腸炎ビブリオ感染症

腸炎ビブリオ感染症(Vibrio parahaemolyticus infection)とは、主に生や加熱が不十分な魚介類を食べることで発症する食中毒で、夏に多く見られる細菌性の胃腸炎です。

海水中に棲む腸炎ビブリオ菌が引き起こすもので、感染してから数時間から数日のうちに激しい下痢や腹痛、熱、吐き気といった症状が出てきます。

健康な大人では多くの場合自然に治りますが、お年寄りや免疫力が弱っている人は重症化する可能性があるので、注意が必要です。

この記事を書いた人
丸岡 悠(まるおか ゆう)
丸岡 悠(まるおか ゆう)
外科医

1988年山形県酒田市生まれ。酒田南高校卒業後、獨協医科大学(栃木)にて医師免許取得。沖縄県立北部病院、独立行政法人日本海総合病院を経て現職(医療法人丸岡医院)。

腸炎ビブリオ感染症の種類(病型)

腸炎ビブリオ感染症は主に胃腸炎型と創傷感染型の分類され、それぞれ異なる特徴と感染経路を持ちます。

胃腸炎型

胃腸炎型は、腸炎ビブリオ感染症の中で最も頻繁に見られる病型で、主に汚染された海産物を生で食べることで発症します。

この病型の特徴は、6時間から24時間程度で症状が現れることです。

摂取された腸炎ビブリオ菌が小腸内で増殖し、毒素を産生することに起因します。

胃腸炎型の主な特徴

項目内容
主な感染経路汚染された海産物の生食
潜伏期間6~24時間
主な感染部位小腸

創傷感染型

創傷感染型は、海水や海産物に含まれる腸炎ビブリオ菌が、皮膚の傷口から体内に侵入することで起こります。

胃腸炎型と比べて発生頻度は低いものの、より深刻な症状を引き起こすことがあります。

創傷感染型の特徴は、潜伏期間が胃腸炎型よりもさらに短く、数時間から12時間程度で症状が現れることです。

創傷感染型の主な特徴

項目内容
主な感染経路海水や海産物との接触による皮膚からの侵入
潜伏期間数時間~12時間
主な感染部位皮膚、軟部組織

腸炎ビブリオ感染症の主な症状

腸炎ビブリオ感染症の胃腸炎型と創傷感染型では、それぞれ特有の症状が現れます。

胃腸炎型の症状

胃腸炎型は腸炎ビブリオ感染症の最も典型的な形態で、汚染された海産物を食べることで発症することが多いです。

感染から12〜24時間ほど経過した後に突如として現れ、激しい腹痛や下痢、吐き気、嘔吐、熱などが主で、下痢は、水のような便で量が多く、時として血便を伴うこともあります。

また、腹痛は特に下腹部に強く現れ、ときに痛みは耐えがたいほどです。

これらの症状に加え、体内の水分が失われる脱水症状や体のだるさ、頭痛といった全身症状も現れることがあります。

症状特徴
下痢水様性、量が多い、時に血便
腹痛下腹部に強い、激しい
吐き気・嘔吐突然の発症
発熱38〜39度程度

創傷感染型の症状

創傷感染型は、腸炎ビブリオ菌が皮膚の傷から体内に入ることで起こる感染の形態です。

症状は、主に皮膚や皮下組織に現れ、感染した部位の赤み、腫れ、痛み、熱などです。

感染部位は時間とともに悪くなり、重症化すると筋膜や筋肉が壊死したり、菌が血液中に広がったりすることがあります。

創傷感染型の症状

  • 初期:感染部位のわずかな赤みや腫れ
  • 進行期:感染部位の痛みの増強、赤みや腫れの広がり
  • 重症期:水ぶくれの形成、皮膚の色の変化、皮膚の一部が崩れる

