男性乳癌(male breast cancer)とは、男性の胸部にある乳腺組織から発生する悪性の腫瘍のことです。
乳癌は女性特有の病気だと思われがちですが、男性にも少ないながら発症します。
男性の胸にも乳腺組織が存在するため、そこから癌細胞が生まれることがあります。
発症の頻度を見ると女性の乳癌患者と比べてかなり低く、全乳癌患者のうちわずか1%程度ですが、男性は乳癌に対する意識が低いため発見が遅れがちです。
男性乳癌の主な症状
男性乳癌の症状には、腫瘤(しゅりゅう)の触知、乳頭の変化、皮膚の異常があります。
腫瘤
男性乳癌でよく見られる症状は、乳房に腫瘤(しこり)で、乳頭周囲や胸部中央に発生し、痛みはなく、硬く、可動性は乏しいです。
ただし、疼痛を伴うこともあるため、痛みの有無のみで判断することはできません。
腫瘤の特徴 | 頻度 |
無痛性 | 高い |
硬性 | 高い |
可動性不良 | 高い |
有痛性 | 低い |
乳頭の変化
乳頭の変化も、男性乳癌の症状の一つです。
- 乳頭陥凹
- 乳頭分泌
- 乳頭周囲皮膚の変色や肥厚
皮膚の異常
男性乳癌では、乳房の皮膚に異常所見が現れます。
注意すべき皮膚の変化
皮膚の変化 | 特徴 |
発赤 | 乳房の一部に紅斑が出現する |
浮腫 | 皮膚の浮腫性肥厚が認められる |
でこぼこ | オレンジピール様の凹凸が生じる |
潰瘍形成 | 皮膚の連続性が破綻する |
リンパ節腫脹
男性乳癌が進行すると腋窩や鎖骨周囲のリンパ節腫脹が認められ、無痛性で、硬結として現れます。
ただし、他の疾患でも同様の症状が生じることもあるので、リンパ節腫脹のみで男性乳癌と断定することはできません。
その他の症状
主要症状以外にも、男性乳癌ではいくつかの症状が見られます。
- 乳房の形態や大きさの変化
- 乳房の左右非対称性の増大
- 乳房周囲の疼痛や知覚異常
男性乳癌の原因
男性乳癌は遺伝的背景、ホルモンバランスの変化、環境要因など、さまざまな要素が絡み合って発症リスクを高めます。
遺伝的要因
男性乳癌の発症には、BRCA1やBRCA2遺伝子(乳がん遺伝子)の変異が関係しています。
遺伝子は本来、細胞の成長と分裂を抑える働きがありますが、変異が起こると乳癌を発症するリスクが上昇します。
遺伝子 | 乳癌リスク増加率 |
BRCA1 | 約1% |
BRCA2 | 約6% |
ホルモンバランスの乱れ
男性の体内ではエストロゲン(女性ホルモン)の産生量が少ないですが、何らかの要因でエストロゲンレベルが上昇したり、逆にテストステロン(男性ホルモン)レベルが低下すると、乳腺組織に異常が生じます。
ホルモンバランスの乱れは、肥満や肝臓の病気、甲状腺の機能障害などが原因です。
環境因子と生活習慣
環境要因や生活習慣も、男性乳癌の発症リスクに影響を与えます。
- 放射線に晒される機会が多い
- お酒を過度に飲む
- 長期間にわたって高カロリーの食事を続ける
- 運動不足の生活を送る
- たばこを吸う
環境因子 | リスク上昇率 |
放射線への過度の曝露 | 約20% |
過度の飲酒 | 約15% |
運動不足 | 約10% |
年齢と男性乳癌の関係性
年齢もまた男性乳癌の発症リスクに大きく関わり、60歳を超えた男性で発症リスクが高いです。
加齢に伴って細胞が持つ修復能力が低下することや、長年にわたる環境因子への曝露が蓄積されていくことで起こります。
若い世代での発症は珍しいですが、家族の中に乳癌の患者さんがいる場合は注意が必要です。
年齢層 | 相対リスク |
40歳未満 | 1.0 |
40-59歳 | 2.5 |
60歳以上 | 5.0 |
職業による曝露と男性乳癌
特定の職業に就いていることで、男性乳癌のリスクが高まることがあることも分かっています。
該当するのは、高温環境で長時間働く仕事や、化学物質に継続的に触れる機会が多い職場環境です。
診察(検査)と診断
