大動脈瘤(Aortic aneurysm)とは、大動脈壁の脆弱化によって血管が異常に拡張した状態を指します。
大動脈は心臓から全身に血液を送る最大の血管であり、その壁が何らかの要因で弱くなり、内圧の影響で血管壁が膨らむのが大動脈瘤です。
大動脈瘤は発生部位により、胸部大動脈瘤と腹部大動脈瘤に分けられます。自覚症状がほとんどないため、大動脈瘤の早期発見は困難とされています。
大動脈瘤のリスク因子には喫煙、高血圧、高脂血症、加齢などが含まれ、大動脈瘤が破裂した場合、生命を脅かす危険な状況に陥ります。
大動脈瘤の種類(病型)
大動脈瘤は形状、壁構造、発生部位などによって分類できます。
形状による分類
形状 | 特徴 |
紡錘状瘤 | 大動脈の全周性に拡張が見られる |
嚢状瘤 | 大動脈の一部分が袋状に突出する 破裂する危険性が高い |
紡錘状瘤(ぼうすいじょうりゅう)は大動脈の全周性に拡張が見られる形状の瘤です。
嚢状瘤(のうじょうりゅう)は大動脈の一部分が袋状に突出する形状の瘤で、破裂する危険性が高いため、小さいものであっても手術の適応となります。
壁構造による分類
特徴 | |
真性大動脈瘤 | 大動脈壁の全層が拡張した瘤です。 |
仮性(偽性)大動脈瘤 | 大動脈壁の一部が断裂し、血腫を形成した状態です。 |
解離性大動脈瘤 | 大動脈壁の内膜が裂け、中膜層内に血流が流入して形成されます。 |
部位的分類
- 胸部大動脈瘤(TAA)
- 腹部大動脈瘤(AAA)
- 胸腹部大動脈瘤
胸部大動脈瘤(TAA)は胸部の大動脈(横隔膜より上)に存在する瘤、腹部大動脈瘤(AAA)は腹部の大動脈(横隔膜より下)に存在する瘤です。
胸腹部大動脈瘤は、胸部と腹部にまたがって存在する瘤です。
大動脈瘤全体の約3分の2が腹部大動脈瘤であり、瘤の場所によって術式が異なります。
大動脈瘤の主な症状
大動脈瘤は破裂するまでほとんどが無症状であり、早期発見が難しい疾患です。
大動脈瘤の大きさが増すと周囲の臓器に圧迫をかけ、症状が現れるケースもあります。
胸部大動脈瘤では、胸の痛みや背中の痛み、咳、声のかすれ、呼吸困難などが現れやすい症状です。
一方、腹部大動脈瘤では、腹部に拍動を伴う腫瘤、腹痛、背部痛などが特徴的な症状として知られています。
- 胸の痛み
- 背中の痛み
- 咳
- 嗄声
- 呼吸困難
- 腹部の拍動性腫瘤
- 腹痛
- 背部痛
破裂の兆候
大動脈瘤が破裂すると、生命に関わる危険な状態になります。
以下のような症状が現れた場合、大動脈瘤の破裂を疑う必要があります。
- 突然の激しい胸痛や背部痛
- ショック状態(冷や汗、顔面蒼白、意識障害など)
- 血圧低下
- 脈拍の異常(速くなる、弱くなるなど)
このような症状が見られた際は、速やかな医療機関への受診が必要です。
無症状の大動脈瘤
先に述べた通り、小さな大動脈瘤では無症状であることが多いです。
大動脈瘤の種類 | 無症状の割合 |
胸部大動脈瘤 | 約60% |
腹部大動脈瘤 | 約70-80% |
無症状の大動脈瘤を早期に発見するためには、定期的な健康診断が重要です。
特に、喫煙者や高血圧、高脂血症、糖尿病などの危険因子がある人は、積極的に検査を受ける必要があります。
大動脈瘤の原因
大動脈瘤が発生する主な原因としては、動脈硬化、高血圧、喫煙、遺伝的要因などが挙げられます。
動脈硬化
動脈硬化は、大動脈瘤の最も一般的な原因の一つです。
コレステロールなどの脂肪が動脈の内壁に蓄積すると、動脈壁が硬化し、弾力性を失ってしまいます。
この状態が長く続くと、動脈壁が弱くなり、瘤が形成されてしまう可能性があります。
- 高脂血症
- 高血圧
- 喫煙
- 糖尿病
高血圧
高血圧は動脈壁に持続的なストレスを与え、動脈瘤の形成を促進します。
血圧が高ければ高いほど動脈壁への負担が大きくなり、動脈瘤のリスクが高まります。
喫煙
喫煙は、動脈壁を傷つけ動脈硬化を促進する危険因子です。
