QT短縮症候群(Short QT syndrome:SQTS)とは、心電図で見られるQT間隔が異常に短くなる遺伝性の心臓病です。
突然の心停止や失神などの重篤な症状を引き起こす可能性があり、若年者でも発症することがあるため注意が必要です。
QT短縮症候群(SQTS)の種類(病型)
QT短縮症候群(SQTS)には、生まれつきの先天性と、後天的に発症する二次性の2つがあります。
分類 | 特徴 | 主な原因 |
先天性 | 生まれつきの遺伝子変異がある | イオンチャネル遺伝子の変異 |
後天性 | 生後に発症し、可逆性の場合がある | 電解質異常、薬剤、疾患など |
先天性QT短縮症候群
先天性QT短縮症候群は、遺伝子の変異によって引き起こされる不整脈疾患です。
先天性QT短縮症候群に関連する主な遺伝子変異
遺伝子名 | 影響を受けるイオンチャネル |
KCNH2 | hERGカリウムチャネル |
KCNQ1 | KvLQT1カリウムチャネル |
KCNJ2 | Kir2.1カリウムチャネル |
CACNA1C | L型カルシウムチャネル |
CACNB2 | L型カルシウムチャネル |
これらの遺伝子変異により心筋細胞の再分極過程が加速され、QT間隔の短縮が引き起こります。
※各遺伝子変異によって、SQTSの重症度や症状の出現時期が異なります。
後天性(二次性)QT短縮症候群
後天性QT短縮症候群は、生後に何らかの要因によって発症する病型です。
後天性QT短縮症候群を引き起こす可能性のある要因
- 高カルシウム血症
- 高体温(発熱)
- 電解質異常(特にカリウムの異常)
- 甲状腺機能亢進症
- 特定の薬剤の使用
後天性QT短縮症候群では、多くの場合、原因となる要因を取り除くことで症状が改善する可能性がある点が特徴です。
例えば、高カルシウム血症の治療や原因となる薬剤の中止により、QT間隔が正常化します。
しかしながら、一部のケースでは、原因要因が解消された後も持続的なQT間隔の短縮が観察されることがあります。
QT短縮症候群(SQTS)の主な症状
QT短縮症候群(SQTS)の主な症状には、動悸や失神、心停止などがあり、突然死のリスクが高まります。
症状 | 特徴 |
動悸 | 突然の心拍数増加や強い鼓動感 |
失神 | 一時的な意識消失 |
めまい | 立ちくらみや回転性のめまい |
心停止 | 心臓機能の突然の停止 |
症状の程度や頻度は個人差が大きく、無症状の方もいれば重篤な症状を呈する方もいます。
SQTSの特徴的な症状
QT短縮症候群(SQTS)の特徴的な症状として、動悸が挙げられます。
動悸は、心臓が通常よりも速く、または強く鼓動しているように感じる症状です。
動悸の持続時間は数秒から数分と様々ですが、長時間続くこともあります。
動悸の頻度も個人差が大きく、毎日感じる方もいれば、月に数回程度の方もいます。
失神とめまい
失神はSQTSにおいて重要な症状の一つで、突然意識を失い、倒れてしまうことがあります。
失神の前にはめまいや立ちくらみを感じる場合もあり、持続時間は通常短く、数秒から数分程度です。
頻度は個人差が大きく、数年に一度の方もいれば、頻繁に起こる方もいます。
心停止と突然死のリスク
SQTSは、心停止や突然死のリスクが高い疾患として知られています。
心停止は心臓が突然機能を停止する状態で、意識を失い、呼吸も停止します。
迅速な救急処置が必要となるため、周囲の人の適切な対応が求められます。
突然死のリスクは、SQTSの患者さんにとって最も深刻な問題の一つといえます。
無症状の場合
SQTSの患者さんの中には無症状の方も存在し、このような場合は定期検診や家族の遺伝子検査などをきっかけに診断されます。
無症状であっても突然症状が現れる可能性があるため、定期的な医療機関の受診と生活習慣の管理が必要です。
症状の多様性と個人差
- 軽度の動悸のみを感じる方
- 頻繁に失神を経験する方
- 心停止を起こした経験がある方
- 全く症状がない方
このようにSQTSの症状は多岐にわたり、その程度も個人によって異なります。
そのため、症状の有無や程度にかかわらず、医療機関での定期的な経過観察が望ましいです。
QT短縮症候群(SQTS)の原因
QT短縮症候群(SQTS)は、心臓の電気信号を制御する遺伝子に異常があり、そのせいで心臓が正常なリズムで動くのが難しくなる病気です。
