急性腸間膜動脈閉塞症 – 消化器の疾患

急性腸間膜動脈閉塞症(Acute Mesenteric Arterial Occlusion)とは、腸に栄養を送る重要な血管が突然詰まってしまう病気です。

血液供給が途絶えると、腸の組織が十分な酸素を得られず、壊死に至る危険性が非常に高くなります。

激烈な腹痛や吐き気、嘔吐などが主な症状で、命に関わる場合もあるため、速やかな診断と処置が必要です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

急性腸間膜動脈閉塞症の種類(病型)

急性腸間膜動脈閉塞症は、主に急性腸間膜動脈塞栓症と急性腸間膜動脈血栓症の二つに分類されます。

急性腸間膜動脈塞栓症

急性腸間膜動脈塞栓症は、血液中を流れる塞栓子(血栓や異物)が上腸間膜動脈や下腸間膜動脈に詰まることで発症する病態です。

心臓疾患を持つ方のうち、特に心房細動や心筋梗塞後の方に多く見られるため、循環器系の既往歴がある場合は注意が必要となります。

塞栓子の大きさや詰まる位置によって腸管の血流障害の範囲や重症度が変わるため、症状の程度にも個人差があります。

塞栓子の種類主な発生源特徴
血栓心腔内心房細動患者に多い
コレステロール結晶動脈硬化巣高齢者に多い
腫瘍塞栓悪性腫瘍進行がん患者に見られる

急性腸間膜動脈血栓症

急性腸間膜動脈血栓症は、動脈硬化などによって狭窄した血管内で、血栓が形成されることで発症するものを指します。

高齢者や動脈硬化リスクの高い患者さん、例えば高血圧や糖尿病、脂質異常症を持つ方に多く見られます。

血栓形成の過程が比較的緩やかなため、側副血行路(迂回路となる血管)が発達していることがあり、塞栓症に比べて症状の進行が遅いのが特徴です。

急性腸間膜動脈閉塞症の主な症状

急性腸間膜動脈閉塞症の症状は、突然の激しい腹痛と嘔吐、下痢などの消化器症状が特徴です。

初期症状

急性腸間膜動脈閉塞症の初期症状としては、突然の激しい腹痛が典型例です。

臍周囲や上腹部に症状が現れ、これまで経験したことのないような激烈な痛みが起こります。

消化器症状

腹痛に続いて、様々な消化器症状が現れます。

症状特徴
嘔吐頻繁に起こる
下痢血便を伴う場合がある
腹部膨満感進行とともに増強
食欲不振持続的

嘔吐は食事内容に関係なく頻繁に起こり、下痢は初期には水様性ですが、病状の進行に伴い血便を伴うようになります。

全身症状

  • 発熱(38℃以上の高熱が続く)
  • 脱水(口渇、皮膚の乾燥、尿量減少など)
  • 頻脈(1分間に100回以上の心拍数)
  • 血圧低下(ショック状態に陥るケースもある)

腸管の虚血による炎症反応や、体液喪失により、全身症状が見られます。特に高齢者や基礎疾患のある方では、症状が顕著に現れる傾向です。

進行期の症状

症状説明
腹部膨満腸管の機能低下による
腹部板状硬腹膜炎の徴候

病気が進行すると、腸管の蠕動運動が低下することで腹部膨満が見られるようになります。

また、腹部全体が板のように硬くなる腹部板状硬は、腹膜炎の重要な兆候です。

この段階では腸管壊死が進行している可能性が高く、緊急の外科的処置が必要になります。

その他の症状

非典型的症状説明
軽度の腹痛高齢者や糖尿病患者に多い
意識障害敗血症の初期症状として

高齢者や糖尿病患者では、痛みの感覚が鈍くなっているため、腹痛が軽度にとどまる場合もあります。

また、敗血症の初期症状として意識障害が現れることがあります。

急性腸間膜動脈閉塞症の原因

急性腸間膜動脈閉塞症の主な原因は、腸管への血流を供給する腸間膜動脈が突然閉塞することです。

血栓症と塞栓症

急性腸間膜動脈閉塞症の原因は、血栓症と塞栓症によって異なります。

血栓症は、動脈壁に付着した血栓が徐々に成長し、血管内腔を狭窄させることで発生します。

一方、塞栓症は、心臓や大動脈などから遊離した血栓が腸間膜動脈に詰まることで起こります。

発症リスクを高める要因

リスクを高める要因関連する病態
心血管疾患心房細動、心筋梗塞
動脈硬化高血圧、糖尿病、脂質異常症
血液凝固異常抗リン脂質抗体症候群、プロテインC欠乏症
喫煙血管内皮障害