タバコに含まれる有害物質は、動脈の内皮細胞を損傷し、炎症を引き起こします。
その結果動脈壁が弱くなり、動脈瘤が発生しやすくなります。
喫煙の悪影響 | 具体的な影響 |
動脈硬化の促進 | 脂肪の蓄積、炎症の増加 |
血管内皮機能の低下 | 血管の収縮、血流の低下 |
血液凝固系の亢進 | 血栓形成のリスク上昇 |
遺伝的要因
大動脈瘤には遺伝的素因が関与しているケースがあります。
家族に大動脈瘤の既往がある人は、そうでない人と比べて大動脈瘤を発症するリスクが高くなる傾向です。
以下は、大動脈瘤の発症に関連する遺伝性疾患です。
- マルファン症候群
- エーラース・ダンロス症候群
- ターナー症候群
これらの疾患では、結合組織の異常により動脈壁が脆弱になり、動脈瘤が発生しやすくなります。
その他の原因
- 感染性(ブドウ球菌、サルモネラ菌など)
- 高安動脈炎
- ベーチェット病
- 外傷性
診察(検査)と診断
臨床診断で大動脈瘤が疑われる際は、画像検査を行って確定診断を行います。
身体所見
身体所見 | 症状 |
腹部の拍動性腫瘤 | 突然の腹痛や背部痛 |
血管雑音の聴取 | ショック症状 |
身体所見では、腹部の拍動性腫瘤や血管雑音の聴取が診断の手がかりとなります。
また、大動脈瘤が破裂すると、突然の腹痛や背部痛、ショック症状などを呈します。
画像検査
大動脈瘤の確定診断には、以下のような画像検査が用いられます。
血液検査
大動脈瘤の診断
以下は、大動脈瘤と診断されるまでの一例です。
- 身体所見や症状から大動脈瘤が疑われる場合、まず超音波検査を行います。
- 超音波検査で大動脈瘤が認められた場合、CT検査やMRI検査を行って瘤の詳細な評価を行います。
- 画像検査の結果から、瘤の大きさや形態、周囲臓器との関係などを評価し、治療方針を決定します。
- 必要に応じて、血液検査を行い、感染症の有無や炎症の程度、凝固系の異常などを評価します。
大動脈瘤の治療法と処方薬、治療期間
大動脈瘤の治療方針は、瘤の大きさや発生部位、拡大速度、症状などを総合的に判断して決定します。
症状がなく小さな瘤の場合、定期的な経過観視と生活習慣の改善、血圧管理などを行います。
しかし瘤が大きい(最大短径が5~6cmを超える場合)、急速に拡大傾向にある、何らかの症状を伴う場合などでは、手術による治療が必要です。
治療の選択肢
大動脈瘤の外科的治療には、大きく分けて2つの方法があります。
従来の開腹手術と、より低侵襲な血管内治療(ステントグラフト)です。
開腹手術は、全身麻酔下で腹部を切開し、瘤を切除して人工血管に置換する方法です。
血管内治療は、カテーテルを用いてステントグラフトを瘤内に挿入し、瘤を内側から補強する方法です。
治療法 | 利点 | 欠点 |
開腹手術 | 長期成績が確立 | 侵襲性が高い |
血管内治療 | 低侵襲 | 長期成績が不明 |
薬物療法
薬物療法の主な治療目標は、血圧の適正化と動脈硬化の進展を抑制することです。
具体的には次のような薬剤が用いられる場合が多いです。
- カルシウム拮抗薬
- ACE阻害薬/ARB
- スタチン
これら薬剤の投与により瘤の拡大速度を抑え、破裂の危険性を低減させる効果が期待されます。
治療期間
大動脈瘤の治療期間は、患者さんの病態や治療法の選択によって大きく異なってきます。
手術からの回復には、開腹手術の場合4-6週間程度、血管内治療なら1-2週間ほどを要するのが一般的です。
薬物療法の場合は、基本的に生涯を通じて継続していく必要があります。また、定期的な経過観察も必要です。
治療法 | 入院期間 | 治療期間 |
開腹手術 | 2-3週間 | 4-6週間 |
血管内治療 | 3-7日 | 1-2週間 |
薬物療法 | – | 生涯 |
予後と再発可能性および予防
大動脈瘤が破裂してから治療しようと思っても、自宅から病院に来られるまでの間に約50%の方が命を落としてしまうのが現状です。
