完全大血管転位症(complete TGA, Complete transposition of the great arteries)とは、心臓の大血管の配置に異常がある深刻な病気です。
通常、大動脈は左心室から、肺動脈は右心室から出ますが、この疾患ではそれらが逆になっています。
結果として、酸素を含んだ血液と酸素の少ない血液が混ざらず、体に十分な酸素が行き渡りません。
これにより、チアノーゼや呼吸困難などの症状が現れます。
完全大血管転位症(complete TGA)の種類(病型)
完全大血管転位症(complete TGA)は、心室中隔欠損(VSD)と肺動脈狭窄(PS)の有無により主に3つの病型に分類されます。
Ⅰ型 | Ⅱ型 | Ⅲ型 | |
---|---|---|---|
VSD | なし | あり | あり |
PS | なし | なし | あり |
頻度 | 約50% | 約25% | 約25% |
チアノーゼ | 重度 生後早期から出現 | 比較的軽度 | PSの程度により変動 |
Ⅰ型:VSD(−)、PS(−)
Ⅰ型は、心室中隔欠損(VSD)も肺動脈狭窄(PS)も存在しない病型です。
この型では、大血管の位置異常のみが特徴となります。
大動脈が右心室から、肺動脈が左心室から起始しているため、体循環と肺循環が完全に分離した状態となります。
このため、生後早期から重度のチアノーゼを呈することがあり、早期の診断と介入が求められます。
Ⅱ型:VSD(+)、PS(−)
Ⅱ型は、心室中隔欠損(VSD)が存在し、肺動脈狭窄(PS)がない病型です。
VSDの存在により左右心室間で血液の混合が可能となるため、Ⅰ型と比較するとチアノーゼの程度は軽減します。
ただし、VSDを介して左心室から右心室へ血液が流入するため、肺血流量が増加し、肺高血圧症を引き起こす可能性があります。
この病型では、VSDの大きさや位置が臨床経過に大きく影響します。
Ⅲ型:VSD(+)、PS(+)
Ⅲ型は、心室中隔欠損(VSD)と肺動脈狭窄(PS)の両方が存在する病型です。
この型では、VSDによる血液の混合と、PSによる肺血流量の制限が同時に起こります。
PSの程度によりチアノーゼの重症度や肺血流量が変化するため、臨床像は多様となります。
軽度のPSの場合、肺血流量が適度に保たれ、比較的安定した状態を維持できるケースもあります。
一方、重度のPSの場合は肺血流量が著しく減少し、重度のチアノーゼを呈します。
完全大血管転位症(complete TGA)の主な症状
完全大血管転位症(complete TGA)の主な症状は、生後早期からのチアノーゼと呼吸困難です。
チアノーゼは、血中酸素不足により皮膚や粘膜が青紫色に変色する状態を指します。
完全大血管転位症では大動脈と肺動脈の位置が逆転しているため、体循環と肺循環が分離し、十分な酸素化血液が全身に届きません。
その結果、出生直後から顕著なチアノーゼや多呼吸、呼吸困難が現れます。
症状 | 特徴 |
チアノーゼ | 皮膚・粘膜の青紫色化、泣いても改善しない |
呼吸困難 | 呼吸数増加、努力呼吸、鼻翼呼吸 |
チアノーゼの特徴
チアノーゼは唇、舌、爪床などで明確に観察されます。泣いても青紫色が良くならず、むしろ悪化する傾向があります。
呼吸困難
また、呼吸困難も完全大血管転位症の主要な症状の一つです。
赤ちゃんは酸素不足を補おうと、呼吸数が増え、努力呼吸の様子が見られます。
具体的には、胸や腹部の激しい動き、鼻翼呼吸(鼻の穴が大きく開く呼吸)、陥没呼吸(胸骨上窩や肋間の陥没)などが観察されます。
その他の関連症状
- 哺乳困難
- 易疲労性
- 不機嫌
- 成長障害
- 多血症(赤血球増加)
これらの症状は、長期的な低酸素状態の結果として出現します。
特に哺乳困難は赤ちゃんの栄養状態に直接関わるため、注意が必要です。
症状の進行と緊急性
完全大血管転位症の症状は、生後数時間から数日の間に急激に進行します。
初期には軽度のチアノーゼのみで、一見問題ないように見える赤ちゃんもいます。
