • 会話の流れを追うことの難しさ:複数人での会話で話題についていけなくなる
  • 読み書き能力の低下:文章の理解や作成に時間がかかる、または困難になる

運動機能の変化

血管性認知症では認知機能の低下だけでなく、身体機能にも変化が現れます。

症状詳細影響
歩行障害小刻み歩行、ふらつき移動の困難さ、転倒リスクの増加
バランス障害立位や歩行時の不安定さ日常動作の制限、自信の喪失
筋力低下全身の筋力が低下する日常生活動作の困難さ、疲労感の増加

感情と行動の変化

血管性認知症では感情のコントロールが難しくなり、急激な感情の変化や、状況にそぐわない感情表現が見られます。

これは脳の血管障害によって感情を制御する脳の領域が影響を受けているためです。

また、意欲の低下や無気力さもよく見られる症状の一つで、以前は楽しんでいた活動への興味を失ったり、日常的なことに取り組む意欲が低下します。

感情・行動の変化詳細
感情の不安定さ些細なことで怒りっぽくなる、涙もろくなる
意欲の低下趣味や日常的な活動への興味の喪失
社会的な引きこもり人との交流を避ける傾向が強くなる

血管性認知症の原因

血管性認知症は、脳内の血管に障害が生じることで認知機能の低下が起こる神経変性疾患です。

血管性認知症の主な原因

血管性認知症の主な原因は、脳内の血流障害です。

血流障害によって、脳細胞に十分な酸素や栄養が供給されなくなり、脳の機能が著しく低下していきます。

血流障害の要因
動脈硬化血管壁の肥厚と硬化
高血圧血管への過度な圧力
血栓形成血液の凝固塊

要因は単独で作用することもありますが、多くの場合、複合的に脳血管を損傷し、血液の流れを阻害します。

血管の損傷が進行すると、脳組織の一部が壊死する脳梗塞や、血管が破裂して出血する脳出血などの重篤な事態を引き起こすのです。

遺伝と環境要因

血管性認知症の発症には、遺伝的な素因と生活環境も関与しています。

環境要因

  • 喫煙習慣
  • 過度のアルコール摂取
  • 栄養バランスの偏った食生活
  • 慢性的な運動不足
  • 長期的なストレス

長年にわたる不健康な生活習慣の積み重ねは、動脈硬化や高血圧の進行を加速させ、脳血管障害のリスクを飛躍的に上昇させます。

年齢と血管性認知症の関係

年齢を重ねることは、血管性認知症の発症リスクを高める重要な因子です。

年齢層リスク度
65歳未満
65-74歳
75歳以上

加齢に伴い血管の弾力性が徐々に失われていき、血液を効率よく送り出す能力が低下していきます。

高齢者の脳は、若年者と比較して血流障害に対する抵抗力が弱く、わずかな血流の変化でも認知機能に大きな影響を及ぼすことが特徴です。

関連要因

血管性認知症の発症には、上記以外にもいくつかの重要な要因が関与していることが分かってきました。

  • 糖尿病 長期的に血管を傷つけ、脳血流を悪化させる生活習慣病
  • 高コレステロール血症 動脈硬化の進行を加速させ、血管性認知症のリスクを著しく高める
  • 心房細動などの不整脈 脳塞栓症を起こし、突発的な脳血流障害の原因となる

それぞれが単独である場合でも血管性認知症のリスクを高めますが、複数の要因が重なり合うと、リスクは相乗的に増大します。

関連疾患血管性認知症への影響
糖尿病血管損傷の加速
高コレステロール血症動脈硬化の促進
心房細動脳塞栓症のリスク上昇

診察(検査)と診断

血管性認知症の診断は、問診、神経学的診察、認知機能検査、画像診断などの様々な方法を組み合わせて行います。

問診と神経学的診察

血管性認知症の問診では、患者さんやご家族から病歴を聴取し、認知機能の変化や日常生活への影響を把握します。

この際、いつ頃から症状が始まったか、どのように進行してきたかなど、時間的な経過の確認も大切です。

神経学的診察では、反射機能、運動機能、感覚機能を評価し、脳血管障害の兆候探ります。

診察項目評価内容
問診認知機能の変化、生活への影響物忘れの程度、日常生活の困難さ
神経学的診察反射機能、運動機能、感覚機能歩行の様子、手足の動き、感覚の鋭敏さ

認知機能検査

認知機能検査は、血管性認知症の診断において患者さんの認知能力を客観的に評価するための方法です。

代表的な検査

  • 簡易認知機能検査:全般的な認知機能を30点満点で評価する簡易テスト
  • モントリオール認知機能評価:より詳細な認知機能評価が可能なテスト
  • 時計描画テスト:視空間認知や実行機能を評価する簡単なテスト
  • 言語流暢性テスト:言語機能や思考の柔軟性を評価するテスト

