単純ヘルペス脳炎(herpes simplex encephalitis)とは、単純ヘルペスウイルス(HSV)が原因で発症する脳の感染症です。
HSVには1型と2型の2種類が存在し、口唇ヘルペスを引き起こす1型HSVによって単純ヘルペス脳炎が発症することが多いとされています。
ウイルスが初めて感染した後、三叉神経節などの神経節で潜伏感染し、何らかのきっかけで再活性化することで脳に炎症が発生。
その結果、発熱や頭痛、意識障害、けいれん、麻痺などさまざまな症状が現れ、適切な対応を取らない場合、予後が悪化してしまう恐れがあります。
単純ヘルペス脳炎の種類(病型)
単純ヘルペス脳炎は、新生児ヘルペス脳炎と成人の単純ヘルペス脳炎の2つの病型に分けられます。
新生児ヘルペス脳炎
新生児ヘルペス脳炎の主な原因はHSV-2の感染です。 母親から新生児へ垂直感染することが多く、出生時や生後すぐに発症するケースが多いとされています。
新生児は免疫系が十分に発達していないため、重症化しやすく、後遺症を残す可能性が高いのが特徴です。
病型 | 原因ウイルス |
新生児ヘルペス脳炎 | HSV-2 |
成人の単純ヘルペス脳炎 | HSV-1 |
成人の単純ヘルペス脳炎
成人の単純ヘルペス脳炎はHSV-1の感染によって引き起こされることが多いです。
前頭葉や側頭葉に特徴的な病変ができ、急速に進行することが少なくありません。
予後に大きな影響を与えるのは適切な診断と早期の治療開始であり、速やかな対応が必要とされています。
成人の単純ヘルペス脳炎の主な特徴
- 前頭葉や側頭葉に病変ができる
- 急速に進行することが多い
- 早期の診断と治療開始が肝要
病型による臨床像の違い
病型 | 発症時期 | 主な症状 |
新生児ヘルペス脳炎 | 出生時や生後すぐ | 発熱、痙攣、意識障害など |
成人の単純ヘルペス脳炎 | 成人期 | 発熱、頭痛、意識障害、言語障害など |
単純ヘルペス脳炎の主な症状
単純ヘルペス脳炎は、ヘルペスウイルスによって引き起こされる感染症で、脳に炎症を引き起こす病気です。
初期症状
単純ヘルペス脳炎の初期症状
症状 | 説明 |
発熱 | 38度以上の高熱が出ることが多い |
頭痛 | 激しい頭痛を伴うことがある |
これらの症状は、単純ヘルペス脳炎に特異的なものではありませんが、脳炎を疑う重要な手がかりとなります。
初期症状が現れたときは、速やかに医療機関を受診することが大切です。
意識障害
単純ヘルペス脳炎が進行すると、意識障害が現れることがあります。
意識障害の段階
- 意識レベルの低下
- 見当識障害(時間、場所、人物に対する認識の混乱)
- 昏睡状態
意識障害は、脳炎による脳の損傷を示唆する重要な症状で、 意識障害が認められたら、集中治療を含む医療介入が必要です。
けいれん発作
単純ヘルペス脳炎では、けいれん発作が起こることがあります。 けいれん発作は、脳の異常な電気的活動によって引き起こされる不随意な筋肉の収縮です。
けいれんの種類 | 特徴 |
全般性けいれん | 全身の筋肉が一斉に収縮する |
部分発作 | 体の一部(顔、手足など)に限局したけいれん |
けいれん発作は、脳炎による脳の炎症や損傷を示唆する重要な症状の一つです。
神経学的異常
単純ヘルペス脳炎では、さまざまな神経学的異常が現れる可能性があります。
代表的な神経学的異常
- 運動麻痺(手足の脱力や麻痺)
- 感覚障害(触覚、痛覚などの異常)
- 言語障害(失語症など)
- 記憶障害(短期記憶の喪失など)
神経学的異常は、脳炎による脳の特定部位の損傷を反映しています。 神経学的異常が認められた際は、詳細な神経学的評価と医療管理が必要です。
単純ヘルペス脳炎の原因・感染経路
単純ヘルペス脳炎は、単純ヘルペスウイルス(HSV)が脳に直接感染することで発症する疾患で、ウイルスが脳に侵入し、炎症を引き起こします。
単純ヘルペスウイルスについて
単純ヘルペスウイルスにはHSV-1とHSV-2の2種類があり、HSV-1は主に口唇ヘルペスの原因に、HSV-2は性器ヘルペスの原因です。
どちらのウイルスも脳炎を引き起こすことがあり、特にHSV-1による脳炎の発生頻度が高いと報告されています。
ウイルス | 主な感染部位 |
HSV-1 | 口唇 |
HSV-2 | 性器 |
感染経路
単純ヘルペス脳炎の主な感染経路
- 初感染時の血行性散布
- 潜伏感染からの再活性化
- 外傷などによる直接的な脳への侵入
ウイルスが初感染した際、口腔内や性器から体内に侵入し、血流に乗って脳に到達する場合があります。
初感染が無症状であっても脳炎を発症するリスクがあることに注意が必要です。
また、単純ヘルペスウイルスは初感染後、神経節内で潜伏感染の状態になることがあります。