このような要因のある方は、急性腸間膜動脈閉塞症の発症リスクが高くなります。

特に、複数の要因を併せ持つ方の場合、発症の危険性は相乗的に増加します。

血管の解剖学的特徴

上腸間膜動脈は腹部大動脈から分岐する主要な動脈の一つであり、小腸のほぼ全域と、結腸の一部に血液を供給する役割を担っています。

動脈名主な供給領域
上腸間膜動脈小腸、上行結腸、横行結腸の近位2/3
下腸間膜動脈横行結腸の遠位1/3、下行結腸、S状結腸

上腸間膜動脈はその走行が比較的長く、分岐が少ないという特徴があります。

このため、一度閉塞が起こると広範囲の腸管虚血(腸管への血流が不足した状態)を引き起こしやすい構造となっています。

このような解剖学的特徴が、急性腸間膜動脈閉塞症の重症化や急速な進行に関与していると考えられています。

年齢と性別の影響

急性腸間膜動脈閉塞症は、年齢や性別によっても発症リスクが異なります。

  • 高齢者(特に60歳以上)で発症リスクが高くなる
  • 男性の方が女性よりもやや発症率が高い
  • 若年者でも、基礎疾患がある場合は注意が必要

高齢者で発症リスクが高くなる理由として、加齢に伴う血管の変化や、慢性疾患の罹患率の上昇が挙げられます。

また、男性の発症率が高い背景には、喫煙率や心血管疾患の罹患率の差異が関係していると考えられています。

その他の要因

要因影響
低血圧腸管血流の低下
脱水血液粘度の上昇
腹部手術既往腸管癒着による血流障害
腹部外傷血管損傷

診察(検査)と診断

強い腹痛や吐き気などの症状があるなど、急性腸間膜動脈閉塞症が疑われる場合には、超音波検査、CT、血管造影などの画像検査を行い、腸間膜動脈の血流を評価することでこの病気を診断します。

