アメリカトリパノソーマ症(シャーガス病)- 感染症

アメリカトリパノソーマ症(シャーガス病)(American trypanosomiasis)とは、中南米を中心に流行している寄生虫感染症です。

この疾患は、サシガメ亜科に属する昆虫が媒介するTrypanosoma cruzi(T.cruzi)という原虫の感染により起こります。

急性期には発熱やリンパ節腫脹などの症状が、慢性期には心臓障害や消化器障害を発症し、放置すると致死的な合併症を引き起こす危険性もあります。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

目次[

アメリカトリパノソーマ症(シャーガス病)の種類(病型)

アメリカトリパノソーマ症には、急性期と慢性期という2つの病期があります。

急性期

急性期は感染後数週間から数ヶ月続く時期のことで、多くの場合、この時期は無症状であるか、軽度の症状のみで経過します。

慢性期

慢性期は不顕性慢性期と顕性慢性期に分類され、不顕性慢性期は感染者の大部分を占めていますが、症状は現れません。

それに対し、顕性慢性期では心筋障害型、消化管障害型、中枢神経障害型などの病型が見られます。

病型特徴
急性期無症状~軽度の症状
不顕性慢性期無症状

心筋障害型

心筋障害型は慢性期の中で最も頻度が高い病型です。

心筋の炎症や線維化が徐々に進行することで、不整脈や心不全といった合併症を引き起こすことがあります。

消化管障害型と中枢神経障害型

消化管障害型では、食道や大腸の拡張などの症状が現れることがあります。

一方、中枢神経障害型はそれほど多くはありませんが、重篤な症状を呈することも。

慢性期に見られる主な病型

病型頻度
心筋障害型最も多い
消化管障害型比較的多い
中枢神経障害型比較的稀

アメリカトリパノソーマ症(シャーガス病)の主な症状

アメリカトリパノソーマ症(シャーガス病)では、感染後の時期により、異なる症状が現れます。

急性期の症状

急性期には、虫刺部位の腫れや発赤(ロマーニャ徴候)、発熱、倦怠感、頭痛、筋肉痛、リンパ節腫脹などの症状が現れ、まれではありますが、心筋炎や脳炎を発症することもあります。

症状頻度
虫刺部位の腫れ・発赤比較的多い
発熱比較的多い
倦怠感比較的多い
頭痛比較的多い
筋肉痛比較的多い
リンパ節腫脹比較的多い
心筋炎まれ
脳炎まれ

慢性期の症状

慢性期では、心臓障害、消化器障害、神経障害などの症状が出る可能性があります。

障害部位主な症状
心臓不整脈、心不全、心筋症など
消化器食道拡張症(嚥下困難、胸焼け、逆流など)、巨大結腸症(便秘、腹部膨満感など)
神経感覚障害、運動障害など

無症状の期間

急性期と慢性期の間には、無症状の期間が長期間続くことが少なくありません。

この時期は、感染していても自覚症状がないため、診断が難しいことがあります。

アメリカトリパノソーマ症(シャーガス病)の原因・感染経路

アメリカトリパノソーマ症は、Trypanosoma cruzi(T. cruzi)という原虫によって引き起こされ、主な感染経路はサシガメという吸血性の昆虫を介したものです。

原因となる原虫:Trypanosoma cruzi

アメリカトリパノソーマ症の原因となるのは、Trypanosoma cruzi(T. cruzi)という原虫で、T. cruziは、サシガメの腸管内で増殖し、便とともに体外に排出されます。

原虫名特徴
Trypanosoma cruzi鞭毛を持つ原虫
Trypanosoma cruziサシガメの腸管内で増殖する

主な感染経路:サシガメを介した感染

アメリカトリパノソーマ症の主な感染経路は、サシガメを介した感染です。

T. cruziに感染したサシガメが人を吸血する際、便とともに排出されたT. cruziが皮膚の傷や粘膜から体内に侵入することで、感染が起こります。

その他の感染経路

サシガメを介した感染以外にも、いくつかの感染経路が知られています。

  • 輸血による感染
  • 臓器移植による感染
  • 母子感染(先天性感染)
  • 経口感染(T. cruziに汚染された食品・飲料の摂取)