ストレスや免疫力の低下などをきっかけに潜伏感染からウイルスが再活性化し、神経を介して脳に到達することで脳炎を引き起こすことも。
感染経路 | 概要 |
初感染時の血行性散布 | ウイルスが血流に乗って脳に到達 |
潜伏感染からの再活性化 | 神経節内の潜伏ウイルスが再活性化し、神経を介して脳に到達 |
外傷などによる直接的な脳への侵入 | 頭部外傷などにより、ウイルスが直接脳に侵入 |
リスク因子
単純ヘルペス脳炎の発症には以下のようなリスク因子が関与していると考えられています。
- 免疫力の低下
- ストレス
- 高齢
- 基礎疾患の存在
免疫力が低下している人や高齢者は単純ヘルペス脳炎を発症するリスクが高くなるため、注意が必要です。
診察(検査)と診断
単純ヘルペス脳炎の診断は、臨床症状や各種検査結果を総合して行います。
症状や身体所見、血液検査などから感染の可能性を見極めるのが臨床診断です。
臨床症状と身体所見
単純ヘルペス脳炎では、発熱や頭痛、意識障害、けいれん発作などさまざまな症状が現れ、身体所見として、項部硬直や意識レベルの低下などが認められることもあります。
臨床症状 | 身体所見 |
発熱 | 項部硬直 |
頭痛 | 意識レベル低下 |
意識障害 | 麻痺 |
けいれん発作 | 感覚異常 |
血液検査
血液検査上は、白血球数の増加やCRP値の上昇といった炎症反応が見られるケースがあり、肝機能障害や電解質異常を合併することもあります。
画像検査
臨床診断を裏付けるうえで、画像検査は欠かせません。
頭部MRIでは、側頭葉内側、前頭葉、島回などに特徴的な信号変化が現れます。
検査方法 | 主な所見 |
頭部MRI | 側頭葉内側の信号変化 |
前頭葉の信号変化 | |
島回の信号変化 | |
頭部CT | 脳浮腫 |
脳圧亢進 |
確定診断
単純ヘルペス脳炎を確定診断するには、脳脊髄液の検査が必須です。
脳脊髄液検査では次のような所見が認められます。
- 細胞数の増加(リンパ球優位)
- 蛋白量の増加
- 糖の低下
- ヘルペスウイルスDNAの検出(PCR法)
中でもヘルペスウイルスDNAの検出は、確定診断に直結する最重な検査です。
単純ヘルペス脳炎の治療法と処方薬、治療期間
単純ヘルペス脳炎の治療においては、抗ウイルス薬の投与が中心です。
早期の治療開始が予後の改善に非常に大切で、治療期間は一般的に2〜3週間ですが、症状によっては延長することもあります。
抗ウイルス薬の投与
単純ヘルペス脳炎の治療の中心は、抗ウイルス薬の投与です。
第一選択薬はアシクロビル(アシクロビル注射液)で、1日に10〜15mg/kgを3回に分けて点滴静注します。
アシクロビルの代替薬は、バラシクロビル(バルトレックス錠)やファムシクロビル(ファムビル錠)などです。
薬剤名 | 投与経路 | 投与量 |
アシクロビル | 点滴静注 | 1日10〜15mg/kg を3回分割 |
バラシクロビル | 経口 | 1日3000mg を3回分割 |
ファムシクロビル | 経口 | 1日1500mg を3回分割 |
治療期間
単純ヘルペス脳炎の治療期間は、通常2〜3週間とされていますが、患者さんの症状や検査結果に応じて、治療期間を延長する必要がある場合もあります。
治療効果を判定するために、脳脊髄液の検査や画像検査などを行い、ウイルスの活動性や脳の炎症の程度を評価します。
副作用への対応
抗ウイルス薬の投与に伴い、いくつかのような副作用が生じる可能性があります。
副作用が認められた際には、薬剤の減量や中止を検討するとともに、対症療法を行い、腎機能障害に対しては、十分な輸液や腎代替療法などが必要になることもあります。
副作用 | 対応 |
腎機能障害 | 輸液、腎代替療法 |
精神神経症状 | 抗精神病薬、鎮静薬 |
血液障害 | 輸血、造血因子製剤 |
後遺症への対策
単純ヘルペス脳炎は、適切な治療を行っても後遺症を残すことがあります。
記憶障害、認知機能低下、てんかんなどが代表的な後遺症であり、リハビリテーションや薬物療法などを通じて、症状の改善を図ることが大切です。
予後と再発可能性および予防
単純ヘルペス脳炎は早期発見と治療により予後は改善しますが、再発のリスクは残るため、長期的な経過観察と予防対策が必要です。
早期治療による予後の改善
単純ヘルペス脳炎の予後は、発症からの経過時間と治療開始時期に大きく左右され、診断が遅れ、治療が行われないと、死亡率が高くなり、後遺症のリスクも高まります。
一方、発症早期に治療を開始することで、予後は大幅に改善します。
抗ウイルス薬の投与により、ウイルスの増殖を抑制し、脳の炎症を軽減することが可能です。
治療開始時期 | 予後 |
発症から24時間以内 | 良好 |
