僧帽弁狭窄症(Mitral Stenosis:MS)とは、心臓の左心房と左心室をつなぐ僧帽弁の開口部が狭くなってしまう病気です。
最も一般的な原因は、リウマチ熱の罹患歴があり、その炎症によって僧帽弁が厚く硬くなってしまうことで起こります。
僧帽弁狭窄症(MS)は進行していく病気であり、重症化した際には日常生活に支障が出るほどになってしまうケースもあります。
僧帽弁狭窄症(MS)の種類(病型)
僧帽弁狭窄症は、重症度に基づいて「中等度」「高度」「非常に高度」の3つの病型に分類されます。
中等度
僧帽弁口面積 | 症状 |
1.5〜2.5cm² | 安静時は無症状だが、運動時に息切れや動悸が出現する可能性あり |
僧帽弁口面積1.5〜2.5cm²程度の狭窄がある場合、中等度として分類されます。
この程度の狭窄であれば安静時には無症状のケースが多いですが、運動時には息切れや動悸などの症状が現れる可能性があります。
高度
僧帽弁口面積 | 症状 |
1.0〜1.5cm² | 安静時でも息切れや動悸などの症状が出現する 日常生活に支障をきたす |
僧帽弁口面積が1.0〜1.5cm²程度まで狭窄が進行すると、安静時でも息切れや動悸などの症状が出現します。
また、運動耐容能の低下により、日常生活に支障をきたすことが多くなります。
非常に高度
僧帽弁口面積 | 症状 |
1.0cm²未満 | 安静時でも重度の症状が出現し、日常生活が著しく制限される |
僧帽弁口面積が1.0cm²未満と著明に狭窄すると、安静時でも重度の症状が出現し、日常生活が著しく制限されます。
さらに、肺うっ血や肺高血圧症を併発するリスクが非常に高くなります。
重症度分類のポイント
- 重症度は僧帽弁口面積だけでなく、症状や合併症の有無も考慮して総合的に判断する
- 重症度は経時的に変化する可能性があるため、定期的な評価が重要
- 重症度が高いほど、早期の治療介入が必要となる
僧帽弁狭窄症(MS)の主な症状
僧帽弁狭窄症は、初期段階では無症状のケースが多いですが、病状が進むにつれて呼吸困難や動悸などの特徴的な症状が現れてきます。
呼吸困難
左房圧の上昇により肺うっ血が生じるため、呼吸困難が起こり、特に労作時や臥位での呼吸困難が特徴的です。
進行すると、安静時にも呼吸困難が出現するようになります。
重症度 | NYHA分類 | 症状 |
軽症 | I度 | 日常生活で症状なし |
中等症 | II度 | 軽い労作で症状あり |
重症 | III度 | 安静時または軽労作で症状あり |
最重症 | IV度 | 安静時でも症状あり |
動悸
僧帽弁口面積の狭小化により左房圧が上昇し、代償的に肺動脈圧が上昇します。
その結果、右室の負荷が増大し、頻脈や動悸を感じます。
易疲労感
肺うっ血による呼吸困難や心拍出量の低下により、易疲労感があらわれ、日常生活の活動性が低下していく傾向です。
浮腫
右心不全の進行により、下腿浮腫や全身の浮腫、うっ血肝や腹水を伴う場合もあります。
部位 | 所見 |
下腿 | 圧痕性浮腫 |
全身 | 全身性浮腫 |
肝臓 | 肝腫大、うっ血肝 |
腹部 | 腹水 |
その他の症状
- 咳嗽
- 喀血
- 胸痛
- 失神
僧帽弁狭窄症(MS)の原因
僧帽弁狭窄症の主たる原因は、リウマチ熱によるものです。
リウマチ熱とは
リウマチ熱は溶血性連鎖球菌感染症の合併症として発症する炎症性の疾患であり、この疾患に罹患すると僧帽弁に炎症が生じ、弁尖の肥厚、硬化、癒着が起こります。
その結果、弁口面積が減少し左房から左室への血流が阻害され、僧帽弁狭窄症を発症します。
- 溶血性連鎖球菌感染症の不適切な治療や放置
- 細菌抗原と心臓組織の交差反応による自己免疫反応の惹起
- 心臓組織への炎症の波及と損傷
リウマチ熱の主な症状 | 詳細 |
心臓症状 | 心雑音、心不全、心筋炎など |
関節症状 | 多発性関節炎、関節痛、関節腫脹など |
神経症状 | 舞踏病、不随意運動など |
僧帽弁狭窄症を予防するためには、溶血性連鎖球菌感染症の早期発見と治療が不可欠であると言えます。