しかし、動脈管(胎児期の血管)が閉じ始めると、症状は急速に悪化します。
動脈管は、完全大血管転位症の赤ちゃんにとって唯一の酸素化血液の供給源となっているため、その閉鎖は命に関わります。
したがって、早期発見と速やかな医療介入が生命予後を左右する鍵となります。
症状の個人差と複雑性
完全大血管転位症の症状の現れ方や程度には、個人差が認められます。
これは、心房中隔欠損や心室中隔欠損などの随伴心奇形の有無や大きさに影響を受けます。
随伴心奇形 | 症状への影響 |
心房中隔欠損 | チアノーゼの軽減、症状発現の遅延 |
心室中隔欠損 | 肺高血圧の進行、心不全症状の出現 |
随伴心奇形がある場合、症状が隠れたり、逆に複雑化したりする可能性があります。
完全大血管転位症(complete TGA)の原因
完全大血管転位症(complete TGA)の原因は、胎児期の心臓発生過程における異常です。
完全大血管転位症の発生メカニズム
完全大血管転位症では、大動脈が右心室から、肺動脈が左心室から起始するという特徴的な構造異常が見られます。
通常、胎児期の6〜8週頃に大血管の螺旋状回転が起こり、正常な位置関係が形成されます。
しかし、完全大血管転位症では、この螺旋状回転が適切に行われないことが主な原因となっています。
胎児期の週齢 | 心臓発生イベント | 完全大血管転位症との関連 |
3-4週 | 心臓原基の形成 | 初期の異常が後の発生に影響 |
4-5週 | 心臓ループの形成 | 大血管の位置関係に影響 |
6-8週 | 心室中隔の形成開始 | 心室-大血管関係の決定 |
8-10週 | 大血管の螺旋状回転 | 回転異常が直接的原因に |
この異常な発生過程により、酸素に富む血液と酸素の少ない血液が適切に分離されず、生命に危険を及ぼす状況が生じます。
遺伝的要因と環境因子の関与
完全大血管転位症の発症には、遺伝的要因と環境因子の両方が複雑に絡み合っていると考えられています。
遺伝的要因としては、特定の遺伝子変異や染色体異常が注目されています。
一方、環境因子としては、妊娠中の母体の栄養状態、薬物摂取、感染症などが挙げられます。
診察(検査)と診断
完全大血管転位症(complete TGA)は、新生児期のチアノーゼや心雑音などの症状から疑われます。
心エコー検査で特徴的な大血管の起始異常を確認し、心臓カテーテル検査で診断を確定します。
臨床症状と身体所見
出生直後の新生児においてチアノーゼや呼吸困難などの症状が見られた際に、本疾患を疑います。
身体診察では、心音聴取や末梢循環の評価が診断の手がかりとなります。
特に、第2肋間胸骨左縁での単一性第2心音や、四肢末梢の冷感、中心部のチアノーゼの有無などが特徴です。
非侵襲的検査
臨床症状と身体所見から本疾患が疑われた際、非侵襲的な検査が実施されます。
これらの検査は身体への負担が少なく迅速に実施できるため、初期診断において非常に有効です。
検査名 | 目的 | 評価ポイント |
胸部X線検査 | 心臓の大きさや形状、肺血流の評価 | 卵型心陰影、狭い縦隔 |
心電図 | 心臓の電気的活動の評価 | 右室肥大所見 |
パルスオキシメトリー | 動脈血酸素飽和度の測定 | 四肢での値の差異 |
特に、胸部X線検査での特徴的な心陰影や、心電図における右室肥大所見は本疾患を強く疑う根拠となります。
心エコー検査
心エコー検査では、心臓の構造や血流の状態をリアルタイムで視覚化できるため、大血管の位置関係や心室中隔欠損の有無などを詳細に評価できます。
- 大動脈が右室から起始し、肺動脈が左室から起始する異常な血管配置
- 心房中隔欠損や動脈管開存などの随伴心奇形の有無
- 心室中隔の形態と動き
- 房室弁の形態と機能
確定診断のための精密検査
心エコー検査で完全大血管転位症が強く疑われる場合、さらに精密な検査を行い、確定診断に至ります。
検査名 | 特徴 | 得られる情報 |
心臓カテーテル検査 | 心臓内の血行動態を直接測定 | 各心腔内圧、酸素飽和度 |
心臓CT検査 | 心臓と大血管の3D画像を取得 | 冠動脈走行、肺動脈分枝の詳細 |
