舌癌(ぜつがん, Lingual cancer, Tongue cancer)とは、舌の組織に発生する悪性腫瘍(がん細胞の塊)を指します。
口の中にできるがんの中でも比較的頻繁に見られるタイプで、舌の側面や下の部分に発生することが多いです。
初期の段階では自覚できる症状がほとんどありませんが、病気が進行すると、舌に痛みや違和感、しびれが生じたり、舌を動かしにくくなったりする症状が現れます。
口の中に何か気になる変化を感じたら、すぐに専門医に相談しましょう。
舌癌(ぜつがん)の種類(病型)
舌癌は、発生する場所や組織の特徴によってそれぞれ分類できます。
舌癌の分類方法 | 主な分類 |
発生部位 | 舌縁癌、舌根部癌 |
組織型 | 扁平上皮癌、腺癌、肉腫 |
分化度 | 高分化型、中分化型、低分化型 |
進行度 | TNM分類、病期分類(0期〜4期) |
発生部位による分類
舌癌は、どこに発生するかによって大きく2つのタイプに分けられます。
舌の前の方3分の2に発生する「舌縁癌」と、舌の後ろの方3分の1に発生する「舌根部癌」です。
分類 | 特徴 |
舌縁癌 | 比較的早く見つかりやすく、治りやすい傾向がある |
舌根部癌 | 見つかりにくく、治りにくい傾向がある |
舌縁癌は、口の中から直接見えやすいところにできるので、早い段階で発見できる可能性の高いタイプです。
一方、舌根部癌は喉の奥の方にできるため初期の症状が出にくく、進行してからわかることが多いため治療が難しくなりがちです。
組織の特徴による分類
組織型 | どのくらいの割合で見られるか |
扁平上皮癌 | 90%以上 |
腺癌(せんがん) | 1-2% |
肉腫(にくしゅ) | 1%未満 |
扁平上皮癌は、舌の表面を覆っている粘膜から発生し、舌癌の中で最も多く見られるタイプです。舌癌と言えば、ほとんどの場合この扁平上皮癌を指します。
腺癌は、唾液を作る腺の組織から発生するもので、舌癌全体の1-2%程度を占めます。
肉腫は舌を支える組織から発生する非常にまれなタイプで、全体の1%にも満たない頻度です。
癌細胞の成熟度による分類
扁平上皮癌は、癌細胞がどれくらい成熟しているかによって3つのグレードに分類されていて、これを「分化度」と呼びます。
- 高分化型:正常な扁平上皮に最も近い構造を持つもの
- 中分化型:高分化型と低分化型の中間的な特徴を示すもの
- 低分化型:正常な扁平上皮の構造をほとんど失っているもの
一般的に、分化度が低いほど癌の悪性度が高く、治りにくくなります。
進行度による分類(TNM分類と病期分類)
舌癌がどれくらい進行しているかを評価するためには、「TNM分類」を使います。
腫瘍の大きさ(T)、リンパ節への広がり具合(N)、他の臓器への転移の有無(M)を組み合わせ、病気の進み具合を決める方法です。
T分類 | 腫瘍の大きさ |
T1 | 2cm以下 |
T2 | 2-4cm |
T3 | 4cmより大きい |
T4 | 周りの組織にまで広がっている |
TNM分類をもとに、舌癌は0期から4期までの5段階に分けられます。
病期が進むほど治りにくくなりますが、治療法の進歩により、早く見つけて早く治療を始めれば、治る可能性がぐっと高まっています。
60代の男性の方の例では、「舌に何か違和感がある」と言って病院に来られ、詳しく調べたところ舌の端に2cm未満の早期の舌癌(T1N0M0、Stage I)が見つかりました。
素早く治療を始めたおかげで、5年たった今でも再発せずに元気に過ごされています。このように、なによりも癌を早く見つけることがとても大切です。
舌癌(ぜつがん)の主な症状
舌癌(ぜつがん)は口内炎が長引いたり、舌に白斑や赤斑、しこりなどができ、痛みや出血を伴います。また、進行すると飲み込みにくさや発音が困難になります。
舌の痛みと違和感
舌癌の初期段階でよく見られる症状は、舌の痛みや違和感です。一般的な口内炎とは異なり、長期間にわたって継続します。
食事や会話の際に特に症状を強く感じ、最初は軽度であっても、時間が経つにつれて徐々に違和感が強くなっていきます。
舌の外観に現れる変化
外観の変化 | 特徴的な様子 |
白斑 | 擦っても剥がれない白い斑点状の変化 |
赤斑 | 周囲と比べて鮮やかな赤色を呈する部分 |
腫瘤 | 触ると硬く感じる隆起や腫れ |
潰瘍 | なかなか治らない傷跡のような凹み |