サシガメの生息地域における注意点

サシガメは主に中南米の特定の地域に生息して、この地域を訪れる際は、サシガメに刺されないように十分な注意が必要です。

生息地域国名
中南米ブラジル、アルゼンチン、ボリビアなど
中米メキシコ、グアテマラなど

診察(検査)と診断

シャーガス病の診断では、詳細な問診と身体診察、検査所見を総合的に判断します。

問診と身体診察

問診では、流行地域への渡航歴や輸血歴、症状の有無などを聞き、身体診察では、虫刺部位の腫れや発赤(ロマーニャ徴候)、リンパ節腫脹、心雑音、腹部膨満などの所見を確認します。

問診項目身体診察項目
流行地域への渡航歴虫刺部位の腫れ・発赤
輸血歴リンパ節腫脹
症状の有無心雑音
腹部膨満

血液検査

血液検査での評価項目

検査項目評価内容
血算貧血、白血球増加など
生化学検査肝機能、腎機能、炎症反応など
血清学的検査T. cruzi抗体の検出

画像検査

心臓障害や消化器障害が疑われる場合には、画像検査を実施します。

  • – 心電図:不整脈、伝導障害など
  • – 心エコー:心機能評価、心筋症など
  • – 胸部X線:心拡大、肺うっ血など
  • – 消化管造影:食道拡張症、巨大結腸症など

病原体検査

確定診断には、病原体の直接的な検出が必要です。

急性期には、血液塗抹標本でT. cruziを確認し、慢性期には、PCR法によるT. cruzi DNAの検出が有用となります。

アメリカトリパノソーマ症(シャーガス病)の治療法と処方薬

シャーガス病の治療は、感染期間や症状に応じて薬物療法を中心に行われます。

急性期の治療

急性期には、抗寄生虫薬のベンズニダゾール(商品名:ラジル)やニフルチモックス(商品名:ランボー)が第一選択薬として使用されます。

これらの薬剤は、T. cruziに対して殺滅効果があり、症状の改善と慢性期への移行を防ぐことが可能です。

薬剤名商品名投与期間
ベンズニダゾールラジル60日間
ニフルチモックスランボー60〜90日間

慢性期の治療

慢性期の治療は、主に対症療法が中心です。

心臓障害に対して使用される薬剤

  • 利尿薬:うっ血性心不全の改善
  • β遮断薬:不整脈の予防と治療
  • ACE阻害薬:心機能の保護と改善

消化器障害に対しては、食道拡張症や巨大結腸症の症状に応じた治療が行われます。

障害部位治療方針
心臓利尿薬、β遮断薬、ACE阻害薬などの投与
消化器症状に応じた対症療法

再活性化の予防

免疫抑制状態にある患者さんでは、シャーガス病の再活性化が問題となります。

再活性化を予防するためには、免疫抑制療法中は定期的な検査を行い、必要に応じてベンズニダゾールやニフルチモックスの予防投与を検討することに。

治療の限界と課題

現在の治療法は、急性期の症状改善と慢性期への移行防止には有効ですが、慢性期の臓器障害を完全に回復させることは困難で、ベンズニダゾールやニフルチモックスの副作用も問題となっています。

治療に必要な期間と予後について

治療に必要な期間は、感染してからの病期によって異なり、急性期では比較的短期間で治療を完了できますが、慢性期ではかなりの時間を要することがあります。

また、予後に関しては、治療開始のタイミングが大きく影響します。

急性期の治療期間と予後

急性期の治療は、通常60日間の抗寄生虫薬の投与で完了。

感染初期の段階で速やかに治療を開始すれば、多くの患者さんで原虫を体内から排除でき、良好な予後を期待できます。

病期治療期間
急性期60日間
慢性期60~90日間

慢性期の治療期間と予後

慢性期の治療では、急性期と同じ抗寄生虫薬を用いますが、投与期間は60~90日間とやや長くなります。

さらに、慢性期に入ってからの治療開始では、原虫の完全な排除は難しいことが多く、心臓や消化管の合併症の進行を抑えることが主な治療目的です。

治療開始のタイミングと予後の関係

アメリカトリパノソーマ症の予後は、治療開始のタイミングによって大きく左右されます。

感染初期の急性期に治療を開始できれば、原虫の排除が可能であり、良好な予後を期待できますが、慢性期になってからでは、原虫の排除は難しく、合併症の進行を抑えることが主な目的に。