心臓MRI検査 | 軟部組織の詳細な評価が可能 | 心筋の性状、血流動態 |
これらの精密検査は、確定診断だけでなく合併症の評価や手術適応の判断にも役立ちます。
完全大血管転位症(complete TGA)の治療法と処方薬、治療期間
完全大血管転位症(complete TGA)の治療は、新生児期に動脈スイッチ手術を行います。
術後は心機能を改善するための薬剤(利尿薬、強心薬など)が処方され、生涯にわたる経過観察が必要です。
早期診断と初期管理
完全大血管転位症(complete TGA)の治療では、出生直後からの素早い対応が予後を大きく左右します。
新生児期に診断がつくと、まず循環動態を安定させることに全力を注ぐ必要があります。
このために、プロスタグランジンE1を持続的に静脈内投与して動脈管を開存させたり、バルーン心房中隔裂開術(BAS)で心房間の交通を確保したりします。
こうした処置により、体循環と肺循環の血液が適切に混ざり合い、酸素飽和度が改善します。
初期管理では、根治手術までの間、赤ちゃんの全身状態を最良の状態に保つことが目標です。
病型別の外科的治療法
完全大血管転位症の手術方法は、病型によって異なるアプローチを取ります。
病型 | 主な手術法 |
Ⅰ型 | 動脈スイッチ手術 |
Ⅱ型 | 心室中隔欠損閉鎖を伴う動脈スイッチ手術 |
Ⅲ型 | ラステリ手術または動脈スイッチ手術 |
Ⅰ型(単純型TGA)の標準的な治療法は、動脈スイッチ手術です。
この手術では、大動脈と肺動脈を切断して位置を入れ替え、再建します。同時に、冠動脈の移植も必要です。
多くの場合、生後1〜2週間以内に手術を実施します。
Ⅱ型(心室中隔欠損を伴うTGA)では、動脈スイッチ手術に加えて心室中隔欠損の閉鎖も行います。
手術の時期は、心不全の程度や全身状態を総合的に判断して決定します。
Ⅲ型(肺動脈狭窄を伴うTGA)の場合、症例ごとにラステリ手術か動脈スイッチ手術を選択します。
ラステリ手術は、右室から肺動脈への人工導管による再建と、左室から大動脈へのトンネル形成を行う術式です。
術後管理
手術後は、集中治療室で厳重な観察を行います。循環動態の安定化、人工呼吸器からの離脱、感染の予防などが主な課題です。
術後の入院期間は通常2〜4週間ほどですが、合併症の有無や回復の様子によって変わる場合があります。
退院後も、成長に伴う心機能の変化や再手術の必要性を評価するため、心エコー検査や心臓カテーテル検査などを定期的に実施します。
フォローアップ項目 | 頻度 |
外来診察 | 3〜6ヶ月ごと |
心エコー検査 | 6ヶ月〜1年ごと |
心電図検査 | 1年ごと |
運動負荷試験 | 必要に応じて |
長期的な経過観察は、一生涯にわたって続けられます。
薬物療法と生活管理
- 利尿薬:心不全症状を軽減する
- ACE阻害薬:心機能を維持・改善する
- 抗不整脈薬:術後の不整脈を管理する
- 抗凝固薬:血栓を予防する(特定の症例に限る)
生活面では、運動や感染予防などに日常的に気を付ける必要があります。
特に小児期は成長に伴う心臓への負担を考慮しつつ、可能な限り通常の生活を送れるよう支援します。
予後と再発可能性および予防
完全大血管転位症(complete TGA)は、早期に手術が行われれば予後は良好です。
ただし術後の合併症や再発の可能性があり、定期的な経過観察が必要となります。
治療後の生存率
完全大血管転位症に対する外科的治療の著しい進歩により、患者の長期生存率は劇的に向上しました。
現在、手術後の10年生存率は90%を超え、多くの患者が成人期に達しています。
この高い生存率の背景には、手術技術の革新や周術期管理の進歩があります。
治療を受けた患者の大半は、日常生活においてほとんど制限なく過ごせるようになっています。
ただし、個々の症例によって予後や生活の質に差異が生じる点に注意が必要です。
長期的な合併症リスク
完全大血管転位症の治療後も、幾つかの長期的な合併症リスクが存在します。