舌の側面や下面に変化が現れやすく、鏡を使って確認できる場合もありますが、舌の裏側など見えにくい部分に生じることもあるため、定期的に歯科医院で検診を受けると症状を見逃さずに済みます。
舌の機能障害
- 舌を自由に動かすことが難しくなる
- 言葉の発音がはっきりしなくなる
- 食べ物や飲み物が飲み込みにくくなる
- 味覚が変化したり、感じにくくなったりする
腫瘍が舌の前方にある場合は発音に影響が出やすく、後方にある場合は飲み込みに問題が生じやすくなります。
口腔内の出血
舌癌が進行すると、口腔内に出血が起こることがあります。出血は、歯を磨いているときや、食事をしている途中に突然起こるケースが多いです。
通常の口内炎や歯肉の炎症とは異なり、出血が長く続いたり、何度も繰り返し起こるのが特徴です。
舌癌に関連する出血の特徴
出血の特徴 | 具体的な様子 |
頻度 | 長く続くか、頻繁に繰り返す |
きっかけ | 歯磨きや食事など日常的な行為 |
出血量 | わずかな量から中程度の量まで様々 |
出血部位 | 舌の特定の箇所に限局する |
頸部のリンパ節の腫れ
舌癌の進行段階では頸部のリンパ節に転移する場合があり、この場合は首の横や顎の下に硬くて動かしにくい腫れを感じます。
通常、リンパ節の腫れは片方だけに現れ、痛みは伴いません。
舌癌(ぜつがん)の原因
舌癌の主なリスク因子は、喫煙や過度の飲酒、口腔衛生の悪さなどです。
喫煙・飲酒
長年にわたって喫煙を続けると舌の細胞に影響を与え、がんになるリスクが上昇します。
また、お酒の飲みすぎも舌癌のリスクを上げます。
特にタバコを吸いながらお酒を飲む習慣がある場合は、リスクが相乗的に高まります。
リスク要因 | 相対リスク |
タバコを吸う | 2-3倍 |
お酒の飲みすぎ | 2-3倍 |
両方の習慣がある方 | 5-7倍 |
口の中の衛生状態や慢性的な刺激
歯垢や歯石がたまると、慢性的な炎症を引き起こし、舌の粘膜を傷つけてしまいます。
また、合わない入れ歯や欠けた歯のとがった部分による長期的な刺激も、舌癌のリスクを高める原因です。
ウイルス感染・遺伝
ヒトパピローマウイルス(HPV)(人の皮膚や粘膜に感染するウイルスの一種)、特に、HPV16型という種類が舌癌の発生に関係していることがわかっています。
また、特定の遺伝子に変異がある人は舌癌になるリスクが高くなります。
遺伝的なリスク要因 | 関連する症候群 |
p53遺伝子の変異 | Li-Fraumeni症候群(若年性の多発がんを特徴とする症候群) |
CDKN2A遺伝子の変異 | 家族性異型性母斑黒色腫症候群(皮膚がんになりやすい症候群) |
栄養不足
ビタミンA、C、Eなどの抗酸化物質(体の中で発生する有害な物質を無害化する働きをする物質)が足りない方は、がんを予防するために必要な体の防御機能が弱くなります。
診察(検査)と診断
舌癌の診察では、視診や触診をはじめ、超音波検査やCT検査などの画像検査、病理検査を行い、がんの大きさ、深さ、広がり、種類などを調べます。
初めて診察を受ける際の基本的な検査
- 症状やその経過
- 普段の生活習慣
- これまでにかかった病気など
問診の後、舌の表面や側面、口底などを観察し、普通とは違う塊や傷、白い斑点などがないかを確認していきます。
舌の硬さや首のリンパ節が腫れていないかなども確認し、舌癌の疑いがある所見が見つかった場合、さらに詳しい検査をします。
画像診断
検査名 | 主にどんなことを調べるか |
CT検査 | がんがどのくらい深くまで広がっているか、骨に入り込んでいないか |
MRI検査 | 軟組織への入り込み具合を調べる |
PET-CT検査 | 体の離れた場所への転移がないか探す |
超音波検査 | 首のリンパ節への転移がないか調べる |
画像診断の結果から、どのような治療を行うかを決めたり、手術をする場合にどの範囲まで取り除くべきかを検討していきます。
生検による確定診断
舌癌を確実に診断するためには、組織を採取して調べる検査(生検)を行います。
生検では病気の疑いがある部分から小さな組織を取り、顕微鏡で調べます。
局所麻酔をして痛みを抑えながら行うため、病院に入院せずに、外来でも実施可能です。
採取した組織を調べると、がんの悪性度や種類などが判断できます。
舌癌(ぜつがん)の治療法と処方薬、治療期間
舌癌(ぜつがん)の治療は、手術、放射線療法、化学療法を組み合わせて行います。