治療開始時期予後
急性期良好
慢性期合併症の進行を抑制

長期的な予後と定期的なフォローアップの重要性

アメリカトリパノソーマ症の長期的な予後は、次のような因子に影響されます。

  • 治療開始のタイミング
  • 治療に対する反応性の良し悪し
  • 合併症の有無とその重症度

治療後も、心臓や消化管の合併症の発症・進行を早期に発見するために、定期的なフォローアップが欠かせません。

アメリカトリパノソーマ症(シャーガス病)の治療における副作用やリスク

シャーガス病の治療には、一定の副作用やリスクが伴うので、治療の有益性と潜在的な危険性を十分に理解したうえで、治療方針を決定することが大切です。

ベンズニダゾールの副作用

ベンズニダゾールは、シャーガス病の急性期治療に用いられる第一選択薬ですが、副作用が報告されています。

副作用頻度
皮疹、掻痒感比較的多い
胃腸障害(悪心、嘔吐、食欲不振)比較的多い
末梢神経障害まれ
骨髄抑制まれ

ニフルチモックスの副作用

ニフルチモックスは、ベンズニダゾールと同様にシャーガス病の急性期治療に使用されますが、いくつかの副作用が知られています。

  • 胃腸障害(悪心、嘔吐、食欲不振など)
  • 精神神経症状(不眠、興奮、けいれんなど)
  • 皮疹、掻痒感 – 血液障害(貧血、白血球減少、血小板減少など)
副作用頻度
胃腸障害比較的多い
精神神経症状まれ
皮疹、掻痒感比較的多い
血液障害まれ

薬剤耐性の問題

シャーガス病の治療では、薬剤耐性のT. cruzi株の出現が懸念されており、耐性株の増加は、現在の治療選択肢の有効性を低下させる可能性があります。

治療中のモニタリングの必要性

シャーガス病の治療中は、副作用の早期発見と対処のために定期的なモニタリングが欠かせません。

血液検査や心電図検査を行い、副作用の兆候を注意深く観察する必要があります。

  • 血液検査(血算、肝機能、腎機能など)
  • 心電図 – 臨床症状の評価

副作用が認められた場合は、薬剤の減量や中止を検討し、対症療法を行います。

予防方法

アメリカトリパノソーマ症を予防する上で最も大切なのは、サシガメとの接触を避けることです。

また、感染リスクが高い地域においては、住居の衛生環境を整えたり、輸血や臓器移植の際に適切なスクリーニングを行ったりすることが欠かせません。

サシガメとの接触を避ける

アメリカトリパノソーマ症の主な感染経路はサシガメであるため、サシガメとの接触を避けることが予防の基本です。

サシガメの生息地域では、素肌を露出しないように長袖・長ズボンを着用し、必要に応じて虫よけスプレーを使用します。

予防法具体的な方法
服装長袖・長ズボンを着用する
虫よけ虫よけスプレーを使用する

住居の衛生環境を整える

サシガメは、土壁や屋根裏など、不衛生な環境を好んで生息します。

感染リスクが高い地域では、住居の亀裂や隙間を塞ぎ、定期的な清掃や殺虫剤の使用によって、サシガメの侵入を防ぐことが重要です。

輸血・臓器移植時のスクリーニング

アメリカトリパノソーマ症は、輸血や臓器移植を介しても感染が広がるおそれがあり、流行地域では、輸血用血液や提供臓器に対する厳格なスクリーニングが行われています。

予防法具体的な方法
輸血献血者のスクリーニングを行う
臓器移植ドナーのスクリーニングを行う

衛生的な食事の準備

アメリカトリパノソーマ症は、まれに経口感染することがあるので、感染リスクを下げるためには、いくつかの注意が必要です。

  • 食材を十分に加熱すること
  • 調理器具を清潔に保つこと
  • 生の果物・野菜は十分に洗浄すること

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

シャーガス病の治療費は高くなる傾向があります。

初診料と再診料

初診料は3,000円から5,000円程度、再診料は1,000円から2,000円程度が一般的です。

ただし、病院や地域によって異なることがあるので、事前の確かめてください。

初診料と再診料の目安費用
初診料3,000円から5,000円程度
再診料1,000円から2,000円程度

検査費

シャーガス病の診断には血液検査や心電図検査、エコー検査などが行われます。

検査費用の目安

検査の種類費用の目安
血液検査5,000円から10,000円
心電図検査3,000円から5,000円
エコー検査10,000円から20,000円

処置費

シャーガス病の治療では抗寄生虫薬の投与が行われ、薬剤費は1クール当たり数十万円に及ぶことがあります。

また、心臓ペースメーカーの埋め込み手術が必要になった際の手術費用は100万円以上になることも珍しくありません。

入院費

症状が重い患者様の場合、入院治療が必要で、 入院費は1日当たり2万円から3万円程度です。

長期の入院が必要な場合、入院費が数百万円に及ぶこともあります。

以上

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