von Hippel-Lindau病 – 脳・神経疾患

von Hippel-Lindau病(von Hippel-Lindau disease)とは、特定の遺伝子に変異が生じることで発症する、遺伝性疾患です。

この病気では、身体のさまざまな部位に良性または悪性の腫瘍や嚢胞が複数形成されます。

影響を受けやすい臓器は、網膜、脳、脊髄、腎臓、膵臓、副腎などです。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

von Hippel-Lindau病の主な症状

von Hippel-Lindau病は、いろいろ臓器に腫瘍や嚢胞を形成する遺伝性疾患です。

中枢神経系にみられる症状

von Hippel-Lindau病の特徴的な所見の一つは、脳や脊髄に発生する血管芽腫(血管が異常に増殖する腫瘍)です。

血管芽腫により、頭痛や嘔吐、めまい、視力障害が起き場合が起き、また、脊髄に発生した際には、運動障害や感覚異常といった神経学的症状が生じます。

症状関連する腫瘍
頭痛脳血管芽腫
嘔吐脳血管芽腫
めまい小脳血管芽腫
視力障害網膜血管腫

腎臓に関連する症状

von Hippel-Lindau病では、腎臓にも腫瘍が発生することがあり、その中でも腎細胞癌は重要な合併症です。

初期段階では無症状であることが多いですが、進行すると腹部の痛みや血尿、体重減少などの症状が現れます。

膵臓に関する症状

膵臓もvon Hippel-Lindau病の影響を受ける臓器の一つです。

膵臓には嚢胞や神経内分泌腫瘍(ホルモンを分泌する細胞から発生する腫瘍)が発生することがあり、腹痛や消化不良、糖尿病などの症状が現れます。

ホルモン産生腫瘍の場合、過剰なホルモン分泌に起因する特有の症状が見られます。

膵臓の症状と関連する病変

  • 腹痛
  • 消化不良
  • 糖尿病
  • ホルモン過剰による症状(インスリノーマによる低血糖)

副腎における症状

von Hippel-Lindau病の患者さんでは、副腎に褐色細胞腫が発生することがあります。

この腫瘍は、カテコールアミンと呼ばれるホルモンを過剰に分泌し、様々な自律神経症状を起こします。

代表的な症状は、突然現れる高血圧、動悸、頭痛、発汗過多です。

症状関連するホルモン
高血圧アドレナリン
動悸ノルアドレナリン
頭痛アドレナリン
発汗過多ノルアドレナリン

生殖器系にみられる症状

男性患者さんの場合、精巣上体に良性の嚢胞腺腫が発生することがあります。

痛みを伴わないことが多いですが、大きくなると違和感や痛みを感じます。

女性患者さんでは、子宮頸部や広間膜に嚢胞が発生することがありますが、症状を起こすことはまれです。

性別発生部位病変
男性精巣上体嚢胞腺腫
女性子宮頸部・広間膜嚢胞

von Hippel-Lindau病の原因

von Hippel-Lindau病(VHL病)は、VHL遺伝子と呼ばれる特定の遺伝子に変異が生じることで起こる遺伝性疾患です。

VHL遺伝子の本来の働き

VHL遺伝子は、体内で腫瘍の発生を抑える「腫瘍抑制遺伝子」です。

健康な状態では、この遺伝子は細胞が異常に増殖するのを防ぐ大切な役割を果たしています。

VHL遺伝子は新しい血管を作り出す過程(血管新生)や細胞が分裂・増殖するタイミングを制御するタンパク質の分解を促進する機能があり、細胞の秩序ある成長と増殖を維持しています。

遺伝子変異が起こるメカニズム

VHL病では、VHL遺伝子に変異が生じ、本来の機能を失ってしまいます。

遺伝子の変異は、親から子へと受け継がれる「常染色体優性遺伝」です。

遺伝形式特徴
常染色体優性遺伝両親のどちらか一方から変異遺伝子を受け継ぐだけで発症する
新規変異まれに、両親から受け継いでいないのに、子どもの代で新たに変異が発生する

遺伝子変異がもたらす影響

VHL遺伝子の変異は、体内で以下のような複数の影響を及ぼすことが分かっています。

  • 新しい血管が必要以上に作られやすくなる(血管新生の促進)
  • 細胞の分裂・増殖のサイクルが正常に保てなくなる(細胞周期の異常)
  • 本来なら死ぬべき異常な細胞が生き残ってしまう(アポトーシスの抑制)
  • 細胞内のエネルギー生産や物質の代謝に異常が生じる(代謝異常)