画像診断

画像診断も脳の状態を直接観察できるため、非常に重要です。

検査方法目的特徴
コンピュータ断層撮影(CT)脳出血、梗塞の検出短時間で撮影可能、骨の状態も確認可能
磁気共鳴画像法(MRI)脳の構造的変化の詳細な評価軟部組織の詳細な観察が可能、放射線被曝なし
脳血流シンチグラフィ脳血流の評価脳の機能的な状態を評価可能

確定診断

確定診断は、臨床診断に加えて、画像診断で明確な血管性変化が認められることで行われます。

MRIで複数の梗塞巣や広範な白質病変が確認された場合、血管性認知症の診断の確実性が高いです。

血管性認知症の治療法と処方薬、治療期間

血管性認知症の治療は、原因となる血管障害の改善と認知機能の維持を目指し、薬物療法と非薬物療法を組み合わせて行います。

薬物療法の基本方針

血管性認知症の薬による治療は脳の血液の流れを改善し、脳の機能を守ることが目的です。

よく使われる薬には、脳循環改善薬(脳の血流を良くする薬)や、抗血小板薬(血液が固まりにくくする薬)があります。

薬の種類働き
脳循環改善薬脳の血流量を増やす
抗血小板薬血栓ができるのを防ぐ

また、高血圧や糖尿病などの持病がある方は、病気に対する薬も一緒に使うことが、血管性認知症の進行を遅らせるために欠かせません。

非薬物療法の重要性

薬による治療と並行して、薬を使わない治療法も血管性認知症の治療に重要です。

非薬物療法

  • リハビリテーション(体や頭を使った訓練)
  • 認知トレーニング(記憶力や思考力を鍛える練習)
  • 運動療法(体を動かすことで脳の働きを活性化する)
  • 食事療法(脳に良い栄養をとる)

患者さんの頭の働きや日常生活での動作を維持したり、少しずつ良くしていくことを目指します。

治療期間と経過の見守り

血管性認知症の治療は、長い目で見て取り組むことが必要です。

治療の段階期間
初期治療3〜6ヶ月
維持治療継続

初期治療では使っている薬の効果を確認し、薬の種類や量を調整し、維持治療では、定期的に病院に通って診察や検査を受けながら、治療の効果を継続的に確認します。

血管性認知症の治療における副作用やリスク

血管性認知症の治療では、薬物療法やリハビリテーションなどの方法が用いられますが、治療法には予期せぬ副作用やリスクが伴うこともあります。

薬物療法の副作用

血管性認知症の治療に用いられる薬物には、認知機能改善薬や抗血小板薬などがあり、薬剤には様々な副作用のリスクがあります。

認知機能改善薬の副作用は、消化器症状や頭痛などです。

薬剤副作用注意点
コリンエステラーゼ阻害薬吐き気、下痢、食欲不振食事と一緒に服用すると軽減することがある
NMDA受容体拮抗薬めまい、頭痛、便秘徐々に増量することで副作用を軽減できる場合がある

抗血小板薬の使用では出血リスクに注意が必要で、軽微な打撲でも皮下出血を起こしやすくなったり、歯磨き時に歯茎からの出血が増えることがあります。

降圧療法のリスク

血管性認知症の進行予防のために血圧管理が行われますが、過度の降圧は脳血流を低下させ、認知機能にさらなる悪影響を及ぼす危険性があります。

急激な血圧低下はめまいや失神のリスクを高め、高齢者では転倒や骨折につながる危険性があるので注意が必要です。

抗精神病薬使用のリスク

行動・心理症状(BPSD:認知症に伴う不安やうつ、幻覚などの症状)の管理のために抗精神病薬が使用されることがありますが、リスクがあります。

副作用対策
錐体外路症状パーキンソン症状(手の震えなど)、アカシジア(落ち着きのなさ)用量調整、他剤への変更
代謝異常体重増加、脂質異常症定期的な血液検査、食事指導
眠気日中の過度の眠気、夜間の不眠服薬時間の調整