その後、緊急手術を受けたとしても、約40%の方は間に合わずに亡くなられています。
一方で、破裂前に大動脈瘤の存在に気づき、手術や治療を受ければほとんどの場合で治療結果は良好となります。
増大のペース
胸部大動脈瘤 | 平均3~5mm/年のペースで増大 |
腹部大動脈瘤 | 平均2~5mm/年のペースで増大 |
破裂のリスク
胸部大動脈瘤
瘤の大きさ | 年間破裂リスク |
---|---|
5cm未満 | 2% |
5~5.9cm | 3% |
6cm以上 | 8~10% |
腹部大動脈瘤
瘤の大きさ | 年間破裂率 |
---|---|
5cm以下 | 約0.5〜5% |
5~6cm | 3~15% |
6cm以上 | 10~20% |
生存率
大きな胸部大動脈瘤のある無治療での生存率
腹部大動脈瘤の5年生存率
非破裂例 | 76% |
非手術例 | 22% |
予後改善のためには、生活習慣の改善と定期的な経過観察が非常に重要です。
治療後の予後
治療方法 | 5年生存率 |
ステントグラフト内挿術 | 90-95% |
人工血管置換術 | 85-90% |
破裂前の発見と治療により、大動脈瘤の予後は良好であると言えます。
ただし、治療後も再発のリスクがあるため、定期的な経過観察が欠かせません。
再発のリスク因子
- 喫煙
- 高血圧
- 高脂血症
- 加齢
再発予防のための生活習慣の改善
生活習慣 | 改善点 |
喫煙 | 禁煙する |
食事 | 低脂肪・低塩分の食事を心がける |
運動 | 適度な有酸素運動を行う |
大動脈瘤の治療における副作用やリスク
大動脈瘤の治療には副作用やリスクが生じる可能性があります。
手術療法の副作用とリスク
開腹手術や血管内治療などの外科的治療は大動脈瘤の治療に有効ですが、以下のような副作用やリスクが考えられます。
副作用・リスク | 説明 |
感染症 | 手術部位の感染が起こる可能性があります。 |
出血 | 手術中や手術後に大量出血が起こるリスクがあります。 |
また、全身麻酔に伴う合併症や、術後の血栓形成なども発生する可能性があります。
特に高齢の方や基礎疾患を抱えている方では、手術のリスクがより高くなる傾向です。
薬物療法の副作用とリスク
大動脈瘤の治療に用いられる薬剤には、以下のような副作用が報告されています。
- 消化器症状(悪心、嘔吐、下痢など)
- 肝機能障害 – 腎機能障害
- 血液障害(貧血、白血球減少など)
また、薬物療法では大動脈瘤の破裂を完全に防ぐことはできないため、定期的な経過観察が必要です。
治療後の合併症とリスク
大動脈瘤の治療後は、以下のような合併症やリスクに注意が必要です。
合併症・リスク | 説明 |
再発 | 治療後も大動脈瘤が再発する可能性があります。 |
後遺症 | 手術による神経障害や臓器障害が残る場合があります。 |
定期的な検査や生活習慣の改善により、これらのリスクを軽減できます。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
大動脈瘤の治療費用は、手術方法や入院期間などによって大きく変動します。
治療費の目安
手術方法 | 治療費の目安 |
ステントグラフト内挿術 | 300万円~500万円 |
人工血管置換術 | 500万円~800万円 |
大動脈瘤の手術治療費は高額となる傾向です。費用は目安となるため、具体的な料金は各医療機関で確認が必要です。
大動脈瘤の治療は公的医療保険の対象となりますので、自己負担額は1~3割となります。
高額療養費制度
大動脈瘤の治療費が高額になった場合、高額療養費制度により自己負担額を抑えられます
この制度は、月々の医療費の自己負担が一定金額を超えた場合に、超過分が支給される仕組みです。所得区分に応じて、自己負担限度額が設定されています。
以上
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