要因が複雑に絡み合うことで、体の複数の臓器で腫瘍が発生するリスクが通常よりも高くなります。

二段階発がん仮説からみるVHL病

VHL病で腫瘍が形成されるメカニズムを説明する上で、「二段階発がん仮説」という考え方が広く受け入れられています。

この仮説によると、VHL病における腫瘍の発生には、2つの段階を経ることが必要です。

  1. 生まれた時点で、すでに片方のVHL遺伝子に変異が存在している状態
  2. 成長の過程で、もう片方の正常だったVHL遺伝子にも後天的に変異が生じる状態
ステップ遺伝子の状態
第1段階2つあるVHL遺伝子のうち、1つに変異がある
第2段階残りの正常だったVHL遺伝子にも変異が起こり、2つとも機能を失う

両方のVHL遺伝子が正常な働きを失うことで、細胞の異常な増殖を抑える能力が完全になくなり、腫瘍が形成されやすくなります。

診察(検査)と診断

von Hippel-Lindau病の診断は問診と身体診察から始まり、画像検査や生化学的検査、遺伝子検査を経て、臨床診断基準に基づいて総合的に判断されます。

問診と身体診察

von Hippel-Lindau病の診断では、患者さんの家族歴や既往歴を聴取し、特徴的な症状の有無を確認していきます。

身体診察では、血圧測定や神経学的検査を含む全身的な評価を行い、疾患の可能性を見極めます。

画像検査

von Hippel-Lindau病の中枢神経系の評価には、MRI(磁気共鳴画像法)が用いられ、脳や脊髄の詳細な構造を可視化します。

腹部臓器の検査には、CTや超音波検査が効果的で、腎臓や膵臓などの異常を捉えることが可能です。

網膜血管腫の診断には、眼底検査や蛍光眼底造影が実施され、目の奥にある微細な血管の異常を確認します。

検査部位画像検査法
脳・脊髄MRI
腹部臓器CT, 超音波
網膜眼底検査

生化学的検査

von Hippel-Lindau病の診断過程では、生化学的検査が補助的な役割を果たします。

褐色細胞腫(副腎に発生する腫瘍の一種)の評価には、血中や尿中のカテコールアミン(ストレス時に分泌されるホルモン)濃度測定が行われ、濃度は腫瘍の活動性を判断する指標です。