先進国と発展途上国での発症率の差異
先進国においては、医療体制の整備により溶血性連鎖球菌感染症の早期発見と適切な治療が可能となったことでリウマチ熱の発症率は大幅に減少しました。
一方で発展途上国では、医療アクセスの不足や貧困などの社会経済的要因により溶血性連鎖球菌感染症の適切な治療が行われないケースが多いため、リウマチ熱の発症率は依然として高い状況にあります。
先進国と発展途上国におけるリウマチ熱の発症率
国・地域 | 人口10万人あたりの年間発症率 |
先進国 | 0.5〜3.0 |
発展途上国 | 10.0〜50.0 |
その他の原因
僧帽弁狭窄症の原因は、リウマチ熱以外にも以下のようなものがあります。
- 先天性僧帽弁狭窄症
- 僧帽弁輪石灰化
- 感染性心内膜炎
- 全身性エリテマトーデス(SLE)などの自己免疫疾患
ただし、これらの原因による僧帽弁狭窄症の発症頻度は、リウマチ熱に比べて低いです。
診察(検査)と診断
僧帽弁狭窄症(MS)の診断は、聴診による心雑音の確認をきっかけとし、心エコー検査で僧帽弁の狭窄や形態異常を評価し確定診断を行います。
聴診
MSでは、聴診における僧帽弁開放音(opening snap)と拡張期ランブル雑音が特徴的な所見です。
僧帽弁開放音は、僧帽弁が開く時に聞こえる高調な音で、II音の直後に聴取されます。
拡張期ランブル雑音は、拡張中期から後期にかけて聴取される低調で隆起性の雑音です。
聴診所見 | 特徴 |
僧帽弁開放音 | II音の直後に聴取される高調な音 |
拡張期ランブル雑音 | 拡張中期から後期にかけて聴取される低調で隆起性の雑音 |
心電図検査
心電図検査では、左房負荷や心房細動の有無を確認します。MSでは、左房負荷により、P波の増高や幅の増大がみられます。
また、心房細動を合併することも稀ではありません。
胸部X線検査
胸部X線検査では、心拡大や肺うっ血の有無を確認します。MSでは、左房の拡大により、心陰影の拡大がみられます。
また、肺うっ血により、肺血管陰影の増強がみられることもあります。
心エコー検査
心エコー検査では、以下のような所見がみられます。
心エコー所見 | 特徴 |
僧帽弁の肥厚と可動性低下 | 弁尖の肥厚と可動性の低下 |
僧帽弁口面積の狭小化 | 正常では4-6cm²だが、MSでは1cm²以下になることもある |
左房圧の上昇 | 僧帽弁狭窄により左房圧が上昇する |
肺高血圧 | 肺動脈収縮期圧が30mmHg以上 |
以上の検査結果を総合的に判断し、MSの臨床診断や重症度評価を行います。
確定診断には心臓カテーテル検査が用いられる場合もあり、直接左房圧や肺動脈楔入圧を測定し、圧較差を評価します。
僧帽弁狭窄症(MS)の治療法と処方薬、治療期間
僧帽弁狭窄症(MS)の治療は症状の程度や原因によって異なり、軽症例では利尿薬やβ遮断薬などの薬物療法が中心です。
治療期間は症状の改善状況によって異なりますが、生涯にわたる継続的な治療が必要となる場合もあります。
重症例では、カテーテル治療や外科的手術による弁形成術・弁置換術が必要です。
内科的治療
軽症から中等症の僧帽弁狭窄症の場合は内科的治療が主体となり、利尿薬や血管拡張薬といった薬物療法で心不全症状の緩和が図られます。
心房細動を合併しているときは、抗凝固療法も必要です。
薬剤名 | 作用 |
フロセミド | 利尿作用により、心臓の負担を軽減 |
ジゴキシン | 心収縮力を増強し、心拍数を調節 |
経皮的僧帽弁バルーン拡張術(PTMC)
中等症から重症の僧帽弁狭窄症で、弁の形態が適している際は、PTMCが選択されます。
これはカテーテルを用いて僧帽弁を拡張することで、弁口面積を増大させる治療法です。
治療後は、症状の改善が期待できますが、再狭窄のリスクもあるため、定期的な経過観察が必要です。
治療期間は、通常1〜2日の入院で完了します。
外科的治療
重症の僧帽弁狭窄症や、PTMCの適応とならない場合は外科的治療が検討されます。僧帽弁置換術や僧帽弁形成術などの手術により、弁機能を回復させます。