臨床症状・身体所見

急性腸間膜動脈閉塞症の典型的な症状は急激に発症する激しい腹痛であり、身体診察では、腹部の圧痛や筋性防御(腹壁の緊張)、腸蠕動音の減弱または消失などがみられます。

ただし、このような所見は非特異的であるため、他の急性腹症との鑑別も必要となります。

血液検査項目

検査項目意義
白血球数炎症の指標
CRP(C反応性タンパク)炎症の程度を反映
乳酸値組織虚血の指標
D-ダイマー血栓形成の指標

血液検査の結果は単独では確定診断には至りませんが、臨床像と併せて評価することで診断精度を高めることができます。

特に、白血球数の上昇や乳酸値の増加は、腸管虚血を示唆する重要な所見となります。

画像診断

画像診断のうち、造影CT検査が最も有用であり、高い感度と特異度を持ちます。

CTでは、腸間膜動脈の閉塞部位の同定、腸管壁の肥厚や造影不良、腸管気腫(腸管壁内のガス像)などの所見を確認します。

MRI(磁気共鳴画像)やMRA(磁気共鳴血管造影)も診断に役立つ場合がありますが、緊急性を考慮するとCTが第一選択となります。

検査法特徴
造影CT高感度・高特異度、迅速な検査が可能
MRI/MRA造影剤不使用可、詳細な血管評価が可能
超音波ベッドサイドで実施可能、非侵襲的な検査法

血管造影検査

血管造影検査は、CTなどの非侵襲的検査で診断がつかない場合や、血管内治療を予定している場合に選択される場合が多いです。

血管造影では、腸間膜動脈の閉塞部位や側副血行路(迂回路となる血管)の評価が可能です。

また、血栓溶解療法や血管形成術などの治療も同時に実施できるため、診断から治療までの時間を短縮できる利点があります。

血管造影の利点血管造影の欠点
診断と治療の同時実施侵襲的な手技
詳細な血管評価造影剤使用のリスク
即時的な治療介入専門的な技術が必要

鑑別診断

急性腸間膜動脈閉塞症の鑑別診断には、以下のような疾患を考慮する必要があります。

  • 急性虫垂炎
  • 急性胆嚢炎
  • 消化管穿孔
  • 腸閉塞
  • 急性膵炎

急性腸間膜動脈閉塞症の治療法と処方薬、治療期間

急性腸間膜動脈閉塞症の治療法には、血栓溶解療法や外科的手術、抗凝固薬の投与などがあります。

血行再建術

血行再建術は、閉塞した動脈を再開通させることで、腸管への血流を回復させる目的で行います。

カテーテルを用いた血管内治療と、開腹手術による直接的な血管修復の2つの方法があり、閉塞の程度によって選択します。

薬物療法

血行再建術と並行して、主に以下の薬剤を使用します。

薬剤の種類主な効果
抗凝固薬血栓の進行防止
血栓溶解薬既存の血栓の溶解
抗生物質感染予防
鎮痛薬疼痛コントロール

治療期間

急性腸間膜動脈閉塞症では、一般的に以下のような期間が必要です。

  • 急性期治療(血行再建術や薬物療法):数日から1週間程度
  • 術後の回復期:1〜2週間
  • リハビリテーション期間:数週間から数か月

治療後も定期的な経過観察が必要です。再発のリスクや合併症の有無を確認するため、以下の検査を実施します。

検査項目目的実施頻度
血液検査炎症マーカーや凝固能の確認初期は毎日、その後は週1回程度
CT検査腸管の状態や血流の評価術後1週間目、1か月目、その後は3か月ごと
超音波検査血流の評価術後1週間目、その後は月1回程度

栄養管理・食事療法

急性腸間膜動脈閉塞症の治療初期は絶食とし、点滴による栄養補給を行います。

その後、腸管の状態を確認しながら、段階的に経口摂取を再開します。

段階食事内容期間注意点
1水分摂取1〜2日少量から開始
2流動食2〜3日消化の良いものから
3軟食3〜5日繊維質の少ないもの
4普通食5日目以降バランスの良い食事

急性腸間膜動脈閉塞症の治療における副作用やリスク

急性腸間膜動脈閉塞症の治療では、腸の壊死範囲が大きい場合は切除が必要となり、短腸症候群や人工肛門といった合併症のリスクがあります。

また、血栓が再発したり、感染症を起こしたりする可能性もあります。

手術に伴うリスク

手術には感染症リスクがあり、特に高齢の患者さんや免疫機能が低下している方では注意が必要です。

また、麻酔に関連する合併症については、心臓や肺に既往歴がある場合でリスクが高くなります。

腸管の切除が必要となる場合、短腸症候群(腸が短くなることで栄養吸収が悪くなる状態)を引き起こす可能性があり、長期的な栄養状態に影響を及ぼすことがあります。

リスク発生頻度主な対策
感染症5-10%抗生剤投与、厳重な創部管理
麻酔合併症1-3%術前の詳細な評価、適切な麻酔方法の選択
短腸症候群3-7%残存腸管の機能を最大限に活用する栄養管理

血栓溶解療法のリスク

血栓溶解療法には出血のリスクが伴い、特に脳出血や消化管出血などの重大な出血合併症に注意が必要です。

また、アレルギー反応や腎機能障害などの副作用も報告されており、既往歴や現在の状態を考慮して適応を判断する必要があります。

リスク発生頻度
重大な出血2-5%
アレルギー反応1-3%
腎機能障害3-7%

術後合併症

  • 腸管虚血の再発:血流が再び悪くなることで、腸管が再度危険な状態に陥る可能性があります。
  • 腸管狭窄:手術後に腸管が狭くなり、食物の通過障害を引き起こすことがあります。
  • 腹腔内膿瘍:手術部位に膿がたまり、発熱や腹痛の原因となることがあります。
  • 腸管瘻(腸管と他の臓器や皮膚との間に異常な連絡ができる状態):腸の内容物が他の場所に漏れ出し、感染や栄養障害を引き起こす可能性があります。

長期的な影響

急性腸間膜動脈閉塞症の治療後、腸管の機能障害や栄養吸収の問題が続くことがあります。

特に広範囲の腸管切除を受けた患者さんでは、長期にわたる栄養管理が必要です。

長期的影響発生頻度
腸管機能障害20-30%
栄養吸収障害15-25%
再発5-10%

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

急性腸間膜動脈閉塞症の治療費は、手術の有無、腸の壊死範囲、合併症の発生など、治療内容によって変動しますが、手術が必要な場合は高額になります。

入院費用の目安

急性腸間膜動脈閉塞症の治療には、通常1週間から4週間程度の入院が必要です。

病室タイプ1日あたりの費用2週間の入院費用
一般病室2万円~3万円28万円~42万円
個室3万円~5万円42万円~70万円

手術費用の目安

手術の種類費用の目安
血栓除去術50万円~80万円
腸管切除術70万円~100万円
血行再建術80万円~120万円

以上

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