また、体全体の症状として熱や寒気、体のだるさなども現れることがあります。

症状進行局所症状全身症状
初期軽度の赤み、腫れなし、または軽度
進行期痛みの増強、赤み・腫れの広がり発熱、だるさ
重症期水ぶくれ、皮膚の色の変化、皮膚の崩れ高熱、寒気、ショック症状

創傷感染型は胃腸炎型と比べて重症化しやすく、特に高齢の方や免疫力が弱っている人では注意が必要です。

腸炎ビブリオ感染症の原因・感染経路

腸炎ビブリオ感染症は主に海水中に生息する腸炎ビブリオ菌が原因で、感染経路は汚染された海産物の摂取と海水との直接接触によるものです。

腸炎ビブリオ菌の特徴

腸炎ビブリオ菌は、海水中に広く分布する好塩性のグラム陰性桿菌で、主に沿岸域や河口付近の海水中に生息していて、特に夏季、水温が20度を超えると急速に増殖します。

腸炎ビブリオ菌の特徴

特徴詳細
生息環境海水(特に沿岸域、河口付近)
好適温度20度以上
塩分濃度3~7%
増殖速度水温20度以上で急速に増殖

主な感染経路

腸炎ビブリオ感染症の最も一般的な感染経路は、菌に汚染された海産物を生食または加熱不十分な状態で摂取することです。

特に生食用の魚介類、例えば刺身や生牡蠣などが主要な感染源となることが多く、温度管理や衛生管理がなされずに提供された際に、感染のリスクが高まります。

腸炎ビブリオ感染のリスクが高い海産物

食品リスク要因
生牡蠣濾過摂食により菌を濃縮
刺身生食による直接摂取
寿司加熱不十分な場合あり
貝類菌の蓄積が起こりやすい

二次的感染経路

腸炎ビブリオ感染症のもう一つの感染経路は、海水との直接接触によるものです。

皮膚に傷や切り傷がある状態で海水に触れたり、海水浴をしたりすると、菌が傷口から体内に侵入するケースがあります。

この感染経路は、以下のような状況で発生することが多いです。

  • 海水浴やマリンスポーツ中の傷口からの感染
  • 海産物の調理中に生じた切り傷からの感染
  • 漁業や水産業従事者の作業中の感染

環境要因と感染リスク

腸炎ビブリオ菌は、特に水温と塩分濃度が増殖に影響を与えるため、条件が整う夏季に感染リスクが高まります。

環境要因と感染リスクの関係

  • 水温上昇:菌の増殖を促進
  • 適度な塩分濃度:菌の生存に好適な環境を提供
  • 沿岸部の富栄養化:菌の増殖を助長

診察(検査)と診断

腸炎ビブリオ感染症の診断は、患者さんの症状をよく観察することと、検査を組み合わせて行われます。

臨床症状の評価

まず、いつ頃から症状が始まったか、どのように進行したか、どのくらい重いか、また最近海の幸を食べたかや海水に触れたかなどを詳しく聞きます。

その後、患者さんの体の状態全体を見て、水分が足りているかや、お腹の様子を確認することも大切です。

評価項目確認内容
症状下痢、腹痛、吐き気、熱の有無と程度
発症時期症状が始まった時期と経過
食事歴最近の海の幸を食べたかどうか
接触歴海水に触れたかどうか

検査の実施

症状を調べることに加えて、腸炎ビブリオ感染症かどうかを確定するためにいくつかの検査が行われます。

主な検査

  • 便培養検査:最も基本的で大切な検査で、患者さんの便から腸炎ビブリオ菌を見つけ出します。
  • 血液検査:白血球の数や炎症を示す物質が増えていないかを調べ、感染の程度を判断します。
  • 電解質検査:体の水分バランスを調べ、点滴などの計画を立てるのに役立ちます。