手術療法
舌癌の主要な治療法は手術です。腫瘍を完全に取り除くことを目指し、場合によっては周囲のリンパ節も含めて切除します。
手術の範囲は腫瘍の大きさや深さによって異なりますが、一般的に以下のような手順で行います。
- 腫瘍切除:舌の一部または全体を切除します
- リンパ節郭清(かくせい):首のリンパ節を切除します
- 再建手術:切除した部分の機能回復のための手術を行います
再建手術では、皮膚や筋肉を含む組織(皮弁や筋皮弁)を用いて、舌の形状や機能をできる限り保つようにします。
以前、50代の患者さんが舌の3分の1を切除する手術を受けられましたが、再建術と手術後のリハビリテーションにより、半年後にはほぼ正常に近い発話と飲み込み機能を取り戻すことができました。
放射線療法:単独療法と併用療法
放射線療法は単独で行う場合もありますが、多くの場合、手術の前後に補助的な治療として用います。
放射線療法の種類 | 特徴 |
外部照射 | 体の外から放射線を患部に向けて照射します |
小線源療法 | がんの内部や近くに直接放射線源を入れて照射します |
放射線療法の期間は通常5〜7週間で、1日1回、週5回の照射を行います。
副作用として口内炎や唾液の分泌が減ることがありますが、これらの症状は治療終了後、少しずつ良くなっていきます。
化学療法
がんが進行している場合や転移が見つかった場合、抗がん剤を使って体全体のがん細胞の増殖を抑えます。
- 腫瘍を小さくして手術や放射線療法の効果を高めます
- 目に見えない小さな転移を抑えます
- がんの再発や転移した部分を治療します
よく使われる抗がん剤
薬剤名 | 投与方法 | 主な副作用 |
シスプラチン | 点滴 | 吐き気・嘔吐(おうと)、腎臓障害 |
フルオロウラシル | 点滴 | 口内炎、血液細胞の減少 |
化学療法の期間は、通常3〜6ヶ月程度です。(患者さんの状態や治療効果に応じて調整します)
免疫チェックポイント阻害薬
免疫チェックポイント阻害薬は、患者さん自身の免疫システムを活性化させ、がん細胞を攻撃する働きを持ちます。
代表的な薬剤としてニボルマブやペムブロリズマブがあり、主に再発したがんや転移したがんに対して使用します。
舌癌(ぜつがん)の治療における副作用やリスク
舌癌の治療では、味覚障害、口内炎、乾燥感、嚥下困難、発声障害など、口腔や咽頭の機能低下といった副作用や、感染症、出血のリスクが伴う可能性があります。
手術療法に伴う副作用とリスク
手術後には、舌の一部を切除することで、構音障害(発音の障害)や嚥下障害(飲み込みの障害)が起こる可能性があります。
また、手術部位の感覚低下や味覚の変化も起こることがあります。
副作用・リスク | 発生頻度 |
構音障害 | 高い |
嚥下障害 | 中程度 |
感覚低下 | 中程度 |
味覚変化 | 低い |
手術に伴うリスクには、出血や感染が挙げられます。稀ではありますが、麻酔による合併症が起こるリスクもあります。
放射線療法による副作用
- 口腔粘膜炎
- 唾液分泌減少
- 皮膚炎
- 味覚障害
- 口腔乾燥症
- 顎骨壊死(あごの骨が壊死する状態)
- 二次がんの発生リスク
治療後数ヶ月から数年経過してから現れる場合もあるため、長期的な経過観察が重要になります。
化学療法に関連する副作用
化学療法の一般的な副作用は、吐き気や嘔吐、食欲不振、倦怠感などです。
また、骨髄抑制(骨髄の機能が抑制される状態)による血球減少も起こりやすく、感染症や出血のリスクが高くなります。
副作用 | 対処法 |
吐き気・嘔吐 | 制吐剤の使用 |
食欲不振 | 栄養指導、食事の工夫 |
倦怠感 | 適度な休息、軽い運動 |
血球減少 | 定期的な血液検査、感染予防 |
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
舌癌の治療費は、病期や選択する治療法によって変わります。主な費用項目には、手術費、放射線治療費、抗がん剤治療費などがあります。
手術療法にかかる費用
手術の種類 | 概算費用(自己負担額) |
舌部分切除術 | 30万円〜50万円 |
舌半側切除術 | 50万円〜80万円 |
舌全摘出術 | 80万円〜120万円 |
手術の複雑さや範囲によって費用が変わりますが、一般的な舌部分切除術の場合、約30万円から50万円程度が目安です。