発症から48時間以内 | 比較的良好 |
発症から72時間以内 | やや不良 |
発症から72時間以上 | 不良 |
後遺症のリスクと長期的な経過観察
単純ヘルペス脳炎の後遺症としては、記憶障害、言語障害、てんかん、性格変化などが挙げられ、 これらの後遺症は、治療が遅れるほど重症化するリスクが高くなります。
ただし、早期治療を行っても、一定の割合で後遺症が残る可能性があるので、治療後も長期的な経過観察が必要です。
- 定期的な神経学的評価
- 認知機能検査
- 脳波検査
- 画像検査(MRIなど)
再発のリスクと予防対策
単純ヘルペス脳炎は、一度発症すると再発のリスクが残り、 再発率は、初回発症から1年以内が最も高く、その後は徐々に低下していきます。
期間 | 再発率 |
初回発症から1年以内 | 約10% |
初回発症から5年以内 | 約20% |
初回発症から10年以内 | 約30% |
再発予防のための対策
- 抗ウイルス薬の予防投与
- ストレス管理
- 十分な休養
- 健康的な生活習慣
特に、抗ウイルス薬の予防投与は、再発リスクの高い患者さんにおいて重要な選択肢となります。
単純ヘルペス脳炎の治療における副作用やリスク
単純ヘルペス脳炎の治療に用いられる抗ウイルス薬には、副作用やリスクが伴う可能性があります。
抗ウイルス薬の副作用
単純ヘルペス脳炎の治療に用いられる代表的な抗ウイルス薬であるアシクロビルやバラシクロビルには、以下のような副作用が報告されています。
副作用 | 症状 |
消化器症状 | 悪心、嘔吐、下痢、腹痛 |
神経系症状 | 頭痛、めまい、譫妄、痙攣 |
これらの副作用は、患者の状態や投与量によって異なる場合があり、 副作用が重篤な際には、治療の中断や変更が必要です。
腎機能障害のリスク
アシクロビルやバラシクロビルは、主に腎臓で排泄されるため、腎機能が低下している患者さんでは、副作用のリスクが高くなります。
腎機能障害がある際は、抗ウイルス薬の投与量を調整したり、他の治療法を検討することが重要です。
腎機能障害患者における抗ウイルス薬の投与量調整の一例
薬物相互作用のリスク
抗ウイルス薬は、他の薬剤との相互作用により、副作用のリスクが高まる可能性があります。
特に、腎排泄や肝代謝に影響を与える薬剤との併用には注意が必要です。
薬剤 | 相互作用 |
プロベネシド | アシクロビルの血中濃度上昇 |
ザナミビル | アシクロビルの腎排泄低下 |
薬物相互作用を避けるためには、患者が服用している全ての薬剤を把握し、必要に応じて投与量の調整や代替薬の選択を行います。
耐性ウイルスの出現リスク
長期的な抗ウイルス薬の使用は、耐性ウイルスの出現リスクを高める可能性があり、耐性ウイルスが現れると、治療効果が低下し、病状が悪化するリスクがあります。
耐性ウイルスの出現を防ぐためには、以下の点に留意することが必要です。
- 必要以上に長期間の投与を避ける
- 適切な投与量を守る
- ウイルス量のモニタリングを行う
治療費について
実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。
治療費の概要
単純ヘルペス脳炎の治療には、抗ウイルス薬の投与や集中治療室での管理など、多岐にわたるアプローチが必要で、治療は長期間に及ぶことがあり、医療費が高額になります。
治療内容 | 概算費用 |
抗ウイルス薬(アシクロビルなど) | 50万円 – 100万円 |
集中治療室での管理 | 100万円 – 300万円 |
公的医療保険の適用
単純ヘルペス脳炎の治療費は、公的医療保険の適用対象で、患者さんの自己負担額は一定の上限に抑えられます。
ただし、先進医療や差額ベッド代など、保険適用外の費用が発生する可能性があることにも留意が必要です。
高額療養費制度の活用
単純ヘルペス脳炎の治療費が高額になった際は、高額療養費制度を利用することで、自己負担額を軽減できます。
この制度は、医療費の自己負担が一定額を超えた場合に、超過分について払い戻しを受けられるというものです。
所得区分に応じて、自己負担の上限額が設定されています。
所得区分 | 自己負担上限額(月額) |
低所得者 | 約35,400円 |
一般 | 約80,100円 – 252,600円 |
高所得者 | 約140,100円 – 252,600円 |
医療費助成制度の利用
難病の医療費助成制度や自治体独自の医療費助成制度など、さまざまな支援制度が用意されています。
- 指定難病の医療費助成制度
- 自治体の医療費助成制度
- 民間の医療費助成制度
以上
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