結果は診断を確定するだけでなく、感染がどのくらい重いか、他の合併症がないかを判断するうえでも必要です。

迅速診断法

腸炎ビブリオ感染症を早く見つけて治療を始めるために用いる方法は、PCR法や免疫クロマトグラフィー法などです。

従来の培養検査よりも短い時間で結果が分かります。

診断法特徴必要な時間
培養検査確実だが時間がかかる24〜48時間
PCR法高感度で早い2〜4時間
免疫クロマト法簡単で早い10〜30分

鑑別診断

腸炎ビブリオ感染症の症状は他の胃腸炎とよく似ていることがあるので、鑑別することが大切です。

サルモネラ、カンピロバクター、病原性大腸菌などによる感染症や、ウイルスが原因の胃腸炎との違いを調べます。

また、傷から感染した場合は、他の細菌による皮膚や筋肉の感染症との違いも調べる必要があります。

腸炎ビブリオ感染症の治療法と処方薬、治療期間

腸炎ビブリオ感染症の治療は、主に脱水予防のための補液療法と抗菌薬投与が中心です。

補液療法の重要性

腸炎ビブリオ感染症の治療において、最も重要な対処法は補液療法です。

激しい下痢や嘔吐により急速に脱水状態に陥るリスクがあるため、失われた水分と電解質を補充することが治療の要となります。

補液療法は経口補水液や点滴による静脈内投与など、患者さんの状態に合わせて選択されます。

液療法の主な方法

補液方法特徴
経口補水液軽度から中等度の脱水に有効、自宅でも実施可能
点滴(静脈内投与)重度の脱水や経口摂取困難な場合に使用、入院が必要

補液療法は症状の改善が見られるまで継続され、通常は数日から1週間程度の期間が必要です。

抗菌薬治療の適用

腸炎ビブリオ感染症に対する抗菌薬治療は、症状の重症度や患者さんの全身状態を考慮して判断されます。

軽症例では自然治癒が期待できるため、抗菌薬を使用せずに経過観察を行うケースもありますが、重症例や高リスク患者さんでは抗菌薬投与が必要です。

抗菌薬治療を行う際に考慮する点

  • 腸炎ビブリオ菌の感受性
  • 患者さんの年齢や既往歴
  • 薬剤アレルギーの有無
  • 感染の重症度

一般的に使用される抗菌薬

抗菌薬特徴
テトラサイクリン系第一選択薬として使用されることが多い
ニューキノロン系重症例や合併症のある場合に選択される
セフェム系小児や妊婦に使用されることがある