再建手術が必要な場合は、さらに高額となります。
放射線治療・化学療法の費用
放射線治療の場合、1回あたり約1万円から2万円の自己負担が目安となり、通常20〜30回程度の治療を行います。
化学療法では使用する薬剤や投与回数によって大きく異なりますが、1クール(3〜4週間)あたり10万円から30万円程度の自己負担となります。
治療後のリハビリテーション費用
舌癌の治療後は、言語療法や嚥下リハビリテーションが必要です。リハビリテーション費用は月額2万円から5万円程度が目安となります。
- 言語療法1回あたり3,000円〜5,000円
- 嚥下リハビリテーション1回あたり2,000円〜4,000円
- 口腔ケア指導1回あたり1,000円〜3,000円
医療費の負担軽減策
高額な医療費に対しては、様々な負担軽減策があります。高額療養費制度を利用すると、月ごとの医療費の自己負担額が一定の限度額を超えた場合、超過分が払い戻されます。
また、公的医療保険の他に、がん保険などの民間保険に加入していると、さらなる経済的サポートを受けられます。
制度・保険 | 特徴 |
高額療養費制度 | 月ごとの自己負担額に上限を設定 |
がん保険 | 診断給付金や入院給付金などを支給 |
医療費控除 | 確定申告で医療費の一部を還付 |
以上
PUKANDER, JUHANI, et al. Radical surgery for lingual cancer. Clinical Otolaryngology & Allied Sciences, 1990, 15.3: 229-234.
MOORE, S. R., et al. The epidemiology of tongue cancer: a review of global incidence. Oral diseases, 2000, 6.2: 75-84.
SESSIONS, Donald G., et al. Analysis of treatment results for oral tongue cancer. The Laryngoscope, 2002, 112.4: 616-625.
LYDIATT, Daniel D., et al. Treatment of stage I and II oral tongue cancer. Head & neck, 1993, 15.4: 308-312.
ARRANGOIZ, Rodrigo, et al. Oral tongue cancer: Literature review and current management. Cancer Rep Rev, 2018, 2.3: 1-9.
SARKARIA, Jann N.; HARARI, Paul M. Oral tongue cancer in young adults less than 40 years of age: rationale for aggressive therapy. Head & neck, 1994, 16.2: 107-111.
MARTIN, HAYES E.; MUNSTER, Hilmar; SUGARBAKER, EVERETT D. Cancer of the tongue. Archives of Surgery, 1940, 41.4: 888-936.
VENESS, M. J. Tongue cancer in younger patients. Australasian radiology, 1999, 43.1: 76-81.
TEZAL, Mine, et al. Chronic periodontitis and the risk of tongue cancer. Archives of Otolaryngology–Head & Neck Surgery, 2007, 133.5: 450-454.
SPIRO, Ronald H., et al. Pattern of invasion and margin assessment in patients with oral tongue cancer. Head & Neck: Journal for the Sciences and Specialties of the Head and Neck, 1999, 21.5: 408-413.