人工弁を用いるときは、抗凝固療法が永続的に必要です。
治療期間は術後の回復状況によりますが、通常1〜2週間の入院が必要です。
手術名 | 概要 |
僧帽弁置換術 | 狭窄した僧帽弁を人工弁に置換 |
僧帽弁形成術 | 僧帽弁の形態を修復し、機能を回復 |
予後と再発可能性および予防
僧帽弁狭窄症(MS)の治療後の予後は良好ですが、再発の可能性は常にあり、定期的な検査と生活習慣の改善、医師の指示に従った薬物療法の継続が重要です。
予後
MSは進行性の疾患で、未治療の場合の10年生存率は50%~60%と言われています。
早期発見と治療により予後は改善し、MSに対する経皮的僧帽弁形成術(PTMC)を受けた患者の5年生存率は90%以上、外科的僧帽弁置換術(MVR)を受けた患者の10年生存率は80%以上であるという報告もあります。
ただし、再発の可能性が常に残ります。
再発の可能性と予防の重要性
再発のリスク因子としては、リウマチ熱の既往歴、高齢、心房細動の合併などが挙げられます。
リスク因子 | 予防法 |
リウマチ熱の既往歴 | 定期的な経過観察と予防的抗菌薬の投与 |
高齢 | 合併症の管理と適切な治療法の選択 |
心房細動の合併 | 抗凝固療法の実施と心拍数のコントロール |
術後の管理と経過観察
治療後は、定期的な経過観察や術後管理が必要です。具体的には、以下のような点に注意が必要です。
- 心エコー検査による弁の機能評価
- 血液検査による感染症や貧血のチェック
- 抗凝固療法の実施と定期的なモニタリング
- 心臓リハビリテーションの実施
僧帽弁狭窄症(MS)の治療における副作用やリスク
僧帽弁狭窄症(MS)の治療における副作用やリスクは、薬物療法では低血圧や徐脈、カテーテル治療では出血や感染、外科的手術では弁周囲逆流や血栓塞栓症などが挙げられます。
薬物療法の副作用
薬物療法で使用される利尿薬、血管拡張薬、抗不整脈薬には、以下のような副作用があります。
薬剤 | 主な副作用 |
利尿薬 | 電解質異常、脱水、低血圧 |
血管拡張薬 | 頭痛、めまい、低血圧 |
抗不整脈薬 | 徐脈、めまい、肝機能障害 |
副作用の現れ方には個人差がありますが、重篤なケースでは薬剤の変更や中止が必要です。
経皮的僧帽弁形成術(PTMC)のリスク
PTMCはカテーテルを用いて僧帽弁を拡張する低侵襲な治療法ですが、以下のようなリスクがあります。
- 僧帽弁逆流の悪化や発生
- 心タンポナーデ
- 脳梗塞
- 穿孔や出血
外科的僧帽弁置換術のリスク
外科的僧帽弁置換術は人工弁に置換する開心術であり、次のようなリスクがあります。
リスク | 内容 |
出血 | 術中・術後の出血、輸血の必要性 |
感染 | 人工弁の感染、心内膜炎 |
血栓塞栓症 | 人工弁に伴う血栓形成、塞栓症 |
また、人工弁は耐久性に限界があるため、再手術が必要になる可能性があります。抗凝固療法も欠かせないため、出血のリスクが高まります。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
僧帽弁狭窄症(MS)の治療費は、薬物療法の場合は比較的安価ですが、カテーテル治療や外科的手術の場合は高額となります。
先天性僧帽弁狭窄症の場合、指定難病とされており医療費助成の対象です(New York Heart Association(NYHA)分類を用いてII度以上が対象)。
検査費の目安
検査名 | 費用 |
心電図検査 | 1,300円程度 |
胸部レントゲン検査 | 680円程度 |
処置費の目安
処置名 | 費用 |
カテーテルアブレーション | 196,000円 |
経皮的僧帽弁形成術 | 984,000円 |
治療費は健康保険の対象となるため、自己負担額は通常1~3割です。
具体的な費用は症状や合併症によって大きく異なるため、詳しくは担当医や各医療機関で直接ご確認ください。
以上
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