男性乳癌の診断は、問診と身体検査、そして各種の検査を組み合わせて行われます。
問診と視診
男性乳癌の診断は、症状や経過、家族の病歴、過去にかかった病気について、聞き取ります。
次に視診を行い、胸の形に変化がないか、皮膚に異常がないか、乳首に変化がないかを観察します。
触診
触診は、胸とその周りのリンパ節を触って調べる方法です。
しこりがないか、あればどのくらい硬いか、大きさはどうか、動くかどうかを調べ、また、脇の下や鎖骨の上のくぼみにあるリンパ節も触り、腫れや硬さを調べます。
触る場所 | 調べる項目 |
しこり | 大きさ、硬さ、動くかどうか |
リンパ節 | 腫れ、硬くなっているか |
乳首 | へこんでいないか、分泌物が出ていないか |
皮膚 | 赤くなっていないか、むくんでいないか、傷ができていないか |
画像検査
男性乳癌の診断では、画像を使った検査も臨床診断を裏付けるうえで大切です。
- マンモグラフィ(乳房専用のレントゲン検査)
- 超音波検査(エコー検査)
- MRI検査(強い磁石を使って体内の様子を詳しく見る検査)
- CT検査(レントゲンを使って体の断面を撮影する検査)
マンモグラフィは小さな石灰化(カルシウムのかたまり)を見つけられ、超音波検査はしこりの性質や内部の様子を調べるのに適しています。
MRIやCTは、病気が進んでいるときに病変がどこまで広がっているか、転移していないかを調べるのに使われる方法です。
生検
画像検査で異常が見つかると、最終的な確定診断のために組織を採取して調べる生検が行われます。
生検の方法
- 針生検(コア針生検)太い針を使って組織を採取する方法
- 吸引細胞診細い針を使って細胞を吸い取る方法
- 切開生検皮膚を切開して直接組織を採取する方法
生検の方法 | 特徴 |
針生検 | 局所麻酔で行える、組織の詳しい診断ができる |
吸引細胞診 | 体への負担が少ない、結果がすぐに分かる |
切開生検 | 大きな組織が取れる、全身麻酔が必要 |
病理検査と免疫組織化学検査
生検で採取した組織は顕微鏡で観察し、細胞の形や並び方のパターンから、がんの悪性度や種類を判断します。
さらに、免疫組織化学検査という染色方法を使い、ホルモン受容体(エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体)やHER2タンパクがどのくらいあるかを調べます。
男性乳癌の治療法と処方薬、治療期間
男性乳癌の治療は、手術、薬を使う治療、放射線を使う治療を組み合わせて行われます。
手術療法
男性乳癌を治療する際は乳房切除術が行われ、癌のある部分と周りの正常な組織を含めて、乳房全体を取り除きます。
同時に癌が広がっていないかを確認するため、センチネルリンパ節生検(最初に癌が転移する可能性のあるリンパ節を調べる方法)や腋窩リンパ節郭清(脇の下のリンパ節を広範囲に取り除く手術)も行われます。
多くの患者さんは数週間程度で日常生活に戻ることが可能です。
手術の種類 | 内容 |
乳房切除術 | 乳房全体を取り除く手術 |
センチネルリンパ節生検 | 最初に癌が広がる可能性のあるリンパ節を調べる |
腋窩リンパ節郭清 | 脇の下のリンパ節を広く取り除く手術 |
薬物療法
薬物療法は手術の前後や、転移性乳癌の治療に使われます。
薬物療法の種類
- ホルモン療法:タモキシフェンやアロマターゼ阻害剤を使い、癌の成長を抑える
- 化学療法:アンスラサイクリン系やタキサン系と呼ばれる強い抗癌剤を使い、癌細胞を直接攻撃
- 分子標的療法:HER2陽性乳癌(特定のたんぱく質が多い癌)に対して、トラスツズマブを使う
ホルモン療法は5年以上続けて行われ、化学療法は数か月間です。
放射線療法
放射線療法は、手術をした後に局所再発(同じ場所に再び現れること)を防ぐために行われます。
手術後4~6週間ほど経ってから始め、5~6週間かけて毎日少しずつ放射線を当てることが標準です。