遺伝子変異とイオンチャネル
QT短縮症候群の根本的な原因は、心臓の電気的活動を制御するイオンチャネルに関連する遺伝子の変異にあります。
これらの変異はカリウムチャネルやカルシウムチャネルの機能に影響を与え、心筋細胞の再分極過程を異常に加速させます。
その結果、心電図上でQT間隔の短縮として観察される現象が生じます。
遺伝子 | 影響を受けるイオンチャネル |
KCNH2 | 急速活性型遅延整流カリウムチャネル |
KCNQ1 | 緩徐活性型遅延整流カリウムチャネル |
KCNJ2 | 内向き整流カリウムチャネル |
遺伝形式と浸透率
QT短縮症候群は常染色体優性遺伝の形式をとり、変異遺伝子を片親から受け継ぐだけで発症します。
しかし遺伝子変異の浸透率は100%ではなく、同じ変異を持っていても症状の現れ方や重症度に個人差があります。
環境要因と二次性SQTS
遺伝的要因に加えて、環境要因がQT短縮症候群の発症や重症度に影響を与えます。
以下は、二次性SQTSを引き起こす要因です。
- 高カルシウム血症
- アシドーシス(体液のpH低下)
- 体温上昇
- 一部の薬剤(特に抗不整脈薬)
これらの要因は遺伝的素因のない人でもQT間隔の短縮を引き起こすため、注意が求められます。
イオンチャネル機能異常のメカニズム
心臓の筋肉細胞には、小さな「ドア」のようなものがあります。これらは「イオンチャネル」と呼ばれ、電気信号を制御しています。
QT短縮症候群では、これらの「ドア」の働きが変わってしまいます。
具体的には、
- カリウムの「ドア」が開きすぎる
- カルシウムの「ドア」が十分に開かない
これらの変化により、心臓の電気信号が通常よりも速く終わってしまいます。つまり、心臓が「休む時間」が短くなるのです。
この状態は、心臓のリズムを不安定にし、危険な不整脈を引き起こす可能性を高めます。
不整脈は心臓が正常に血液を送り出せなくなる原因となり、命に関わる場合もあります。
イオンチャネル | 正常機能 | SQTS時の機能変化 |
カリウムチャネル | 再分極を促進 | 過剰に活性化 |
カルシウムチャネル | 脱分極を維持 | 活性低下 |
診察(検査)と診断
QT短縮症候群(SQTS)の診断は心電図検査を中心に行われ、臨床診断では心電図所見と家族歴を重視します。
また、遺伝子検査による確定診断も実施されます。
心電図検査による診断
QT短縮症候群(SQTS)の診断において、標準12誘導心電図で特徴的な所見を確認することが診断の第一歩となります。
QT間隔の短縮が主な特徴であり、成人ではQTc値が330ms未満の場合に診断の可能性が高まります。
また、T波の形態異常も重要な所見の一つです。
心電図所見 | 特徴 |
QT間隔 | 著明な短縮 |
T波 | 高振幅、対称性 |
ST部分 | 欠如または短縮 |
家族歴と臨床症状の評価
QT短縮症候群(SQTS)は遺伝性疾患であるため、家族歴の聴取が診断に欠かせません。
突然死や失神の家族歴がある場合、SQTSの可能性を考慮する必要があります。
また、患者本人の失神歴や動悸の有無など、臨床症状の評価も重要な診断要素となります。
遺伝子検査による確定診断
QT短縮症候群(SQTS)の確定診断には遺伝子検査が有効で、現在、以下の遺伝子変異が SQTSの原因として知られています。
- KCNH2
- KCNQ1
- KCNJ2
- CACNA1C
- CACNB2b
これらの遺伝子に変異が見つかった場合、SQTSの診断が確定します。
ただし、遺伝子変異が同定されない場合でも臨床所見からSQTSと診断されることがあります。
追加検査と鑑別診断
QT短縮症候群(SQTS)の診断精度を高めるため、以下の追加検査が実施されることがあります。
検査項目 | 目的 |
ホルター心電図 | 24時間の心電図変化を観察 |
運動負荷心電図 | 運動時のQT間隔の変化を評価 |
心エコー検査 | 心臓の構造異常の有無を確認 |
QT短縮症候群(SQTS)の治療法と処方薬、治療期間
QT短縮症候群(SQTS)の治療は、主に抗不整脈薬による薬物療法と植込み型除細動器(ICD)の使用が中心です。
治療法 | 期間 | 主な特徴 |
薬物療法 | 長期継続 | QT間隔延長効果 |
ICD | 永続的 | 致死的不整脈の予防 |
薬物療法の概要