代表的な合併症は、不整脈、心機能低下、肺動脈狭窄などです。
特に、心房内血流転換手術(Senning手術やMustard手術)を受けた場合では、右心室が体循環を担うため、長期的な右心不全のリスクが高まる傾向があります。
一方、動脈スイッチ手術を受けた患者では、冠動脈の狭窄や閉塞が問題となる場合があります。
再手術の必要性と頻度
完全大血管転位症の治療後、一部の患者では再手術が必要となる場合があります。
再手術の主な理由は、弁逆流の進行、導管や吻合部の狭窄、不整脈の管理などです。
再手術の頻度は初回手術の種類や患者の年齢により異なりますが、一般的に10〜20年の経過で10〜20%程度の患者が何らかの再介入を必要とするとされています。
動脈スイッチ手術後の患者では、肺動脈狭窄や大動脈弁逆流に対する再手術が比較的多く見られます。
一方、心房内血流転換手術後の患者では、心房性不整脈の管理や三尖弁逆流に対する介入が必要となることがあります。
完全大血管転位症(complete TGA)の治療における副作用やリスク
完全大血管転位症(complete TGA)の治療におけるリスクは、手術に伴う合併症(出血、感染、不整脈など)、術後の冠動脈狭窄、肺動脈狭窄、心臓弁膜症、心不全、および長期的な心臓機能の低下などが挙げられます。
手術に伴う一般的なリスク
完全大血管転位症の手術は新生児期に実施される場合が多く、一般的な外科手術のリスクに加え、心臓手術特有の危険性を伴います。
手術中や術後早期に起こりうる合併症には、出血、感染、不整脈などがあります。
これらは多くの場合制御可能ですが、時に重篤化する危険性があります。
特に、人工心肺装置の使用に関連して、脳や他の臓器への血流が一時的に低下するリスクがあります。
冠動脈関連の合併症
動脈スイッチ手術では、冠動脈の移植が必要です。この過程で、冠動脈の狭窄や閉塞が起こる恐れがあります。
冠動脈の問題は心筋虚血や心筋梗塞につながる可能性があり、生命を脅かす重大な合併症となります。
手術直後だけでなく、長期的にも注意深い経過観察が必要です。
弁機能不全のリスク
大血管の付け替えに伴い、大動脈弁や肺動脈弁の機能に影響が及ぶ可能性があります。
弁の閉鎖不全や狭窄が生じると、心臓に余分な負荷がかかり、長期的な心機能低下につながる危険性があります。
定期的な心エコー検査などによる評価が重要であり、状況によっては、将来的に弁置換手術が必要となる場合もあります。
長期的な合併症
手術が成功しても、生涯にわたる医学的管理が必要です。成長に伴い、様々な問題が顕在化する可能性があります。
- 運動耐容能の低下
- 不整脈の発生
- 心不全の進行
- 突然死のリスク
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
完全大血管転位症(TGA)の治療には、多額の費用が必要となる傾向です。
高額療養費制度や難病医療費助成制度の利用により、自己負担額を抑えることができます。
初期治療の費用内訳
初期治療では外科的介入が不可欠となります。手術費用は約500万円から1000万円と高額になる可能性もあります。
この金額には、手術室使用料、麻酔費、医療材料費などが含まれます。
項目 | 概算費用 |
手術費 | 500万円~1000万円 |
ICU滞在費 | 1日あたり10万円~20万円 |
術後管理費 | 1日あたり5万円~10万円 |
継続的な医療費
手術後も定期的な通院や各種検査が必要です。
内訳としては、外来診察料、心エコー検査、血液検査、レントゲン検査などが含まれます。
小児慢性特定疾病医療費助成制度
完全大血管転位症は、小児慢性特定疾病医療費助成制度の対象疾患です。この制度を利用すると、医療費の自己負担が軽減されます。
助成を受けるためには、医療機関で診断を受け、申請書を提出する必要があります。
また、未熟児養育医療制度も、早産児や低出生体重児の治療費をカバーする制度です。
以上
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