抗菌薬治療の期間は通常3〜5日程度ですが、症状の改善具合や患者さんの状態に応じて調整されます。

対症療法の役割

腸炎ビブリオ感染症の治療では、患者さんの苦痛を軽減し、回復を促進するための対症療法も大切です。

主な対症療法

  • 制吐剤:嘔吐を抑制し、経口摂取を改善する
  • 整腸剤:腸内環境を整え、下痢の改善を促す
  • 解熱鎮痛剤:発熱や腹痛などの症状を緩和する

治療期間と経過観察

腸炎ビブリオ感染症の治療期間は、1週間から10日程度です。

軽症例では3〜5日程度で症状が改善することもありますが、重症例や合併症がある場合は治療期間が長くなる可能性があります。

治療中に注意する点

  • 脱水症状の改善
  • 下痢や嘔吐の頻度と性状の変化
  • 発熱の推移
  • 全身状態の回復具合

予後と再発可能性および予防

腸炎ビブリオ感染症は、正しい対応と予防策をとることで、多くの場合良い結果が期待でき、再び感染するリスクも減らせます。

予後の一般的な傾向

腸炎ビブリオ感染症にかかった後の経過は、多くの場合良好です。

健康な大人であれば、普通は1週間ほどで自然に治ることが多く、長く続く後遺症が残ることはあまりありません。

ただし、お年寄りや他の病気を持っている人、体の抵抗力が弱っている人では、症状が重くなるリスクが高いです。

患者の種類回復の傾向
健康な大人1週間ほどで自然に治る
リスクの高い人症状が重くなる可能性あり

再発のリスクと要因

腸炎ビブリオ感染症に再びかかるリスクは一般的に低いですが、完全にゼロというわけではありません。

リスクに影響する要因

  • 汚染された食品に繰り返し触れること(例:生の海産物を定期的に食べること)
  • 体の抵抗力が弱くなること
  • 衛生管理が不十分なこと

再発予防のための生活習慣

再び感染しないようにするための生活習慣

  1. 海産物をしっかり加熱して調理する
  2. 調理道具を清潔に保つ
  3. こまめに手を洗う
  4. 体の抵抗力を高める健康的な生活を送る

特に、海産物の扱い方と調理の際の注意は、再び感染しないようにするために欠かせません。

予防策具体的な行動
食品の管理海産物を完全に火を通す
衛生の管理調理道具の消毒、手洗い

環境要因と予防

夏は海水の温度が上がることで菌が増えやすくなるため、この時期の海産物の扱いには注意が必要です。

また、海水浴や海での活動時に傷があるときは、腸炎ビブリオ菌がその傷から体に入り込むリスクが高まります。

環境の要因を考えた予防策

  • 夏の間は生の海産物を食べるのを控える
  • 海水浴をするときは傷を保護する
  • 海産物は低い温度で保存する

腸炎ビブリオ感染症の治療における副作用やリスク

腸炎ビブリオ感染症の治療では補液療法や抗菌薬投与などが行われ、一定の副作用やリスクが伴います。

補液療法に関連する副作用とリスク

補液療法では、急速な補液や過剰な補液を行った際に問題が発生する可能性が高まります。

補液療法に関連する主な副作用とリスク

副作用・リスク説明
体液過剰過剰な補液により、浮腫や心不全のリスクが高まる
電解質異常不適切な補液により、血中のナトリウムやカリウムのバランスが崩れる
静脈炎点滴による静脈内投与時に、血管の炎症が起こる可能性がある

抗菌薬治療に伴う副作用

腸炎ビブリオ感染症の治療で使用される抗菌薬の副作用は、使用する抗菌薬の種類や患者さんによって異なりますが、一般的には以下のような症状です。

  • 消化器症状(悪心、嘔吐、下痢など)
  • 過敏反応(発疹、かゆみ、アナフィラキシーなど)
  • 肝機能障害
  • 腎機能障害
  • 血液異常(白血球減少、血小板減少など)

また、特定の抗菌薬に特徴的な副作用もあります。

抗菌薬特徴的な副作用
テトラサイクリン系光線過敏症、歯の着色(小児)
ニューキノロン系腱障害、中枢神経系症状
セフェム系アレルギー反応、偽膜性大腸炎

耐性菌出現のリスク

抗菌薬の使用に伴うもう一つの重要なリスクは、耐性菌の出現で、抗菌薬の乱用で、腸炎ビブリオ菌が抗菌薬に対する耐性を獲得する可能性が高まります。

リスクを最小限に抑えるためには、正しい抗菌薬の選択と、必要最小限の投与期間を守ることが不可欠です。

対症療法に関連するリスク

腸炎ビブリオ感染症の治療で行われる対症療法にも、一定のリスクが伴います。

制吐剤の使用:嘔吐を抑制する一方で、腸管運動を抑制し、菌の排出を遅らせる可能性。

解熱鎮痛剤の使用:発熱や腹痛などの症状を緩和しますが、過度の使用は肝機能障害のリスクを高めることも。

治療費について

治療費についての留意点

実際の治療費(医療費)が以下説明より高額になるケースが多々ございます。以下記載内容について当院では一切の責任を負いかねます事を予めご了承下さい。

外来診療の費用

初診料は2,880円、再診料は730円です。検査費用は便培養検査が3,000円前後、血液検査が2,000円程度かかります。

処置と薬剤費

点滴などの処置費は1回あたり500円から1,500円程度で、薬剤費は抗菌薬や整腸剤などで3,000円から5,000円ほどです。

項目費用
初診料2,880円
再診料730円

入院費用

重症の場合入院が必要で、基本入院料は1日あたり約20,000円です。

以上

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