QT短縮症候群の薬物療法では、QT間隔を延長させる効果のある抗不整脈薬が用いられます。
代表的な処方薬としてはキニジンやソタロールなどがあり、心臓の電気的活動を調整し、不整脈の発生リスクを低減させる働きがあります。
投薬期間は個々の状態に応じて決定されますが、多くの場合、長期にわたる継続的な服用が必要です。
薬剤名 | 主な作用 |
キニジン | QT間隔延長 |
ソタロール | 抗不整脈作用 |
植込み型除細動器(ICD)の使用
薬物療法だけでは十分な効果が得られない場合や、心室細動のリスクが高いケースでは植込み型除細動器(ICD)の使用が考慮されます。
ICDは危険な不整脈を検知し、電気ショックを与えて正常な心拍リズムに戻す装置です。
装置の植込み手術は通常1〜2時間程度で行われ、術後は定期的な検査が必要となります。
ICDの使用期間は基本的に永続的であり、電池交換のために数年おきに再手術が必要です。
併用療法と経過観察
QT短縮症候群の治療では薬物療法とICDの併用が効果的な場合があり、薬剤によるQT間隔の延長と、ICDによる致死的不整脈の予防を同時に行うことができます。
治療開始後は定期的な心電図検査や血液検査を行い、薬剤の効果や副作用をモニタリングします。
また、生活習慣や環境因子についても継続的に評価を行い、必要に応じて治療内容の調整を行います。
予後および予防
QT短縮症候群(SQTS)は突然死のリスクが高く、早期診断と治療介入が生命予後の改善に重要です。
SQTSの予後
SQTSは突然死のリスクが高い病気ですが、早期発見と治療介入により予後の改善が見込まれます。
専門医による定期的な経過観察や、状態に応じて薬物療法や植込み型除細動器(ICD)の使用を検討し、突然死のリスク軽減を目指します。
治療法 | 予後への影響 |
薬物療法 | QT間隔の正常化 |
ICD植込み | 致死性不整脈の予防 |
予防の取り組み
SQTSにおける突然死の予防には、医療的介入と患者さん自身の生活管理の両面からのアプローチが必要です。
医療機関では定期的な心電図検査や遺伝子検査を行い、病状の変化を早期に把握します。
また、患者さんご自身による日常生活での注意点も再発予防に大きく寄与するため、生活習慣の改善や自己管理が重要となります。
予防策 | 具体的な内容 |
生活習慣の改善 | 適度な運動、十分な睡眠 |
ストレス管理 | リラックスできる時間をつくる |
定期的な受診 | 3-6ヶ月ごとの専門医受診 |
長期的な経過観察の重要性
SQTSは長期にわたる管理が必要な疾患です。
定期的な経過観察により、治療効果の評価や新たな症状の出現を早期に発見できます。
また、患者さんの年齢や生活環境の変化に応じて、治療内容を適宜調整することもできます。
長期的な経過観察を通じ、生活の質を維持しつつ、突然死のリスクを最小限に抑えることを目標に通院を継続してください。
QT短縮症候群(SQTS)の治療における副作用やリスク
QT短縮症候群(SQTS)の治療には主に薬物療法と植込み型除細動器(ICD)が用いられますが、それぞれに副作用やリスクが伴います。
薬物療法では抗不整脈薬の副作用に注意が必要であり、ICDは突然死のリスクを軽減する一方で、合併症や不適切作動のリスクがあります。
薬物療法の副作用
キニジンやソタロールなどの抗不整脈薬の主な副作用は以下の通りです。
薬剤名 | 主な副作用 |
キニジン | 消化器症状、めまい、頭痛 |
ソタロール | 徐脈、疲労感、めまい |
抗不整脈薬の使用には、心電図モニタリングが欠かせません。
薬剤の効果と副作用のバランスを慎重に評価しながら、投与量や継続の判断を行う必要があり、場合によっては薬剤の変更や中止を検討します。
植込み型除細動器(ICD)のリスク
ICDの使用には以下のようなリスクが伴います。
- 手術に伴う感染
- 不適切作動による不要な電気ショック
- デバイスの故障や電池切れ
- 心理的負担
ICDの植込みにあたっては、リスクと患者さんの状態を総合的に判断し、メリットがリスクを上回ると判断される場合に実施します。
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
QT短縮症候群(SQTS)の治療費は、症状の程度や必要な治療法によって大きく異なります。
一般的に、薬物療法や植込み型除細動器(ICD)の埋め込み手術が主な治療法となるため、これらにかかる費用が中心となります。