放射線療法は外来で受けられ、1回の治療は数分程度で終わります。
放射線療法について | 内容 |
いつ始めるか | 手術後4~6週間たってから |
どのくらい続くか | 5~6週間 |
どのくらいの頻度か | 毎日(週に5回) |
フォローアップ
癌が再び現れたり、体の他の部分に広がっていないかを見つけるため、診察や血液検査、画像検査を定期的に行うことが大切です。
検査は5年間は3~6か月ごとに行われ、その後も年に1回は検査を続けます。
フォローアップの内容 | 頻度 |
診察・検査 | 最初の5年は3~6か月ごと |
長期的な経過観察 | 5年以降は年1回程度 |
男性乳癌の治療における副作用やリスク
男性乳癌の治療には、手術、放射線療法、化学療法、ホルモン療法を組み合わせて行い、それぞれに副作用とリスクがあります。
手術に関連する副作用とリスク
手術は男性乳癌治療の基本となる方法ですが、いくつかの副作用やリスクを伴います。
手術を受けた部分の痛みや腫れは、ほとんどの患者さんに見られるものです。
手術後に腕を動かしにくくなったり、手術でリンパ節(体内を流れるリンパ液をろ過する組織)を取り除くと、リンパ浮腫が出ることがあります。
手術後に起こりうること | 頻度 |
痛みや腫れ | 多くの人 |
腕を動かしにくくなる | ある程度の人 |
リンパ浮腫 | 少数の人 |
放射線療法の副作用
放射線療法では、放射線を当てた部分の皮膚が赤くなったり、乾燥したり、かゆくなったりします。
また、だるさや疲れを感じる患者さんも多く、これらの症状は治療を受けている間ずっと続きます。
まれに、肺炎や心臓への影響といった長く続く副作用が出ることも。
化学療法の副作用
化学療法は体全体に効果を発揮する治療法ですが、同時に多くの副作用を起こします。
- 吐き気や嘔吐
- 髪の毛が抜ける
- 口の中が荒れる
- 血液をつくる働きが弱くなる(白血球が減る、貧血)
- 手足のしびれ
ホルモン療法の副作用とリスク
ホルモン受容体陽性(がん細胞の増殖にホルモンが関係している)の男性乳癌に対してはホルモン療法が行われ、長い期間続けることが多いため、副作用への対策が必要です。
副作用は、体が熱くなる感覚や汗が出やすくなること、性機能の問題、骨がもろくなることがあります。
骨がもろくなると骨折しやすくなるため、定期的に骨の密度を調べる検査を受け、予防的な治療を行うことが重要です。
ホルモン療法の副作用 | 対処法 |
体が熱くなる・汗が出やすい | 生活習慣を工夫する、薬を使う |
性機能の問題 | 専門の先生に相談する |
骨がもろくなる | 定期的に検査を受ける、カルシウムをとる |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
手術療法にかかる費用
乳房切除術の手術料は、約30万円から50万円です。
入院費用を含めると、10日間の入院で100万円前後になります。
手術内容 | 概算費用 |
乳房切除術 | 30-50万円 |
入院費用(10日) | 50-70万円 |
薬物療法の費用
タキサン系抗がん剤の場合、1回の投与で10万円から20万円かかります。
ホルモン療法は長期間続くため、月額1万円から5万円程度の費用が数年間必要です。
放射線療法の費用
放射線治療は数週間にわたって行われ、一連の治療で約50万円から100万円です。
その他の関連費用
治療に伴う検査や処置にも費用がかかります。
- CT検査:1回約2万円〜3万円
- MRI検査:1回約3万円〜5万円
- PET検査:1回約10万円〜15万円
検査項目 | 概算費用 |
CT検査 | 2-3万円 |
MRI検査 | 3-5万円 |
PET検査 | 10-15万円 |
以上
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