また、膵臓の内分泌腫瘍が疑われる場合には、関連するホルモン検査が実施され、腫瘍の機能的側面を評価します。

遺伝子検査

VHL遺伝子(von Hippel-Lindau病の原因遺伝子)の変異を同定することで、診断の確実性が大幅に向上します。

遺伝子検査は、患者さんの血液サンプルから抽出したDNAを用いて行われ、最新の遺伝子解析技術によって調べられます。

検査結果の解釈には専門的な知識が必要なため、遺伝カウンセリングを併せて行うことが大切です。

遺伝子検査の手順

  1. 血液サンプルの採取
  2. DNAの抽出
  3. VHL遺伝子の配列解析
  4. 変異の同定と解釈
  5. 結果説明と遺伝カウンセリング

臨床診断基準

von Hippel-Lindau病の臨床診断は、国際的に認められた特定の基準に基づいて行われます。

以下の条件のいずれかを満たす場合、臨床的にvon Hippel-Lindau病と診断されることがほとんどです。

診断基準内容
1家族歴なし、2つ以上の特徴的腫瘍
2家族歴あり、1つ以上の特徴的腫瘍

von Hippel-Lindau病の治療法と処方薬、治療期間

von Hippel-Lindau病(VHL病)の治療は、手術、放射線治療、薬物療法を組み合わせて行われます。

手術療法

脳や脊髄にできる血管芽腫(血管が異常に増殖した腫瘍)、網膜血管腫、腎細胞がんなどの腫瘍に対しては、外科的に切除することが多いです。

腫瘍の種類手術方法
脳血管芽腫頭蓋骨を開いて行う開頭手術
網膜血管腫レーザーを使って血管を固める光凝固術
腎細胞がん腎臓の一部だけを切除する腎部分切除術

放射線療法

手術が難しい場所にある腫瘍や、完全に取り除くことが困難な腫瘍に対しては、放射線療法が選ばれます。

脳や脊髄の血管芽腫に対しては、ガンマナイフやサイバーナイフと呼ばれる高精度な放射線治療が効果的です。

放射線療法は、腫瘍の周りにある正常な組織へのダメージを最小限に抑えながら、腫瘍に対して集中的に高い線量の放射線を当てられます。

放射線療法は外来で受けられ、治療は1回から数回です。

薬物療法

VHL病の治療において、分子標的薬と呼ばれる新しいタイプの薬が注目を集めています。

血管内皮増殖因子(VEGF)という、血管の新生を促進するタンパク質を標的とする薬が効果を示しています。

代表的な薬剤

  • スニチニブ
  • パゾパニブ
  • アキシチニブ
  • ベバシズマブ

分子標的薬は、進行性の腎細胞がんや、膵臓にできる神経内分泌腫瘍(ホルモンを分泌する細胞からできる腫瘍)の治療に使用されます。

薬剤名標的
スニチニブVEGFR(血管内皮増殖因子受容体)、PDGFR(血小板由来増殖因子受容体)
パゾパニブVEGFR、PDGFR、c-KIT(幹細胞因子受容体)

薬物療法は通常、長期間にわたって続けられますが、効果と副作用のバランスを見ながら、適宜、薬の量を調整していきます。

経過観察

新しい腫瘍を早期に発見し、迅速に対応するため、次のような検査が定期的に行われます。

  • MRIやCTを使った脳・脊髄・お腹の画像検査
  • 目の奥(眼底)を調べる検査
  • 血液検査や尿検査
  • 聴力を調べる検査

検査は、6ヶ月から1年ごとに実施されることが多いです。

検査の種類目的
MRI・CT脳、脊髄、腹部の腫瘍の有無や大きさを確認
眼底検査網膜の血管腫を発見
血液・尿検査全身の健康状態や腫瘍マーカーをチェック

von Hippel-Lindau病の治療における副作用やリスク

von Hippel-Lindau病の治療は、体内に発生した腫瘍の種類や位置に応じて様々な方法が選択されますが、各治療法には特有の副作用やリスクがあります。

外科的治療のリスク

von Hippel-Lindau病の治療において、外科的介入は重要な選択肢の一つです。

ただし、手術には一般的な合併症リスクである出血や感染、麻酔に関連する問題が生じる可能性があります。

中枢神経系(脳や脊髄)の腫瘍摘出では、周囲の正常な神経組織を傷つけてしまうことがあるため、神経機能障害のリスクが高いです。

手術部位リスク
麻痺、言語障害
脊髄運動・感覚障害

放射線療法の副作用

放射線療法の急性期(治療直後から数週間)の副作用として見られるのは、強い疲労感や照射部位の皮膚炎(皮膚の赤みや痛み)です。

長期的には、放射線壊死(照射された組織が死んでしまうこと)や二次性悪性腫瘍のリスクがあります。

脳への照射を受けた患者さんでは、認知機能の低下が起こる可能性も考慮します。

薬物療法のリスクと副作用

von Hippel-Lindau病の治療に用いられる薬物療法には、いろいろな副作用が伴います。

抗血管新生薬(腫瘍の血管新生を抑制する薬)は、を引き起こすことがあり、定期的な血圧測定と尿検査が必要です。

また、これらの薬剤は創傷治癒の遅延や出血リスクの増加があるため、手術や歯科治療を受ける際には特別な注意を払います。

薬物療法の副作用

  • 消化器症状(悪心、嘔吐、下痢)
  • 疲労感
  • 手足症候群(手のひらや足の裏の痛みやむくみ)
  • 甲状腺機能低下
  • 骨髄抑制(血液細胞の生成が抑えられる状態)

内分泌系への影響

von Hippel-Lindau病の治療での副腎や膵臓の手術後、臓器が分泌するホルモンのバランスが崩れ、身体の様々な機能に影響を与えることがあります。

特に、両側の副腎を摘出した場合、副腎不全のリスクが高まるので、長期的なホルモン補充療法が必要です。

摘出臓器内分泌学的影響
副腎副腎不全
膵臓糖尿病

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

手術療法にかかる費用

脳腫瘍の摘出手術の場合、保険適用後費用は約30万円から50万円です。

網膜血管腫に対するレーザー治療では、1回あたり約5万円から10万円の自己負担になります。

手術の種類患者負担額(概算)
脳腫瘍摘出30万円〜50万円
網膜レーザー治療5万円〜10万円/回

放射線治療の費用

ガンマナイフやサイバーナイフなどの定位放射線治療は、1回の治療で約20万円から30万円です。

薬物療法にかかる費用

分子標的薬の薬剤費は、月に10万円から20万円程度です。

代表的な薬剤の月額費用

  • スニチニブ:約15万円
  • パゾパニブ:約12万円
  • ベバシズマブ:約18万円

定期検査の費用

VHL病の管理には、定期的な検査が不可欠です。

検査の種類患者負担額(概算)
MRI1.5万円〜2万円/回
CT1万円〜1.5万円/回

以上

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