薬物療法にかかる費用
薬剤名 | 月額費用(概算) | 年間費用(概算) |
キニジン | 5,000円~10,000円 | 60,000円~120,000円 |
ソタロール | 8,000円~15,000円 | 96,000円~180,000円 |
※個々の状態や処方される薬剤の種類によって金額は変わります。
植込み型除細動器(ICD)の費用
ICDの埋め込み手術にかかる費用は、機器の種類や手術の複雑さによって異なりますが、通常200万円から400万円程度です。
費用には、入院費や手術費、ICDデバイスの費用が含まれます。
また、ICDは通常5年から7年ごとに交換が必要となるため、長期的には追加の費用が発生します。
定期的な検査と経過観察の費用
SQTSの患者さんは、定期的な検査と経過観察が必要です。定期検査に伴う費用の例は以下の通りです。
- 心電図検査:5,000円~10,000円
- 血液検査:5,000円~15,000円
- 心エコー検査:10,000円~20,000円
- 専門医の診察:5,000円~10,000円
通常、定期検査は3~6ヶ月ごとに行われる場合が多いです。
以上
SCHIMPF, Rainer, et al. Short QT syndrome. Cardiovascular research, 2005, 67.3: 357-366.
BRUGADA, Ramon, et al. Short QT syndrome. CMAJ, 2005, 173.11: 1349-1354.
GOLLOB, Michael H.; REDPATH, Calum J.; ROBERTS, Jason D. The short QT syndrome: proposed diagnostic criteria. Journal of the American College of Cardiology, 2011, 57.7: 802-812.
GAITA, Fiorenzo, et al. Short QT syndrome: pharmacological treatment. Journal of the American College of Cardiology, 2004, 43.8: 1494-1499.
GIUSTETTO, Carla, et al. Long-term follow-up of patients with short QT syndrome. Journal of the American College of Cardiology, 2011, 58.6: 587-595.
GIUSTETTO, Carla, et al. Short QT syndrome: clinical findings and diagnostic–therapeutic implications. European Heart Journal, 2006, 27.20: 2440-2447.
MAZZANTI, Andrea, et al. Novel insight into the natural history of short QT syndrome. Journal of the American College of Cardiology, 2014, 63.13: 1300-1308.
GAITA, Fiorenzo, et al. Short QT syndrome: a familial cause of sudden death. Circulation, 2003, 108.8: 965-970.
ZAREBA, Wojciech; CYGANKIEWICZ, Iwona. Long QT syndrome and short QT syndrome. Progress in cardiovascular diseases, 2008, 51.3: 264-278.
PATEL, Chinmay; YAN, Gan-Xin; ANTZELEVITCH, Charles. Short QT syndrome: from bench to bedside. Circulation: Arrhythmia and Electrophysiology, 2010, 3.4: 401-408.