抗精神病薬の使用は脳卒中や死亡リスクの増加との関連が指摘されており、使用する場合は最小限の用量で、短期間に限定することが大切です。

抗凝固療法のリスク

心房細動(不整脈の一種)を合併する患者さんでは抗凝固療法が必要で、出血リスクの増加に注意を払う必要があります。

特に、頭蓋内出血のリスクは慎重に評価し、定期的な画像検査や血液検査によるモニタリングが重要です。

リスク因子注意点
高血圧血圧のコントロールが不十分な場合、出血リスクが高まる
転倒しやすさ頭部打撲による頭蓋内出血のリスクが増加する
腎機能低下薬物の体内蓄積により、出血リスクが高まる可能性がある

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

外来診療の費用

外来診療では、定期的な診察や検査を行います。

項目概算費用
MRI検査5,000円〜15,000円
血液検査1,000円〜3,000円

入院治療の費用

症状が進行した際には、入院が必要です。

入院期間概算費用
1週間50,000円〜100,000円
1ヶ月200,000円〜400,000円

薬剤費

主に使われる薬の費用

  • 脳循環改善薬:月額3,000円〜10,000円
  • 抗血小板薬:月額2,000円〜8,000円

リハビリテーション費用

リハビリテーションは認知機能の維持に不可欠です。

リハビリ種類1回あたりの費用
理学療法1,000円〜3,000円
作業療法1,000円〜3,000円

以上

References

T O’Brien J, Thomas A. Vascular dementia. The Lancet. 2015 Oct 24;386(10004):1698-706.

Korczyn AD, Vakhapova V, Grinberg LT. Vascular dementia. Journal of the neurological sciences. 2012 Nov 15;322(1-2):2-10.

Lee AY. Vascular dementia. Chonnam medical journal. 2011 Aug 1;47(2):66-71.

Iadecola C. The pathobiology of vascular dementia. Neuron. 2013 Nov 20;80(4):844-66.

Román GC, Tatemichi TK. Vascular dementia. Neurology. 1993 Oct;43(10):2160-.

Hachinski VC, Bowler JV, Loeb C. Vascular dementia. Neurology. 1993 Oct;43(10):2159-.

Kalaria RN. The pathology and pathophysiology of vascular dementia. Neuropharmacology. 2018 May 15;134:226-39.

Khan A, Kalaria RN, Corbett A, Ballard C. Update on vascular dementia. Journal of geriatric psychiatry and neurology. 2016 Sep;29(5):281-301.

Hébert R, Brayne C. Epidemiology of vascular dementia. Neuroepidemiology. 1995 Aug 22;14(5):240-57.

Iemolo F, Duro G, Rizzo C, Castiglia L, Hachinski V, Caruso C. Pathophysiology of vascular dementia. Immunity & Ageing. 2009 Dec;6:1-9.

免責事項

当記事は、医療や介護に関する情報提供を目的としており、当院への来院を勧誘するものではございません。従って、治療や介護の判断等は、ご自身の責任において行われますようお願いいたします。

当記事に掲載されている医療や介護の情報は、権威ある文献(Pubmed等に掲載されている論文)や各種ガイドラインに掲載されている情報を参考に執筆しておりますが、デメリットやリスク、不確定な要因を含んでおります。

医療情報・資料の掲載には注意を払っておりますが、掲載した情報に誤りがあった場合や、第三者によるデータの改ざんなどがあった場合、さらにデータの伝送などによって障害が生じた場合に関しまして、当院は一切責任を負うものではございませんのでご了承ください。

掲載されている、医療や介護の情報は、日付が付されたものの内容は、それぞれ当該日付現在(又は、当該書面に明記された時点)の情報であり、本日現在の情報ではございません。情報の内容にその後の変動があっても、当院は、随時変更・更新することをお約束いたしておりませんのでご留意ください。