輪状後部癌(Postcricoid cancer)とは、喉の奥深くにある輪状軟骨(のどぼとけの下にある軟骨)の後方に発生する、比較的珍しい悪性腫瘍を指します。
初期の段階では目立った症状が現れにくいため、早い段階で見つけることが困難です。
病気が進行していくと、食べ物を飲み込むのが難しくなったり、声質が変わったり、体重が減少したりといった症状が徐々に出てきます。
輪状後部癌の主な症状
輪状後部癌の主な症状には、嚥下困難、嗄声、頸部リンパ節腫脹、体重減少などがありますが、初期段階では症状がほとんどないため、進行してから見つかることが多いです。
嚥下困難
最も一般的な初期症状が嚥下困難(えんげこんなん:飲み込みにくさ)で、食べ物や飲み物を飲み込む際に、不快感や痛みを感じます。
時間が経つにつれて悪化し、固形物から液体へと嚥下困難が進行していきます。
嚥下困難の進行段階 | 特徴 |
初期 | 固形物の飲み込みにくさ |
中期 | 半固形物の嚥下も困難に |
後期 | 液体でも嚥下困難を感じる |
嗄声(声がかすれること)
腫瘍が声帯や反回神経(声帯の動きを制御する神経)に影響を与え、声のかすれや、変化が起こります。
また、話すときに疲れやすくなる症状もみられます。
頸部リンパ節腫脹
輪状後部癌が進行すると、頸部リンパ節(首のリンパ節)に転移することがあります。
この転移が起こった場合は、首の部分に腫れや痛みが現れます。
頸部リンパ節腫脹は自分で触って確認できる場合もありますが、小さな腫れは専門医による診察や画像検査が必要です。
リンパ節腫脹の特徴 | 説明 |
位置 | 主に頸部の上部から中部 |
触感 | 硬く、動かしにくい |
痛み | 押すと痛みを感じる場合がある |
体重減少・全身症状
輪状後部癌が進行すると、飲み込みにくさによる食事量の減少や、がんによる体の代謝が活発になることが原因で、体重が減少していきます。
このほか、体全体のだるさや発熱などの症状が現れることもあります。
- 嚥下困難による食事量減少
- がんによる代謝亢進(体の代謝が活発になること)
- 栄養吸収障害
輪状後部癌の初期段階では一般的な症状と区別がつきにくい場合もあります。
のどの違和感が続いたり、飲み込みにくさや声の変化などの症状がある場合は、できるだけ早く医療機関を受診するようにしてください。
輪状後部癌の原因
輪状後部癌の主な原因は、長年にわたる喫煙や過度の飲酒、栄養バランスの崩れなどです。
喫煙と飲酒は最大のリスク要因
喫煙と過度の飲酒は、癌を引き起こす大きな原因のひとつとして知られています。
長年喫煙を続け、毎日大量の飲酒をしているような方は、一般の方と比べると癌になるリスクが大きく上昇します。
リスク要因 | 影響の強さ |
喫煙 | 非常に強い |
過度の飲酒 | 非常に強い |
栄養バランスの乱れ・免疫力の低下
偏った食生活や栄養が不足した状態が続くと、咽頭の粘膜が健康を維持できなくなり、がん細胞が発生するリスクが上がります。
がんの予防のためには、特にビタミンA、C、Eといった、抗酸化作用を持つ栄養素が豊富な食品を積極的に摂取することが望ましいです。
栄養素 | 代表的な食品 |
ビタミンA | ニンジン、ホウレンソウ、レバー |
ビタミンC | キウイ、イチゴ、ブロッコリー |
ビタミンE | アーモンド、オリーブオイル、うなぎ |
職業や環境による影響
以下は、リスクを上げる可能性のある職業上の曝露や環境要因の例です。
- アスベスト(石綿)
- 木材や金属の粉じんを扱う仕事
- 有機溶剤などの化学物質を日常的に使用する
慢性的な炎症や感染症の影響
慢性咽頭炎や逆流性食道炎などの持続的な炎症状態も、輪状後部癌の発症リスクを高める要因となります。
また、ヒトパピローマウイルス(HPV)への感染も一部の咽頭がんの原因になることが分かっています。
ただし、輪状後部癌とHPVの関係については、まだ研究が進められている段階です。
診察(検査)と診断
輪状後部癌の診察では、内視鏡検査による直接観察や生検、CTやMRIなどの画像検査を行い、腫瘍の広がりやリンパ節への転移などを詳しく調べます。
初期診察と問診
問診項目 | 確認内容 |
症状 | 飲み込みにくさ、のどの痛み、体重減少など |
生活習慣 | タバコを吸う習慣、お酒を飲む習慣 |
家族歴 | ご家族での癌の病歴 |
身体診察では、舌圧子や喉頭鏡という器具を使って、粘膜の色の変化や腫れの有無を確認します。
また、首のリンパ節の腫れや、硬くなっている部分がないかも調べていきます。
内視鏡検査
内視鏡検査では、経鼻内視鏡や経口内視鏡を使って咽頭部や食道上部を観察し、腫瘍の位置、大きさ、形、周りの組織への広がり具合などを調べます。
内視鏡検査中、疑わしい病変部位からの生検を行う場合もあります。
画像診断
輪状後部癌がどのくらい進んでいるか、周りの組織にどの程度広がっているかを調べるために、以下のような画像診断の方法を使います。
検査法 | 主な評価項目 |
CT検査(コンピュータ断層撮影) | 腫瘍の大きさ、周りの組織への広がり、リンパ節への転移 |
MRI検査(磁気共鳴画像法) | 軟らかい組織の詳しい構造、腫瘍の境目 |
PET-CT検査(陽電子放射断層撮影) | 体全体への癌の広がりを探す |
確定診断と病気の進行度分類
最終的な確定診断は、生検で取った組織を顕微鏡で調べた結果に基づいて行います。
確定診断がついた後、TNM分類という方法で病気の進行度を決めます。
この分類では、もとの腫瘍の大きさや深さ(T)、近くのリンパ節への広がり具合(N)、体の離れた場所への広がり(転移)の有無(M)を評価します。
T分類 | 定義 |
T1 | 最大の長さが2cm以下の腫瘍 |
T2 | 最大の長さが2-4cmの腫瘍 |
T3 | 最大の長さが4cmを超える、または喉頭に広がった腫瘍 |
T4 | 甲状軟骨、舌骨などに広がった腫瘍 |
輪状後部癌の治療法と処方薬、治療期間
輪状後部癌の治療は、手術、放射線療法、化学療法を組み合わせた集学的治療が基本となります。
手術療法
手術では、腫瘍の完全切除を目指します。
初期段階では、内視鏡的切除や経口的切除などの体への負担が少ない手術を、進行例では、喉頭全摘出術(のどぼとけを含む声帯の部分を全て取り除く手術)や、咽頭喉頭食道全摘出術(のどから食道の一部までを広範囲に取り除く手術)などの広範囲切除を検討していきます。
手術方法 | 適応 |
内視鏡的切除 | 早期癌 |
経口的切除 | 表在性腫瘍 |
喉頭全摘出術 | 進行癌 |
咽頭喉頭食道全摘出術 | 広範囲進行癌 |
放射線療法
放射線療法は、単独で行うか、または化学療法と組み合わせて実施します。
通常、1日1回、週5回のペースで、6〜7週間にわたって治療を続けます。
治療中は、口の中が乾燥したり粘膜に炎症が起きたりするなどの副作用に対する対策が必要です。
化学療法
化学療法は、主に進行癌や転移性疾患(がんが他の部位に広がった状態)に対して使用します。
放射線療法と一緒に行ったり(化学放射線療法)、手術の前の準備段階として活用します。
使用する主な薬剤
薬剤名 | 主な副作用 |
シスプラチン | 腎臓の機能低下、吐き気・嘔吐 |
カルボプラチン | 血液細胞の減少、疲れやすさ |
5-フルオロウラシル | 口の中の痛み、下痢 |
ドセタキセル | 手足のしびれ、むくみ |
治療スケジュールは薬剤の組み合わせや投与方法によって異なりますが、通常3〜4週間を1サイクルとし、複数回繰り返して実施します。
免疫療法
最近では、免疫チェックポイント阻害剤(体の免疫機能を活性化させる薬)による治療も行われるようになりました。
免疫チェックポイント阻害剤は、体の免疫システムを活発にさせ、がん細胞を攻撃する効果が期待できます。
投与間隔は2〜3週間ごとで、長期間にわたって続けます。
免疫療法薬 | 作用の仕組み |
ニボルマブ | PD-1(免疫細胞の表面にある分子)の働きを抑える |
ペムブロリズマブ | PD-1の働きを抑える |
アテゾリズマブ | PD-L1(がん細胞の表面にある分子)の働きを抑える |
輪状後部癌の治療における副作用やリスク
輪状後部癌の治療では、手術では出血や感染、声帯の麻痺による嗄声、嚥下困難などが、放射線治療では口内炎、咽喉痛、皮膚炎、唾液分泌の低下などが起こる可能性があります。
また、化学療法では吐き気、嘔吐、脱毛、免疫力の低下などの副作用があります。
放射線療法による副作用
副作用 | 対処法 |
口の中の乾燥 | 水分をたくさん取る、保湿スプレーを使う |
味覚の変化 | 食事を工夫する、亜鉛のサプリメントを取る |
飲み込みにくくなる | 飲み込みのリハビリをする |
皮膚の炎症 | 保湿する、日焼けを避ける |
放射線治療の副作用は治療中や治療後しばらくの間続きますが、多くの場合、時間がたつにつれて良くなっていきます。
皮膚の炎症については、治療を受けた部分の皮膚を清潔に保ち、刺激の少ない保湿クリームを使うことで症状を和らげられます。
化学療法に伴うリスク
- 吐き気・嘔吐(おうと)
- 髪の毛が抜ける
- 体がだるくなる
- 血液の細胞が減る(白血球減少、貧血、血小板減少)
- 手足のしびれ
手術に関連するリスクと合併症
手術後の主なリスクには、出血、感染、瘻孔(体の中に不自然な穴ができてしまうこと)形成、神経の損傷などがあります。
また、手術の範囲によっては、飲み込む機能や声を出す機能に長く影響が残る可能性もあります。
リスク・合併症 | 起こりやすさ | 対処法 |
出血 | 低い | 慎重に出血を止める、手術後の管理をしっかりする |
感染 | 中程度 | 予防的に抗生物質を使う、傷の管理をしっかりする |
瘻孔形成 | 低い〜中程度 | 薬での治療、場合によっては再手術 |
神経の損傷 | 低い | 神経の再建手術、リハビリテーション |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
輪状後部癌の治療費は手術、放射線治療、化学療法などの組み合わせにより、数十万円から数百万円程度の費用がかかります。
治療期間や入院期間、合併症の有無などによって具体的な費用は変わります。
治療方法による費用の違い
治療法 | 概算費用 |
手術 | 150~350万円 |
放射線治療 | 70~180万円 |
化学療法 | 40~120万円/クール |
入院費用と外来治療費用の目安
項目 | 1日あたりの概算費用 |
入院費 | 3~6万円 |
外来治療費 | 1.5~4万円 |
入院期間が長くなれば費用も増加します。外来治療の場合、通院頻度や検査の内容によって費用が変わってきます。
以上
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